第5話 vetiti liber
結局遅れました。申し訳ないです。これが第1章最終話です。
ミュンヘンのとあるビアガーデンは今日も大賑わいだ。家族連れやカップル、友人同士が集まって、初夏の暑さを凌げる木陰に座り、ビールを仰いではソーセージを頬張る。休日のひと時を過ごしている地元の人々の中に、明らかに浮いた二人の男女がいた。何故なら彼らはフランス語で話しており、更に男に至っては持ち込んだワインとクロワッサンを食べていたからだ。
「プハァー、本場ドイツのビールはやっぱ美味いなぁー。」
二十歳前後であろう小柄な女は大ジョッキのビールを豪快に仰ぎ、白い泡を口周りに付けながら言う。
「ジャン、君も飲めばいいのに。」
「人前で本名はやめてください。私のことはヴェントとお呼びするよう言ったではないですか。」
頭を抱えながら男が言う。彼はフランスの国営魔術結社"Soleil de nuit"の幹部で、魔法名Ventus laudando erga vitas、通称ヴェントだ。
「ブレンヌス、昼なのに3杯目ですよ。一杯だけと言ったではないですか?」
ヴェントの叱責を無視してソーセージを頬張る女は、魔法名"Magnus Brennus"、通称ブレンヌスだ。ブレンヌスとはケルト人の英雄的族長の名前だ。偉人や神の名前を魔法名に使うのは好まれないが、彼女がその名前を使うのは偉大なるブレンヌスの末裔...という設定であるからだ。真偽は分からないが彼女は密かに生き延びたブルターニュ及びアイルランドのドルイドの家系で、由緒正しきケルト魔術の継承者だ。
「本当に付き合いが悪いんだからぁ。酒を飲むと冴えるタイプの人間だっているんだぞ。」
「限度というのがあるのですよ。それに品が無さすぎる。淑女として如何なものか、グレイマスの"聖女"を見習って欲しいものです。」
ヴェントは顔には出さないものの、持参したクロワッサンを握る、力んだ右手で苛立ちを体現していた。
「ドイツのビアガーデンで態々フランスの食べ物ばっか口にしてるのも失礼だと思うけどなぁ。」
「ドイツ文化の料理は口に合わないのでね。」
「でも知ってる?クロワッサンはオーストリア発祥なんだって。」
ブレンヌスはしてやったりと、ニヤけながら言った。
「成熟したのは我が国だからいいのです。」
ヴェントはそう言い返したものの、顔からはいつも微かに浮かんでいるビジネススマイルが消え去っていた。それを見逃さなかったブレンヌスは更に上機嫌になって、残りのビールを飲み干した。
「そう言えばグレイマスとやらの魔術師はどんな人だったの?」
4杯目のビールを飲み始めながらブレンヌスが聞く。
「どんな人って。まあ、おっとりとしたお嬢様って感じでしたね。」
「守護天使が特殊だとか言ってなかった?」
「ああ、そのことですか。残念ながら確認できませんでしたね。四大天使クラスになるといくら守護天使とは言え、呼ぶのにそれ相応の儀式が必要となるのでしょう。」
「そう言えば、女の子が助手やってるんだっけ?そっちは?」
「まだ未熟ですが、彼女もポテンシャルはあります。もしかすると、貴女のような身体能力を引き出せるかも知れませんね。」
「ふーん、いつか会ってみたくなったなぁ。」
そんな話をしながら時間を潰していると、正午ピッタリにヴェントの携帯に着信が入った。
「ええ、見えました。今向かいます。」
そう答えて通話を終える。
「ブレンヌス、行きますよ。」
「やっと来たのか。待たせてくれるよなぁ。」
ヴェントは心の中で、貴女がビアガーデンに行きたいと言ったから早く来たのでしょうとぼやきながらもブレンヌスの発言を流す。そしてビアガーデンの駐車場に停まっているフォルクスワーゲンの黒い乗用車に乗り込んだ。
「Guten Tag , Französisch.我が国の本場のビアガーデンを満喫していただいたようだね。」
助手席に座った黒スーツの男が話しかけた。
「そうでしょう?ビール好きのドイツ人方には、フランス製のビール風味の香水はお気に召した用ですね。」
対するヴェントは酒臭いブレンヌスを指差して言い返した。
「流石シャネルの国ですね。酔っ払いの香水まで完璧に再現するとは。」
