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第17話 俎板の鯉

 今まさに夕陽が山の際へ隠れようとしている。

 修一の今夜の野宿の準備は、まだ手を付けてすらいない状況なので、非常にまずいことになっている。

 しかし、それ以上にまずはこの誤解を解くべきだと、彼の本能が叫んでいた。



「頼む、シンシア。まずは俺の話を聞いてくれ」

「いや、こんなに可愛いラウラちゃんの身ぐるみ剥ごうとしてたのは事実だし、申し開きとか無理じゃない?」

「ラウラ! お前は話を余計にややこしくするな!」


 修一は慌ててラウラの口を塞ごうとするも、逆にその様子がシンシアには乱暴な行為に映った。表情は益々険しくなり、様子見をしている。

 それを目にした修一は動きを止め、シンシアが何か言うだろうかと彼女の次の言動を待つことにした。


「…………」


 しかし、シンシアは左腕全体で紙袋を強く抱きしめて、ずっと黙り込んでいる。中に入っているパンのような何かが今にも零れ落ちそうだ。

 少々、どころでない軽蔑が視線に含まれているように彼には感じられた。そしてそれは間違っていない。

 修一は思わず頭を抱え込んで、川砂利にしゃがみこんだ。

 俎板(まないた)の鯉だった。


「修一。まずは露営の準備をしましょう」


 居たたまれない空気がたっぷりと流れた後、シンシアは修一とラウラのやりとりを追及することはせず、まずは今晩を過ごすための現実的な提案をした。

 修一は肩を落としてシンシアの指示に従う。シンシアに対してどう説明したらいいものか、頭をひねりながら枝を拾いに木々の間をうろうろと彷徨っていた。

 修一の前方三メートル程には、同じく小枝を拾い集めるラウラが頬を膨らませながら飛び回っている。修一がシンシアから冷たい目で見られていることに笑いを押さえられない、といった風だった彼女だが、修一に翅を摘ままれ強制的に枝拾いに連行された。しぶしぶではあるが従っている。


 河川敷に戻ってきた二人から枝を受け取ったシンシアは、あっという間に火を熾した。

 修一は火種をどう用意すべきか憂慮していたが、彼女は松明を村から分けてもらってきたらしく、杞憂に終わった。

 同じくシンシアが村で調達してきた薄い毛布をひいて砂利の痛みを軽減し、焚火にあたりながら夕食とした。

 すっかり日は落ちてしまった。

 燃える枯れ枝が弾ける音と二人が丸い形をしたパンのようなものを咀嚼する音のみがしている。ほのかな甘味はあるものの、どうも修一にとってはパサつきが気になるし、味気ない。しかし、文句など到底言えるはずもないので、ある程度噛んで後は沸かした湯で流し込んでいる。昼時に食べた缶詰を川で濯いだものがコップ代わりだった。

 ラウラは修一の隣、毛布のひいてある場所で身体を横たえて休息していた。



 食後、一段落したと判断したシンシアは、修一の隣で眠っているラウラについて説明を求めた。

 彼は、薪を集めている時に順序立てて話すことをシミュレートしていた。そのことが功を奏し、なんとか彼女からの疑いを晴らすことに成功した。

 それにしても、とシンシアは口を開く。


「修一みたいな転移者はきっとそうはいないんじゃないでしょうか。私も決してお会いした人数は多い方ではありませんが」

「どうだろうな。……俺みたいなやつがゴロゴロしてたら、それはそれで問題なような気がするけどな」


 修一はラウラを見ながら言う。

 妖精は顔を逸らした。


「さて、では修一。真面目な話をいたしましょう」


 シンシアの声音が変わり、表情も引き締まった。持参した紙袋の底の方から物を取り出そうとしている。

 修一は思わず背筋を伸ばした。

 『これ、見てもらえますか』と言いながら、彼女は折りたたまれた紙を広げた。

 彼は毛布を引き摺ってシンシアの隣に断りを入れてから座った。彼女の膝の上に広げられたものを覗き込むと、地図のようだった。

 飛んできたラウラも遅れて地図を見下ろした。


「今、私たちがいるのがここです。……目指している私の村はここです。」


 シンシアは焚火に照らされた指で地図の北にある箇所を指さし、そのまま南西へとスライドする形で移動させ、彼女の故郷を指し示した。


「恐らく、二週間ほどの旅路になるでしょう。進路としてはこのまま街道を南下します」

「城郭都市方面ってことか?」

「ええ、そうです。道がわかりやすいですから。……明日は、このあたりにある筈の村を目指しましょう」

「その、ある筈っていう表現が引っ掛かるんだが」


 修一の疑問に、シンシアは少し眉を顰めた。


「この地図、少し古いもののようなんです。思った以上にあの村は他との交流を断っているようで……不確かな情報でリスクがあることは自覚しています」

「いや、いいさ。シンシアがいなかったら、俺は今頃野垂れ死んでる。ラウラもいるし、偵察してもらいながら進もう」


 突然自分の名前を出されたラウラはすかさず抗議したが、修一から黙殺された。ふてくされて彼女は毛布の上に背を向けて転がった。


「シンシア、今日はもう休もう。村まで送るよ」


 修一は毛布を畳むと、側に用意しておいた長めの棒に火を移した。毛布を拾い上げて小脇に挟むと、村への道を歩き出す。

 そういえば全く眼中になかったラウラはどうしたかと修一が姿を探すと、彼女はちゃっかりシンシアの肩に座っている。修一は心配して損した気分になった。

 

 村の扉の前には松明を掲げた女門番が仁王立ちしていた。修一をじろりと眺め、警戒の姿勢を崩さない。しかし、シンシアの肩に乗ったラウラの姿を目にすると、ぎょっとした顔に変わった。

 シンシアは落ち着いた態度でまずは門番の女に外出の礼を言うと、ラウラの説明をさらりと済ませた。


「彼女は修一の――転移者である彼の能力です。問題はありません」

特殊能力(ギフト)? だが、先程紙片は何の反応も示さなかった筈だぞ」

「そうですね。ですが、紙片が特殊能力(ギフト)を見逃す可能性を否定出来ない」

「…………」


 女は考え込んでいる。

 『もう一度試しますか?』というシンシアの言葉に首を振ると、女は答えた。


「で、あれば我らの答えは一つだ。その存在が中に立ち入ることは許されない。我々は、お前にしか許可を出していない」


 絶望したのはラウラだけだった。彼女はシンシアについていれば野宿を免れると踏んでいた。その目論見が外れてしまい動揺を隠せない。

 修一は少しだけ同情しながら、シンシアからラウラを引き取った。

 シンシアと門前で別れ、河川敷へと到着した修一は、シンシアが残してくれた毛布も使って横になった。

 今夜の空は雲が覆っており、星も月も見えない。昨夜は満月だった。今夜の月は少し欠けているだろうが、多少の光源にはなっただろう。しかし、暗闇は不安を加速させる。修一は昨晩見た怪物のことをまた思い出してしまい、そのイメージを掻き消そうと何度も寝返りをうった。

 睡眠を必要としないラウラに、夜の番は任せている。絶対に嫌な顔をされるだろうと予想していた彼は、ラウラがすんなりと受け入れたものだから呆気に取られてしまった。

 彼女は修一の態度を見て心外だったので酷く憤慨したが、役目はきちんと果たしていた。


「悪いな。おやすみ」

「いいからさっさと寝なさいよ」


 ラウラの軽口に何故か安心した修一は、瞼を閉じると眠りの底へと沈んでいった。




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