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憂き人  作者: えにあおじ
6/12

2章ー2

玄関を開ける

いつもより重く感じるのはスーパーで買った食料を持っているのと、再び降り出した雨に濡れたからだろう

今日は本を買わなかったのはいい判断だった


「悠二!シャワーよ!シャワーしたい!」


同じくずぶ濡れのゆめがわーわー喚く

まだ心の奥がズッシリ重たい

あーはいはい、とお風呂の用意をする

なんで愛子さんは話しかけてきたのだろうか

俺が逆の立場なら気まずくてそんなことできない

それとも、、、

愛子さんの中ではもう付き合ってた事実すら消えてしまったのだろうか


「ねぇ悠二ー!まだー??」


俺との日々はそんなものだったのだろうか

あの人にとってそんなに軽いものだったのだろうか

黒い感情が心の底で渦巻く


「ねぇってば!!!」


「わかってるって!ちょっと待って!!

あ、、、ごめん」


思わず大きな声が出てしまった

ゆめは何も悪くないのに

心の底に芽生えた苛立ちをこの子にぶつけてしまった


「大きな声を出さないで」


冷たく言い放つゆめ

その態度に再び苛立つ


「自分で準備して入ってこればいいだろ!」


頭では理解している

ゆめは何も悪くない

そりゃ雨に降られてびしょびしょに濡れたなら誰だってシャワーを浴びたい

わかってるのに、、、


「愛子さんにそっくりな顔でそんな事を言うな!」


最低だ、、

ゆめは何も悪くないし

大きな声を出さないでとしか言っていない

俺が言ってる事にはなんの正当性もなく

ただただゆめに八つ当たりしたいるだけ

本当に最低な人間だ、、、

ゆめの顔が見れない

流れる沈黙、、、




「そんなに??私ってそんなにママに似てる??」



意味がわからずゆめの顔を見る

なぜか目を輝かせて詰め寄ってくる


「ねぇ悠二!私ってそんなに似てるの??」


「あ、ああ

そっくりだと思うよ」


「とっっっても嬉しい!!!!!!

私はやっぱりママ似なのね!!」


全く意味がわからない

第三者の目から見て似てるって言われた事に喜んでいるのか?

こんなにそっくりなのに?