「君達、レディーに失礼だとは思わないのかい?」
自分に関する皮肉の応酬を聞いたブレンヌスが抗議する。
「ハハハ、初対面相手にやりすぎてしまったな。ほら、このUSBにドイツ政府からの情報が入ってる。くれぐれも無くさないように。あと、解決したら破壊するんだ。いいな?」
「分かっています。それでは。」
ヴェントは男からUSBを受け取って下車する。
「御武運を、フランス人!」
その声に二人は軽く手を挙げて応えた。
二人はミュンヘン市街のホテルに戻り、USBに入った情報を確認していた。
「よし、まずは飛行場のカメラから。」
ヴェントはミュンヘン国際空港の監視カメラの動画ファイルを開いた。
「お、いたいた。6月3日14時。アメリカ政府から提供された情報によると、同日5時過ぎにJFK空港でそれらしき2人組がカメラに映ったとのことだからこの二人で間違いなさそうだな。」
ヴェントは考察をメモしながら呟く。彼が見つけた二人組は元"Soleil de nuit"メンバーのジェラールとギョームだ。
「おっ、ジェラールの奴相変わらず不気味な顔〜。それにギョームの子豚少し痩せてない?」
「影に生きてるんで、生活水準は高くないでしょう。次の動画ファイルは大学駅のカメラみたいですね。あ、いた。こちらはギョームだけのようです。」
「大学駅?」
「ミュンヘン大学近くの地下鉄駅です。ルートヴィヒ通りの。そして、その近くにあるのがバイエルン州立図書館。旧ヴィッテルスバッハ家の宮廷図書館です。」
「やっぱりCLM849かなぁ。」
「『アブラメリンの書』の件もあるし、十中八九そうだろう。」
『CLM(Codex Latinus Monacensis)849』とはミュンヘンのバイエルン州立図書館に所蔵されている中世のグリモワールの一つである。成立は不明だが、一説ではフランスから持ち込まれた本書がミュンヘンの修道院に渡り、僧のヨハンネス・クナリスが所持していたとされ、それをバイエルンに仕官していた医師ヨハンネス・ハルトリーブが手に入れた後図書館に預けられたのではと考えられている。別名『ミュンヘン降霊術手引書』、或いは『ミュンヘンのネクロマンサーのマニュアル』などと呼ばれる通り、降霊術や死者の蘇生の方法が記されている。また、他にも不可視になる方法や悪魔の馬を手にする方法、他人の仲を引き裂いたり、逆に愛を得る方法など様々な魔術の方法も記されている。『術者アブラメリンの聖なる魔術の書』も同様に中世のグリモワールである。中世のドイツで成立し、19世紀末にパリで見つかった書物で、悪魔学的価値の高い代物だ。ヴェントの言う『アブラメリンの書』の件とは、ジェラール達の裏切りの半年前に"Soleil de nuit"にて保管されていた写本が盗まれた事件のことだ。フランス政府は国家の威信を守るために内密に調査をしていたが、その3日後に何事も無く元の場所に戻されていたこともあってそれ以上調査が拡大することはなかった。しかし、ジェラール達の出奔によって彼らが犯人なのではないかと言う疑惑が立ち、その調査員としてヴェントが指名されたのだった。
「しかし、彼らが849を狙う意味が分からない。」
「確かに、その本の写本とか解説書は普通に出回ってるもんね。」
「違う、出回ってるのは当然偽書を元にしたものです。」
実際『アブラメリンの書』もCLM849も原文が学術論文に収録され、それが世間に出回っている。また、図書館でも公開されており誰でも閲覧が可能だ。しかし、それは禁書たる所以の部分を消去したり改変したりした"偽書"なのだ。
「私が言いたいのは、『アブラメリンの書』と比較したら849には上質な記述がないと言う事です。強いて言うなら蘇生と降霊の術くらいで、失礼ながら下位互換と言えるものです。彼らが『アブラメリンの書』を盗んだ犯人なのであれば、849は大した価値の無いはずです。」
「じゃあ、誰か蘇らせたい人がいるんじゃない?」
「一応3人の来歴は調査済みですが、思い当たる人物はいません。まさか偉人を蘇らせようなどと...。」
ヴェントは再び3人の来歴に関するメモを見返すも、やはりそのような人物は見つからない。
