第21話 思わぬ形の助け船
物見櫓から様子を窺っていたのであろう、修一たちが木で作られた簡素な柵の前に到着した時には既に門番らしき男二人が立ちふさがっていた。
男の一人は刀剣を吊り下げており、もう一方の男は首から笛を下げている。
彼らの真一文字に結ばれた口元を見た修一は、それだけで厳しいものを感じ取った。
「もう日も落ちかけています。今夜一晩だけでも、なんとかお願いできないでしょうか」
「悪いが、こちらも無用なトラブルは避けたい」
シンシアが交渉にあたるも、難航していた。
修一は出来れば彼女に助け舟を出したいと思うのだが、余計なことを言って更に分が悪くなることを恐れて口を閉ざしていた。
ラウラには予め、修一のジャケットの内ポケットに隠れているよう伝えてある。空気を読んで大人しくしてくれているようだ。
刻一刻と時は過ぎ、彼が好転しない状況についに断念しようとした、その時だった。
「よぉ、どうした?」
突然背後から声が掛かり、修一たちは驚いて振り返った。
そこに立っていたのは、修一より少し背が高くがっしりと幅のある体つきをした一人の男だった。修一の推定では四十代後半くらいに見える。
灰色の短髪に彫りの深い顔立ち。目じりに少々皺が見受けられる。鮮やかな橙色のベスト。及い革を掛けている。
そして、彼の太い首には黒い色をした機械のようなものが填められていた。誰が見てもそれは首輪に他ならなかった。
「おめえさん、転移者だろ?」
突然現れた男からの急な質問に、修一は面を食らったまま頷く。
目を細めて修一を観察した後、男は唇を結ぶと、修一たちの前に出て門番の肩を親しげに軽く叩いた。
男が修一の前を通り過ぎた時、彼の耳は小さな粒同士がぶつかり合う音を拾った。
腰にいくつかポーチがついており、その内の一つから鳴っているらしかった。
「この男から話を訊きたいんだ。入れてやってくれ。俺が面倒見る」
「流石にナイトウさんの言うことでも、それはちょっと……」
渋る門番の男相手にナイトウと呼ばれた人物は豪快に笑って言った。
「俺が責任持つ! いざとなったらな!」
そう言って、背中の猟銃を指し示した。
そのやりとりを見ていた修一は、己が殺される可能性を感じ取って身を固くした。シンシアも選択肢を天秤にかけているような神妙な顔つきを崩さない。
「とりあえず、例の紙片を出してくれ」
ナイトウは門番に転移者と覚醒者のみに反応を示す魔導具である紙片を要求する。
これには門番も何も言わずに従った。
手渡された修一が裏表返して紙片を見ても、以前やった時の紙片と違いは見当たらないように思えた。
あまり時間を掛けても印象が悪いと判断した修一は、観察もそこそこに右の手のひらで紙片を包み込む。
数秒経った後に手を開いたが、やはり紙片は丸まっただけで色の変化は起こさなかった。
赤くならない紙片を見て、門番の男二人は驚きを隠せないようだった。
しかし、ナイトウは驚くどころか興味深そうに修一の手から紙片を取り上げると、紙の皺を丁寧に伸ばしている。
「……あの、私もいいですか?」
置いてきぼりになっていたシンシアが遠慮がちに門番に申し出た。
我に返ったように男は彼女に紙片を差し出すが、手元が狂ったせいで何枚か地面にばら撒くことになってしまった。相棒の男が焦って拾い集めるのを手伝っている。
彼女も手伝おうと腰を屈めたが、自分が触れる訳にいかないと気付いて、申し訳なさそうに姿勢を戻した。
シンシアは左手に紙片を乗せて、軽く握ってから開く。
その紙片は青く染まっていた。
「ほー。嬢ちゃんは覚醒者か」
ナイトウはシンシアと修一を交互に見ている。その様子は、面白い組み合わせを見つけたと言わんばかりだった。
「これはますます話を訊かなきゃならんな。なに、悪いようにはしないさ。今、この辺りは夜になると怪物が出る可能性がある。同じ転移者として見殺しにするのも寝覚めが悪い。なあ、そうだろう?」
『見殺し』という単語に良心の呵責を覚えたのか門番たちは渋々了承すると、片方の男が笛を吹き鳴らした。短く切られた高音が二回、辺りに響き渡る。
すぐに扉は開かれた。
修一たちは互いに素早く目くばせすると、ナイトウについて行くことを決めた。
道を開けた門番の前を頭を下げながら通り過ぎ、ナイトウの後に続く形で修一たちは中に入った。
扉を通り過ぎる時に、修一は黒い線が地面に引かれていることに気が付いた。幅は五センチメートル程で、同じ幅を保ったまま柵の内側を沿うように続いている。
立ち止まってまじまじと線を見ている彼の元に戻ってきたナイトウが言った。
「それ、気になるか? だが俺の口からは言えん。直接訊いてもらう他ないが……あいつは如何せん、人見知りでな。悪いが諦めてくれ」
一方的に話して一方的に話を切り上げたナイトウは、村の中心部へと歩き出す。
代わりに小走りで駆け寄ってきたシンシアは、彼にこっそりと話しかけてきた。
「特殊能力か異能力だと思います。おそらくですが、結界の類かと」
「そうだとして、これを俺たちに言えない理由ってなんだ?」
「この世界では、自分の能力については黙っていることが多いです。基本的にデメリットにしかなりませんから」
「なるほど……」
ひとまず納得した修一は、シンシアと共にナイトウを追いかけるために走り出した。ナイトウの背中はかなり小さくなっている。歩くのが早い。
村、と聞いていた割りに随分と大規模な印象を修一は受けた。
今進んでいるメインストリートらしき道は両端に木造住宅が立ち並んでいる。軽く見積もっても三十棟はありそうだ。
すれ違う道行く人は初めは好奇の目線を修一たちに送るも、すぐに自分の目的地へ向かうために去って行った。
部外者が自らの生活圏にいることにやや慣れている、といった風だった。
住宅の並びを抜けて、その先の広場のような場所で立ち止まったナイトウは、修一たちの方を振り返った。
彼はそのまま二人の恰好を上から下までざっと見たかと思うと、勢いよく手を叩いた。にっかりと笑った顔に、修一は理由はわからないが背筋に冷たいものが走った。




