第二話 Furiae naturalis 前編
思ったより早く書き終えたので投稿。
早朝の町に若い男が佇む。背伸びをして洒落た服装をしているつもりなのだろうが、都会の人々が見ると流行りを知らない田舎者と評価するであろう。
「ごめんねー、遅くなった。」
「いや、俺も今着いたところだ。」
若い女が息を切らしながら駆けつけた。男はわざと素っ気ない態度で答える。
「で、今日の狩場はどこだ?」
「町外れの森。ちゃんと"オモチャ"は持ってきた?」
男はショットガンの一部をカバンから少しだけ出して見せる。
「あぁ、忘れ物は無い。"オモチャ"に弾、昼食、財布、酒、タバコ、それに"葉っぱ"。」
「おぉ、イケてんねぇ。」
「フッ。」
異性から褒められるのに慣れていない男は、女からの褒め言葉を受けて上機嫌になって気障な態度を取る。それでも女は不快感を顔に出さない。
「おっ、バスが来た。」
二人はバスに乗って町の外へと向かった。
彼らは森で夕方までバードハンティングをしていた。当然免許は持っておらず、つまりは密猟をしていることになる。就活に失敗した男は、夜の町で出会った女に誘われてストレスを鳥にぶつける為に来ることになった。
酔いながらも直向きに鳥を撃つ。友人から貰ったマリファナを自慢しつつ、自身では使えずにいる所を見れば、彼が小心者だというのが分かる。
「そろそろ終発のバスが怪しくなって来たから帰ろうか。」
日が大分傾いていたので切り上げる。男は町外れの小規模な村に家族で暮らしている。両親には就活の続きと言って出てきていた。
「そろそろ頃合いかな。」
「すまんな、この後用事があるんだよ。」
女の言った「頃合い」を、男は自分に気を遣ってくれているのだと解釈した。しかし、それは違った。
「アスギナ」
女がそう呟くと突風が吹いた。男は目を瞑り、腕で砂埃から目を庇った。
「ガァ、ガァ、ガァ」
目を開けると目の前には大量のカラスが男を睨んで鳴いている。
「いつの間に。」
男は真後ろに殺意を感じた。しかし振り向くことはできなかった。女の"槍の右手"が、男の心臓を貫いた。
ミナはスマートフォンをいじるのをやめ、車を運転しているメアリーを見る。
「あら、またここに。」
「ねぇ、メアリ。やっぱり迷ってるじゃん。」
「おかしいわね。これだから田舎は。というか、この車も。カーナビくらい着けなさいよ。」
「住所教えて。スマホで調べる。」
見かねたミナが言われた通り住所を検索する。
「前の場所まで戻って。そこから二つ先を左。」
今彼女達がいるのはジョージア州カーターズビルの南にある森林地帯だ。目的地はクレムソン村というとても小さな村だ。そこで起きた事件が妙だということで警察からの依頼が入った。
--2日前--
「話をまとめさせて頂戴。4月の第二木曜日に就活と偽ってカーターズビル北西の森に出かけた男が殺害された。死因は鋭利な刃物で心臓を一突き。その後、その事件にショックを受けた親族が3人死亡。よくありそうな話ですけど?」
「それじゃあ肝臓が無くなってたのは?それに遺族が3人立て続けってのも怪しいよ。」
「魔術ならば伝染魔術の類でしょう。ハミルトン家に私怨のある人物が、どこからか肝臓を使った魔術を知り、息子を殺害して肝臓を抜き取った。私怨ならば私達が介入するまでも無いでしょ?」
WSNCCは国家の脅威となりうる超自然現象に対抗すべく結成された組織だ。冷戦が終わり、国家間で表面上とはいえ結束しようとしている今に至っては、人類の脅威に対抗すべき組織である。それはメアリーを始め、あらゆる団員にとって名誉なことなのだ。それをちっぽけな個人間の厄介ごとを解決する為に呼びつける警察組織の態度にメアリーは憤りを覚えていたのだ。