「でもさ、なんでそんな人達がウチに入れたのかな?」
「犯罪歴がありませんし。確かにジェラールは過去の勤め先で問題を起こしたようですが、暴力沙汰に発展するような事もなかったようです。ロベスとギョームは至って真面目な人間でしたし、まさか奴らがあの様なことをするなんて予想できませんでしたよ。」
ヴェントは溜息を吐きながら語った。
「確かにジェラールはキモかったけど、ロベスおじと子豚君はいい人だったよね。まあ、考えてても仕方ないや。本人を捕まえて聞けばいいんだから。で、捕縛作戦はどんな感じでやるの?」
「図書館の周辺は特殊部隊が配置されます。また、周囲の高い建物にも狙撃手が着くそうです。私達は奴らが図書館に入ったのを確認次第、突入して捕縛します。」
「まあ、あいつらが黒魔術使ってきたら特殊部隊はどうしようもないもんね。それでボクを連れてきたってことは、レディーに戦わせるつもりだってことだよね?」
「あなたが頼りなんです。援護はしますからお願いします。」
ブレンヌスは珍しく言葉だけで無く態度で下手に出るヴェントを見て少し驚きつつも、ニヤニヤしながら頷いた。
「しょーがないなぁ。ま、呼ばれた時から覚悟はしてたけど。」
彼女は荷物と一緒にまとめてあったゴルフケースを取って中を確認した。
「武器はしっかりあるね。ボクは準備オーケー。いつでも行けるけど?」
「流石に白昼堂々とは行わないでしょう。夕暮れに向かいますから今は休んでおきましょう。」
「そっか、じゃあ昼寝するね。お休み。」
ブレンヌスはベッドへと飛び込みすぐに寝付いた。対してヴェントは疑問の思慮に耽るのだった。
それから2日間、図書館の周辺で彼らは張り込んでいたものの、ジェラール達が現れることはなかった。そして3日目、ヴェントは自分達の予測が外れたと思い始めた頃、事態は動いた。
『こちらホルツカニンヒェン。裏の林に怪しい7名が侵入した。』
「ヴェントさん、裏に配置した部隊から不審な7人を確認したとの報告です。」
ヴェントの近くにいた部隊の隊長が二人に伝える。
「7人ですか?」
「はい、間違いない様です。」
「現地の仲間か。取り敢えず向かいます。」
「おっ、やっと出番?」
「もし援護が必要でしたら直ぐに連絡を。」
近くの隊員に見送られながら二人は図書館へと入っていった。
ヴェント達は暗視ゴーグルをつけて、暗闇をなるべく音を立てない様に進んでいった。向かう場所はスタッフルームから続く非公開の書庫だ。ヴェントはスタッフルームのドアノブを掴んで回す。すると鍵がかかっていなかった為、扉はそのまま開いた。二人は互いに目を見合わせて臨戦態勢を整える。ヴェントは右手に持ったリボルバーの安全装置を解除し、ブレンヌスは銃剣を合わせると1.8mはあろう長い旧式銃、シャスポー銃を構える。そしてヴェントがスタッフルームに片足を踏み入れた瞬間、何者かが急速に迫って来た。
「止まれ!」
ヴェントは銃を向けて叫ぶも、襲撃者は止まる素振りは見せない。脅しは無駄だと悟ったヴェントはすかさず発砲した。しかし、襲撃者は銃弾を躱して尚も接近する。そして、右手に持ったナイフをヴェントへと突き出す。
「させないよ。刺せないよ?ま、どっちでもいいけど。」
しかし、襲撃者のナイフは間に割り込んだブレンヌスの銃によって弾かれ、更に彼女の人間業とは思えない速さの反撃は、襲撃者の両大腿を切り裂いて跪かせた。
「助かった、ブレンヌス。」
「いいって...危ない!」
ブレンヌスはヴェントを掴み、共に室外へと退避した。その直後、連続した銃声と共に部屋の入り口に向かって無数の銃弾が撃ち込まれた。
「銃持ちが二人、どちらも突撃銃。そして一人がさっきの襲撃者と同じナイフ持ち。」
「やつら、仲間ごと撃ったというのか!?」
部屋から先程の襲撃者の左手が出ている。射線を考えると先程の射撃が命中したとわかる。
「フラッシュバンあるよね?それを投げ入れて。」
「無理しないでくださいよ。」
ヴェントはフラッシュバンを手に取る。ブレンヌスはそれを見て、銃剣を儀仗兵の様に掲げた。
「戦の三女神よ、聞こしめせ。我はゲッサを捧げし戦士。命尽きるか空が落ちる日まで、一族を護り通す者なり!」
