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Comitem septem -封印と仔羊の教会-  作者: グレイマス伯
第二章 わたしはまた、彼に明けの明星を与える。
15/15

Orarum desideravi

投稿しようとしたら、阿蘇山が噴火したので内容が内容なだけに自粛しました。一応一週間したので投稿しますが、まだ噴火の可能性があるとのことなので、周辺住民の無事を祈ります。

「今は18℃。確かに夏のハワイにしては冷え込んでるわね。」

「むー、どうしてこうなるの。海水浴したかったのに。」

メアリーとミナはハワイ島のヒロ国際空港に降り立った。本来なら休暇で訪れる予定であったのだが、急遽依頼として訪れる事になった。季節は8月の初旬であり、午前10時を回ったくらいの時間である。冬でも20℃を下回らないハワイに置いては明らかな異常気象だ。一週間前にハワイ島を局所的な雷雨が襲い、それ以降徐々に気温が下がっていった。2日前には20℃を下回り、それ以降も気温は上がらず、15〜20℃のままとなっている。それも奇妙な事に気温が下がっているのはハワイ島だけなのだ。合衆国政府もこの異常事態に様々な専門家を派遣しており、WSNCCにも派遣要請が出された。そこで、偶々休暇にハワイ旅行を計画していたメアリー達ざ調査を任せられたのだった。

「折角のお休み...。」

「こんな気温だったら旅行どころじゃ無いでしょ。多めの代休も約束された上、今回の旅費は全部組織持ち、代休に関しては飛行機やホテルの予約も便宜を図ってもらえるのですし、そこまで悪い条件じゃ無いでしょ?」

「でも楽しみにしてたのに。はぁ〜。」

メアリーは項垂れながら歩くミナの手を引いて空港から出る。タクシー乗り場に向かうと直ぐにタクシーを捕まえる事が出来た。

「コンフォートレンタカー、ヒロ店まで。」

予約していた店で車を借りるべく、まずはそこに向かう。

「今日は観光で?お気の毒っすね、この異常気象で。」

暫くしてタクシー運転手が観光客だと思い話しかけてくる。

「ええ、まさかこんな事になるなんて思わなかったわ。」

勘違いされたままでも問題ないので特に訂正せずに返答する。

「生まれも育ちもハワイ島なんすがこんな事初めてっすよ。まあ、そこまで寒くはないんですが、海に入るにはちと厳しいっすね。それも南に行く程寒くなるんすよ。キラウエア山じゃあ雪が積もる程にね。」

「キラウエア?マウナケアではなくて?」

キラウエア山は標高1,247mの活火山だ。熱帯のハワイでは雪が降る事は無い。対して隣のマウナケア山は標高4,205mであり、山頂付近では雪も積もる。

「そうなんすよ。キラウエアはハワイの先住民達にとって今でも神聖な山なんで文化振興会が何かやってるみたいっすよ。」

「成る程、ハワイの文化には興味もありますし、話を聞いてみようかしら。」

メアリーは文化会館の場所と連絡先を教えてもらう。それから5分程で目的地へと到着した。そこで予約していた車を借り、ホテルへと向かった。

「取り敢えず荷物を置いて会館へと向かいましょう。今日の調査はそのくらいにしておくから、禊はやらなくていいわ。」

「うん、分かった。」

メアリーは支度をさっと終わらせると、文化会館へ電話を掛けた。直ぐに男が電話に出た。

「こんにちは、ハワイの文化について調べているのですが、今からお時間よろしいですか?」

『そうですね、観光客は軒並みキャンセルですし、当分は空いていますよ。いつでもどうぞ。』

男は今にも溜息が出そうな話し方で受け答えした。メアリーはこれから向かうと告げ、電話を切った。

「準備は出来た?でしたら行きましょ。」

「うん。」

二人は最小限の荷物を持ち、ホテルを出た。


 文化会館の中には本や映像、さらに現物と様々な歴史的資料が展示されていた。メアリー達がドアを開けて中に入ると、その音に気付いたのか奥から男が出てきた。

「アロハ、ようこそハワイ文化展示館へ。」

目に隈を浮かべた男が精一杯の笑顔で迎え入れた。メアリーは声を聞いて彼が電話の男だと気付いた。

「先程電話した者ですが...。」

「お待ちしておりました。こんな時に来て頂けるなんて感激です。」

メアリーは前に出ると、鞄から一枚の紙を取り出して男に渡す。それを見て男は顔色を変えた。それは政府関係者を証明する物だった。

「奥で話しましょうか。」

彼はそう言って二人をスタッフルームに案内した。部屋に入った時にはスタッフルームの中には3人の会員がいたが、男が彼らに退室を促した。男は会員達が出て行くのを見届け、二人をデスクに案内した。

「自己紹介が遅れました。私はここの会長のダニエル・カウハリです。」

「私はメアリーです。こっちはミナ。詳しいことは言えないのですが、今回の異常気象調査の為に政府から派遣されました。」

「よろしく。」

「はい。ですがどうして家に?史料は提供できますが、気象の調査ならあまり役には立てませんよ。」

文化会館は州の援助を受けている公的機関ではあるのだが、文化の保全と対外発信の為に活動しているだけで、気象情報に関しては気象台や大学の方が詳しい。その為ダニエルは二人が訪ねてきた理由を予想できずにいた。

