第1章外典 印象・日常
閑話らしい閑話はひとまず終了。だいぶ短めです。
「メアリ、剣の師匠が欲しい。」
「いきなりどうしましたの?まあ、事情は大体察してはいるけど。」
夕食を食べ終えた時、急にミナがメアリーに頼み事を切り出した。メアリーはミナが秘儀である布都御魂を扱える様になるため、日々筋トレや体力作りを行っていることを知っていた。その為、事情は察することができたのだった。
「前から思ってはいたのだけど、普通の鍛錬でなんとかなるのでして?フツノミタマは物質的な剣ではないのよ。」
「分かんない。でも、やらないと。」
「だったら、まずダイスケさんに聞いてみたらいかが?あの人程理解してる人は他にいないでしょうに。」
「無理。お父さん、早くても15歳まではダメだって言ってたもん。」
カーターズビルの一件の後、ミナは父である大輔に布都御魂の扱いについて聞こうとした。しかし、二つ上の兄である凪すら始められない鍛錬であるため、彼女にはまだ心身への負担が大きいから無理だと一蹴されてしまったのだ。しぶとく食い下がったものの、自分が修行を始めた15歳になったら教えると言われて、それ以上は聞いては貰えなかったのだ。
「貴女にはまだ辛いとのことでしょ?今やるなら護身用の武術とか、拳銃の扱い程度にしたら?」
勿論、メアリーも大輔から話を聞いていた。ミナが碌に持ち上げることも出来なかった事を伝えると、やはりまだ早いから無理をさせない様にと頼まれていた。その為、まだ時期尚早であることを理解させて、一先ず布都御魂から遠ざけようとしたのだ。
「でも、今のうちにやっといた方が将来為になるって。」
しかし、ミナは一向に引き下がらなかった。
「それに、もし道場に通うとしても、私のいないところで他の子達と上手くやってけるの?」
「分かんない。でも、頑張る。」
メアリーは大輔の言い付けを守ろうとしないミナに呆れつつも、珍しく外での活動に意欲的になった彼女の願いを叶えてあげたいという気持ちもあった。
「なら探してみますわ。でも、約束ですわよ。ダイスケさん達には秘密にすること、周りの子達とは仲良くすること。」
「うん、約束。」
次の日からメアリーはミナに合いそうな近場の道場を探した。西洋や中国の剣術もあったが、やはり日本の古武術がいいだろうと思い、一刀流系の正式な道場を見つけた。一日体験稽古があったのでミナに勧めてみたところ喜んで行った。だが、稽古後の様子は余り芳しい様には見えなかった。
「うーん、なんか違う。」
帰り道、ミナは車の中でうーんうーん唸っていた。
「やっぱり他の子達とは上手くやれそうにないのかしら?」
「違う、布都御魂と刀じゃあ持った感じが全然違った。」
現存する布都御魂とされる剣は、刃の向きが逆であるが形状は日本刀に似ていないとも言えない。しかし、ミナが武甕槌から借り受ける布都御魂は1m弱の直剣であり、湾曲した日本刀とは感覚が全く異るものだ。
「そんなこと言われても、古代日本の剣術道場なんてボストンには無いわよ。」
「だよね。やっぱり無理なのかな。」
ミナは気を落として言った。
この一件から、ミナは日々の鍛錬の気力を失っていた。メアリーはミナが布都御魂から離れたことに安堵しつつも、落胆したミナの様子を見る度に心が引き裂かれそうになった。
「ミナ、提案があるのだけど。」
「なに?」
「WSNCC経由でこれを貰ったのだけど、どう?」
メアリーがミナに渡したのは、VRスポーツトレーナーだった。これは日本のあるプログラマーが開発した画期的なVRシステムで、当初はオリンピック選手のトレーニングとして導入された。その後、世間一般に評価されて学生向けや、スポーツの入門向け、遂には一般向けのレクリエーションソフトも開発された。ミナにはフェンシング、柔道、剣道、ボクシングなどの武術系入門用や、野球、バレーなどの動体視力を必要とする球技の練習用、スポーツチャンバラやペイントボール、サバイバルゲーム風FPSなどのレクリエーション用を用意していた。
「これなら一人でもできるし、楽しみながらある程度身体を慣らすことも出来るだろうからやってみたらどう?」
「うん、ありがとうメアリ!」
ミナはメアリーに抱きついて、顔に頬擦りをした。メアリーも「全く、しょうがないんだから。」と言いつつも、優しく抱き返した。体を離すとミナはそれを大切そうに抱え、階段を駆け上がって自分の部屋へと入った。
『やっぱり子供はこうでなくちゃ、ですわね。』
メアリーはミナの背中を柔かに見守るのであった。
この話は本来、コロナ禍で延期になった前作あっての内容でした。また自由になったらあちらも再開したいと思います。