言い終えると同時にヴェントは部屋にフラッシュバンを投げ入れる。二人は耳を塞ぎ、口を開けて目を逸らす。騒音を合図にブレンヌスは部屋へと飛び込む。中の兵士達もフラッシュバンに気付いて顔を背けていたが、その隙に彼らの手足を突いて行動不能にしていく。
ゲッシュ、複数形でゲッサ。それはケルトの戦士達が立てた誓いのことだ。ゲッシュを立てることで戦士達は神々の加護を得る。多ければ多いほど強力になるが、同時に制約も強くなる。英雄ク・フーリンは多くのゲッシュを立てることで超人的な能力を得た。だが、宿敵メイヴはゲッシュを利用して彼を追い詰めた。ブレンヌスも同様に多くのゲッシュを戦神に立てており、それ故に超人的な身体能力を発揮できるのだ。
「片付いたよ。尋問したら?」
「ありがとう、そうします。」
ヴェントは一番近くにいる兵士に近づいて銃を突き付ける。しかし、声を掛けずに銃を下ろした。
「だめだ、死んでる。」
「嘘?手加減したはずなのに。」
「多分服毒か何かで自尽しているのかと。」
「本当にあいつらの手下なのかな?どう見ても戦闘のプロだよ。」
他の兵士を確認するも皆息はなかった。仕方がないので二人は特殊部隊に現状を報告して、書庫へと入った。
書庫の一角で小太りの男が鎖に繋がれた古書をライトで照らしながら、1ページずつスマホで写真を撮っていた。その横にはガタイのいい兵士が佇んでいる。その兵士は何かに気付いて後ろを振り向き、その素振りに気付いた小太りの男も撮影を中断してそちらを見た。
「畜生、やっぱりソレイルの追手じゃないか。」
「ギョーム、大人しく投降しろ。」
「俺はお前らが何を考えてるのか知ってるんだぞ!天使様から全て聞いたんだ。世界をお前達の好きなようにはさせない!」
「天使様?」
ギョームはヒステリックに叫び、本の鎖を兵士にナイフで断ち切らせた。
「逃がさないよ。」
ブレンヌスがギョームに飛び掛かる。しかし、兵士がナイフでそれを受け止める。
「ここは任せるぞ。時間を稼いでくれ。」
ギョームの声に兵士が無言で頷く。
「最後の警告だ。武器を捨ててうつ伏せになれ。」
「お前の相手はこっちだ。」
ギョームは柳の杖を掲げた。先端は熊の頭像になっているが、口は熊というよりは狼のものだ。
「ボグ・ヴーリィ!」
ギョームがそう唱えると、閉め切った室内にも関わらず湿った強風が吹きつけた。それはヴェントの後ろの本棚を倒す程強力な物だった。そして二人の間には、いつの間にか一羽の鳥が羽ばたいていた。だが、ヴェントにはそれが鳥だとしか分からない。ボンヤリと輪郭が見えているだけなのだ。だが、ブレンヌスと術者のギョームは細部まで確認できている。対して兵士は全く見えていないようだ。
「この鳥は怨霊か。熊の顔に狼の口。そうか、スラヴ神話の嵐の神ヴェレスの!そしてこの鳥はその眷属たる悪霊ナヴ。」
「ナヴよ、貴様の主の名において命ずる。その男と女を始末しろ。」
ギョームはナヴにそう命ずると、ナヴはヴェントに襲いかかる。鷹の急降下の様に素早い突進だが、ヴェントは危なげなく躱した。彼の守護天使ベーラスに体を操らせることで危険を回避したのだ。
「ブレンヌス、黒弾を使います。」
兵士と交戦しているブレンヌスはグーサインで肯定を示す。それを見たヴェントはリボルバーに1発の黒い弾丸を込めた。そして再び突進してくるナヴを避け、背中に銃弾を叩き込んだ。
「キィィ!!」
霊体に当たらないはずの弾は、ナヴに当たり引き裂いた。ナヴはけたたましい断末魔を上げ、跡形もなく消滅した。この黒い弾丸は普通の実弾とは異なり、鉛を特殊な毒でコーティングしたものなのだ。その毒とは、フォモレ神族の勇士バロールの目を魔眼にしたもので、ブレンヌスを始めとした一部のドルイドに継承されてきた禁断の毒である。毒気に当たった者は肉体ではなく魂が害されるため、霊体にも効果がある。だが、生身の人間に命中した場合、急所が外れていても魂を崩壊させてしまう恐ろしい代物で、無闇矢鱈の使用は厳禁なのだ。
「ふわぁ〜、こっちも片付いたよ。」
兵士を行動不能にさせたブレンヌスが伸びをしながら報告した。
「ギョームは逃げた。追いかけましょう。」
