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Comitem septem -封印と仔羊の教会-  作者: グレイマス伯
第二章 わたしはまた、彼に明けの明星を与える。
14/15

第二話 Cavea mortis

遅くなりました。後半に元ネタの都合上軽い性的表現を含ます。アウトな物は事故規制してますが、苦手な方はご注意を

 夏の暑さが厳しくなってきた7月上旬、メアリーとミナはテキサス州のベイタウンにあるRWJ空港に降り立った。

「メアリ、少しでいいからビーチシティ行こうよ。夏と言ったら海だよ。」

「水着は持ってきてないわ。行っても入れないわよ。」

「足だけでもいいからさ。」

「夏の休暇に何処かへ連れて行ってあげるから、今は我慢なさい。」

手配した車でペリー市街へと向かう途中、ミナが駄々をこねだした。

「はぁ、仕方ないわね。丁度いいところに店があるし少し止まるわよ。」

メアリーは道脇の食品店に車を停めて店に入り、3分ほどで車に戻ってきた。

「ほら、アイスよ。こっちも夏っぽいからいいわよね?」

「やった、メアリ。ありがとう。」

メアリーはミナの好きなクランチ付きのチョコレートアイスを買ってきた。それを受け取って満足したミナは暫く大人しくなるのだった。


 五日前の朝に、WSNCCへと依頼が入った。

「えーっと、今入った依頼だ。テキサス州ベイタウンのペリーで連続失踪事件が発生。警察や地元住民総出で捜索するも見つからず半月が経ったとのこと。だが、一つだけ目撃情報があった。それはペリー東端から2km程はなれた林の中で、怪しい集団が複数人歩いていたとのことだ。」

会議室で所長がメアリー達に依頼を説明した。

「行方不明者は何人?特徴は?」

「17人、全員20代〜30代前半の男女で、ペリー在住ということ以外共通性は無い。」

「特殊な思想を持っていたりとかも。」

「分からんな。特筆事項は記されていないから、気になるのなら自ら聴き込むしか無い。」

「分かったわ。ミナ、五日後に発つわよ。」

「おっけー。」

「武運を祈る。」

こうして、二人はテキサスへ向かうことになった。


 二人はダウンタウンにある警察署を訪れた。

「中央から派遣されたメアリーです。こっちはミナ。」

「よろしく。」

「テキサス州警のパトリックだ、よろしく頼む。それにしてもこっちにも子供がいるとは。」

パトリックと名乗った強面の警部が怪訝な顔をして言う。

「こっちにも?」

「聞いてないのか?FBIからも二人組が派遣されたのだが、そっちにも子供がいてだな。」

「多分知り合いですわね。」

「スカージ達も来てたんだ。」

「そうか、なら良かった。夕方にここに来るらしいから、彼らにも聞くといい。では、本題に入るから、そこに座ってくれ。」

パトリックは二人を自分のデスクへと案内する。

「これが被害者名簿だ。そこそこ多いから自分で目を通して欲しい。」

「ええ。」

パトリックから渡された、名前や住所を始めとする個人情報や家族への聴取内容も書き込まれた名簿に目を通す。

「この街にはカルト宗教や危険な政治結社の問題などがあったりしないのかしら?」

「無いことは無いが、彼らはその様な団体とは無関係と考えている。今見ているこの方は熱心なルター派の信者だったし、こちらの青年は学校の問題児で政治思想なんかとは無関係だろうと考えられる。」

「確かに、その線は無さそうね。やはり何者かによる誘拐か、あるいは殺人事件かしら。」

「犯人に関しては怪しいと考えている人物が複数人浮上している。例の二人組が残留思念とやらを探っているらしいから、夕方にそれを話そう。」

「分かりました。では私達はひとまずこれで。」

話を切り上げ、二人は警察署を後にした。


 三日前の昼、ワシントンD.C.のジョン・エドガー・フーヴァービルディングにある一室に10代前半の少年と、ガタイのいい大男が招集されていた。彼らが入室し、席に座って間もなく一人の女が入ってきた。顔は美形と言えるが、地平線の向こうを這う蟻を射抜く様な鋭い目つきに、飾らないショートヘア、男物のスーツに身を包んだ彼女に色気を見出す者はいないだろう。無駄の無い動きで二人の正面に腰を下ろし、口を開く。

