表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Comitem septem -封印と仔羊の教会-  作者: グレイマス伯
第1章 私はΑでありΩである
8/15

第1章外典 Freischütz

 男は裕福な家の生まれだった。親に頼めば何でも欲しい物は手に入った。最新の玩具も高級料理も、欲しいと言えば全て買い与えられた。しかし、エコール・プリメールに通い始めてから現実を知った。

「おい、それは俺のもんだぞ。返せよ!」

「悔しけりゃ取り返してみな。」

「うっわ、弱えパンチだな。家のワイン盗み飲みして酔ってんじゃねーの?」

その尊大な性格はいつしか彼自身を孤立させ、ついには虐めへと発展した。低学年の頃は大人の介入もあり散発的なものだったが、学年が上がるにつれ自尊心が膨らんでいき、高学年になると虐めを隠すようになった。しかし、ある時に両親はそれに気付き、ジェラールは転校することになった。その頃には尊大な態度を表に出さなくなっていた為、転校先では虐められることは無かった。だが、誰とも関わろうとしないジェラールに友が出来ることなど無かった。


 彼がコレージュに進学した頃、彼に転機が訪れた。それは学校のライフル射撃クラブを見学した時のことだった。強くなりたいという心理の表れか、ジェラールはフェンシングやアーチェリー、そして射撃に興味を持っていた。本当に入部しようとは思っていなかったが、見学だけしてみようと思いライフル射撃クラブの練習場に来ていた。すると、クラブの先輩が見学生達に試し撃ちを勧めにきたのだ。ジェラールの番が来ると、最初は遠慮していたが押し切られる形で銃を受け取った。

「君経験者?初心者には立射はお勧めしないよ。」

そう忠告されるも、ジェラールは無言で首を振って狙い始める。

「分かった。じゃあせめて姿勢だけでも。」

先輩の手本を見て、ぎこちなく射撃姿勢を取る。狙う的は50m先のものだ。そして射撃許可の声を聞くと引き金を引いた。

「9点弱かな?初心者とは思えないよ。もう1発やってみな。」

再び的をよく狙って撃つ。すると弾は的の中心に当たった。

「うっそ、ど真ん中!?」

「偶々じゃねえよな?1発目もかなり良い狙いだったし。」

「待って、もう一回やってみて。」

信じられない光景に先輩達がもう1発と催促する。初めて学校で褒められ、自尊心を満たされたジェラールは喜んで的を狙う。二度目よりは外側だが、かなり中心近くに当たった。

「9.5よりは上だよな、天才か。」

「君、本当に初心者?」

「入部してみないか?」

初めて外部に居場所を見つけたジェラールには、熱烈な勧誘を断る理由は無かった。


 クラブに入ったことで、学校でもそこそこの人間関係は築けていた。自尊心の高い彼でも、技術を教えてくれる先輩に敬意を払えたのは彼の根の性格による必然か、或いは気まぐれによる偶然なのか。見学の時とは違い正式な練習では100m先の的を狙うため、ジェラールは常に9点以上を取れるよう練習に打ち込んだ。二月程すると9割が10点という天才的な腕前を見せた。そしてその年のうちに大会への出場も決まった。これが彼の学生生活における最初で最後の栄光であった。


 大会まであと数日という時期だった。この頃のジェラールについて、百発百中という言葉こそ彼の腕を表すに相応しいだろう。地方はおろか国内中を探しても彼に比類する者はいない。だが、彼が撃つのは当然ながら常に静止している目標であり、そして彼は思うのであった。動く的を撃ってみたいと。それから彼は郊外の人気の無い林に密かに出向いては、許可なく野鳥を撃った。投石に驚いて飛び立った鳥は正しく彼の理想の的だった。証拠隠滅の為に死骸は埋めていたが、始めて一週間で銃声を聞いた周辺住民が通報し、彼の密猟は明るみに出てしまったのだ。当然大会への出場権は取り消され、同時に彼の射撃や学業への意欲も失われてしまったのだ。再び彼は社会との扉を閉ざした。そして彼は思うのであった。

『自分の射撃の腕は神により授けられたものであり、周囲の人間はそれに気付いているために嫉妬し、社会から排除しようとしているのだ。この仕打ちは悪魔と契約した周囲の人間による物だ。』と。