「不審に思うかもしれませんが、私達は今回の件を超常的な視点から調査しに来ました。こちらなら何か心当たりがあるのではと思い、訪ねた次第ですが如何でしょうか?」

「そうですか。今ここに居る会員達は皆、ネイティブにルーツを持つだけなので、何も言えることはありません。しかし、当会にヘアラニという者がおりまして、彼女が何か知っている様でした。」

「そのヘアラニさんは今いらしてますか?」

「いえ、先日州議会に押し入ろうとした所を警備に取り押さえられて、今は自宅で謹慎しております。お会いされたいのでしたら、今から良いのか聞いてみますが、どうでしょうか。」

「あっ、ではお願いしますわ。」

ダニエルはヘアラニに電話を掛ける。すぐに彼女が電話に出た様で、手短に訪問の許可を取った。

「喜んでお待ちします、とのことです。それでは、彼女の家に案内しますが車の方はありますか?」

「ええ、レンタルしてます。」

「では先導しますのでついてきてください。」

二人は車に戻り、ダニエルの先導の元、ヘアラニの家へと向かった。


 ヘアラニの家は海の近くにある小さい一軒家だった。家の前に一人の女が立っており、家の前に車を停めるとダニエルの車に近付いてきた。1分程何かを話すと、ダニエルは車を降りて女と共にメアリー達の車へと歩いてきた。

「メアリーさん、ミナさん。こちらがヘアラニです。」

ダニエルに紹介されたヘアラニは前に出て来て、車内を覗き込んだ。

「こんにちは、あたしがヘアラニだよ。」

「メアリーです。こっちはミナ。」

「それでは、私は会館の方に帰らせて頂きます。ヘアラニ、後はよろしくお願いしますね。」

「はい、ありがとうございました。」

ダニエルはそう言って自身の車に乗り込み、道を引き返して行った。

「じゃあ、そこのガレージに入れて。掃除してないから汚いけどごめんね。」

メアリーは家の横にあるガレージに車を入れる。長い間使われていなかった所を急いで掃除した様で、下車した途端咳き込みそうになる程埃っぽかった。

「ごめんね、免許持ってないから全然使ってなくて。こっちに裏口あるから入って。」

ヘアラニはそう言いながらガレージにある裏口を開き、二人を中に招く。そのまま短い廊下を通り、リビングへと案内した。

「そこのソファーに座って。今飲み物を用意するから。お爺ちゃんとこの果物を絞ったジュースなんだ。そう言えばミナちゃんだっけ?日本人なの?」

「うん。」

「へー、お爺ちゃんも日本生まれなんだ。生まれてすぐこっちに来たみたいだけど、なんか運命感じるねー。」

そう言いながら冷蔵庫から取り出したジュースをコップに注ぎ、二人に出した。

「すごく美味しい!」

「ええ、とても美味しいわ。あなたが絞ったの?」

「うん、これはあたしが絞ったの。でも、お爺ちゃんところのジュースは幾つかのホテルでも出されてるんだ。まあ、そこのオーナーは全部パパなんだけどね。」

「へー、貴女の親御さんは経営者なのね。」

メアリーはそう返しながら部屋を見渡す。すると、テレビ棚の上に飾られたトロフィーや、テーブルの横に置かれたヘアラニの写真が目に入った。写真は彼女がフラの様な衣装を着ている物だ。

「綺麗なトロフィーね。貴女が取ったの?」

「そうだよ。去年の夏に開かれた創作フラの大会で優勝した時の物だよ。一昨年は予選落ちしたから、まともに出れたのは去年が初だったんだ。」

「おー、凄い。」

「うん、本当に凄いですわ。プロを目指してらっしゃるの?」

「ママに憧れてね。若い頃は凄かったんだ。何度も大会で優勝してね。引退してからも地元の文化を残して広めたいって言って、また従兄弟のダニエル叔父さんと文化振興会を創設したんだ。」

メアリーはヘアラニの雰囲気が変わったのがわかった。それは先程までの活気あふれる様とは異なる、哀愁感が溢れ出している物だ。

「ダニエルさんとは親戚でしたのね。」

「そうそう。叔父さんは普段大学でハワイの民俗学を研究してるの。この家も大学に通う為に借りた叔父さんの貸家だったりするんだ。実家のヴォルカノからじゃあ遠すぎるからね。あ、話が長引いちゃったね。今回の異常事態について調査しに来たんだったね。」

えへへ、と笑いながら声の調子を無理に戻し、メアリーに本題を尋ねてきた。

「そうね、貴女なら何か知ってそうだとダニエルさんが言ってたから案内してもらったのだけど、どうかしら。」

「うんうん、メアリーさんみたいに話のわかる人が来てくれて嬉しいよ。じゃあ、まずはクイズです。この島には二つの山があるけど、それは何でしょう?はい、ミナさん!」

「えっと...、キラウエアとマウナケアだよね?」

突如振られたクイズにミナがたじたじと答える。ミナはメアリーの話しを覚えていたため、難なく答えることができた。

「正解!よく分かったね。どちらも火山だけど、標高が低くくて、活発なのがキラウエア。標高が高くて、休火山なのがマウナケアだよ。標高が高いマウナケアの山頂じゃあ雪は積もるけど、低いキラウエアに雪は降る訳ない。それは当然のことだよね?」