「スカージ、ガントレット。諸君に新しい任務だ。一月前からテキサス州、ベイタウンのペリーで連続失踪事件が起きている。半月前に地元警察からFBIへと委任され、共同で調査を進めていたが未だ解決の目処が立っていない。そこでスカージ、君の能力に白羽の矢がたった。現地の捜査官と入れ替わり、残留思念を調査せよ。そして、ガントレットはスカージを護衛せよ。」

「「はっ!」」

連邦捜査局、超常調査部は特異的な部署だ。米政府はWSNCCよりも強い情報統制を敷いており、局内の大半にも存在は知られていない。それ故に、組織も特異的なものとなっている。実働部隊である調査官は特殊技能捜査官(SA)と、護衛捜査官(GA)に分かれている。コードネームとして、SAの捜査官はSで始まり、GAではGで始まる。また、後方勤務の指揮系統である司令官はCで始まるコードネームとなっている。二人に任務を伝えたのは、副部長のコードネーム"コンジュラー"である。

「よろしい、二日後の夜に発て。それまでに物資は用意する。他に必要なものがあればいつもの手順で今日中に申し出ること。以上だ。」

コンジュラーはそう伝えて、部屋を出た。その二日後、予定通り二人はテキサスに向かった。


 ペリーの住宅街をガントレットの運転する車が隅々まで巡っていた。

「被疑者ζの家も異常なし。気になったのはδだけだ。」

「もう一度δの家に行きましょうか?」

「あぁ、念のため確認したい。その前に目撃地点を。」

「そちらの方がダウンタウンから遠いですし、そうします。」

失踪者らしき集団を見たと言う林へ向かう。そこそこ距離があるため、ハイウェイに乗って移動する。そして、ハイウェイの脇にある小道に入る。

「この辺かな?速度出来るだけ落として。」

ガントレットは速度を緩め、スカージは残留思念を感じようと意識を集中する。

「駄目だ、何も感じない。道からの目撃なんだし、何かあったら感じる筈だからここでは人は死んでないと思う。」

「それじゃあδまで向かいます。」

「よろしく。」

来た道を引き返し、再びペリーへ戻る。目的地は町の中央より南西寄りにある。近寄るにつれてスカージの顔が歪んでいく。

「やっぱり変だ。この家に何かあることは間違いない。」

「何を伝えようとしているのか、分かりますか?」

「分からない、ぼやけてる。中に入ってみればもしかしたら。」

「では、話を聞いてみますか?」

「いや、今回は下見だから。今後の計画に支障が出たら困るしやめておこう。」

ガントレットは了解と親指を立て、ダウンタウンの警察署へと向かった。


「あれ、メアリーさんにミナさん。」

スカージが部屋に入った時には既にメアリー達とパトリックが席についていた。

「お久しぶりね、スカージ君、ガントレットさん。」

「久しぶり。」

「これは、ご無沙汰してます。」

「あっ、お久しぶりです。そちらにも依頼が入ってたんですね。」

挨拶を交わしてスカージ達は席に座る。

「全員揃ったな。では、調査してきた内容について報告を頼む。」

「はい。今回被疑者6人の自宅と失踪者が目撃されたとされる林の下見を行ってきました。被疑者宅をα〜ζとして、それぞれの残留思念の様子を軽く見てきたのですが、被疑者δ宅のみに強い残留思念を確認しました。」

「δと言うと、グリーン氏の家か。あの老婆に犯行は無理そうなんだろうなんだがな。」

「そのグリーンさんと言うのは?」

見解を述べるパトリックにメアリーが質問する。

「グリーン夫人。ハンナ・グリーンは89歳、一人暮らしの老婆だ。失踪者の内少なくとも7人との関係が確認されている。10年前に夫を亡くし、去年まではデイケアに通っていたが、それも困難になり今はヘルパーを雇っている。」

