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第16話 ラウラ

「こんにちは! こちらは異世界マッチング――」


 コーディネーター、と妖精が最後まで発言することは叶わなかった。

 修一の右手が目にも止まらぬ速度で妖精を捕えたからだ。その顔は、般若と言っても差し支えなかった。


「いやいや、お客さま。この度は誠に申し訳ありませんでした。そのため、こうしてアフターサービスに(うかが)……」

「どの面下げて来やがった」

「こっわ」


 どす黒いオーラを出しながら吐き捨てる修一を見て、妖精は身体の自由を奪われたまま口元を引き攣らせた。


「本当に申し訳なく思ってるんですよ! 確かに私のミスでした! だから女神さまからしこたま怒られてこうして謝罪に……」

「それで許されると思ってんのかよ。口先だけの安い謝罪なんざ求めてねーんだよ」

「怖。女神さまに引けを取らないくらい」


 言葉だけで修一の怒りを鎮めるのは骨が折れそうだと悟った妖精は、『これを! これを見てください!』と必死に叫んだ。

 修一の耳にごく軽い破裂音のようなものが聞こえた後、瞬きする間に目の前には羊皮紙が浮かんでいた。


「契約解消出来んのか?」


 もしや、と考えて出た修一の言葉に妖精の表情は固まった。ぎくしゃくとした動きで顎を引くと、彼女は俯いた。十秒経っても、顔を伏せたまま沈黙を守っている。

 そのことから答えを察した修一は苛ついて、しかし言質を取らねばなるまいとして確認をする。


「出来ねーんだな。期待させやがって」

「…………申し訳ありません」


 妖精は蚊の鳴くような声で答えた。彼女の行動は完全に裏目に出ていた。

 修一は大げさに、妖精の罪悪感を―もしあればの話ではあるが―これでもかと煽るために大きな溜息をついた。


「んじゃ、これは何のために出したんだよ」

「その、ですね。記載されております内容を一字一句違わずにご説明申し上げますと……」

「今度は端折るんじゃねーぞ」


 妖精の言葉を遮り、修一はぶっきらぼうに言い放つ。

 すると、彼の右手の中で妖精はその身体を震わせた。ぶるぶると、段々と震えが大きくなっているのが彼に伝わってくる。

 次の瞬間、妖精は大口を開けて泣き出した。両腕は修一の右手に握られて拘束されているため、彼女は顔を覆うことも、とめどなく流れる涙を押さえることも出来なかった。日の落ちかけているひらけた河川敷に、妖精の泣き声が響き渡る。


「ひっく、酷くないですか流石に! 確かに私が全面的に悪いですよ! ぐすっ、だけどお許しのチャンスくらい聞いてくれたっていいじゃないですかあ! 怖いんですよ! ひっく!」

「…………」

「この契約書の内容は! 本当に申し訳ないと思って私が自分で考えて女神さまの許可を得てきたんですよ! ひっく! それなのに……!」

「……わかったから。話してみろよ」


 明け透けのない泣き方に毒気を抜かれた修一は妖精を手放した。

 自由の身となった妖精だが、まず涙溢れる顔を拭い拭い、嗚咽を落ち着かせようとしている。

 涙も止まり、しゃっくりも治まった頃、妖精は浮かんでいる羊皮紙の元へふらふらと移動して、それを広げた。

 相変わらず、修一には理解不能な文字列が並んでいる。

 潤みの残る声で、時々詰まりながら彼女は文面を読み上げ始めた。


「私、妖精ラウラは、不誠実な契約方法を謝罪し、以下の内容を遵守いたします。一つ、ご契約者さま、遠矢修一さまの異世界でのご生活が落ち着かれるまでサポートをいたします。一つ、危害を加えたり、意図的に遠矢修一さまに不利な状況を画策することはいたしません。一つ、基本的に常に同行するものとし、その間コーディネーター業務は休業いたします。一つ、サポートの範囲内は現実的な事情を考慮し、私に実現可能な内容に限らせていただきます。一つ、この契約は、遠矢修一さまの意志によってのみ終了できるものといたします」