地学的に当然なことに二人はただ頷く。

「だけど、実はキラウエアに雪が降らないのはそれだけが理由じゃないんだ。このハワイはマナって言う不思議な力で満ち溢れているんだ。」

「マナ、ポリネシア諸国で信じられている超自然的なエネルギーのことね。」

「そう。私達ネイティブは、積雪も降雨も、噴火も落雷も、全てマナが引き起こしているって信じてきたんだ。で、異常気象ってのはマナが乱れたと考える訳なの。」

「成る程、ハワイ島のマナのバランスが何かによって掻き乱され、今回の寒波が引き起こされたと考えている訳ね。」

「うんうん。それで話を山に戻すんだけど、メアリーさん。この二つの山に住む女神の話しはご存知かな?素人には難問だけど、君なら分かるよね?」

ヘアラニの声色は今や真面目な物になっていた。メアリーもそれに気付き、真剣に目を合わせて答える。

「キラウエアの炎の女神、ペレー。マウナケアの雪の女神、ポリアフ。この二柱ですわね。ペレーとポリアフが争った時、ペレーは溶岩でポリアフを攻撃した。ポリアフはマウナケアの山頂に逃れる、雪で溶岩に対抗した。そして、ついにはペレーをキラウエアに封じ込め、北部へと来れないようにした。で、合ってるかしら?」

「うん、そんな認識で大丈夫。それで、今回の寒波はその二柱の均衡が崩れたことによってマナが乱れたからなの。ここ最近無理矢理推し進めた地熱発電の拡大が原因なんじゃないかって考えてるんだけど。」

「つまり、ペレーの温める力が弱まって、ポリアフの冷やす力が強くなってしまった。その結果ハワイ島のマナが乱れ、局地的な自然現象の異変となった。成る程、それならハワイ島だけで起きてる理由にもなるわね。」

「で、なんだけど。これ以上は取り敢えずヴォルカノに行ってみないと分かんないと思う。だけど、そこそこ遠いからなぁ。」

困ったなぁ、と言う顔でチラチラとメアリーの顔を伺いながら呟いた。

「ふふ、明日行ってみようかしら。貴女もどう?」

「はい、是非!」

こうして、後日3人でキラウエアの麓の町ヴォルカノへ向かうことになった。


 次の日の正午、3人はヴォルカノへ向かう道中の町、カーティスを通過しようとしていた。

「暗くなってきたわね。ヴォルカノじゃあ雨が降ってるんじゃないかしら。」

「確か天気予報でも雨が降るって言ってたね。曇ってるからなのか、今日は一段と冷えるね。外は、えっ、嘘でしょ?」

ヘアラニの見た車内の温度計では、外気温が12℃となっていた。

「ヴォルカノは真冬並みだろうな。こんなのが続くとこの島の植生はどうなっちゃうんだろう。」

「そう言えば、マウナケアからはヒロの方が近いのに、ヴォルカノの方が気温が低くなるのね。」

「ママが言ってたんだけど、マウナケア山頂から発せられるマナは、ポリアフが雪を投げた様に高空を流れてからキラウエアに降り注いでるっぽいんだよ。対してキラウエアからのマナは地中を通って、島中に地面から噴き出してるみたい。」

「成る程、キラウエアのマナは地熱の様な物なのね。」

「そうそう。」

それから車を走らせること30分、車窓に異変が起きた。

「雨が降ってきたわね。あら、これはみぞれ?」

「ほんとだ、雪が降ってる。」

車窓についた水滴を見ると、氷が混じっていることが分かる。

「気温も3℃。ここまで下がるなんて。」

「確か、昨日までの最低気温は13℃。急激に下がってるわね。」

「ママの言ってたマナの乱れ。ここまで深刻な事になるなんて。」

それから間もなく、ヴォルカノの町へと入った。雪は積もっていないものの、路上は薄らと白く染まっていた。スリップしないよう、慎重に運転しながらヘアラニの家へと向かう。途中、役所の前に抗議をしている集団が目に入った。

「何やってるのかしら。」

「あっ、カピオラニさん達だ。ちょっと話したい事あるから停めてくれる?」

「だったら私達も行くわ。」

役所の駐車場で下車し、デモ隊のもとに向かう。何か叫んでいることは遠くからでも分かったが、近付くことでデモ隊ともう一つの集団が罵声を浴びせ合っていることが分かった。