「そのヘルパーさんにお話は伺っていますの?」

「ああ、本人が時々ヒステリーを起こすと言うが、誘拐などできないだろうし、自宅も至って正常だという。むしろ、そのヘルパー達が無罪を証言しているくらいだ。」

「・・・子供はいないの?」

次はミナが恐る恐る聞く。

「子供は息子が1人と娘が1人。どちらもテキサスとは離れたところに住んでいて、クリスマスに長男家族が来る程度だと言う。」

「家の前に行った時、かなり強い思念を感じたのですが、家宅捜査は行っていないのですか?」

今度はスカージが尋ねる。

「大規模捜査は行っていないが、事情聴取の時に家に上がった。ごく普通の家で死臭はしなかった。ヘルパー達が頑張っているのか、室内も清潔に保たれていた。」

「成る程、聞く限り白に思えます。ですが、たしかに思念を感じたので家を探ってみたいです。」

「問い合わせてみよう。少し待っていろ。」

パトリックは部屋から退出し、ハンナと連絡を取る。そして、5分程して部屋に戻ってきた。

「午前10時のヘルパーが来宅する時に、30分程なら可能とのことだ。どうする?」

「もちろん行かせてください。」

「私達も同行していいかしら?」

「ヘルパーの方に伝えておく。」

パトリックが連絡を終え戻って来ると、後日の打ち合わせを軽く行い、メアリー達は一足先に警察署を後にした。


 午前9時50分、全員がグリーン家の前に集まった。

「ヘルパー達が来たようだ。」

一台の大型乗用車が路肩に停まった。

「おはようございます。」

車から2人の女性が降りてきて、一行に挨拶をする。

「ああ、おはよう。昨日連絡したパトリックだ。」

「まずハンナさんに確認してきますね。」

ヘルパーの2人がインターホンを鳴らすと、少しして扉が開く。中から老婆の声が聞こえてきた。

「ハンナさん、例の方々が...。」

「そう言えばそうだったね。上がって貰って。」

片方のヘルパーがハンナと共に家に入っていき、もう片方が戻ってきた。

「上がっていいとのことです。」

ヘルパーに続いて一行は家に入り、ハンナの待つリビングへと向かった。

「久しぶりだ、グリーン夫人。昨日伺った通り、少し話を聞きに来た。」

「ええ、アタシも一人で寂しいから、話ができて嬉しいよ。」

ハンナは嬉しいと言ったにも関わらず、嬉しそうなトーンではなく、淡々と答えた。それを聞いた皆は不気味さを感じたのだった。

「で、聞きたいことというのは?」

「あの、すみません。実はさっきからお腹が痛くて。お手洗いを貸して貰ってもいいですか?」

「ええ、階段の側にあるから。ヘルパーさんに案内を...。」

「いえ、階段の側ですね。仕事の邪魔をしたく無いので大丈夫です。」

そう言ってスカージは退室する。

「それで、何を聞きたいのかい?」

スカージが部屋から出たのを見て、ハンナが尋ねた。

「例の事件なんだが、こちらの方々との関係性を聞きたい。」

パトリックが7人の失踪者の顔写真を取り出して尋ねる。

「こちらは...。」

ハンナは5人との関係を包み隠さず答えた。どれも友人の孫や、近所付き合いで知り合ったなどのものだった。後の二人は知らないや忘れたのかもしれないと答えたが、真偽は不明だ。

「子供達が最後に帰ってきたの?」

「息子が昨年のクリスマスに。娘は、いつだったか覚えてないね。」

「失礼だが、掃除が終わったら家の中を見て回ってもいいだろうか?」

「ええ。」

それから5分も経たないうちにスカージが帰ってきた。その辺りでメアリーがふと尋ねた。

「よければ旦那さんのことを教えて頂けませんか?」

「そうさねぇ、彼とは20代の頃ニューオリンズで会ってね。普通の会社員ではあったけど、夜はミュージシャンとしてバーに通っていてね。」

ハンナは夫との出会いを語っていく。その表情は恍惚としていた。

「この家を買ったのは40代前半だったかしら...。」

「ハンナさん、お掃除終わりましたよ。」

「あら、過去の話をしていると時間の流れが早いねぇ。この人達に部屋を案内するから手伝ってもらえる?」

「はい。」

話の途中でヘルパーが掃除を終えたことを報告する。そこでハンナは車椅子の車輪を回して自ら案内を始めた。

「ここは物置。後から調べたいなら見て行って。」

一階の部屋を一つ一つ案内して、次に二階を案内する。

「ここで最後、娘の部屋ねぇ。あとは、ヘルパーさん、そこの紐を引いてくれる?」

ヘルパーが廊下の天井から吊り下がった紐を引くと、屋上への階段が降りてくる。

「屋根裏ね。自分一人じゃあ上がれなくなったから、屋上のものは全部一階の物置に移したよ。一応汚いけど、見て行くかい?」

「それでは。」

パトリックが屋根裏部屋を除くと、直ぐに階段を降りた。

「何もない。」

念のため4人も見る。そして、屋上に何もないことを確認する。

「では、物置を確認させてもらおうか。」

一階に降りて再び物置部屋に戻る。

「ヘルパーさん達が時々掃除してくださるけど、思い出の品はなかなか捨てられなくて。まだごちゃごちゃしてるからごめんなさいね。」

そこそこ整理されて置かれている雑貨を調べて行く。古くなった家具や、海外で買ったのであろう骨董品などが部屋中に置かれていた。それぞれが手分けをして、慎重に調査を進めていく。

