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Comitem septem -封印と仔羊の教会-  作者: グレイマス伯
第1章 私はΑでありΩである
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第1章外典 自伝 オデッセイ

 大戦が終結して2年。三巴であったイデオロギーのうち一つが脱落し、共闘していた二つのイデオロギー同士の戦いへと移り変わろうとしていた。諸国は一国でも多く自分の陣営につける為に躍起になっていた。ギリシャのピレウス軍港に入港してきた英国海軍も、その外交戦の為に派遣された物であった。駐在大使達や政府高官に出迎えられ、艦隊の代表者達が一足先に地面へと足をつける。もう数時間すると他の士官達も下船を命じられるだろう。

「水雷長、報告書はまだか?」

『申し訳ありません。只今艦橋へと持参します。』

「全く、彼らは魚雷発射管でビーフシチューでも煮込んでいるのか。」

「ハハハ、艦長はこの後特務がありますもんね。」

「特務といっても実家のだがな。軍もそれを許可した政府も、一貴族の介入を許して良いのか。」

「一貴族と言ってもノーフォーク公は歴史ある大貴族ですからね。前世紀の内に叙爵された大半の新興貴族達とは全然違いますよ。」

「俺は分家のコーストカッスル伯爵家だけどな。」

艦橋で苛立つ初老の士官が、巡洋艦HMS・バッキンガムシャーの艦長であり、コーストカッスル伯爵家次期当主となるヘンリー・ハワードだ。彼は軍務でギリシャへと派遣されたが、高齢な父、コーストカッスル伯の代理としてついでにギリシャでの用事を済ませる羽目になったのだ。

「副艦長、本当に悪いな。これが最後の任務だなんて。」

「バッキンガムシャー乗員一同、誰も気にしていないと思いますよ。」

「だと良いんだが。そんなことより会議の準備をするか。」

ヘンリーは話を切り上げて会議室に向かおうとした。

「艦長、会議室のセッティングは万全ですよ。」

「もう済ませてくれていたのか。悪いな。」

艦橋の士官達が既に準備を終えたことを伝えて呼び止めた。いつも以上に速い行動に驚きつつ、恭しく誤った。

「ほら、艦長。みんなのことなら大丈夫ですよ。それよりも最後にフルート聴かせてください。」

「おお、そうですね。最後の任務なんですし、頭のレコードに焼き付けておかないと。」

囃し立てられたヘンリーは恥ずかしそうにフルートを取り出した。

「リクエストはあるか?ないなら適当に行くぞ。」

トゥートゥーティロティロティット。艦橋で皆が知る名曲が奏でられた。

「When Britain first at Heav'n's command♪」

ヘンリーの演奏を聴くものも、併せて歌うものも彼の演奏に船旅の疲れが癒される気がしたのだった。


 デルフォイの遺跡には古い家や劇場の跡が残されている。その中心にあるのがアポロン神殿だ。ヘンリーは遺跡中を探ったが、生活はおろか人の痕跡すら無かった。

「あるわけないな。きっと町では、いい歳して神託を信じてる痛い男だって噂で持ちきりだろうな。赤っ恥をかいた。」

最後にデルフォイ神殿跡を訪れるも、やはり誰もいない。遺跡に来るまでに、同行している通訳を通して近くの町デルフィで神託をどこで受けられるのか聞いていたのだが、その時に向けられた住民や通訳の哀れむかのような視線を思い出した。

「まったく、父は一体何を考えてるんだ。」

詳しい説明も無しにここに送り込んだ父に苛立ちを覚え、足元の小石を拾って谷へと投げる。そして溜息をついて通訳とドライバーの待つ車へと引き返そうとした。すると、突如後ろからガサガサと砂利を踏む音がした。

「ん、誰かいるのか?」

振り返るとヘンリーは言葉を失った。だれもいなかった神殿跡の上には、古代ギリシャの服装をした二人の男女が立っていたのだ。男は美しい青年で、金色の布を丈の長いエクソミスとして纏い、その上から赤いマントを身に付けている。また、月桂樹の様な葉で作られた冠を付け、ハープをかかえている。女の方は赤いキトンの上に、全身を覆う紫のヒマティオンとベールで肌のほとんどを隠しているが、唯一見える口周りや手足から、若く不健康な程に青白い様相が分かる。ヘンリーが二人を眺めていると、突如男がポロロンとハープを奏で始めた。ヘンリーはそれを聞くと何故か小さい頃の弟の事を思い出した。弟は自分の大事にしていた兵隊人形を盗み、それに気付いた彼は弟と大喧嘩した。しかし、数日後に親に諭されたのか謝りに来て、人形を返した。しかし、彼はそれでも弟を許さず半年間口を利かなかった。ある時、弟が彼に棒状の何かを渡した。それは彼が欲しがっていたフルートだった。一緒に渡された手紙に謝罪の言葉と、また昔の様に遊びたいとの趣旨が書かれていたのだ。後にそのフルートは、自分が部屋に閉じこもって出席しなかった弟の誕生会で親から貰ったものだと言う事を知った。彼は自分の行いを恥じて自分も弟に謝って和解した。その際、あの時盗んだ人形を弟に渡した。以降、兄弟仲は深まり、成人した後も互いの誕生日には何かを贈り合っていたのだ。

「いい曲だ...。」

ヘンリーはクラッシックが好きだが、この曲は聞いたことが無い。こんな良い曲が無名なことはあり得ないと思う程の物だが、やはり自分の知らないものだ。気付いた頃には曲は終わり、男は無言でお辞儀をして何処かへと去っていった。残った女がヘンリーに近付いてきた。

