第18話 三日目の朝
朝。
修一は寒気でぼんやりと覚醒した。薄っすらと目を開けると霞がかかった暗い枝葉が飛び込んでくる。光は霞のせいで拡散されてしまっているのだろうか、それとも睡眠不足で視界がぼやけているせいなのだろうか、と修一は思う。瞼が重い。彼は毛布を手繰り寄せて芋虫のように包まり、二度寝を決め込んだ。
今はもう、アラーム音に飛び起きて慌てて身支度する必要も、憂鬱を押し殺しながら起き上がる必要もないのだ。あと少しくらい自堕落な夢を見ていても許されるだろう、と修一は思っていたのだが。
「起きなさいよ修一」
耳元でラウラが彼の起床を急かしている。ついでに髪の毛も引っ張っている。痛みはあまりないが、寝起きにやられるのは気分が悪い。
「もうちょい寝かしてくれよ」
修一は鬱陶しそうに手を払った。そして頭まですっぽりと毛布の中に潜り込んだ。これでようやく落ち着いて二度寝出来る……と言わんばかりに。
その態度にカチンときたラウラは、修一の頭のあたりを毛布ごと蹴り上げると息を吸い込んで一気に喋った。
「せっかくこっちは修一が恥かかないようにって心配して起こしてんのに何なのその態度! そもそもこっちは修一の母親代わりでも何でもないんだからね、余計なお世話だったわね。せいぜい寝起きのだらしない顔をシンシアの前に晒せばいいんだわ!」
修一は飛び起きた。
しかめっ面のラウラの顔がしっかりと目に飛び込んでくる。完全に彼は覚醒した。
あたふたと毛布を畳み、川べりへと向かう。
空はすっかり晴れており、遠くには山々が朝の透明な光を受けている。風景だけ見るならば、清々しい空気に満たされた朝であった。
こんなにも時間を気にせず景色など眺めたのは何時ぶりだろうか、と彼は思った。
川は陽の光を反射させながら遠くやがて海まで至るまで下ってゆく。水音が彼の鼓膜を叩くが、決して耳障りな音ではない。
川の中に生物がいるのだろうか、偶に規則的なリズムを乱す音が聞こえる。人工的なものとは対を為す、自然の姿。
放心したまま立ち尽くしていることに気がついた彼は、慌てて心を今へ引き戻した。
水の冷たさに身震いしつつ、顔を洗う。
ポケットから引っ張り出したハンカチで顔を拭いた修一は、少し迷ったものの、上半身の服を脱いだ。
川にハンカチを浸して、絞る。やらないよりマシだろうとの考えで、彼は上半身を拭いた。出来れば今夜は風呂に入りたい、と思いながら。
脱いだ服片手に寝床へ戻ると、ラウラが暇そうに毛布の端をいじくりまわして待っていた。
その横に乱雑に服を放り投げると、昨夜残しておいたパンらしきものを紙袋から取り出し食べ始めた。
ラウラの機嫌はまだ直っていないようで、つっけんどんな声音で修一に話しかけてくる。
「アンタなんで服脱いでんのよ」
「身体拭いたから。その、ありがとなラウラ」
「べっつに」
ぷい、とラウラは横を向いた。
「それから、夜番も」
「べっつに」
二回目の言葉は、多少棘が抜けているように修一には思えた。何か会話を続けようかと彼は考えを巡らせたが、ここでまた彼女の機嫌を損ねるのも好ましくないと思ったので、後は黙々と口に入れて飲み込むことに専念した。
朝食を済ませた修一は改めて服を着るとラウラを連れて、シンシアを迎えに村の門まで歩いて行った。
門の前にはシンシアが既に待っていた。右肩には中がたっぷりと入った水袋を下げ、背には別の袋を背負っている。顔色は昨日より良い。ゆっくり休むことが出来たようで、修一は安心した。修一はシンシアから水袋を受け取ると、肩にかけつつ声を掛ける。
「待たせて悪い、シンシア」
「ほんとよ。女性を待たせるもんじゃないわ」
横から口を挟んできたラウラを疎まし気な目で彼は見た。しかし、彼も悪いことをしたと思っていたところだったので何も言えなかった。
修一が黙っていることをいいことに、ラウラは勝ち誇ったような表情を浮かべている。
シンシアはそんな二人の様子に苦笑しながら答えた。
「いいえ、大丈夫です。むしろ二人には野宿をお願いすることになってしまい、悪いことをしました。体調はいかがですか?」
「俺もラウラも問題ないよ。っていうか妖精って病気になったりするのか?」
「はあ!? あー、まあ修一は知るわけないわよね。所詮人間だし」
「所詮人間ってどういう表現だ」
「言葉の通りよ」
放っておいたら口論が止まらないと思ったシンシアは、間に入って宣言する。
「では、早速ですが出発いたしましょう」
修一はバツが悪そうに、ラウラは渋々といった表情で、それぞれ矛先を収めた。
シンシアは、昨日と同じ顔ぶれの門番の二人に礼を伝えると歩き出した。修一も、軽く会釈をしてその場を離れる。
次に向かう村はもう少し友好的であることを祈りつつ、修一はシンシアの後を追った。