「あら?すみません、ハンナさん。このタペストリーは?」

メアリーは近くで作業をしていたミナが手に取った布を見て聞いた。黄ばんだ手編みの布で、壁に賭けるための紐が付いていたのでメアリーはタペストリーと判断した。飾り気も華麗さも無いシンプルな模様が刺繍されているだけで、一般人が店で見かけても手に取りたいとは思わない外見だ。だが、その刺繍をよく見ると、墓石に挟まれた十字架の様に見え、不気味さを感じるものだった。

「それは・・・。そうそう、夫と南米に行った時に買った先住民の物だったような。ごめんね、歳を取ってくると記憶が。」

ハンナが一瞬戸惑った様子を見せた。

「いえいえ、忘れたのなら大丈夫です。」

メアリーの見立ては当たっていた様だが、事件との関連性について確信できる物ではなかったのでこれ以上刺激しないことにした。タペストリーを戻す時にミナの顔を見ると、極小さく頷いていた。それ以外に何か見つかることもなく、30分くらいしてヘルパー達と共に家を出た。メアリーはヘルパー達が車に乗る前に、最後に質問した。

「あの、貴女方はずっとハンナさんの所で働いていたのですか?」

「いえ、私は一月前にここへ転属になりました。」

「以前の人は?」

「妊娠したから休職中と聞きました。」

「えっ、貴女も?偶然!ウチも前任者が妊娠したからって。もしかしたら、この家には子供を授けてくれる天使がいるのかも!」

『天使ねぇ・・・。』

メアリーの疑惑は確信へ変わったのだった。


警察署に戻り、5人は会議室に入った。

「では気になったことを報告してほしい。まず、スカージと言ったか?トイレに行くと言って出て行った時、何かあったか?」

「はい、僕が探したのは昨日の残留思念です。家に入ってみてどこから感じたのかが分かりました。地下室です。」

「またそれか。残留思念ってのは魂が死後もその場に残るってやつだろ?信じちゃいないがな。」

パトリックは煙草に火をつけながら、呆れた様に言った。

「パトリックさん、念の為に言いますが口外しないように。」

「分かってるよ。上層部から指名された時にいくつもの書類にサインさせられたさ。洗脳の様にな。ま、お前達は国から派遣された、それもFBIのエリート達だろ。任務遂行の為、意見には従うさ。で、話を戻そう。地下室なんてのは見当たらなかった。全ての部屋を廻ったつもりだが、誰か見たか?」

全員が首を振る。

「参ったな、俺の目も衰えたか。それとも、隠しているのか。」

「隠すにしても、あの御老体で一人は難しそうですね。」

「共犯者がいるのか。或いは遠い昔の別件か。」

「いや、残留思念は割と新しいもので、一番新しい物で今月中の物でしょう。」

残留思念は発生後から時間が経つにつれ弱まって行く。スカージの様に、残留思念を感じ取れる超能力者の中にはその強弱から死亡日を推定することが出来る者もいる。だが、いくら強くても、明確な意思はその場に行って集中しなくてはならないことに変わりは無い。メアリーとミナはそう聞いている。