「ヘンリー・フェアウッド。次のグレイマス公爵、こちらへ。」

「はい...。えっ!?」

思わず返事をしてしまったが、彼女の言葉が異常な事に気付いた。彼の家では諸事情により必ず、ノーフォーク公の分家であるコーストカッスル伯爵家と名乗ることになっている。しかし、ノーフォーク公と血縁関係はあるものの、実際は分家でなく、更に彼の本当の称号も異なっている。本当の称号はグレイマス公爵、家名はフェアウッドであるのだ。これを知っているのは、国内ではグレイマス公爵家の当主夫妻及び後継者、ノーフォーク公爵当主、王立魔術師協会員及び君主である国王のみである。彼女が秘密を知る海外の諜報員という線もあるが、可能性はほぼ皆無であるため、ヘンリーは父が気紛れで話したのであろうと考えることにした。


 10分ほど歩くと女は割れた壁の傍で止まった。

「おい、そろそろ説明してくれ。君はデルフォイの巫女なのか?」

追いついたヘンリーは彼女に尋ねた。

「正しいと言えば正しい。だが、誤りと言えば誤り。私はかつてのピューティアなのは合ってる。しかし、物質の肉体が死んで長い。この体は医療の神でもあるアポロン様が物質の代わりに霊我を使って作った。」

「霊我だと?つまり君は天使と同じ体?」

「その通り、アブラハムの人々の言う天使、我々の言う下級神や守護霊と同じ。」

「それじゃあ、あの男はアポロンか?」

「貴方の想像に任せる。」

巫女はヘンリーの質問に片言な英語で答えていった。

「そろそろ本題を言う。貴方の父との約束。」

「やはり父を知っているのか?」

「アポロン様は彼に、息子になら神託をすると言った。だから彼は貴方にここに来る様言った。」

「何故父には予言を伝えられない?」

「私の身に余る。それは未来過ぎる。」

そう言いながら巫女は三脚の椅子の上に座った。そして崩れた壁の裂け目に手をかざすと、そこから煙が出てきた。

「煙を吸ってはならない。離れて。」

ヘンリーは5歩程後ろに下がった。それを確認した巫女は煙を吸い始めた。すると巫女の顔は紅潮していき、恍惚とした表情になった。そして、今にも椅子から転げ落ちそうな様子で振り返った。そして、人の声とは思えない、甲高い声で語り始めた。

「汝が孫、黄金の林檎を落とす。邪なるエリスは人界に林檎を投げ入れる。偽りのヘカーテの元にタラリア有り。ヘルメスは汝の言葉をハルモニアに伝え、林檎は彼女の知る所となる。」

巫女の言葉は自然と脳に刻まれる様に感じられた。そして、その感覚が段々と心地良くなって来て、意識が朦朧とし始めた。

「あぁ、まずい...。」

煙は吸っていないはずだが、何故か体から力が抜けて行き、視界もぼやけて来た。そして、いつしかヘンリーは意識を手放していた。


「・・・さん。ヘンリーさん!」

聞き覚えのある声がした。目を開けると、必死に声を掛けていた通訳の心配そうな顔がホッとした表情に変わった。ヘンリーは体を起こして辺りを見渡すと、そこは神殿跡地のすぐ傍だった。もう既に夕方になっており、中々戻って来ない彼を心配して通訳が様子を見に来ていたのだった。通訳は古代ギリシャの服装をした男女なんて見ておらず、夢を見ていたのではと言った。しかし、ヘンリーは脳に刻まれた神託らしき詩が夢の産物だとは思えなかった。


 その後、軍務に復帰して英国に帰還した。その一月後に、バッキンガムシャーの士官達に惜しまれつつも退役したのだった。帰還した際、父である現グレイマス公に詩の事を伝えた。父は天体観測中に不吉な星周りを見た為、あらゆる占い師を頼った。自分でも占ったが納得の行く結果は出ず、ある日夢にアポロン神が現れたのを機にギリシャ行きを決意したとの事だった。詩の内容について、エリスの林檎と言えばトロイア戦争のことであり、孫の落とした林檎、つまり曾孫が戦を引き起こすのではと考えられた。偽りのヘカーテとは奇術師のことで、彼に手紙を預けることで後の災いを避けられるのではと解釈され、ヘンリーの親友であるマジシャン、パーカーに託すこととなった。


 その一月後、ヘンリーはアメリカのバージニア州に来ていた。

「成る程、話は分かった。でも、グレイマスがどうとかって国家機密級じゃないの?一介の資本家に過ぎない僕に伝えても良いの?」

親友のパーカーに手紙を渡すと共に事情を説明した。

「父も了承してる。手紙の内容を隠すことも考えたが、やっぱり言っといてよかった。」

パーカーは手紙を受け取るや否や、ヘンリーの許可無しで封を切ってしまったのだった。

「ハハハ、悪い悪い。僕への手紙かと思って。」

「お前への手紙を直接渡すか。まあ、口だけは固いし、お前なら大丈夫かと思ったんだ。少し心配になったがな。」

ヘンリーは頭を抱えながら言った。

「大丈夫、大丈夫。心配すんなって。でも、誰かに手紙見つかるかもしれないし隠さないといけないな。」

「魔術師にしか分からない暗号もあるし、一緒に考えようか。」

ヘンリーは曾孫に無事、手紙が渡ることを祈り、親友と共に暗号を考えるのだった。後にアトラクションの様なパーカーのアイデアに頭を抱えることになるが、それはまた別のお話。

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