 ジェラールは成人すると射撃の腕を活かすべく、両親の反対を押し切ってフランス軍に入隊した。しかし、射撃以外の新人訓練に耐えられず、人間関係も険悪となったため半年もしないうちに除隊となった。しかし、彼の射撃の腕を見込み、護衛にならないかと持ちかけた男がいた。フランス政府の諜報部長にして、当時秘密結社"Soleil de nuit"の首領だったロベスだ。ジェラールは実力を認められたことについては喜んでいたものの、ロベスのことを信用していなかった為に断った。だが、後日ジェラールの家を体格の良い初老男性が訪れた。彼こそがロベス本人で、自らジェラールを訪ねたのだった。

「だから断ったはずだ。お帰りください。」

ジェラールは玄関前で冷たくあしらった。しかしロベスは余裕な表情で口を開く。

「あなたはこの世界に不満を持っているのでしょう?儂も同じですぞ。共に世界を変えましょう。それに、計画にはあなたのような優秀なメンバーが必要なのです。」

「馬鹿馬鹿しい。世界を敵に回して勝てるわけないだろ。その程度も理解できないと思ったのか?」

ジェラールは荒唐無稽な勧誘を聞き、馬鹿にされていると思って苛立つ。それを見たロベスは不気味な笑みを浮かべる。

「我々には天使様が付いております。彼はこの世界を支配するヤルダバオートを討つ為の同志を集めており、彼があなたに力を与えてくれることでしょう。」

「僕の射撃は神からの授かり物だ。これ以上の力などありえない!」

「おっしゃる通り、それは"神"に与えられたものでしょう。ですが、薄々気付いているのでしょう?その力はヤルダバオートのまやかしです。人生も滅茶苦茶にされたのでしょう?」

「それは全て悪魔に取り憑かれた周りの皆が邪魔するからだ!」

「だから全部ヤルダバオートの差金なのです。あなたは遊ばれているのですよ。」

普段、彼の妄想を聞いたものは笑い、全て否定してきた。しかし、ロベスは神からのギフトだということを否定するも、全てを否定しなかった。そのためかジェラールの心の中に、そうかもしれないという考えが浮かび、反論するのが憚られた。

「協力しても良いと思うのでしたら取り敢えず天使様にお会いしてみたらどうでしょうか。明日5時に駅前のパーキングで待ってますぞ。」

ロベスはそう言い残して去っていった。ジェラールは扉を閉めた後も暫く玄関に佇んでいた。


 次の日の朝、ジェラールは駅前のパーキングでロベスを探していた。

「こちらです。その気になってくれたのですね。」

「まずその天使とやらに会ってみようと思っただけだ。」

ロベスはジェラールを乗せてパリへと向かった。車内で魔術や秘密結社の説明も済ませていた。妄想癖の付いたジェラールは特に理解に苦しまなかった。昼過ぎ、ロベスは古い一軒家の駐車場に車を停め、家に入る。

「ギョームも来ていたのですな。紹介しましょう。彼が天使様の仰っていた若者です。」

家にはギョームと呼ばれた、落ち着きの無さそうな小太りの中年男がおり、ロベスはジェラールのことを彼に説明する。ギョームは顔を向けず、小さく「あぁ。」と呟くだけだった。

「こちらです。天使様、入りますぞ。」

ロベスは鍵のかかった扉を開錠して、恭しい態度で入っていった。ジェラールもそれに続いて入室する。

「その天使はどこだ?」

だが、中には黒い2本の柱が置かれているだけで天使らしき存在はなかったか。

「この部屋は儂が作り上げたアストラル神殿に通じているのです。セラフィムである天使様を現象界で直視できる人間は殆どおらず、儂も見えないのでこうしているのです。」

ロベスはそう言いながら短剣、盃、杖、六芒星の硬貨をジェラールの前に置いた。

「まず盃をお持ちください。そして想像するのです。その盃を満たすべく注がれる水を。ひんやりとして湿った気を感じるのです。それはこの地に生命を満たす水。美しきウンディーネ達はその盃に生命の水を注いでおります。想像できましたね?では、復唱してください。『AL GBRIAL TLIHD ThRShIS GIHVN MORB MIM GERARD』。」