「おい待て、一番新しいのって事は、複数あるって事か?」

「はい、一つや二つではありません。全てそこまで古い物でもないです。」

「おいおい、それが本当なら真っ黒じゃねぇか。」

「僕からは以上です。」

「それじゃあ、さっきから言いたそうにしているメアリー。何かあったか?」

「あら、顔に出ていたかしら?」

「長年取り調べをやってきた男の勘だ。それに、物置で何か見つけていた様だしな。」

「では、お言葉に甘えて。私が物置で見つけたタペストリーにはこんな模様が刺繍されていました。」

メアリーはタブレットを取り出し、物置で見た模様と似た画像を見せる。

「墓場の模様か?悪趣味だな。」

「メアリーさん、心当たりが?」

「ええ、これはクリミネル男爵の印です。」

「クリミネル男爵?どこの貴族だ?」

「クリミネル男爵はヴードゥー教のロアの一柱。言うなれば死者を護る精霊の様な存在です。」

「ほお、超能力の次は宗教か。」

パトリックは煙草を指に挟み、呆れた表情のままお手上げのジェスチャーを取る。

「間違いない。私も精霊の残渣を感じた。」

「全く、狂ってるぜ。それで、そのなんとか男爵がこの事件と何か関係でも?」

「クリミネル男爵が関わっているのかは分かりません。ですが、彼女がなんらかの呪術を行なっていたと考えられます。そして、その呪術として考えられるのは、ゾンビ。」

誰もが知っているその言葉に一同が息を呑む。

「おいおい、ゾンビってなぁ。パニックホラーじゃあるまいし、そんなのがあの老婆に御せるとは思えない。」

「勘違いされている様ですが、ゾンビは最近の映画でよくある様に、人に噛みついたり、感染したりする物ではありません。生きてる人間を仮死状態にし、魂をなんらかの方法で縛り付ける事で物言わぬ奴隷として使役させる魔術です。方法については諸説ありますが、道を外れたウンガンやマンボ達がゾンビマスターだと自白することはなかったので分かりません。」

「それはそれでえげつないが。」

「という事は、あの地下に失踪者達が?」

「そうとは言い切れません。魂をあの地下で抜いただけで、体は別にあるのかもしれませんね。あと、もう一つ。あそこに勤めていたヘルパーさん達が相次いで妊娠した様です。」

「妊娠だぁ?それも魔術だと言いたいのか?」

「確証はないですが、ヴードゥーには性を司るロアが数多くいます。関係無いと切り捨てる事はできません。」

すると、会議室のドアがノックされた。

「来客か。開けてくる。」

パトリックは席を立ち、扉を開ける。

「大変です、刑務所に武装集団が!」


 ベイタウン刑務所のフロントには10人足らずの職員と、同程度の警備員がいた。普段通りのあまり来客のない状況に、眠気を覚える警備員も数人いる。しかし、突如普段通りは地獄へと変わってしまうのだった。

「警戒しろ、怪しい集団が向かっている。ギターケースの中に武器が入っている可能性あり。臨戦体制を取れ。」

外の監視カメラを見ていた司令部から、トランシーバーを通して指示される。場に緊張が立ち込め、職員達も武器を取り出す。そして、2,3分すると、自動ドアが開き、薄汚れた服装の集団が入ってきた。総勢17人、顔も隠さず服装もバラバラな平服で、刑務所を襲う様な凶悪犯とは思えない。しかし、手には銃を持っており、瞳は虚で生気が感じられない。警備員達は彼らに銃を向ける。

「それを下せ。それ以上動くと撃つ。」

冷静に警告するも、集団は淡々と武器を構える。それに対して警備員は威嚇射撃を行う。だが、その直後恐れる様子もなく銃を撃ち始めた。警備員達は素早く身体を隠して銃弾から逃れる。

「なんてこった。マジモンじゃねえか。」

「私語は慎め。リロード時に反撃するぞ。」

数秒で銃声は鳴り止んだ。

「今だ、なっ!?」

警備員達が身体を晒した瞬間、彼らに肉薄していた、斧を持った襲撃者達が飛びかかった。

「ぐわっ!?」

「おい、やめろ!」

10秒足らずで警備員、職員合わせて十数人が死傷する。近づいて来る襲撃者に発砲し、胴体に3発着弾するも怯まずに駆け寄って来る。

「嘘だろ、助けてくれ。」

最後の一人が脳天を割られて生き絶える。銃弾を受けた襲撃者も遂に失血したのか、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。だが、後の16人は彼に目もくれず、監獄へと向かった。その中に彼の恋人だった女性もいたのだった。


 メアリー達は警察署の敷地外に退避していた。

「どうやら刑務所の中で未だに銃撃戦が続いているらしい。機動隊の被害もそこそこ出ている。それで襲撃犯も一人射殺されていたらしいのだが、そいつが件の失踪者に似ているらしい。」

「やはりそうなのね。やるしかなさそうね。」

「おい、待て!」

メアリーが警察署の方へと駆け出した。

「これより中は危険です、お辞めください。」

「通して!これを止められるかもしれないの。」

だが、封鎖していた保安官に止められる。

「ったく、まだ銃撃戦が続いてるって言ったばかりだろ。お前が国家機関の所属とは言え、無計画に通すわけないだろ。だが、まずは話を聞こう。内容によっては俺が責任を持って同伴する上で通してやる。お前もいいな?」

