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第19話 錆び付いた脳細胞

 次の村への道中は、安全面から言えばどちらかというとスムーズに進んだ。

 ラウラが積極的に先の状況を確かめるために飛んでくれていたし、シンシアは修一に疲れにくい歩き方、身体の動かし方を指導したので怪我もなかった。

 また、彼女は前日と同じように彼を気遣ってこまめな休憩を入れ、その休憩の度に話題の一つとして、修一に飲食可能な木の実等を教えた。

 修一の手元には紙も筆記用具もないし、当然の如くカメラもない。彼女がいればその都度教えてもらえば良いだろうが、そうではないときを予め想定しておかなければならない。自分一人だけの状況になった時、自身を救えるのは自分しかいない。自身の記憶を頼るほかないのである。彼は五感を総動員して頭に叩きこんだ。手触りを確かめ、自分の右手を使ってだいたいの大きさを把握した。更に、匂いはどうか、色合い、食べた感触と味……。

 それでも、すぐに覚えられる筈もない。修一は彼女の知識に関心するばかりだった。そして同時に自身が慣れ親しんだテクノロジーの偉大さを改めて思い知るのだった。

 もしスマホがあれば、それで対象を映せばだいたいのことは教えてもらえる。完璧な知識ではなくてもそれらしい文言で検索すれば、インターネットの方から類似を提示してくれたのだから、彼は段々と自分の頭を鍛えることをしなくなった。

 錆び付いた頭、という表現が嫌でも彼の脳内を駆け巡った。

 しかし、気落ちしようが状況は好転しない。修一が頭を振り払って気を引き締めなおしていたところに、丁度ラウラが戻ってくる姿が目に入った。

 修一たちは休憩を切り上げ、再び街道を南へ歩き始めた。


「ただいまぁ。村はあるみたいだけど、それまでにかなり曲がりくねった道が続いてる。あと、道に人影とかは見えないよ。狼みたいな姿した化け物に気をつけるよう言われたけど、ほんとにそんなのいるの?」


 ラウラの疑問に、修一とシンシアは二人で頷く。

 二人から肯定されても、どうもいまいちラウラには信じがたい。そのため話半分に聞いている、といった表情のままだった。

 それを見て修一は、確かにアレは一度目にしなければ納得出来ないだろう、と思う。総毛立つ、あの姿を。

 そこでふと、彼の頭の中に疑問が浮かんだ。


「なあ、ラウラ。お前『異世界マッチングコーディネーター』とやらの癖してその世界がどんなもんか把握してないのか?」


 ラウラは、理解できないと言わんばかりの顔をしながら修一の疑問に答えた。


「伝えて何になるの? あたしたちは、それを望んでいる世界があって、それに答える存在があるからただ仲介してるだけ。必要以上の情報を世界から引き出そうとは思わないし、転移希望者にも懇切丁寧に転移後の生活ついて説明することなんてしない。そういう決まり」

「何になるって……今いる世界よりもっと危険だってそっちが事前に分かるのなら、それを開示しないのは不誠実じゃねぇか?」

「不誠実? なら修一は、少なくとも、あの時あたしに訊いてきたかしら? 転移後の世界の方が危険な可能性はないのかって」

「……いや」


 彼は否定するしかなかった。なんとなく、転移後の世界の方が素晴らしいものであるかのように思ってしまっていた。根拠もないのに、何故疑問にさえ思わなかったのだろうか。修一は思い返してみても、ただあの時は酷く疲れていたから、としか思い至らなかった。

流石に彼の方に同情したシンシアが口を挟もうとしたが、修一はあえて手で制してそれを断った。


「返す言葉がない。そもそも俺は人間で、ラウラは妖精だ。俺の道理で話すべきじゃなかったんだ。……それにラウラは、どういう経緯であれ俺たちに協力してくれてる。『決まり』に触れない範囲でな」


 それを訊いたラウラはニヤリと笑った。


「あら、意外に冴えてるじゃない。そうよ。あたしたちだって色々と縛られている。ヒトでない存在なだけでね。まあこれは旧い話よ、転移希望者に融通利かせすぎた子がいてね、世界の枠は酷いことになった。以来制限されることになったってわけ」

「格好つけてるつもりなんだろうが、要はこの世界について知らないし教えられないってことだろ。このままじゃマスコットでしかねーじゃねえか」


 薄紅色の髪を振り乱し、声にならない声を上げながら修一の髪を引っ張り始めたラウラをあしらいながら、彼はシンシアの方に向き直った。


「今まで訊きそびれていたが、”怪物(けもの)”について改めて教えてほしい」

「わかりました。少し長い話になるかもしれません」


 そう前置きすると、彼女は怪物について語り始めた。

 



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