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Comitem septem -封印と仔羊の教会-  作者: グレイマス伯
第1章 私はΑでありΩである
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第一話 Cantu recitatorio tristitiae 前編

軽度なホラー展開があります。ご注意を。

しつこいようですが、作者は如何なる団体とも関係がありません。

月二投稿目指して頑張ります。よろしくお願いします。

 ビービービーと車のセキュリティアラームが鳴り響く。犬がそれに反応して吠えている。

「んんっ」

目を覚ました少女が体を起こし、カーテンを少しめくって外を覗く。まだ空は紺色だ。夜明けまでもう少しといったところだろう。静けさが戻ると少女は再び横になる。3月の早朝はまだまだ冷える。掛け布団を顔の半分まで被り目を閉じる。

「んーー!眠れない!!」

まだ眠りたいと思っていながらもなかなか入眠できない体に苛立ちを覚える。すると一階からトースターのベルの音が鳴った。

(もう起きようかな。)

少女は体を再び起こし、伸びをして立ち上がる。暖かいスリッパを履いて部屋を出た。


「あら、ミナ。おはよう、今日は随分と早いのね。さっきのアラームかしら。」

ダイニングの食卓に20代後半のイギリス系の淑女が座っていた。マーマレードの塗られたトーストとカフェオレがテーブルに載っている。

「おはよ、メアリ。さっきのがうるさくて目を覚ましたの。」

ミナと呼ばれた少女の真っ黒な髪と瞳、そして東アジア系の顔立ちから彼女達が血の繋がった家族でないことは一目瞭然である。

「やっぱりね。じゃあミナは朝ごはん食べる?トーストとサラダにココアでいい?」

ミナは頷き、淑女の席の対面に座る。

 メアリー・フェアウッドと卜中(うらなか)美那が共に暮らし始めて6年が経った。ボストン、ビーコンヒルにある一軒家での共同生活も本当の家族のようなものにしか見えない。最初の頃は言語の壁が厚く、ミナのホームシックも相まって上手くコミュニケーションが取れないものだった。今ではミナは英語を、メアリーは日本語を不自由ないレベルに話せている。因みにミナの両親は健在で、3回ほど実家の京都に帰省しているし、週に一度はテレビ電話で顔を合わせている。

 メアリーがホットココアとサラダをテーブルに置いた。ミナはふぅふぅとココアに息を吹きかけながら、ちびちびと飲み始める。メアリーはテレビを付け、元の席に座る。

「オレゴン州議会議員の一連の不祥事については現在調査中とのことです。では、続いてのニュースです。遺伝子治療で有名な、国立医学研究所のユダ・ジェリネク博士が開発した難病の治療用人工遺伝子、AS-DNAの臨床試験が始まりました。ニューヨークを始めとする10の大学病院でシェーグレン症候群の患者100名に対し順次AS-DNAの製剤が投与されていくとのことです。続いてのニュースです・・・」

「すごいわね、ユダ博士ってまだ29歳でしょ。こんな若い歳でノーベル賞かしら。あらっ、トーストができたみたい。」

「大丈夫、私が取りに行く。」

ミナは立ち上がり、サラダにかけたドレッシングのボトルを台所に置くついでにトーストを皿に取ってきた。その頃に朝食を終えていたメアリーはタブレットのメモを眺めていた。

「今日の依頼について?」

「そうよ。詳しいことは本部で聞くけど、今回はバージニアに行くことになりそう。集団ヒステリーが起きたらしいわ。」

「集団ヒステリーなら去年もあったよね。どこだったかは覚えてないけど。あれもうちの管轄なの?」

「基本的には違うわね。昔は確実に教会案件だったんでしょうけど、最近は経過観察して酷い場合は投薬といった感じでしょうね。霊的な体験をせずとも起きるわけですし、いつもなら精神科の領域よ。まあ、私達に依頼が来たと言うことは超自然的な何かがあるんでしょうけど。」

ミナはマーマレードをたっぷりと塗ったトーストを齧りながら頷く。

「しっかりサラダも食べるのよ。こんな仕事してても現代人なのだから、神頼みの前に健康的な生活をするようにね。」

「んー。」

少し早く、ゆったりとした彼女たちの朝は8時30分の出勤の時間までゆっくりと流れていった。


 メアリーの自家用車で20分、職場に到着した。ケンブリッジの一角にあるごく普通の見た目のビルディングだ。

「おはようございます、身分証の提示を。」

「おはよう、はい。」

入り口の警備員に身分証を提示してエレベーターに向かう。ロビーに他の人がいないことを確認して左側のエレベーターを呼ぶ。

「1Fです。」

中には誰も乗っていない。そして、誰も乗ってこないことを確認し、行き先を選ばずにドアを閉める。完全に閉まったら棒状の鍵を指定の場所に差し込み、1,2,8を同時に押した後、openとcloseを同時に押す。すると、地下へは行かないはずのエレベーターが下へと向かう。