「君の言いたいことはよく分かる。だがな、今回の件はやばい香りがするんだ。ラーの左目を通したからこそ言える。黄金の火に誓ってね。」
「Astronomia rimor、あなたがそこまで言うのでしたら。」
そして現在、彼女達はハミルトン家を訪ねるべくクレムソン村へと向かっているのだ。
「見えてきた。あの集落。」
「小さいとは聞いていましたが、家が10軒もないじゃない。」
クレムソン村は森の中にあるたった8軒の家と小規模な農場でできた村だった。村の前には一台のパトカーが止まっていた。メアリー達が近付くと中からガタイの良い警察官が出てきた。
「あなた方は?クレムソン村に何の用で?」
メアリーは窓を開けて一枚の紙を見せた。
「州警本部のサイン。本物のようですね。となればあなた方が本部の言っていた探偵?」
「た、探偵?私達はそんなものよりもっと高尚な目的で行動していますのよ。」
「メアリ、探偵さんに失礼。」
警察官を困惑させた上、全世界の探偵に喧嘩を売るようなメアリーの発言をミナが咎める。
「そ、そうですか。取り敢えず本官のことはダリルとお呼びください。」
「私はメアリー、こっちはミナよ。」
「よろしく。」
ダリルはよりにもよって面倒な協力者が来たものだと内心思うのだった。
ダリルはメアリー達をハミルトン家に案内した。田舎ではあるが、村自体裕福ではないので思ったよりも大きくはない一軒家だ。隣にはハミルトン家の経営する養豚場があり悪臭が漂っている。
「それではまず息子さんのことから教えて頂けます?」
メアリーはハミルトン夫人に話を聞いていた。まだ30代前半であるが、疲れからか老けて見える。
「はい、あの日にあの子は就活に町まで行くと言って朝早くに出て行きました。しかし、翌朝になっても帰ってこないので警察に連絡したのです。そして3日後に森で...。銃まで持ち出して嘘をついていたのにはショックを受けました。荒れてはいましたが、私達を置いて都会には行きたくないと言ってくれるいい子でしたのに。」
夫人は涙を流しながら語った。
「息子を亡くすのはお辛い経験でしたわね。話すのが辛いようなら落ち着いた頃に出直しましょうか。」
「いえ、大丈夫です。私にできることはやらないといけません。」
夫人は涙を拭いて力強く向き直る。
「それでは、その後に亡くなられた方々についてお願いしますわ。」
「ええ。最初に亡くなったのは義父でした。医師からは持病の糖尿病が悪化したと。しかし、義父は糖質制限もし、生活習慣も改善していたおかげで血糖値はそこまで高くなく、医師も良好だとおっしゃりました。当の医師も納得が行かないけどこれしか考えられないとのことです。続いては義母です。気の強い義母でしたが、孫と夫を立て続けに失って自殺を。そして次は隣の家の叔母が。突然失踪し、その一週間後に右腕が見つかりました。DNA鑑定の結果叔母の物だと分かり、事件性があるとしてそこのダリルさんが調査に来られました。」
「成る程、ありがとうございます。お辛い経験なのに掘り返すようなことをして申し訳ありません。」
「いえ、こうして貴女のような人と話していると気分の整理が付きます。それに、まだ私達の悲劇は終わっていないのです。次は夫が倒れました。」
「ご主人が?今はどうされています?」
「自室で寝ております。夜になると激痛に襲われるようです。全身を突き刺されるような。それが、奇妙なことに亡くなった3人も同じようなことを言っていたのです。」
「本当ですの!?」
「はい。それと毎晩うなされているのです。カラスに啄まれる夢を見たとか。」
「ご主人に合わせて頂けませんか。」
「夜によく眠れないようなので、夕方頃でよろしいでしょうか?起きたらお呼びしますので。」