「テメェらみてえな他所の神を信じてるやつや、科学信奉者がいるからこの島は壊れてんだよ。」

「何が信奉者だ。技術の進歩について来れない老害どもめ!」

「何が老害じゃあ。儂らはお前達の将来を思って行っておるのじゃぞ!」

「余計なお世話よ。息子の受験勉強を邪魔して何が若者の将来を思ってるよ。」

「俺の休日を何だと思ってる。」

デモ隊と言い争っている相手は、ここ数日のデモ活動に日常生活を害された近隣住民達だった。ヘアラニは巻き込まれないように、そっとデモ隊の一人に近付いた。

「カピオラニのおじさん。」

「おお、ヘアラニ。帰ってきたのか。」

「今時間いい?向こうで少し聞きたいことが。」

カピオラニは頷き、ヘアラニと共に群衆から離れてメアリー達のいるところまで来た。

「この人達は私の協力者なの。こっちがメアリーさんで、こっちがミナちゃん。」

「初めまして、メアリーです。」

「よろしく...。」

「あぁ、こちらこそ。で、ヘアラニ、州政府には例の文書は渡せたのか?」

「うーん。受け取ってくれそうになかったから議会に直接提出しようとしたんだけど捕まっちゃって。警備の人には渡したというか押収されたんだけど、ちゃんと渡っているのかは分かんないなぁ。」

「あぁ、そうか。まあ、ダメ元だったからなぁ。で、聞きたいことというのは?」

カピオラニは溜息を吐いてから聞き返した。

「まずは、雪はいつからなの?」

「今朝になって急に気温が下がって、2時間前からってところかな。」

「じゃあ、この集まりはそれを受けての?」

「連日やってたから、雪を受けて集まったわけではないな。」

「で、あの言い争いは?」

「近隣住民の一人がやめてくれと苦情を言いに来たんだ。すると、うちの爺さんが熱くなって言い返したら、次々と人が集まってきたんだ。全く、こうなるんだったら爺さんを宥めて大人しく引くんだった。」

溜息混じりにカピオラニがそう言い終えた時、群衆の方から悲鳴が聞こえた。皆がそちらを見ると、デモ隊の男が近隣住民と揉み合っていた。その横には顔を押さえながら俯いて座り込む女がいて、更に揉み合いに加わろうとする者や、煽てる者、止めようとする者が入り乱れていた。

「おいおい、やりやがったか。ヘアラニ、お前は無関係だからすぐに離れろ。」

そう言い残してカピオラニは群衆のもとに戻って行った。

「大変な事になってるわね。気候だけじゃなく、人間関係にも悪影響が出始めてる。」

「すぐに警察が来るし、速く家まで行こう。」

「ええ。」

3人は車へと駆け戻り、エンジン音でも打ち消せない喧騒から離れて行った。


「ただいま。と言っても、お帰って言ってくれる人なんていないんだけどね。」

ヘアラニは愛想笑いをしながら言う。それから二人をリビングに案内して、冷蔵庫の中を確認する。

「ミネラルウォーターしかないけど、今入れるね。」

「あんまりこの家は使われてないのね。それにしては埃一つないけど。」

「パパ、夏は忙しくて滅多に家に戻って来れないんだ。特に今年はこの異常気象だし、もっと大変だろうね。家は週に1回、メイドが掃除に来るから綺麗なはずだよ。」

コップに水を注いで二人に出した。当然のことだが、昨日のジュースと比べると味気なかった。しかし、味気ないと感じたのは単に味覚の問題ではないだろう。

「少し待ってて。掃除してくるから。」

ミナは特に何とも思っていない様子だが、メアリーは思わず首をかしげた。メイドが掃除しているので、綺麗好きでもない彼女が掃除してくると言ったのが謎であった。しかし、彼女が向かったのは庭であった。複数のリゾートホテルを持つ資産家だけあって家は大きい。夏場の暑さを和らげる為か森に囲まれた広大な敷地である。彼女は裏口から庭に出て、森の中に入って行った。両手で花束を抱えながら。

「おっきい庭だね。」

「ええ、そうね。相当この場所を気に入っていたのでしょうね。」

この家のテレビ棚にも写真立てがあった。そこには小さい頃のヘアラニと、二人の夫婦が写っていた。その隣には、ヘアラニと思われる女がフラの衣装でトロフィーを持っている写真があり、さらにその横にヘアラニと似た女の同じ様な構図の写真があった。

「女神ペレーは、最初にフラを踊った。もしかしたら、彼女は...。」

そう思った刹那、裏庭の扉が勢いよく開き、ヘアラニが息を切らしながら駆け込んできた。

「助けて。ママが燃えてる。」

二人は頷いて立ち上がる。それを見てヘアラニは二人を森へ案内した。森の中には墓があった。雪で少し上が白くなっているだけの、普通の墓で、一般人の目には炎は見えない。

「感じる...。」

しかし、ミナは墓の上に強い力を感じた。それは炎の様に熱い力だ。間違いない、ミナはそう確信した。これは神の気配なのだと。

「ミナ、出来そう?」

無言で頷き、墓の上に精神を集中する。ハワイの呪いなどミナには分からない。しかし、何とか想いを伝えようとする。そして、その想いは遂に"彼女"に届いた。

「あーあ、やっと来たよ。ウチの巫女の才能は開花一歩手前ってところか。腕はいいんだけどねぇ。」

ミナは二人を振り返り、燃える様な瞳を向けた。

「余所者の力を借りるのは癪だけど、今はそんなこと言ってらんないわー。ポリアフのバカが余計な事をするから、余計大事になったじゃない。」

「あの、貴女は?」

愚痴をこぼし続けるミナに、ヘアラニは恐る恐る尋ねる。

「ハハハッ。まさか自分の巫女に誰何されるとはねー。ウチはペレー。この島の火山の女神といったらウチのこと。」

ペレーはミナの小さい身体で胸を張って言う。

「ペ、ペレーさま?」

「おっと、この子にも負担は掛けたくないし、そろそろ説明しようか。そこの西洋人にも分かる様に。まず、今回の異常気象なんだけど、原因は眷属のタマエフ達が馬鹿な人間に連れ去られた事だよ。」

