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第20話 シンシアが語る怪物の話

 怪物(けもの)が、いつどこで最初に現れたのか正確な話を私は知りません。

 私が物心ついたころには既に存在していました。思えば幼いころ、我儘を言って母を困らせた時に『怪物が来ておまえを攫ってしまうよ』とはよく言われたものです。

 私の村に限らず、どの地域でも同じようなことを言われて育った子供は多いと思います。けれど、実際に見たことがある人間は多くはありませんでした。

 襲われたら生きて帰ってこられない。幸運にも生き延びることが出来た人間は、だいたい、一方が襲われている時に逃げ出した人だけでした。

 そもそも怪物に襲われたらしき人が出るのは村で二、三年に一回くらいですし、目撃情報も村を離れた森の中で遭遇したという話が圧倒的でした。ましてや村そのものが襲われることはごく稀だったのです。

 そのため基本的に村から出ることを許されていない、子供の時分に怪物の姿を見るのは全くといって良い程ありませんでした。

 大人たちは怪物の恐ろしさを懇懇と言い聞かせてくるのですが、私は子供心に村から勝手に出ないようにするための言いつけ程度にしか思っていませんでした。


 そんな私が怪物を初めて目にしたのは、十歳の時でした。

 その日は妹のアリシアの誕生日で、私は贈り物として綺麗な石を探したくて、ひとりで川にいました。

 村を勝手に出ることは禁じられていましたが、その頃怪物の目撃情報はすっかりと絶えており、村では怪物はもう死んだか、どこか別の場所へ行ったのだろうという意見が大多数を占めていました。

 そのため昔ほど厳しく咎められることはなくなっていたのです。

 河原に着いたのは、お昼過ぎくらいだと思います。頭上から照らしてくる太陽の熱と戦いながら、私は地面と格闘していました。

 川の水は涼し気な音と共に流れており、時々、私は火照った身体を冷やすために川まで足を浸けに行きました。その時の水の冷たさは、今でも覚えています。

 自分が納得する妹に贈るにふさわしい石を求めて探してまわっていると、段々と村から離れて行っていることに私は気付いていました。

 けれど、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ行ったら良いものが見つかるかもしれないという気持ちが先行して、引き返すことが出来ませんでした。

 

 ようやくキラキラと太陽の光を受けて輝くその石を見つけ出したのは、もう随分と遠くまで来てしまった後でした。

 私は流石に早く村に戻らなければいけないと思い、石をしっかりと両手で握りしめると後ろを振り返りました。

 その振り返った時の視界の中に、黒い影のようなものがあったことに気付いた私は、その方向――対岸へと顔を向けたのです。

 密集した木々の間に、舌をだらしなく出した褐色の狼のような生物が後ろ足二本で立っていました。


 剝き出しになった牙の間から涎を垂れ流しつつこちらを見つめるその姿に、私はとんでもなく恐ろしいものが川向うにいるとわかっているのに呆けたまま動けませんでした。

 動けるようになったのは、怪物が私に向かって咆哮したからです。私は震えあがり、がむしゃらになって砂利の上を逃げ始めました。

 必死に足を動かしながら後ろを向くと、怪物は川を渡り終える所でした。


 私がこのままではすぐに追いつかれることを悟った時、突然左目だけに私が森の中を走っている映像が流れてきたのです。

 私は混乱しました。

 右目は私が今いる河原の景色を映し出しているのに、左目には木の間をすり抜けるようにして走る私の姿が映っています。

 意味不明な状況でしたが、こうして河原を駆けていても助からない、と思った私は左目が映し出す映像を追いかけて咄嗟に森の中へと進路を変更しました。

 木々の根っこに足を取られないように注意しつつ走り抜け、息も絶え絶えになって足が止まりそうになった頃、見慣れた光景が両目に映りました。

 私は、命からがら村へと帰還することが出来たのです。

 この時起こった現象が、<異能力(スキル)>によるものだと理解出来たのは、少し経ってからのことでした。私は自分が助かる未来を無意識に視ようとしていたんです。

 以来、私はこの異能力を使って村を守ってきました。周辺から漏れ聞く限りでは、怪物による被害は年々増加傾向にあるようでした。

 この千里眼のおかげといってはなんですが、私の村は他の村と比べて脅威に晒されることは圧倒的に少なかったと思います。

 怪物の習性は分からないことだらけで昼夜問わず活動する上、行動パターンにも一貫性がありません。じっと動かない日が何日も続いたかと思えば、脈絡なく暴れだして木々を薙ぎ払う姿が視えることもありました。

 怪物の未来を通して行動を探ることは、村を守るためとはいえ正直言って苦痛でした。私に向かって唾を飛ばしながら咆哮する、あの姿が思い出されて怖気立つのです。

 その恐怖を押し殺し、これも村のためとそう自分に言い聞かせてこの十年やってきました。

 けれど……ある時からどうやっても怪物が村を襲う未来しか視えなくなりました。討伐を名乗り出た人たちは悉く帰らず、村長が交代したこともあって、ついに私の村でも人を()ぶことになりました。

 私の異能力ではその時何度やっても怪物を殺せる未来が視えなかったからです。

 そして……そして。


 こうして喚ばれたのが、修一でした。

 後のことはもういいでしょう。召喚士の男に強制移動させられ、私は村へ戻るべくこうしているというわけです。

 それぞれの地域で独立してやってきた村々が今更団結して怪物に向かうこと事態に抵抗を示す人も根強くいて、排他的な風潮はより強くなっています。

 これから向かう村が、そうではないことを祈るばかりですね。



 そう言って、シンシアは話を終えた。

 黙ったまま、彼女の話を反芻しながら歩く修一の目に、柵らしきものと物見櫓の一部が見えてきた。

 

 


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