ジェラールはロベスに誘導されるがままに水の注がれる盃を想像し、文言を復唱する。

「では、その盃を部屋の西に。」

そして盃を部屋の西端に置く。次いで硬貨を持ち、大地のイメージと共に別の文言を唱えて北に置く。その次は短剣を持ち、風のイメージと共に別の文言を唱えて東に起き、最後は杖を持ち、火のイメージと共に文言を唱えて南、2本の柱の間に置く。

「そのまま、振り返らずに止まるのです。そして復唱を。『火星の王よ、ローマの守護者よ。汝は真の主なり。コクマー、ビナーにて滞りしか知恵の光をマルクトへと伝え給う。おお主よ、その翼は我らを楽園へと導く。主よ原初の罪から我らを救い給え。真のエロヒム・ギボール、その名はクナ・ペガリム。』」

ジェラールも儀式らしき抑揚を付けながら復唱する。

「よろしい、主はあなたを認められました。では、目を閉じてイメージしてください。あなたは神殿にいます...。」


気付いたらジェラールは神殿の中にいた。目の前には部屋にあったものをそのまま大きくしたような柱があり、その後ろには巨大な扉がある。

「この先に天使様が御坐します。ですが、扉が閉じているということは、まだあなたには姿を見る資格がないということですな。」

「なんだよそれ。」

気付いたら隣にいたロベスがそう言うと、ジェラールはガッカリしたように呟いた。

『そう落ち込むでない、人の子よ。』

すると扉の向こうから威厳のある、だが神聖というよりは不気味な風にも感じる声がした。ジェラールはその声に思わず身震いして顔を上げた。

『汝の誠意、しかと受け止めた。これを遣わす。』

そう言い終えると同時に二人は閃光と衝撃に包まれ、思わず目を瞑り顔を手で覆った。

「なんだったんだ、うぇ!?」

ジェラールが目を開けると、そこは元の何もない部屋だった。ジェラールは困惑し、辺りを何度も見回したり、頬をつねったりして現実だということを確認する。

「どうやら天使様はあなたを認められたようです。」

「あれが天使?」

ジェラールの想像していた天使の声は小鳥のさえずりの様な優しいものだが、聞いた声は軍の鬼教官の様な、或いは映画の殺人鬼を演じる俳優の様なものだった。彼はあの声を天使の物だとは思っていなかったが、それに準じる力を持つ物だとは理解していた。


 日付が変わる頃、ジェラールはロベスに送られて自宅に帰ってきた。

「正式に加入するのでしたら電話するか、あの家まで直接来てください。それでは。」

ロベスを見送って家に入る。彼には一つ気掛かりなものがあった。"天使"は何かを授けると言っていた。しかし、彼は何も貰っていない。あの言葉ははったりだったのか。確かにロベス達には世界を相手取る力はあるかも知れない。しかし、彼は元々見返りを期待しているが為に、あの言葉がはったりならばロベスに付くのを躊躇ってしまう。そんなモヤモヤした気持ちで自室に入った。

「お初にお目にかかる、我がコントラクター。」

すると、誰もいないはずの自室に見知らぬ男がいた。死体のように蒼白な顔色にやせ細った体、仮面の様に無表情な顔を見れば、その者は普通の人間でないことが一目で分かるだろう。着ている服も三十年戦争期の兵士が着るような古いデザインの物だ。その異様さにジェラールは無言でドアの前に佇んでいた。

「失敬、我も先程我が公によりこの部屋内に喚起されたもので、無礼を詫びたい。我はザミエル。汝の望む物を与えに来た。」

ザミエルはジェラールに銃と7発の弾丸を渡した。

「こちらの銃は汝に最適化した物だ。」

「なんともしっくり来る。どんなに遠くても、どこに弾が飛んでいくのか全て把握出来る気がする。」

ジェラールは渡された狙撃銃、彼用にカスタムされたL96A1を持った途端そんな気がした。

「この弾丸は我が作った魔弾だ。6発は必ず狙った標的に当たるだろう。」

「もう1発はどうなるんだ?」

「契約の代償だ。我がどこに当たるのかを決める。」

それを聞くと、7発の弾丸が急に重くなったように感じた。

「この魔弾でなくても通常の弾も当然撃てる。予備の弾薬は公から賜るがいい。」

そう言ってザミエルは消え去った。そして、ジェラールは心に決めるのだった。ロベス達と共に歩むことを。皮肉にも、彼は悪魔と契約するのであった。


「我は魔弾の射手、ジェラール。必ずや獲物を仕留めて見せよう。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