「眷属を人間が連れ去った?」

「まあ、人間は依代を燃え続ける石炭だと思って持ち去ったんだろうね。運良く一つも国外に持ち去られてないし、全てこっから東に行った沿岸に集められてる様だね。」

「東...やっぱり新しい地熱発電って銘打ってたあそこが。」

「まあ、確かに地中にあった頃は地熱を発してたから間違ってないかもしれないけど。でなんだけど、タマエフ達を連れ戻してきてくんない?あんた達にやって貰わないと、ハワイ島の半分を溶岩で埋め尽くす事になるよ。」

「大分無茶言ってくれるのね。」

「ポリアフのバカがウチをキラウエアに閉じ込めたからだよ。お陰で自分じゃあ動けないし、溶岩を通して連れ戻すしか手が無いんだよ。」

お手上げだわー、っとジェスチャーで語る。

「まあ、ベストは尽くしますわ。」

「物分かりが良くて助かるよ。取り敢えず、回収したら海に投げ込むか、こっちに持ってきて。動ける範囲に入ったらウチが回収するし、海ならカナロアに頼んでるから。で、何か質問は?」

「一ついい...ですか?」

「どうした?」

「あたしの巫女の才能がどうとかって...。」

「あー、それね。気にしなくてもあんたなら直ぐに開花するはず。今回は運が悪かっただけだから。納得いってない顔してるけど、本当に教えることなんてないからね。それじゃあ、他にないならそろそろリンクを切るよ。それじゃあ、この子にお礼言っといて。じゃねー。」

すると、ミナの身体から力が抜けてふらりと倒れかける。すぐさまメアリーが受け止めて抱き上げる。

「かなり重くなったわね。一先ず家に戻りましょう。」

ミナをお姫様抱っこをしながら、心ここに在らずと言った様子のヘアラニと共に家へと戻った。

「で、タマエフについて何か貴女は知っている様だけど...。」

「やっぱり私、ママには...。」

「聞いてますの?」

「えっ、あ、ごめん。」

ヘアラニはリビングに戻っても俯き気味にボーッとしていた。

「ペレーも気にする必要ないって言ってたでしょ。気張っててもしょうがないじゃない。」

「でも、いきなり崇拝してる女神様から直接巫女としての素質が無いって言われたんだよ。ママにはできていた事なのに。そもそも、ママが巫女だったなんて初耳だし。やっぱママも私の素質に...。」

「誰も素質がないとは言ってないじゃない。それに、貴女のこの島を思う気持ちは偽物だったの?今考えるべきことがあるでしょ。いつまでも母親のことばかり考えてても仕方ないでしょ。」

「貴女に何が...。」

「この子を見なさい。私はこの子の母親じゃない。本来ならミナは京都で普通に小学校に 通っているでしょうね。本当の両親と一緒過ごしながらね。でも、この子の両親は実家から離れられない。そしてこの子は実家に近付けない。最も甘えたい時期に、親に会いたくても会えない環境で生活しないといけないのよ。」

そう言われた彼女は、メアリーに膝枕されているミナを見る。確かにミナは、電話で親の声を聞けるし、死んでも会えないかは分からない。だが、ヘアラニにとってはそんなことはどうでもよかった。自分がミナと同じくらいの時、近くにはいつも母親がいた。忙しくても必ず土日には家に帰ってきていた父親が。そして周囲には多くの友人がいた。そう思い返すと自分とは正反対の日々を過ごす、あどけない少女の前でこんな姿を見せてられない。そう思えたのは、普段の彼女の前向きな生き方が、功を奏したのであろう。

「ありがとう、メアリーさん。私はペレー様に選ばれたんだもん。クヨクヨしてる場合じゃないや!多分、ペレー様が言ってるのはここから東に行った所に建てられた地熱発電所だよ。」

「どうしてそう思うの?」

「その発電所が稼働してから、最近ほどじゃないけど気候が目に見えておかしくなってたんだ。それに、地熱発電という割にはそれらしい設備が見当たらない上に、敷地も狭いんだよ。新しい地熱発電って謳ってるけど、やっぱり怪しいんだよね。最初の頃は今日みたいな反対運動もやってたけど、電気代が安くなってからはやらなくなったね。」

