6話 帰りの馬車にて
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「え、というか今の話、そこにいる騎士の方がいるのに話しても良かったの?」
ある程度話終わったら、周りを見る余裕が出てきた。
現在、この部屋には、私たちの他に騎士の人が同席している。彼に話を聞かれたのはまずいのでは。今更ながら冷や汗がダラダラ溢れてくる。
「問題ない。こいつは、アンジュラ伯爵家の次男、オリバー。俺の専属護衛騎士兼、従者だ。記憶を取り戻した後、絶対に信用のおけるこいつには、だいたいの話はしてある。だから、俺らがどんな話をしようと、驚かないし、決して口外しない。てか、させねぇよ」
彼の腹心なら自己紹介した方が良いか、とノアに聞くと、ぜひそうして欲しい、という答えが返ってきたため、挨拶をする。
「初めまして、トスルーズ公爵家長女、ミア・トスルーズと申します」
「オリバー・アンジュラと申します。お噂はかねがね」
表情があまり出なくて、騎士の模範みたいな人だ。
けど、太陽がそばに置いているということは、裏では計算高くて、腹黒なんだろうな…
っていうか噂って何???悪い噂だったらどうしよう…
百面相をする私を楽しそうな、でもどこか悲しそうな顔でノアは見ていた。
♢♢♢
そんなこんなしていると、サロンの扉が勢いよく開けられた。
「良かった、ミア。ここで休んでいると聞いたから、急いで飛んできたんだ」
少し息を切らした兄が入室してくる。
だがすぐにノア王子に気付いた兄は、少し目を見開きながら、挨拶をした。
「これは、ノア殿下。まさか殿下が、妹の付き添いをしてくださっていたとは、恐縮です。ご存知の通り、妹は体調が悪いため、本日は家にて養生させたいと思います」
ピッカピカの笑顔なのに、どことなく棘のある言い方だ。兄とノア王子はそんなに仲が悪いのかしら。
「…騎士も同席させて休ませていたから、噂になることも無いだろう。本当に体調が悪いようだ、早く家で静養させるといい。何せ、学園の入学式が、3日後に控えているのだからな」
眉を顰め、行儀悪く足を組んでノアは答える。
これに兄は本当に驚いた、と言わんばかりの顔になった。
私はこの15年間、ノアと話したことはないから、何がおかしいのかはさっぱり分からない。
兄は、私とノアを何度か見比べた後、少し頭が痛そうにしながら、私と共に部屋を退出した。
♢♢♢
兄に連れられて足早に王城を出ると、すぐに馬車に乗り込む。
「ミア、一体何があったんだ。ノア王子が、人の体調を気にするところは、少なくとも私は見たことがない。ミアも、ノア王子は怖くて近づきたくないと言ってじゃないか」
…そうだった。ノア王子は、横暴な性格で有名なのだ。いくら疲れていたからとはいえ、なんでついて行ってしまったのだろう。
この事を兄に話してしまえば、絶対怒られるに違いない!
何か…良い言い訳を…
結局、どうしようもなくなった私は何も言わずにただ笑みを浮かべる。
束の間、沈黙が流れた。え、何この時間。本当に辛いんだけど…
この痛い沈黙を破ったのは兄だった。
ふぅっとため息をつくと、困ったような笑みを浮かべる。
「ミアが良いのなら別に私は構わないけどね。だが、第1王子と第2王子は仲が良いとは言えないからね」
兄は、その先に言いたいことは分かるよね、と言わんばかりの笑みを浮かべた。
何せ、ヘンリー王太子は、自分のモノ、には独占欲が強い。私がノアとほぼ2人きりの状態で話したと知ったら、カンカンに怒るだろう。
「承知しておりますわ、お兄様」
にこっと笑って答える。なら、お兄様も内緒にしてくださいね。と視線で伝えた。兄も私の意思を汲んで、それ以上は何も言わなかった。
ふぅ、なんとか乗り切ったわ。この話は早く切り上げるべきね。
「お兄様、そういえば前に、入学祝いを考えておいて欲しい、とおっしゃっていましたよね」
「そうだね、あの時は、欲しいものは特にない、って言ったから。もう決まったのかい?」
「ええ、決まりました」
すぅと息を吸って、強い声で答える。
「私に、この家の影の方を1人、ください」