32話 アルバートからの誘い
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「…え、そんな、嘘でしょ」
そこに書かれていたのは、孤児の売買が、今月に入ってからは特に盛んに行われているようだ、という内容だった。
手が震えて、思わず手紙を落としてしまう。
「ミア様?ノア殿下のお手紙には何と?」
私の変様に怪訝な顔をした、ヒューゴが話しかけてくる。
この国に来る際、聖ブリットハム孤児院の孤児売り飛ばしの事については話をしている。
ノアからの手紙の内容を伝えても大丈夫なはずだ。
この手紙の内容を話すと、2人が顔を顰める。
「それは、この留学生の中に、孤児の売り飛ばしに加担した人がいる、ということでしょうか」
「いや、そう思わせるため、わざとっていう可能性も…」
いくら考えても、答えは出ない。
その時だった。コンコン、と扉を誰かが叩く。
その瞬間、全員が肩をびくつかせたが、ヒューゴとエミリアはすぐに臨戦態勢に入る。
ややあって、男性の声が聞こえた。
「夜分遅くに失礼します。アルバート王太子殿下からのお手紙をお持ちしました」
2人がバッとこちらを向いたけど、私にアルバートから手紙を貰うような心当たりはない。
フルフルと首を横に振ると、私の隣にエミリアが付き、ヒューゴが警戒しながら扉を開けてくれた。
「アルバート様からの『王国誕生祭』の夜会の招待状です」
その瞬間、全員がポカン、としてしまった。
♢♢♢
なぜ、学園に入学してからわずか1ヶ月で、この国に留学しなければならなくなったのか。
それは、留学最終日に、『王国誕生祭』が開かれるからだ。国花であるアルメリアが街のいたるところに飾られ、とても綺麗なんだそうだ。
この日だけは、貴族の子息、子女であっても、街に友達と祭りに行くのが一般的なんだとか。
なので、この2ヶ月の間に運動会などで、友達を作っておけということなのだろう。
夜には王城で夜会が開かれ、我が国の王族も、その夜会に参加するらしい。
もちろん、留学生である私達も当然招待されるのだが…
「問題は、アルバート様から送られたってことですよね」
使者の人が帰った後、念のためヒューゴに手紙を開封してもらったが、間違いなくアルバートからの手紙だった。
別にアルバートから手紙を貰う事が問題なわけではない。手紙の内容が、夜会のパートナーを務めたいとの事だったのだ。
はっきり言って、非常識極まりない。
隣国の王族の婚約者に夜会のパートナーを務めてほしいというなんて…
今までのアルバートの言動からは全く考えられない、事もない、か…?
とりあえず、明日、アルバートを問いただそうと決めたミアであった。
♢♢♢
翌日、学校に行くと、案の定ヒソヒソと噂をされているのが分かる。
しかも、何でかアルバートが、私のエスコート役を名乗り出たことまで知られているし。一体、彼は何がしたいのかしら。
居心地が悪くて、ガタッと、大きな音をさせて立ち上がり、教室を出る。
だから、運動会には出たくなかったのよ。厄介な事にしか、なったことが無いから。
廊下を歩いていると、問題を起こした張本人と出くわす。
「こんにちは、ミア嬢。昨晩君に書いた手紙はもう届いたかな?」
周りがこの言葉に一気にどよめく。チッと舌打ちしたい気持ちを抑えながら、笑顔でアルバート王子に向き直る。
だが、アルバート王子の方もニコニコしているだけで、何を考えているのか、さっぱり分からない。
この王子は、自分から誘ったと明かすことで、断りづらくなるように仕向けている…?それとも、他に何か目的が?
「お手紙は確かに頂戴いたしました。しかし、私は既に婚約者がいる身。まずは、王家に確認を取ってから、手紙のお返事をさせて頂きます」
私はもう、こう言うしかなかった。だって、どうしようも無いんだもの。
だが、アルバート王子から言われた言葉は、引き下がってくれるものではなかった。
「実はもう、君の婚約者殿、ヘンリー王子と王家には確認を取っていてね。既に了承して頂いているよ」
この言葉に、更に周りで私達を見守っていた人達がざわめく。
アルバート様は、ミア様の事がもしかして…みたいな言葉が聞こえたような気がするけど、私には何のことだかさっぱり分からなかった。
むしろ、ヘンリー王子や、王家の方が了承した事の方に驚いていた。一体、どんな手を使ったのかしら…
「詳しい事は、放課後、サロンで」
吃驚して思考停止している私に彼はそう言って立ち去ってしまった。