「地熱発電に対するネイティブの人達の反対運動はかなり前にも起きていたって聞くわね。マナが乱れるからって。」

メアリーはかつて大学で読んだ、数十年前の新聞記事を思い出した。

「もしそうなら、異常なマナの流れが貴女には見られるはずだわ。後は政府関係者の証明書を見せて...。」

「えっ、あたしはマナなんてまだ見れないけど。」

ヘアラニは首を傾げる。

「先程見えてたんじゃないのかしら?お墓が燃えてるだなんて、私達にはそうは見えなかったわ。」

「えっ、じゃああれって。」

「ペレーの放出していた強いマナでしょうね。彼女が言っていた開花一歩手前ってのはそう言うことだったのでしょうね。」

「メアリーさん、今日の夜に決行しよう!これならタマエフの場所も分かるはず。準備してくるから待ってて。」

「ちょっと!?」

ヘアラニは立ち上がると、勢いよく家から飛び出して行った。

「うーん。あれ、ここは?」

その直後、ミナが目を覚ました。

「ミナ、身体は大丈夫?」

「うん、寝起きでまだぼーっとしてるけど。」

「禊をお願い。今夜は大変そうよ。」

ミナは手を伸ばして、起こしてと強請る。メアリーはミナの手を引っ張って起こし、今夜の用意を始めた。


 深夜2時、3人はボルカノから東の臨海にある地熱発電所の前にいた。発電所のゲートには二人の警備員が詰めていて、全周にフェンスと有刺鉄線が貼られている。

「よし、切れた。」

脚立に登り、軍手をつけて有刺鉄線を切断したヘアラニが小さく呟く。続いて帰る時の為に梯子を立てかけ、それに足をかけながら敷地内へと入る。それにメアリーとミナも続いた。

「思ったより警備が甘いのね。」

「仕方ないよ。ここ、ベンチャー企業が無理して作った様なもんだもん。それに、みんなも頑張ってくれてるし。」

ゲートの方で罵声が聞こえる。これはヘアラニが頼んで来てもらった、カピオラニを中心とする昼間のデモ隊だ。周辺に住宅地はない為、思う存分叫んでもらっている。こうして陽動として正面に注意を惹きつけているのだ。

「こんな泥棒みたいなことしたくないのだけど。」

「悪いことしてる気分。」

「こいつらの事だし、政府関係者だって言っても誤魔化すに決まってる。ここはいきなり押しかけるか、気付かれない様に回収するかに限る。...、よし、あの建物に違いない。着いてきて!」

敷地に3人とも入ると、ヘアラニのマナ感知を頼りに中央の建物へと向かう。大きさは建物全体で陸上のトラック程しかなく、十分な発電設備なんて無さそうな外見だ。3人は扉の前に立って、周囲を確認する。そして、ドアノブを押し、それでも開かないので引いてみる。

「鍵掛かってる。他を探そう。」

そう言って他の入り口を探そうとした時、鍵が開く音がして、その直後ドアが開いた。

「ジョーンズ、鍵忘れたのか?...ん?誰だお前ら。」

「仕方ないわ。」

出てきた男に向かってメアリーは銃を向ける。

「ひっ!?」

「口を閉じなさい。両手を後ろに組んでその場に跪いて。」

男は素直に応じた。そのまま3人は扉の中に入った。

「私達はアメリカ政府に派遣された者よ。正直に答えなさい。」

正確には一人部外者がいるが、そこはどうでも良い話だ。

「今、ここには警備を含めて何人いるの?」

「警備員が3人と、作業員が5人。」

「ゲートに向かったのは?」

「警備員全員と、作業員2人。ここにいるのは俺を含めて3人だ。」

尋問している間に、ミナは男の腕を縛る。さらにヘアラニがきつく縛り上げた。

「発電設備はどこ?案内しなさい。」

案内すると言っても、直ぐ目の前にある大きな扉の向こう側だが、暗証番号のロックもあったので男に解錠させる。

「おう、おかえ...、な!?」

中には3人がそれぞれコンピュータのモニターを観察していた。その内の一人が振り返った時、銃を構えるメアリーが見えた。

「立って壁に手を突きなさい。私達はこう言う者です。」

アメリカ政府の関係者であることを示す書状をミナが提示する。それを見てか、はたまた銃に怯えてか、3人の作業員は大人しく指示通りに動く。

「この中に責任者は?」

「責任者ならデモ隊の対応に出て行きました。俺が答えます。」

「じゃあ、残りの二人は縛らせて貰うわ。」

ミナとヘアラニで作業員を動けない様に手足を縛る。

「ここは見たところ、地熱発電所には見えないわね。正直に言いなさい。何で発電しているの?」

「素人には分からないと思いますが、ここは新しい...。」

「なら、彼らに直接聞きましょう。」

メアリーは片手で銃を持ちながら、ポケットから紙を取り出して広げる。そこには上向きの三角形、火の元素記号が描かれている。それを足元に置き、続いて赤い宝石を取り出して紙の上に散らせる。そして、男に勘付かれない様、密かに紙の上に意識を集中させ、人差し指で右上から左下へ、そこから真右へと指を動かす。そして、燃えたぎる門を紙の上に幻視する。