「刑事がそう言うのでしたら。」

パトリックの条件に保安官も同意した為、メアリーも解決策を伝えた。

「また呪術だのゾンビだの、現実味の無い話だな。で、必要な物は揃っているのか?」

「一応行けるはずですけど、ラム酒があれば確実ですわ。」

「近くにスーパーがある。失敗しては元も子もないからな。そこの保安官、金はやるからラム酒を買ってきてくれ。」

「で、ですが私はここに...。」

「上官が行けと言ってるんだ。一刻を争う、その間は俺が代わる。」

保安官にドル札を数枚握らせ、無理矢理スーパーへと向かわせる。

「で、話の続きだ。今回はお前一人で何とかなるんだったな?なら、行くのは俺とお前、そしてFBIのマッチョだ。」

「私も行く!」

「僕だって、子供ですがちゃんとした操作感ですよ。」

置いて行かれそうになった子供二人が反発する。

「お前らがどんな立場か、どんな経験をしてきたかは関係ねぇ。相手は銃で武装していることが分かってんだ。機動隊員にも殉職者が出ている。そこに子供を連れ込んで万一何かあったら警察の信用はどうなる。そこを分かって欲しい。」

「ミナ、今回は私だけで大丈夫だから待っていて。」

「そうですね、今回の敵は2,3人の規模ではありません。私一人でメアリーさんを護りながらスカージを護れるとは思えません。パトリックさんに従うべきでしょう。」

「うぅ...。」

「ガントレット、君がそう言うのなら。」

保護者に諭され、子供二人は渋々従うことにした。

「物分かりがよろしい。それじゃあ、使いっ走りが戻り次第出発する。」

10分ほどで保安官が息を切らしながら戻ってきた。

「最後の一つでした。」

「よくやった、釣りはチップとして貰っておけ。あと、子供二人の面倒も頼む。じゃあ行くぞ。」

パトリック先導の元、封鎖区域の中へと3人は入っていく。ベイタウンの刑務所は駐車場を挟んで警察署の対面に位置する。武器を取る為、まず各々の車に向かった。

「ほら、念の為防弾ベストとヘルメットだ。てか、ガントレットだったか?それを室内でぶっ放す気か?」

「はい、腕力には自信がありますので。あと、防弾ベストは自前がありますので大丈夫です。」

ガントレットに防弾ベストを渡しに来たパトリックは、車から20mmエリコンFF機関砲を見て絶句していた。

「まあ、ガントレットさんはいつもこうですので。」

護身用装備を整えたメアリーが苦笑いしながら言う。

「あぁ、大船どころか戦艦に乗ったつもりだ。それじゃあ、行こうか。」

すると、刑務所の3階から銃声が聞こえた。

「姿勢を低くしろ。流れ弾もあり得る。」

10秒程の銃撃戦の後、窓から二人が飛び出した。片方は機動隊員で、もう片方は平服だ。後者は襲撃犯だと思われる。そして、そのまま地面に叩きつけられ、動くことはなかった。

『神よ、哀れな魂に安らぎを。』

メアリーは心の中で静かに祈りを捧げた。


 ロビーの前では救護班が負傷した隊員や看守、囚人の治療を行っていた。

「刑事のパトリックだ。二人は事態収束のための協力者で、私が責任を持つから入れさせてくれ。」

「何なんですか...あいつらは。まるでホラー映画のゾンビです...。」

パトリックが入り口の隊員に許可をとっていると、足に包帯を巻いた隊員が縋るように聞いてきた。

「落ち着け、ただのテロリストだ。相手は怪物じゃない、人間だ。」

パトリックはただそう告げる。メアリー達も無言で頷いてみせる。そして負傷者達に背を向けて署内へと入っていった。

「怪物じゃない、だよな?」

血塗れのロビーを見たパトリックは小さく呟く。

「取り敢えず、先程戦闘のあった3階に向かいましょう。」

エレベーターは止まっていたので、階段を登っていく。所々に乾き切っていない血溜まりが残っている。

「割と最近まで階段でやり合っていた様だな。」

3階に差し掛かるところで、パトリックがそう言った。すると、その直後爆発音が響き、直後叫び声が聞こえた。

「手榴弾か。待ってろ、様子を確認してくる。」

パトリックは先に3階へと上がり、音のした方へと向かった。そして、1分足らずで戻って来た。

「小型のプラスチック爆弾が炸裂したらしい。足元に放り込まれたが、炸裂する前に遠くへと投げ返したから隊員に死者はいない。だが、運悪く鉄格子の近くにいた囚人が死亡した様だ。」