嬉しそうなゆめをみながら困惑していた


「さ!シャワーよ悠二!」


さっきより機嫌良さげなゆめが脱衣所に入っていった


「あ!でも大きな声を出すのはもう無しだから」


「ごめん、、、」


よろしい、と万遍の笑みを見せてくれた

2人でシャワーを浴び

ゆめの髪の毛を乾かして服を着せる

なぜかお風呂は必ず一緒に入ると言ってきかないゆめ

子供はそんなもんなのだろうか

それにしても小さい違和感が多い気がする、、、


「ねぇ悠二、『憂き人』って言葉知ってる?」


夕飯を作ってる時にゆめがそんな事を聞いてきた


「たしか

自分に辛い思いをさせる人

だったかな?難しい言葉を知ってるね」


「そうね

恋人や奥さんに使う場合が多いわね」


こんな事なんで知ってるんだろう

どこかの小説で読んだのかな

この子には本当に驚かされる


「この言葉って不思議よね」


「ん?」


「だって少しだけ順番を変えれば『優』になるわ」


びっくりした

そんな発想俺にはなかったから


「すごいねゆめは

本当にその通りだね」


「ねぇ悠二、ママは本当に好きな人が出来たと思う?」


ギクリとした

それは俺が何度も何度も考えて

その度に胸の奥にそっと閉まってきた考えだった

何も答えられずにいると


「悠二は後悔しないの?」


そんなわけが無い

後悔なんて現在進行形でしている

好きな人が出来た

それが真意かどうかはわからないけど

あっさり受け止めるしか無かった自分に心底あきれた

何も言えずに頷いた自分にがっかりした

俺の想いはそんなものだったのか、と

ゆめの行動や言葉は考えさせるものばかりだ、、、

10歳にしては考えられないほどしっかりとした物言い

おもちゃやゲームには一切興味もなく

大人と同じような本を読み

その割に雷様なんてものは簡単に信じた

そして今の発言、、



そこで気付く



俺は『愛子さんに好きな人が出来た』なんて一言も言っていない



「ゆめ、、、?君はいったい、、、、」


言い終える前にお腹が空いた、と催促され

夕飯のオムライスを仕上げにかかった


「明日、、、明日悠二が仕事から帰ってきたら

ちゃんと話す」


ゆめがそう小さく言ったのを聞き逃さなかった



翌朝も天気は悪く大雨だった

今日も休みかもしれない

例によって健太から電話がかかってくる


「なんかさ、あんまり風がひどいから安全措置だけしに行こうって親方が言ってるぞ

仕方ないからササッとやりにいこうぜ」


確かにこの大雨と風だ

材料やらが飛ばされては大事故に繋がりかねない


電話を切って準備に取り掛かる

ゆめの朝食を用意しとかなければ

卵とベーコンとウインナー焼いて

トーストを用意しておいた

これで我慢してもらおう

書き置きをしようとメモ用紙を探していたらゆめが起きてきた


「ちょっとだけ現場に行ってくるよ

すぐ帰ってくるけど、お腹すいたらこれ食べてね」


んー、と寝ぼけているゆめ

作業着に着替えてカッパを持ち玄関を開けようとした時に

ゆめが抱きついてきた

まだ寝ぼけているのか


「悠二、絶対帰ってきてね」


その声色は真剣で寝ぼけている様子は一切なかった


「ん?当たり前だろ、すぐ帰ってくるよ」


そう言って玄関を出た


「すんごい雨だな!!」


現場に向かう道中でどこか嬉しそうな健太

確かにすごい風と雨だ

車のワイパーを全開でまわすが追いついていない


「ササッとやっつけて帰ろう」


出がけのゆめの態度が気になった

寂しかったのだろうか

急いで帰らないと


現場に到着するとすでに親方は自分の車で先に来ていた

カッパを着て作業をしている

俺と健太も急いでカッパを着て合流した

大雨で手元も見にくく作業は思いの外時間がかかった

全ての材料を固縛し、飛散しそうな軽いものは屋内へ片付けた


「よーし、こんなもんだろ

2人共悪かったな

今日は一日つけるからな」


「まじっすか!やった!」


「ありがとうございます」


親方の粋な計らいで思わぬ臨時収入を得た


「じゃあお前ら先帰っていいぞ」


「え?親方は?」


「俺はちょっと最上階に忘れ物してよ、取りに行ってから帰るわ」


最上階と言えどこの建物は3階建てで大した高さではない

が、普段から良くしてもらっている

これくらい自分達がすべきだろう


「俺取ってきますよ

健太、車まわしといて」


返事も聞かずに足場階段を登った


雨は嫌いではない

雨音は心を落ち着かせてくれる気がする


最近の出来事を思い出していた

久しぶの1人の時間だったから考え事をするには丁度いい

ゆめ、、、あの子は何者なんだろうか

本当に愛子さんの娘?

信じられない


最上階についた

上はまだ足場階段が続いており、もう1段上に登れるようになっている

まだ完成しておらず立ち入り禁止の標識がぶら下がっていた

まだ建設中の建物内に入り親方の道具を見つけ足場に戻る


ふと、何の気なしにもう1段上に登ってみようと立ち入り禁止の標識をくぐる

1番上は手摺すら無くて非常に危険だが遠くまで見渡せた


愛子さん、、、、本当に好きな人が出来たのだろうか?

仮にそうじゃなかったとしたら

なぜそんなことを言ったのだろうか

そこまでして俺と別れたかったのかな


どんよりした灰色の空はずーっと向こうまで続いていて、まるでこの世界全てを覆っているかのようだった

そろそろ降りよう


その時一際強い風が吹いた


バランスを崩し、身体が浮くような感覚を覚えた

自分が上を向いてるか下を向いてるかもわからない

次の瞬間、顔のすぐ下にひんやりとする感触があった

地面だ


「う、、、、そだろ!!!!悠二!!!!」


健太が血相変えてこちらに走ってくるのが見えた

何かあったのか?


「救急車!!!!はやく!!!!!」


親方が怒鳴っている

なんだ?どうしたんだ?

起き上がろうとしたけど力が入らない

次の瞬間、全身を激痛が襲った


俺の意識はそこで途絶えた


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