「ジーン!」

「ど、どうしたんだ!?」

反応した男を睨み返して、再び黙らせると、ゲートの上に現れた者に語りかける。それは、燃えたぎるターバンを頭に巻き、アラブ人の王族の様な服装をしていた。

「失礼、火の王ジーン。お願いを聞いてくれないかしら?」

「なんだね?」

「貴方の眷属、サラマンダーと話がしたいのだけど。」

「ふむ。あいつらも朕に反応して語りかけてきおる。助けてやってくれるなら力を貸そう。」

「専ら、そのつもりで呼んだのですわよ。」

髭でよく見えなかったが、口角が上がったかの様に見えた。そして、ジーンは眩い輝きと共に消え去った。すると、その直後モニターから警報が聞こえた。

「まずい、炉の温度が!」

「サラマンダー、いえ、タマエフ達、落ち着いてくださるかしら?」

すると、モニターに映し出された温度計の数値が見る見る間に下がって行き、1分ほどして警報は止まった。タマエフとはポリネシアで信仰されている火のサンショウウオの事であり、それは火の精サラマンダーに類似する。

「ふぅ...てめぇ、何をしたんだ!」

「状況が分かってるかしら。貴方達のやってることはお見通しなのよ。大人しくタマエフのいる炉に案内しなさい。」

「わ、分かった。タマエフが何なのかさっぱりだが、炉には案内します。」

男はモニターの横にある扉を開き、炉へと案内する。

「なっ!?どうして地熱石の発熱が止まってるんだ。」

メアリーはタマエフに語りかけて、発熱を抑えてもらっていた。炉と呼ばれる設備には、摺鉢状の穴の奥に10個程の石炭の様な石があり、定期的に雪が投下されていた。そんな炉が10個程存在していた。

「ポリアフの雪のマナ。この雪はマウナケアの雪なんだ。」

「その通り。」

すると、モニター室から3人の男が入って来た。

「社長!」

自動拳銃を持ちながら、武装した警備員2人と共に現れた男には3人も見覚えがあった。

「ダニエルさん!?」

「叔父さん?」

「結局、僕の研究成果がこれを引き起こしているって訳か。ま、予想はしていたけど。」

この発電所の支配人であったダニエルは、いつもの疲れた様な物言いで語った、、

「まさか、叔父さんがタマエフ達を!?」

「ん?タマエフとやらは聞いたことがない。だが、姪の為だし教えてやろう。この地熱石は噴火した直後のキラウエアの火口から取れたもので、マナに反応して発熱するんだ。それは雪のマナでも同様。それを使って熱を発生させ、上にあるボイラーを熱して発電しているんだ。」

「そんなのはどうでもいい。叔父さんのやってることがどんなことを引き起こしているのか分かってるの?」

ヘアラニの怒声が部屋中に響く。

「分かってる。まさかこの異常気象を引き起こすとは当初は想定していなかった。度重なる地熱発電の開発で、マナは乱れはしたけど、ここまで大きい気候変動は無かったろ?」

「分かってるんだ。じゃあ、大人しくあれを返して。」

「馬鹿を言うな。この地熱石を回収するのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。命がけだったんだぞ。」

「叔父さんだって、この島を、ハワイの文化を守りたいんだよね?なのにどうして?」

「この島の植生はもうじき駄目になって、観光産業は終わるだろうな。でも、この影響を受けてるのは幸いこの島だけだ。オワフ島は何も影響を受けていない。観光のオワフ、産業のハワイと分業していくのも悪くはないだろう。文化を守るには金と名声が必要なんだよ。」

「守る為に島を壊すなんて間違ってる。先祖代々、敬い共存してきたこの島を壊すなんて。」

「感情論で話されても困る。いいか、この技術は先祖代々受け継いで来た魔術の集大成とも言えるんだ。こんな狭い土地で、ローコストで、こんなにも多くの電力が供給できる。この事業が軌道に乗った暁には、世界に我々の受け継いで来た文化を宣伝する。理解してもらえたかい?」

「貴方、これが魔術によるものだって言ったわね?」

ダニエルの言葉を受けて、メアリーが指摘する。

「ああ、そうだ。これは僕のリサーチから導き出した事だ。専門家の君なら分かってくれるかい?」

「魔術、それは自然科学によって証明できない現象を引き起こすことなの。つまり、魔術の可能性は未知数であり、その危険性も未知数。貴方は今回の異常気象がこの島に留まると思っている様だけど、その根拠はどこから?」

「それは...。」

メアリーの指摘でダニエルは言葉を詰まらせる。

「ほら見なさい。貴方はアセスメント無しでここまで大規模な魔術を行なっているの。古今東西の魔術師は皆気付き、人知の及ばない危険性を秘めた物を使わないよう、自らを戒めてきた。これはここの島でもそうでしょう。そうでなければ、大洪水か何かで人が何度滅んでいてもおかしくはないわ。」

