第14話 足元見てくる奴にはそれなりの
修一は右手に携えた電子書籍リーダーを左手に持ち替え、おもむろに自らの目線の高さまで掲げると、行商人の男の顔にしっかりと向けた。
そしてリーダーを保護しているカバーの表面を、右手の人差し指の爪を使って二回、音が出るように叩いた。
その音に気がついた行商人の男は、修一を咎める。
「おい、何してる?」
「何って……写真を撮ったのさ。ああ、アンタは写真って知ってるか?」
「お前、馬鹿にしてるな? 俺は城郭都市から来たんだ。……カメラの存在くらい知っているさ。何で勝手に撮ってるんだ」
浮かべていた柔和な笑みはすっかりと消え、男は唾を飛ばしながら修一に掴みかからんとする勢いで言い寄ってくる。
修一は背後にリーダーを隠し、右手を前に出して男を牽制した。
「アンタ、俺の恰好を見て転移者だってわかったから、ぼったくろうとしてきただろ。まあ、こんなスーツ着てこんなところ歩いているようなやつは早々いないだろうしな。それに、この先の村へ着いても恐らく追い返されるって知ってて吹っ掛けてきたな?」
「……言いがかりはよしてくれ! この缶詰はな、城郭都市で仕入れた、その……作られたばかりの新鮮な缶詰だ。だから値段もそれなりにして売ってるのさ!」
『なるほどな』と、納得しかけている振りをしつつ、修一は行商人の男の背後に立っているシンシアにこっそりと目線を送った。
即座に反応した彼女は首を振っている。
シンシアの回答を確認した修一は、大筋の予定通り事を進めることにした。
「なら、勘違いして悪かったよ。詫びと言っちゃなんだが、そうだな。しばらく旅をしなきゃならんから村々に立ち寄ることも多いんだ。行く先々で、アンタが新鮮な缶詰を販売してるって紹介しとくよ。この写真を見せて」
修一は背後から少しだけリーダーを出して行商人の男の視界に入るようにしてやった。
「やめろ、そんなことせんでいい」
「いやいや、疑っちまった詫びだからな。これくらいさせてくれ」
修一が引かないことを悟った男は歯ぎしりしたかと思うと、背後を振り返り荷馬車に駆け寄って、積まれた木箱の奥から缶詰を二つ取り出した。修一が見慣れているサイズよりも大きい。
そのままシンシアに向かって缶詰を突き出しながら言った。
「缶詰二つ。銅貨一枚だ」
シンシアは缶詰を受け取ると、ひっくり返して底を確認した。修一も近寄って横から覗き込む。先頭にアルファベットで”M”、それから八桁の数字と末尾もアルファベットの”B”の文字がマーキングされている。
それらを見て問題ないと判断した彼女は、缶詰を修一へと渡すと、腰のポーチの内の一つを開けて銅貨を一枚取り出した。
受け渡しが済んだ商人は、忌々しげに、しかし小さな声で『まいど』と呟くと馬を駆り去っていった。
蹄の音が過ぎ去りその姿が見えなくなってから、道脇の木陰に二人は移動した。
シンシアは腰からナイフを取り出すと、修一に水袋を渡すよう促した。左手で傾け、少量流してナイフを濯いだ。
「ナイフなんて、いつ見つけたんだ?」
修一はふと湧いた疑問を何の考えもなしに口にしただけだったのだが、シンシアは居心地が悪そうに、ぼそぼそと答えた。
「あの廃村に飛ばされた時、護身用に引き抜いたはいいものの、修一の声にびっくりして、その、静かにしてもらわなきゃ、ってことで頭が一杯になってしまって……つい手放してしまって。しちゃいけないミスです。混乱してて、暗闇の中悠長に探してる時間もありませんでしたし……。それで今朝、見つけ出して拾っておいたのです」
修一は己が無遠慮に出してしまった言葉にやっと気づいて謝罪した。
彼女は『いいのです』と無理に笑うと、修一に水袋を持つように頼んだ。彼が再び右肩にかけたことを見た後、彼女は缶詰ひとつを彼の手から取り上げて、地面に置いた。
缶詰の蓋の縁にナイフの先をあてがう。右手でバットを叩いて穴が開くと、少し回転させてまた穴を開けることを繰り返す。リズミカルで慣れた手つきだった。
木の根本に座りこんだ二人は、一息ついて肩の力を抜いた。
二人の間に缶を置いて最後にてこの原理で蓋を取り去ったシンシアは、そのままナイフで中身の肉を突き刺すと修一に差し出した。
「え、いや待てシンシア。流石に食べさせて貰うとかは、ちょっとどうかと思うんだが」
「わ! あの! ごめんなさい。つい昔の癖っていうかなんというか」
しどろもどろになりながら手を引っ込めた彼女を落ち着かせる言葉をかけてはいたが、彼も勿論動揺していた。
しかし、それを悟られまいと話題逸らしのために『旅をしたことがあるのか?』と彼女に尋ねた。
「仕事を兼ねて少し。女二人旅で、缶詰を分け合って食べたりして、懐かしいな」
彼女は過去を振り返っているのだろう、細められた目は遠くを見つめていた。長い睫毛が目元に影を落としている。風が通り過ぎる度に彼女の亜麻色の毛先を揺らしていった。
ひとしきり回想を終えた様子のシンシアは、ナイフのハンドルを修一に差し出した。
「先に半分食べてください。ナイフの先で口を切らないように気を付けて」
シンシアの整った顔立ちを無意識に眺めてしまっていた修一は、不躾さをとがめられやしないかと少しひやりとした。
彼は缶詰とナイフを受け取ると、ナイフに口が触れぬように細心の注意を払って食べた。怪我をしたくないのは当然だが、下手したら、というもう一つの考えが彼の頭の大部分を占めていた。
神経質になりすぎて、甘辛く味付けされた牛肉をよく味わうこともせずに、ろくに噛まずに飲み込んでいく。
あっという間に半分食べ終えた彼は、シンシアに礼を言いながら渡した。彼女の顔は見られなかった。
隣で彼女が食べ終えるのを待ちながら、修一は彼女がしていたのと同じように空と木々の天辺を見遣った。元居た世界と同じように、空は青く木々は生命力溢れる緑の葉を広げ、風に吹かれて囁いている。つい勘違いしそうになるが、修一の転移先での先行きは不透明なままだ。その事実を呼び起されてしまった彼が薄暗い気分を追い払っていると、シンシアが思い出したように問いかけた。
「あの、修一、ちょっといいですか? それに撮影の機能なんてついていたのですか?」
シンシアは修一の傍らに置かれたリーダーを指し示した。
「いや、ないよ。あれははったり」
「嘘? 肝が据わってることをしますね……」
「でも、成功したし。缶詰の中身は牛肉で、支払いは銅貨一枚だった」
修一はさらりと答える。
それに頷いた彼女だったが、ふと、気が付いたように言った。
「もしかしたら、目指している村はかなり排他的かもしれませんね」
「だろうな」
修一は同意する。
「けど、行ってみなきゃ始まらないだろ?」
「……そうですね」
シンシアは残りの牛肉を黙々と食べ終えると、落ちた木の葉を摘み上げてしっかりと刃を拭った。鞘に納め、大きく伸びをする。
それに倣い、修一も伸びあがった。息を吐いて、地面から缶詰と電子書籍リーダーを拾い上げてしっかりと抱えた。
その後、二人は進むべき道を見据えてどちらからともなく出発した。




