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第2話 思考力が低下している時に契約してはいけない

 照明のスイッチに手を伸ばし、点灯させた修一は、LEDの電球に照らされた推定妖精少女の姿と改めて向き直った。

 どうやら会話は成立するようだ、と見込んだ修一は、単刀直入に切り出した。


「目的は、一体何なんだ?」

「申し上げた通り、異世界へあなたをスカウトすることですよ」


 不信感溢れる目線を向ける修一を意に介さず、推定妖精少女は胸に手を当て、まるで啓示を与えたもうとする天使のように――その背にあるのは羽毛の生えた鳥類のそれではなく、昆虫のそれなので、天使というよりは妖精と修一は判断したのだが――高らかに話し始めた。


「おめでとうございます! あなたとマッチングする異世界が見つかりました! こちらの世界を捨てることになってはしまいますが、女神様より加護を頂戴……つまりですね、特殊能力を身に着けて、異世界で新たな生活を始めませんか? もちろん文明がある程度発展している世界をご紹介しておりますし、ご安心ください。えーと、どれどれ。お客様のマッチング先はですねー、インターネットはまだ、ちょっとないみたいですけど、悪くない環境だと思いますよ! ゆったりした生活が送れそうなところですね。いやー、実は異世界も深刻な人手不足でして。だけど、そもそも適合する人を見つけるのって、とっても難しいんですよ! 正に文字通り、世界の垣根を越えた人材の争奪戦真っ最中っていうわけです! お客さまは実に、貴重なお方なんですよ!」


 セールストークはまだまだ続いていたが、修一の耳にはもう入って来なかった。

 肩を落としてぼんやりと、その姿を眺めているだけだった。

 修一の心は揺れていた。

 自分の人生は停滞しているという考えが、その時、彼の頭の中に巣食っていたからだ。

 浮かぶのは、上司の尻拭いをさせられ深夜残業を繰り返していること。定着せずに辞めていく後輩、上がらない給料と増えていく業務のこと。休日は寝て一日が終わり、転職活動もままならない。そんな生活で友人とは疎遠になり、彼女は出来ず、趣味だったはずの読書からも最近は離れてしまっている……等々。


「その異世界とやらでやり直すのも、良いかも知れないな……」


ぽつりを漏れた修一の呟きに即座に反応した妖精は、花のような満面の笑みを浮かべ、どこからともなく取り出した羊皮紙を修一の目前に広げた。

しかし修一には書いてある文字が全く読めない。見たことすらない言語だった。

おそらくこの羊皮紙は、契約書の類だろう。文末に署名欄らしき空白が開けてあることに、彼は気が付いた。

素早く修一の表情の変化に反応した妖精は、安心してください、と言うと、小さな手のひらで文面をなぞりつつ、内容を丁寧に読み上げていった。

とりたてて修一に不都合な記載はないようだったが、果たして信用して良いものか、彼は逡巡していた。


「不安だとは思いますが、もし虚偽の内容をコーディネーターが伝えた場合、その瞬間に生命を剥奪されます。私がまだ存在していることが、あなたに嘘を言っていない証拠です」


妖精は修一に手を差し出すように言うと、迷いなくその右人差し指に唇をつけた。

触れた部分はごくわずかだったが、彼の指には温かな感触が確かに伝わっていた。

予想もしなかった妖精の行動に驚いた彼は、彼女が離れた後もまじまじと人差し指の指紋を凝視したまま動けない。


「……信じていただけましたか?」


無邪気な表情を向ける彼女に、彼はいつの間にか頷いていた。


「それから、注意事項の記載についてもお伝えしておきますね。こちらの世界には基本的には二度と戻って来れないのでご了承ください」


 注意事項、という言葉でやっと現実に引き戻された修一はふと湧いた疑問を口にした。


「その『基本的』ってつくのは何でだ?」

「例えばですけど、『こちらとあちらの世界を自由に行き来できる能力』とかに目覚めた場合、この限りではないですから」

「なるほどな。そういえば、その能力ってのは俺にはいつわかるんだ?」

「あちらの世界に着いてからですね。他に何かご質問があれば、お答えします」


 事前に能力の詳細が明かされないのは、かなりのリスクではないかと懸念した修一だったが、『能力の付け替え』なることも可能だという妖精の説得を受けて、最終的に彼は了承し、契約書にサインした。


「お疲れ様です。すぐに女神様の元へ転送されますので、今しばらくお待ちください」


 修一の署名した文字を念入りに確認しつつ、妖精が言った。


「え? いや、退職の手続きとか、部屋の退去とかしてから……」


 羊皮紙が光を放ち始めたことに気を取られて、修一は最後まで言い切ることが出来なかった。

 そういえば、契約書に同意した瞬間に効力を発するものとする、と説明を受けたことを彼は失念していた。嫌なものを感じとった修一だったが、後の祭りである。


「一名様、ご案内。まいどありー」


 もう用はない、と言わんばかりのやる気のない態度に急変した妖精を問いただす暇もなく、修一の視界は全てが霞み始めて白くなり、足元が抜け落ちる感覚がした。

 身体の中心が一気に浮き上がるような感覚に気持ち悪さを覚えた修一が強く両目を瞑ると、同時にその意識は途切れた。




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