「余所者の癖に。やはり君達二人には"事故死"して貰うしか無さそうだ。ヘアラニは近親者の情けで命は取らないでおこう。」

後ろの警備員が銃を構えようとする。

「気が変わることは無さそうね。ヘアラニさん、ごめんなさい。」

メアリーはそう言って、小さい声で炉の中に語りかける。

「何?このマナの流れは...。」

「炉を見てはいけません。」

メアリーは振り返ろうとしたヘアラニを止め、自分もダニエル達の方に向き直る。

「まあ、最期なんだ。好きに見学するといい。...ん?」

ダニエルの目には赤熱された地熱石が見えた。次の瞬間、地熱石は猛烈な閃光を放った。

「うぉっ、なんなんだ!!」

「「うぅっっー!」」

ダニエル達は目が焼かれて蹲った。直後、背後から猛烈な熱気を感じた。

「ヘアラニさん、逃げるわよ。」

「で、でも叔父さんが。」

「ごめんなさい、こうするしかないの。死にたくないなら走って。」

3人は炉から飛び出す。そこには警備員に解放された作業員達がいた。

「貴方達も死にたくなければ逃げなさい。そうだ、ヘアラニさん。カピオラニさんに連絡して。」

「はぁはぁ、分かった。」

ヘアラニは走りながらデモ隊に撤収する様に伝える。3人と作業員達はゲートに向かって無心に走る。

「はぁ、メアリ、速いよ。」

「ほら、おんぶしてあげるから速く。」

ゲートの外に止めてあった車に乗り込み、直ぐに発車する。それから30分もしない内に爆音が轟いた。その日、発電所は大爆発を起こし、従業員3人の行方不明となった。遺体と地熱石は冷却水によって海へと連れ去られた。


 3日後の夜、メアリーとミナはヘアラニの父親が経営しているホテルに招待された。

「暑いよぉ、メアリ。」

「本当に数日で気温が戻ったのね。あれが3日前とは到底思えないわ。」

ホテルの敷地内のビーチは、大勢の人で賑わっていた。夜中にも関わらず水着姿の人が多く見られた。ミナも上着を脱いで、水着姿になる。

「メアリ、水着は?」

「そもそも持ってないわよ。」

「えー、夏と言えば水着でしょ。」

「私には露出趣味も、泳ぐ趣味も無いの。」

「ぶー。」

すると、空に大きな花火が上がった。観衆からは歓声が上がる。今日はヘアラニの父主催の、ハワイ島復活パーティーなのだ。

「アロハ。メアリーさんにミナさん。私がヘアラニの父、カウラミです。」

飲食スペースに入ると、ワイシャツ姿の男が迎え入れた。彼が主催者であるヘアラニの父なのだ。

「初めまして、メアリーです。」

「ミナです。アロハ。」

「この度はヘアラニがお世話になって、ダニエルが迷惑をかけた上、島を救っていただけた様で、本当に何と申し上げたら良いか。」

「カウラミさん、その件は内密に。」

「分かっておりますとも。さ、こちらへ。」

カウラミは二人を用意していたテーブルへと案内する。テーブルの上には作りたてのご馳走が所狭しと並んでいた。

「本当なら、社員皆で感謝したいところなのですが、今回はそれが叶わないので私からの精一杯のお礼です。本当にありがとうございました。」

「あら、こんなにも。こちらこそお礼を申し上げたいですわ。」

「おいしそー。」

取り敢えず二人は席に着き、皿に食べたいものを取る。

「そう言えばヘアラニさんは?」

「彼女ならそろそろ、ほらあっちです。」

ビーチの真ん中に設置された舞台の上に数人の女性が上がる。その中心にはヘアラニがいた。

「あっ、ヘアラニお姉ちゃん。」

ミナはヘアラニに気付いて手を振る。すると向こうをミナに気付いて手を振り返した。

『お集まり頂いた皆様、本日は我らの暖かな気候に感謝し、女神に捧ぐ伝統的なフラを披露します。中央の舞台にご注目ください。』

アナウンスが流れると、全てのスポットライトが舞台に向けられた。曲の演奏が始まると共に、ダンサー達は踊り始める。一段と華麗に踊るのが、センターを務めるヘアラニだろう。それはポリアフの雪の様な美しさ、カナロアの波打つ波の様な身のこなし、ペレーの燃える様な情熱。それが見ている観衆を魅了する。

「すごい。」

「そうね、話には聞いていたけど、ここまでは予想できなかったわ。」

演奏が終わるまでの5分、ヘアラニ達は失敗もなく踊りきった。最後の旋律と共に打ち上がった花火に観衆は呑まれ、その余韻が収まった頃に歓声が上がった。舞台を降りたヘアラニは一目散に3人の元へ駆けつけた。

「パパ、メアリーさん、ミナちゃん。どうだった?」

「ヘアラニ、お前は私の誇りだ。」

「見入ってしまいましたわ。ここまでフラに見惚れるとは思っても無かったわ。」

「綺麗だし、かっこよかったし、可愛かったし、とにかく最高だった。」

「ふふふ。」

ヘアラニは満足そうに笑った。

「ママにやっと見せれたんだ。ママのコピーじゃない、自分だけのフラを。そうそう、ペレー様の声も聞こえた気がしたんだ。」

「きっとペレー本人の声よ。巫女として開花したんだわ。で、なんて言ってたの?」

「助かったよ。一昨日、カナロアからタマエフは送り届けられた。あの二人にもお礼言っといて。だって。」

「全く、フランクな神様ね。」

「それに、フラも褒められた気がするんだ。」

えへへ、とヘアラニは笑う。それを見て3人も自然と笑顔になった。その夜は日が明けても賑わいは収まらなかったという。

次回 メキシコの港湾都市マサトラン。ここでは数ヶ月前から麻薬カルテルの構成員が立て続けに変死体として発見されていた。この怪事件の解決のため、軍の護衛付きでメアリー達が派遣されることとなる。


11月9日 島の名称間違えていたので修正しました。

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