プロローグ
漂う忌々しい霧の中、二人の少年と少女が手をつなぎ息を漏らし柱にもたれかかっていた
元々この戦争は無謀だった。敵の総勢力10万に対し我々人類の勢力は4千。
その戦力差でなんとか魔王がいると思われる部屋に乗り込めただけでも褒めてほしいものだ。
二人の少年少女は互いに手を強く握りしめる。
「ベル、絶対にこの手放さないでね…」
目を黒い布で覆った白色の髪の毛をした少女が少年に語りかける
「あぁこの濃い霧の中ではお前の聴力だけが頼りだからな……」
息を整え立ち上がろうとしたときだった
刹那、無数の紫の魔法弾が天井から激しい雨のように地面をめがけて降り注ぐ、
二人はそれを息の合った卓越した剣捌きで狙いを周囲に逸らしながら足並みをそろえ魔王と思われる
「それ」に標的を定め地面に散らばった瓦礫を避けながら突進していく
降り頻る弾幕をしのぎその爆風で霧が少しはれる、ベルは「それ」の姿を目にしたとき唾をゴクリと飲み込んだ
歪な形をした姿、鋭利な爪、至極色の鱗、目が左右に3つありすべての目がこちらを睨んでいる。とてもこの世のものとは思えない異形がそこにいた
その姿に戦慄し、手を伝って恐怖心が少女へ届く
「なあノイル、もしこの世界が血の流すことない平和な世界だったら俺たち―」
「何が見えたかノイルにはわからない…けどその争いのない平和な世界にするためにコイツを倒すんでしょ」
死亡フラグばりの発言を遮りノイルは左手で剣を構える
「そうだったな」
それに合わせて少し遅れて右手で剣を構えるベル
二人は地面を蹴り目にもとまらぬ速さで敵の懐まで距離を詰める。足を踏み込み勢いよく切り込む……風切り音が響きわたり、前方の壁や柱が斬撃で崩れ落ちて白煙をあげる
――が「それ」に傷一つつけるどころか剣が真っ二つに折れる
破片が回転しながら宙を舞い地面に勢いよく突き刺さる
それを目の前にして戦々恐々するベル。右手を振り上げる動作が見え瞬時にこの状態はまずいと感じ後方に退くが一足遅かった。
左手に握っていたはずの彼女の手の感覚がない。何かが足元に転がってくる――手だ。
二つの左右の手が地面に無造作に転がっている。
嘲るようにこちらを見てくる。その姿は立派な魔物の王そのものだった。人の不幸を好み絶望を餌に生きている。
一瞬の隙を見せたベルが自責の念に駆られ、立ち竦み、ただ死を待つ中ノイルはまだ諦めていなかった
「――――――」
何を言っているか彼には聞こえない……が何を訴えかけているのかなんとなくわかる一番彼女の事を理解している男だから
彼女は折れた刃のない剣を鼬の最後っ屁と言わんばかりに「それ」に投げつける。残っている右手で戦意喪失した彼の手を引き背を向け全力で後方へと下がる
「逃げるの!皆がやられた時点でノイル達は早急に撤退するべきだった」
魔物の王はそれを許さないと言わんばかりに瞬時に左手を振り上げ逃げる二人の両足を消し飛ばす。
「うッ――」
叫ぶ暇も与えられず追い討ちをかけられる。魔法だ、指先から迸る紫色の光が魔法陣を描く。
人類には認識すらできない微精霊を操り、その生命力を動力源――つまり魔法陣へと変換、そこに自身の持っている魔力を流し込み放出。屍体さえあれば死者の蘇生をも可能とする自然の原理に逆らった所謂チートというやつだ。
――勝てるわけがない
「期待していた双雲の双子もこの程度……歴史を知らない罪人共に厳酷な死を……!」
再び弾幕が降りしきる。先程のように防ぎようがないベルとノイルは抵抗すらできず地面にうつぶせに横たわり無数の弾撃を受け続け体の肉片がきめ細かに壁や地面に飛び散る。
次第に意識が薄れていく中兄ベルは見えた気がした
弾幕を反射し神々しく光る幼い少女の姿を
次第に意識が薄れていく中妹ノイル聞こえた気がした
「君たちはまだ死んではならない存在だ……」と発する潤んだ幼い涙声を
不自然に青白い温かい光に包まれる二人
二人の体は跡形もなく散り、辛うじて残されたのは最初の約束を守るように大事に繋がれた『それ』だった。