70話 ハンナの叫び
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空はもう真っ暗で、電灯の灯りで僅かに道が見える。
帰りは送ると言ってくれたが、劇場の人に家に連絡してもらったので、もう迎えにきているはずだ。
せめて馬車の前までエスコートする、と言って譲らなかったので、言葉に甘える。
劇場前に停まっている馬車の中で、トスルーズ家の紋章が入った馬車に近づく。
馬車から馭者と侍女が1人、馬車から降りて私を迎えてくれる。
だが、その侍女が誰か分かった瞬間、私は足を止めた。
「どうしたの?」とアルバートが声を掛けてくれるけど、私は今この状況をどう切り抜けられるか考えていた。
迎えに来てくれた侍女がハンナだったからだ。
だが、私から相手の顔が分かるという事は、あちらからも、私とアルバートの顔が見えるという事で。
ハンナは僅かに顔を強張らせるが、すぐに真顔に戻ると、私達に近付いてくる。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
「ええ、ありがとう」
ハンナとの会話がいつもよりぎごちない。
「迎えが来たようだね、名残惜しいけど、ここで今日はさようならだ」
アルバートは、笑って私の手を離した。
「私の事覚えてないの…」
そのまま去って行こうとするアルバートを見て、ハンナが震えながら小さい声で言った。
だが、アルバートには聞こえたようで、こちらを振り返って不審げな目でハンナを見た。
「すまない。私には君の記憶がないのだが、どこかで会った事があるだろうか」
ハンナはとても傷ついた顔をした後、わなわなと震え出した。
「10年前、貴方達王家に濡れ衣を着せられて、取り潰しになった公爵家長女、ハンナです。貴方の婚約者候補筆頭でもありました」
震えながら発せられた言葉に、アルバートは目を見開いた。
「貴方にとっては、興味のない女の子の1人だったのかも知れません。ですが、私は貴族ではなくなった後、どれだけ辛い思いをしてきたと思いますか。
それに、父が闇組織と取引したとされたあの日、父は私と一緒にいたんです。どれだけ必死に訴えても、子供が父を庇っているだけと聞き入れてくれなかった。父と母は処刑され、私は何も持つ事を許されずに放り出された。
そんな私に貴方は冷たい目でこう言ったのよ、『君達が公爵家の人間というのは、前から疑問だったんだ』って。
私達家族は何もしていないのに、罪を着せられ、殺された。なのにどうして、私達に罪を着せ、酷い言葉を投げつけた貴方達はのうのうと暮らしているの」
どんどん感情的になり、涙を流しながら、ハンナは訴えた。
アルバートは何も言わない。
言葉の意味を分かりたくないのだろう。
「君が言った言葉が本当かどうか分かり次第また連絡します」
この言葉を早口に言うと、アルバートは目を伏せ、足早に去って行った。
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