第10話 <特殊能力>と<異能力>
修一はふいに目を覚ました。部屋の窓から月光ではない光が差し込んでいる。日の出を迎えたようだ。
シンシアの様子が気になった彼は、念の為に立てる音を最小限にして一階へ向かうことにした。
「巻き込んでしまって、すまなかった」
階下に降りた修一は、シンシアの顔を見るやいなや頭を下げた。
「あの、頭を上げてください。昨日は最低限の説明すら出来ませんでしたし、混乱されているでしょう。少し、座って話しましょう」
驚いた様子のシンシアはそう言うと、ダイニングテーブルの椅子に座るよう、修一に勧めた。埃は綺麗に取り払われている。シンシアがやってくれたようだ。
椅子に腰を落ち着けた修一は、この世界にやってきた顛末を、さわりだけ話した。修一が女神から加護を受けられなかった話に入ると、シンシアは苦い顔を隠せなかった。
「まさか<特殊能力>なしとは……。いえ、ごめんなさい。あなたに非がないことは分かっているのですが……」
「あー、<特殊能力>っていうのは、召喚されてきたやつが持つはずの能力のことだよな?」
「そうです」
シンシアは頷く。
「一方で、<異能力>という概念もあります」
「<異能力>?」
「はい。この世界に元々いた人間の中にも、たまに<特殊能力>と同じような力に目覚める者がいます。例えば、私がそうです。区別するために、その力は<異能力>と呼ばれます。そして、<異能力>を持つに至った者を<覚醒者>と呼んでいます」
ふと浮かんだ疑問を修一はシンシアに投げかけた。
「なぜ、この世界は外部から人を喚ぶ?」
「あなたも昨夜、見ましたよね。怪物に対抗するためです」
「その、アレは獣というより化け物だよな?」
「……まあ、そうといえば、そうですね」
シンシアは修一の意図を図りかねているようで、歯切れが悪い。
「あーと、そうだ。”けもの”は漢字で書くと、どうなる?」
漢字という概念が通じるのかどうか修一には不安ではあったが、言うだけ言ってみようと思った彼は、シンシアに問いかける。
シンシアはダイニングテーブルから離れると、その横に設置されたサイドボードへと近づいた。
その埃だらけの天板を、細く伸びた指が滑る。
修一は、『怪物』の文字を見て、がっくりと肩を落とした。
「なるほどなあ……」
「修一は、何だと思っていたのですか?」
「これ」
修一は、隣に『獣』と書いた。
「……なるほど」
シンシアは、ようやく合点がいったという風に何度も頷いた後、ダイニングテーブルの椅子へと腰掛けなおした。
修一も、その後に続き、仕切り直しといった意味を込めて、咳払いをした。
「その、素人考えだが覚醒者では対処出来ないのか?」
「<異能力>に拠っては可能です。ですが、私は戦闘向きではないので……」
シンシアは両手を膝の上で握りしめた。
「怪物は、私たちにとって恐怖であり、脅威なんです。人を襲うから。銃は高価で、私の村にはありません。刃物で武装して向かっていった者は、悉く戻ってきませんでした。遺体も見つかりません」
「…………」
「村には、私の妹、アリシアがいます。私は出来れば早急に自分の村に帰りたいと思っています。憶測ですが、かなりの距離を飛ばされたようなので」
「その辺りのことは、とりあえず理解できた。それから俺が……足手まといになるだろうってことも」
修一は、苦い顔をして、絞り出すような声で続けた。
「なんだったら、どこかで俺を売り飛ばして、金に換えて貰って構わない」
シンシアは口をあんぐりと開けている。
「自分を売り飛ばせなんて、そんなこと言う男の人、初めて見ました」
「<特殊能力>のない、護衛にもならない男なんて、役に立たないだろう」
役に立たない、と自分で言った言葉に彼は傷ついた。自嘲の響きを感じ取ったシンシアは、静かに首を振った。
「そんなことはありません。私は視ました。あなたが私の助けになってくれる未来を」
「え? 何をみたって?」
「未来を少しだけ視られる千里眼……私の<異能力>です」
シンシアは微笑んだ。
「昨夜、先に休ませてもらっている間に、実は妹の未来を視ていました。無事かどうか確かめたくて。その中に、あなたの姿も視えました」
「……俺が?」
「はい。私は、自分の千里眼で見た未来を信じます。あなたが必要です」
まっすぐ修一の目を見て話すシンシアに、彼は少々狼狽えた。
確かにこの場所に一人放り出されても野垂れ死には確定しているようなものなので、同行させて貰えるのであれば願ったり叶ったりなのだが、修一の頭の中にある疑惑は拭えない。
「君は、不安はないのか?見ず知らずの男だぞ」
見ず知らずの男、と修一が発した途端、シンシアの身体は跳ねた。
そして、バツが悪そうな顔をすると、手を後ろに回し、何かを抜き取るような仕草を見せた。
「私も、まずあなたに謝罪すべきでした」