 聞き漏らすまいと集中していた修一は、妖精の読み上げ終了と同時に長く息を吐いた。

 そして、疑問に思った箇所の確認作業に入った。


「コーディネーター休業って、その間の補填を俺にしろとか言わないよな?」

「それは、勿論です。それから、妖精は食事も睡眠も、生命活動には必要ありません。嗜むことはありますが、それに係る費用は自身で負担します」

「何か危険な目にあったりしても助けんぞ。いいのか?」

「大丈夫です」


 ふーん、と呟いた彼は、次の質問に移行する。


「サポートの範囲内についてだが、難癖つけて結局やらない可能性だってあるよな」

「いいえ。これはあくまでこの世界において実現不可能だったり、律に触れる事柄を制限するためにあります。例えば、元の世界に帰せというのは私の能力では不可能ですし、また、貨幣を複製して出せ、などといった願いには従えません。どうかご了承いただければと思います」

「そうは言っても、俺が毎日、馬車馬のように働かせようしたらどうすんだ? それでも従うってのか」

「う……えと、それだけのことを……してしまったと思っているので……」


 休みなく働く姿を想像してしまい、妖精ラウラの声は尻すぼみになっていった。明らかに絶望した表情をしている。

 その様子を見た修一は、彼女に『そんな悪趣味なことはしないけどな』とは言っておいた。


「えーと、ラウラだっけ? こんな内容、本当に女神様が許可したのか?」

「はい。ここの部分に、女神さまが上記内容を保証する旨が記載されています。また、契約違反や不履行が発生した際の処遇として、私の存在は抹消されることが記載されています」


 何時ぞや見た光景だが、彼女の小さな手のひらが羊皮紙の文面をなぞっている。

 修一はとりあえず、やりなおしを夢見た平穏な生活の実現がかなり遠いことの責任をある程度取ってもらおうとして、契約書にサインする方向で考えていた。


「この契約書の効力発動はサインした瞬間で間違いないか?」

「はい。間違いないです」

「最後に。契約書はどこに保管される?俺の手元には残るのか?」

「契約書はこの一枚のみで、女神さまの管理下に置かれることになっています」


 顎を触りながら少し考え込んだ修一だったが、ええいままよ、とラウラに向かって筆記用具を要求した。

 彼女がまたどこからともなく取り出した万年筆を使って、彼は署名を済ませる。


「これで契約完了だな」 

「はあー、契約しちゃった。ほんっとーにあたしって可哀そう」


 ラウラは天を仰ぐ。

 一人称が『あたし』に変わったことに気が付いた修一は呆れたように言った。


「お前、さっきまでのしおらしい態度、やっぱり猫かぶってたな」

「だって! 修一の許しが貰えないまま、のこのこ帰ったりしたら女神さまに消されちゃうんだもん!」

「呼び捨てにすんな」

「そっちだって『お前』とか言わないでよ! あたしには『ラウラ』って愛らしい名前があるんだから!」

「普通、自分で『愛らしい』とか表現使うかよ」

「あら、人間の普通を可憐な妖精にあてはめないで貰えますー?」


 修一は、多少予想していたことではあったものの、実際相手にしていることでラウラと契約したことを後悔し始めていた。


「んで、お前は実際のところ、何が出来んの? 今夜野宿になるし、テントとか出してくれ」

「無理に決まってんじゃん」


 ラウラは再び、目にも止まらぬ速度で動いた修一の右手に捕えられることとなった。

 『ハラスメントでしょ!』と必死に叫んで身体を捩ってみるものの、がっちりと掴まれているせいで修一の手からは逃げられそうになかった。


「いっそのこと、ここで身ぐるみ剥いで……」

「え、ちょっと、やだ! 何考えてんのよ!?」

「そのドレス、もしかしたら売れるんじゃないか? 路銀代わりに……」

「はあ!? あたしはどうすんのよ! まさか素っ裸でいろっていうわけ!?」

「見たくねーよ。その辺に落ちてる葉っぱとかやるから、それで」

「良くないわ! なんなのこのデリカシーに欠けた男は! こんな思考回路してるから、平凡そうな顔してるのに修一は彼女出来ないのよ」

「今、関係ねーだろその話!」


 太陽が沈みかけオレンジ色に照らされる川っ縁で、騒々しく言い争う二人の姿が砂利に影を落としている。

 そして、二人以外の影が、もう一つ。


「あの、修一?」


 大きな紙袋を抱えたシンシアが、引き気味にその場に立っていた。

 



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