「怯んでいる暇はありません。行きましょう。」

監獄エリアの廊下では機動隊員達が盾を構えながら、いつでも交戦できる様警戒していた。

「あの奥の看守室に立て篭っているらしい。ここから、例の儀式はできるか?」

「ええ、やってみます。」

タブレットを取り出して、ハンナの家で見た様な印を映し出す。

「あら、何か来るわ!?」

すると、メアリーは看守室から人ならぬ気配が強まるのを感じ取った。

「どうした?何も聞こえないが。」

「これは、天使に近い感覚。主犯のお出ましよ。」

パトリックやガントレットを始め、この場にいる多くの人々には存在の欠片も感じ取れていない。だが、メアリーや片手で数えられるほどの隊員や囚人は背筋がゾクゾクとしていたり、足音が聞こえたりと何かしらの気配を感じていることだろう。だが、天使を認識できるメアリーにははっきりと感じ取れていた。ドアは開かない。だが、何かがドアを通過した。それは黒い燕尾服をだらしなく着て、シルクハットを被り、骸骨の様なタトゥーを顔に刻んだ男だった。片手にワイングラス、もう片方に葉巻を持ち、嫌らしい笑みを浮かべてメアリーを見ていた。

「おう、昨日ババアの家に来た処女じゃねぇか。何しに来たんだ?囚人とヤリたくなったわけじゃねえよな?」

「破廉恥な。貴方はゲーデですわね?それも今回の主犯の。」

「ハッ、硬ぇな。下ネタくらい許せよ。如何にも俺はゲーデ、クリミネルだ。」

「クリミネル男爵、最初の殺人者ですわね。直ちにこの様なことはやめなさい。」

メアリーはクリミネルに冷たく言い放つ。

「おい、何と話してんだ?」

パトリックはポカンとした表情のまま、メアリーに尋ねる。しかし、メアリーはその言葉を無視してクリミネルを睨み続ける。

「監獄××××パーティーのことか?やだね、まだ対価として不十分だ。」

「対価?何のことなの?」

「対価は対価さ。俺に願った代償として払われるはずだった物。本来は術者が払うべきだったが、遂には払わずに逝きやがった。勿論、あいつの魂は捕らえてあるがな。」

「おい、メアリー。何をしているんだ。いつ向こうが出てくるか分からないんだぞ。」

パトリックは謎の存在と話し始めて儀式を行わないメアリーの様子が心配になって忠告する。

「せっかちな野郎だ。そっちが動かない限りゾンビ共も動かさないでおいてやる。伝えてやれ。」

メアリーはクリミネルの言ったことと、交渉をしているので下手な動きはしないように周囲の人々へ伝えた。

「サービスだ、ことの顛末を説明してやる。ババア、ハンナと言ったか。あいつの夫はハイチ出身のマンボの息子でな。家出する時にマンボの秘術を盗んで行ったのさ。そして、路上ライブで生計を立てるつもりだった様だが、上手く行かなくてだな。遂に人を殺ったのさ。そいつこそ、ハンナの親父なんだわ。」

「ハンナさんのお父様?」

「ああ、そうさ。ハンナの父親はそこそこの資産家でな、妻はハンナを産んで間も無く逝ってた様だ。その結果遺産は一人娘のハンナに相続された。そして、犯罪者の守護者である俺を呼んで、まず犯罪の揉み消しを頼んだ。そして、ハンナを誘惑すべく、認識改変の術を掛けて孕ませた。隠して愛でたくゴールインだ。最高だろ?」

ハンナから聞いた夫との惚気話に隠された衝撃の裏側を知り、メアリーは言葉を失った。

「ビビっただろ?ババア、親の仇である紐を養ってたんだぜ?あの男は最高の悪だった。反吐が出るほどな。そしてあろう事か俺すらも裏切りやがった。だから、ババアを操ってゾンビを作ってやったんだ。俺の望む犯罪者の解放の為にな。林でリハーサルしてる時に酔っ払いに見つかった時はビビったがな。殺そうとも思ったが、不気味なニュースが流れるのも一興かと思って泳がせておいた。」