「そうですね。それがよろしいでしょう。」
弱っている人間を起こすのは申し訳ないと思い、夕方に出直すことにする。
その間に隣の家に住むハミルトン氏の姉、ルーシーを訪ねていた。こちらはハミルトン夫人と違い、元気そうな感じだ。ストレスには強いのだろうか。メアリーは母親の失踪前について聞いていた。
「特に変わった様子はなかったかな。体が痛いとか怠いとか言っていたよ。」
あまり親子の仲が良くないのか、そこまで会話をしていなかったようだ。症状も軽かったように聞こえる。
「それよりも他所の不幸を嗅ぎ回るなんて感心しないな。」
「私達は依頼されて来ておりますの。嗅ぎ回るなんて人の事を犬の様に。」
あまり会話がよろしくない方向に進んで行くので、ミナとダリルがなんとか会話を切り上げて早々に立ち去った。
夕方にハミルトン夫人から連絡が入ったので再びハミルトン家にお邪魔していた。2階の夫婦部屋に入ると、苦しそうな表情のハミルトン氏が無理して体を起こしていた。
「苦しいのなら横になってくださいませ。」
「この様な姿で申し訳ありません。」
ハミルトン氏は申し訳なさそうに横たわる。
「お気になさらず。それでミナ、何か分かる?」
「うん、精霊の残渣が見える。それもいっぱい。」
「後を追える?」
「無理、空を飛んで来てる。方向はあっち。」
メアリーは地図を開いて確認する。
「こっちの方向ね。」
「あっ、ここは。息子が発見された森です。」
「今から行くにはもう遅いわね。どうせ今夜にも向こうから来るでしょう。ミナ、結界を張れる?」
「うん、禊が出来れば。」
「ハミルトン氏、この後バスルームを貸して頂けるかしら?それと、よければ今夜泊めていただけます?」
「どうぞ、お使いください。客室も空いておりますので。」
礼を言って二人とダリルは車に向かった。
ダリルは神器と日本酒の一升瓶を抱えてハミルトン家に戻っていったミナを見て首を傾げる。
「何をする気です?未成年の飲酒は流石に...。」
「飲むわけじゃないから安心して。それよりも貴方にはルーシー氏について村人に聞いてきて欲しいの。最後に見た時とか、その時の様子とか。」
「私怨ですか?確かにあの言い方は不快でしたが。」
「違うの。あの女性は妙でした。全く母親の死を気にしていなかったし。なにより私達が立ち去る時殺意を感じましたわ。」
「そうなのですか?」
「ええ。だからお願いしますわ。」
「分かりました。直ちに。」
ダリルは近くの家へと向かった。それを見届けたメアリーはタブレットから大学時代にまとめたデータベースを開く。
「あったわ。カ・ラヌアフキェリ・スキ。英名、レイヴン・モッカー。チェロキー族の伝承に現れる悪しきカラスの精霊。取り憑いた者を死ぬまで苦しめる。更にはその遺族にも取り憑き、同様に苦しめて殺す。なるべく速く対処しなくては。」
すぐさまWSNCC本部に電話を掛ける。
「innocentas terraよ。ねぇ、チェロキー族のシャーマンを誰か知らない?オクラホマにいるのね。その人にアポ取っといて。それと明日の早朝に飛行機をお願いできる?」
電話をしていると窓がコンコンと叩かれた。外にはナンシーが立っていた。要件を伝え終えたので車から降りる。
「ねぇ、何やってたの?」
「明日一度本部に帰る予定だから連絡しておりました。原因が分かりませんので。」
「そ、そう。」
ナンシーの顔に安堵が見えた。
「ねぇ、昼間はごめんなさい。お詫びに夕食なんてどうかなと思って。娘さんも一緒に。」
「ごめんなさい。今日の夕食はハミルトン家でご馳走になる予定なの。」
「そうでしたか。こちらこそ突然ごめんなさい。」