「こいつは?」
「もう手遅れでしょう。」
兵士は白目を剥いてぐったりしていた。既に自尽している可能性が高いと見て、二人はギョームの後を追いかけた。
ベーラスに魔術の残渣を辿らせて、二人は東側の裏口から外へと出た。直ぐ外は小さな林となっており、その中に息を切らしながら逃げるギョームの後ろ姿を捉えた。
「畜生、始末できなかったか。」
「もう逃げられませんよ。」
ヴェントが銃を向けながらそう言う。ギョームの後ろには特殊部隊がバリケードを張っていた。
「ジェラール、その娘をまずやれ。」
ギョームは顔につけた無線機を通してジェラールにそう伝えた。
「回避不能!?」
ベーラスの危機察知がヴェントにそう告げる。その直後に北から銃声が聞こえ、弾丸がブレンヌスの頭を目掛けて飛んできた。彼女もそれを捉え、回避しようとするが不思議なことに動いた先に向かって弾も曲がって来た。回避を諦めたブレンヌスは、初速1000m/sを超えるその銃弾目掛けて、一か八かで銃剣を突き付ける。
『化け物め!』
無線機からジェラールの怨嗟の声が漏れた。ブレンヌスはジェラールの放った必中の魔弾を弾いたのだった。
「この銃剣は使い物にならないや。」
ブレンヌスは澄ました顔で銃剣を外しながら言うが、実際は動悸が止まっていない。
「ルートヴィヒ教会の狙撃隊との通信途絶。狙撃犯はそこにいるでしょう。」
「手の空いてる隊は教会の制圧に向かえ!」
『女の始末は諦める。ギョーム、撤退しろ。』
特殊部隊もジェラール確保に動き出した。それを察したジェラールはギョームに撤退命令を下した。
「仕方ない、さらばだ。」
既にブレンヌスはギョーム確保に動いていたが、ギョームが複数の手榴弾を周囲にばら撒いたのを見て急いで後ろに下がる。しかし、その手榴弾はスモークグレネードであり、急激に広がる煙幕に紛れてギョームは姿を消した。
「ベーラス、痕跡は?」
ヴェントはベーラスにギョームの痕跡を辿らせようとしたが、煙幕には濃密な魔術の残渣を含ませていた様で、ベーラスの追尾機能はジャミングされていた。
「周囲を探せ!まだ遠くには逃げていないはず。速やかに本部に連絡して、戒厳体制を張る様要求しろ。」
『こちら教会制圧班。屋上にて気絶した狙撃班2名を確保。命に別状はないと思われます。』
ジェラールも既に立ち去っていた。今回の任務は失敗に終わったのだった。
それから一週間、二人はジェラール達の痕跡を探すも何も発見できず、本部から帰還命令が下ってフランスへと戻った。その2日後、それを嘲笑うかのようにCLM849は図書館に戻っていた。
「結局何も分からず終いか。」
「まあ、政府も彼らを甘く見ていたようで、今後はもっと調査員を増やしてくれるそうですね。」
フランス政府も"Soleil de nuit"もジェラール達を甘く見ていたことを認め、今後の調査に更に人員を割くことを決定したのだった。
「あの強い兵士はホムンクルスだったみたいですね。」
「この時期にホムンクルスを作るなんて、度胸あるよね。」
クローンとは異なり精子だけで作れるホムンクルスは量産性や拡張性に富むものの、寿命は短く、主体性に乏しい。社会に認められないのが一目瞭然であるため、この製法は知っていても作成したり広めたりする人はいない。
「彼らがホムンクルスの、しかも戦闘用に改造された物を作れるとは思えません。どこからか購入したのか、あるいは支援されているのか。」
「やばい匂いがするねぇ。」
「ギョームの言っていた"天使様"も気になります。一体誰に唆されていたのでしょう。」
二人はジェラール達の痕跡を掴むべく、再び奔走するのだった。
少し短かったですが、本来書きたかった伝奇小説に近くなったと思います。今後は5つ程閑話を挟みます。今月中に閑話を投稿し切るのを目標にします。
本文中にCLM849の市販のことを書きましたが、普通にAmazonでも原文付きの論文が購入できます。そのリチャード・キークヘファー氏の論文を今回参考にさせて頂きました。偽書というのはこの作品での話で、ちゃんとした本物なので興味がある方は是非読んでみてください。
4/4 序盤に加筆しました。