「そんな事だったのね。それと操るって、ハンナさんは歩くこともできないはずなのに。」

「ゾンビを操る様に動かしてたんだよ。因みに魂は夫がとうの昔に捧げてたんだぜ。おうおう、そんな顔すんな。ヘルパーとやらを欲情させて少子化に貢献してもやったんだぜ?」

目の前にいる自分勝手なゲーデは、ひとりの利己的過ぎる男の行動から引き起こされた物だった。この襲撃による犠牲者達は誰一人因果関係も無しに殺されていた事になるのだ。メアリーはその事実に対して、怒りが込み上げて来た。そして、タブレットを床の上に置くと、いつもよりもがさつにラム酒を取り出して、呪文を唱え始めた。

「おいおい、いい話し相手だと思ったっつーのに興醒めだわ。」

部屋の向こう側でゾンビ達が動き出す音が聞こえた。恐らく扉を開けて銃撃を開始するのだろう。

「サメディ男爵!」

しかし、それよりも速くメアリーは呪文を唱え終わった。スマホの印を中心に風が吹いた様な気がした。それはクリミネルを感じ取れていない人々にも分かるものだ。

「お呼びですか、レディ。私との一夜でも...おや、クリミネルではないですか。」

「サメディ...。たく、面倒な奴を連れて来やがって。」

現れたのはクリミネルと同じ様な服装をした男だった。異なるのはしっかりと燕尾服を着ている点と、下品な事に変わりはないが口調だけは穏やかだと言う事だ。サメディと呼ばれた男が現れた直後、看守室の扉が開き、武装したゾンビ達が飛び出して来た。隊員達は急襲に的確な対応が取れておらず、今までと同じなら死者が出ていた事であろう。しかし、犠牲者は一人も出なかった。サメディは穏やかな表情のままゾンビを見ると、ゾンビ達は急に肉が腐って溶けていき、残っていたのは腐肉のこびり付いた白骨死体と武器だけだった。

「クリミネル、帰りますよ。レディ、家の者が迷惑を掛けて申し訳ない。あっ、ラム酒は頂いて起きますね。」

「へいへい、分かったよ。」

瞬く間にに、二柱のゲーデは消えていた。

「どうなってんだ?」

パトリックやガントレット、隊員達は皆呆然としていた。少なくない犠牲者を出した一連の誘拐及び刑務所襲撃事件の終わりは刹那の内に到来した。


 後日、WSNCC本部に帰還したメアリーとミナは局長に事の顛末を報告していた。

「サメディにクリミネル。どちらも強力なゲーデだ。ゾンビ達もかなり精強だったようだ。無事に戻って来れて良かった。二人ともよくやった。」

あの後、ハンナの自宅でハンナの遺体が発見された。死亡推定時刻は襲撃が起こる30分前であり、ハンナはクリミネルによって生かされていたと考えられた。襲撃事件において、失踪者達全員の物と見られる白骨死体が確認された事から、失踪者達全員の死亡が確認され、また警備員7名、ロビーにいた職員5名、機動隊員8名と囚人13名の死亡も確認された。一連の事故はテロ事件として発表され、何故か関係のない中東の過激派組織が犯行声明を出したと言う。また、ハンナの自宅を徹底的に壁や床まで調べたところ、リビングに地下室への隠し扉が見つかった。地下には手術用のベッドやシリンジと言った医療器具や、干からびたフグやトリカブト、ジギタリス、その他不明な物も含むいくつかの動植物が発見された。これらがゾンビとして縛る為に人間を半殺しにする下準備(ゾンビパウダー)の材料と考えられた。

「結局私は何もできなかったのに。」

会議室を出た後、ミナは局長の『よくやった』に納得行ってないようだ。

「いつか貴女にも一人でやらないといけない時が来るわ。その時まで知識をしっかりと付けなさい。」

メアリーの激励もミナにとっては嫌味に聞こえた。それから3日程、ミナは口を利かなかった。

『その時になっても、私がサポートしてあげられたらいいけど。』

ミナの成長はメアリーに取って喜ばしい物だが、この危険な職務で独り立ちする事は心配な事でもあった。

次回予告 休暇にハワイを訪れる予定の二人。夏の海に心踊らせるミナであったが、一週間前になって季節外れの寒波がハワイを襲った事を知る。そして、標高の低いキラウエア山に雪が積もった。

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