ナンシーは直ぐに振り返って自宅へと向かった。しかしメアリーには背中越しに見えた。右手を摩りながら立ち去る彼女の苛立ちが。
夜11時。メアリーとミナは客室で待機していた。ダリルは一度カーターズビルの自宅へと帰っていった。彼の聞き取りの内容は主に次の通りだ。まず、ルーシーは母親を身を粉にして看病していた。小さい村なので、皆お見舞いに行った時にその様子を見ている。しかし、母親が亡くなってからはショックなのか一切家から出てはいない。喪中見舞いで見た彼女の悲しげな様子を全ての村人がよく覚えていた。
「ルーシーさん、あんな元気そうだったのに。おかしくない?」
「ええ、彼女の空元気なのか、或いは。」
すると、夫妻の部屋から窓に投石されたような音が連続で聞こえた。
「行くわよ。」
二人は急いで夫妻の部屋へと向かった。
「キャーー!何なの!?」
「ガァ、ガァ!!」
「カラス!?やっぱり。」
精霊が見えるミナは勿論、普段は見えないメアリーにも見えた。それ程強い霊力なのだ。窓の外では十羽程のカラスが窓に突進している。
「レイヴン・モッカー。厄介ね、怒れる自然の精がこんなにたくさん。」
メアリー達が扱う白い魔術では神や精霊を殺すことはできない。
「そいつらを追い払えないのですか?」
「ごめんなさい。その代わりこの結界がある限り今夜は大丈夫よ。恐らく朝方には居なくなってるでしょう。明日、これを解決できる人を連れてきます。今日は申し訳ないけど我慢してください。耳栓はありますので。」
ミナが貼ったのは八衢比古と八衢比賣による悪神すら退ける結界だ。強力ゆえ準備に2時間も費やした。なんとか夫妻は眠りに付き、レイヴン・モッカー達も3時くらいには姿を消していた。
次の日、まだ日も登っていない時間に彼女達は飛行場にいた。眠い目を擦り、チャーター機に乗り込んでいた。急な予約だった為メアリーも予想はしていたが、やはり今回もB-25だった。
「今回もありがとうございます。それでは離陸します。シートベルトをお願いします。」
離陸後、B-25はオクラホマ方面に進路を変える。
「そういえばお札渡してたけど、メアリーの術じゃあレイヴン・モッカーに効果ないんじゃないの?」
「あれはレイヴン・モッカーに対してのお札じゃないの。あれは姿を見破る為の"ラーの左目のアミュレット"よ。局長さんの目と同じ原理なの。あれを家のドアや窓全てに貼っといたわ。私の予想が正しいなら、この事件の主犯はあの家には手を出せないはず。」
メアリーはついでにダリルへも警告の置き手紙をしていた。狙われているかもしれないから気をつけるようにと。
解説:ミナは精霊が見えるとの記述があります。前作ではブラウニーは見えていませんでしたが、ブラウニーは精霊ではなく妖精です。ここでの設定は、人間、妖精、精霊、天使、妖魔、神はそれぞれ体を構成する要素が異なっており、認知できる存在の波長も異なります。また同じ人間でも存在の波長に個人差があるため、人によって見えやすさが異なるのです。魂の無い精霊は古典元素、エーテルによって構成されており、魂を得ると自我が構成要素に加わります。ミナはこの3つに親和性が高く、精霊を見ることができます。一方、妖精は自我、古典元素、アストラル、霊子によって構成されており、後ろの二つが大きく波長をシフトさせてしまっています。その為見えない訳ですね。因みに信仰される神は霊我、自我、生命霊で構成されており、この波長は精霊に近くミナには見えるみたいです。因みにメアリーの喚起魔術は術者にのみ見える幻視なので、気配は感じられても他人には見えません。この辺は一章終わった辺りで設定集を作ろうかな。元ネタは人智学ですが、大分ご都合主義に改変してます。ルドルフ・シュタイナーさんごめんなさい。
後半は明日