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第1話 女神に愛されなかった男

「人の子よ、そなたに加護を授けることは出来ません」


 遠矢修一(とおやしゅういち)は耳を疑った。聞いていた話と違ったからだ。

 今すぐに俺を騙して拉致したあの詐欺コーディネーターを出せ、と叫びだしたい気持ちで一杯だった。

 しかしそうしないのは、修一を見下ろしているのが、眩いばかりに輝きを放つ光の輪を頭上に浮かべた神的存在であるからに他ならない。

 先ほどから対峙しているだけで、彼の背には冷や汗がとめどなく流れている。ましてや機嫌を損ねてしまったら一体、何が待っているやら。

 交互に湧いてくる怒りと畏怖の感情を押し殺し、両の拳を固く握り閉めると、修一は可能な限りの冷静さを装って尋ねた。


「それは、何故でしょうか?」

「そなたに加護を授け、彼の地へ送り出すと、そなたは人々を殺戮する能力に目覚めます。そして、その忌まわしき力を躊躇なく振るうようになるでしょう。これは、避けられぬ未来です。そなたがどう足掻こうと関係なく、彼の地に終焉をもたらすものとなるのです。看過出来ません」

「つまり、特殊能力を頂けるというお話は……」

「そなたに能力付与は行いません」


 取り付く島もない、とは正にこの状況を示す最適な言葉だろう。

 それでも修一は、突破口を見つけようと別の方面から攻めようとした。


「その、聞いていた話と齟齬があり、申し訳ないのですが、あのコーディネーターともう一度話をすることは出来ますか?」

「彼女は次のスカウト対象と商談中です。面会は出来ません」


 無情にも、という表現も、この場に広がる空気に合致している。

 諦めきれない彼が口を開こうとした気配を察知して、女神はダメ押しの一言を放った。


「往生際が悪いですね」


 修一は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王——ではなく、適当な仕事をした悪徳コーディネーターを除かなければならぬと決意した。

 ことの始まりは三十分前に遡る。

 深夜になってようやく職場から解放された修一が、やっと辿り着いた自宅アパートの玄関ドアを開けた時だった。



「遅くまでお仕事お疲れ様です! こちらは、異世界マッチングコーディネーターです!」

「はは、ついに俺にも幻覚が見えるようになったか」

「いやいや、これは現実ですよ! スカウトに参りました!」


 玄関扉を開けた修一を待ち構えていたのは、発光する翅をその背に持った人型の生き物だった。身長は十五センチメートルにも満たない。薄紅色の髪は肩のラインで切り揃えられており、サイドに薔薇を模した髪飾りを着けている。繊細なレースが施されたノースリーブのショートドレスを身に纏い、そこから伸びるほっそりした四肢は、淡い光を放っていた。まるで、その肌の内に柔らかな光源を秘めており、それが漏れ出しているようだった。

 修一にとっては余りにも非現実的、としか言いようのない光景が広がっている。


「ありえないって。疲れてるだけなんだ」


 修一は寝不足で隈の出た両目を擦った。二十一世紀の現代日本において、妖精など存在するはずがない。自分の見間違いに決まっていると思ったからだ。

 しかし、目を開いても、推定妖精少女は変わらず目の前に浮かんでいた。

 右手でドアノブを握りしめ、左手には通勤カバンをぶら下げて扉を開けたまま動かない修一に対し、妖精はいたずらっ子のような笑みを浮かべると、くるくるとその場で身を翻す。ドレスの裾がふわりと広がった。

 修一の元に、甘い薔薇の香りが届く。

 ふと我に返った彼は、慌てて周囲を見回すが、深夜のアパートの廊下は静まり返っている。

 逃げ出す、という考えが浮かぶも、即座に、何処へ、という疑問に打ち消される。

 そもそも、と修一は思う。手の大きさサイズの存在の一体どこに恐れる要素があるのか。

 疲労した頭でこれ以上何も考えられなかった修一は思考を放棄し、三和土(たたき)に大きく一歩を踏み出した。薔薇の香りが少し強くなった気がした。気にせずに扉を閉め、施錠をする。

 聞きなれた金属製の部品が噛み合う音のはずが、彼にはそれまでの人生二十八年間と別れを告げることになる合図のように感じられた。

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