「・・・」

エレベーターは静かに開く。何もない空間に屈強な警備員が立っており、再び身分証を提示する。

「お勤め、ご苦労様です。」

回転扉のように回る壁を通ると大理石でできた高級感溢れるロビーに続く。部屋の正面奥にはWSNCCと真鍮の文字盤が貼られている。

 ここがメアリー達の勤め先、新国際連盟の下部組織、WSNCC(World Super Nature Countermeasures Council、世界超自然現象対策理事会)本部だ。ここは、選ばれた魔術師二百数十人と研究者50人強が属する、言わば公的な秘密組織なのだ。

「おはよう、innocentes terra。それにSapientia deorumお嬢ちゃん。」

「おはようございます、Astronomia rimor。」

「おはよー、局長。」

右側の部屋に入ると中年の頭頂が禿げ始めた好紳士が出迎えた。彼らが呼び合っているのは魔法名だ。この中ではお互い魔法名で呼び合うというルールがある。魔法名の多くはラテン語が使われている。次いでヘブライ語、古代エジプト語、ヒンディー語が多く、1,2名単位でギリシア語や古ノルド語、アラビア語の魔法名を使っている人もいる。まだ幼く、これらの言語に造詣のないミナは局長と呼ぶのを許されている。部屋の奥には黒と白の2本の柱が立ち、その間に三段の小階段と台座、その上に小さな神殿が安置されている。

「じゃあ、日課をこなしてくるわね。」

「いってらっしゃい。」

メアリーは神殿の前に立つと、肩の力を抜き目を閉じる。深呼吸を三回し、腹式呼吸に切り替えると目を開く。3秒間完全に動きが止まったかと思うと突然動きだす。そして振り返り、

「行きましょう。」

とミナに声をかけてデスクに向かう。

メアリーがやったのは日課の神殿勤だ。WSNCCの魔術師達が共通思念の中で作り上げたアストラル神殿、『大パンテオン』は組織に認められた成人魔術師のみが入ることができる。現実では3秒しか経っていないが、実際は世界各国の神々や天使、神が祀られるこの神殿で祈りを捧げてきたのだ。これから分かる通り、WSNCCの構成員は色々な国から集まってきている。あらゆる信仰に敬意を示せる人間でなくては大パンテオンに認められない。それ以前に、局長と呼ばれる彼の瞳は大パンテオンに拒絶される人間を決して見逃さず、入団する以前に排除される。そのため、素質があると判断されたミナは未成年で神殿勤は許されていないが、組織に属することが許されているのだ。

「とりあえず荷物を置いて。そしたら会議室に向かいましょ。」

「あーい。」

「あっ、そうそう。はい、防水加工のメモ帳よ。そろそろ聴き取りの練習もしないとね。」

メモ帳を受け取ったミナはポーチからペンを取り出して胸のポケットにしまう。メアリーも書類と付箋で分厚くなったファイルを取り出す。

「準備できたよ。」

「書類もよし。こっちも大丈夫だから行きましょうか。」

局長席の後ろにあるドアをノックする。

「どうぞー。」

先に入っていた局長の声が聞こえる。扉を開けて中に入るとすぐに席に向かう。彼は団員を兄弟として扱うメイソン系の昔ながらのスタンスを受け継いでいるため、組織内での堅苦しい礼節を嫌うのだ。尚、昔はメアリーの物腰柔らかい発音や言い回しが苦手だったが、今では慣れたと言うか諦めている感じだ。

「では今回の件について説明しよう。」

お互い席に着くと局長が切り出した。

「クラウドデータは確認しているかね?」

「えぇ。バージニア州在住、13歳の少年少女が集団ヒステリーでしたわね。」

「あぁ、予定は大丈夫そうかな?... よろしい。では詳細を説明する。」

メアリーはタブレットを、ミナはメモ帳を取り出して局長の説明に耳を傾ける。


「事件が起きたのは三週間前、2月20日土曜日、午後2時から2時半の30分間に起きたと推定される。場所はバージニア州リッチモンドの一般家庭。アンソニー・キャメロン君13歳が友人の少年2人と少女1人を自宅に招いて後日に誕生日を迎えるもう一人の友人のサプライズパーティーを計画していた。午後2時前には母親が在宅中であったが、シリアルが切れたことに気付き近所のスーパーに買い物に行った。30分後、母親が戻った頃には少年1人がトイレで、後の3人がアンソニー君の部屋で気絶していた。すぐさま救急搬送され、10km離れた病院に緊急入院した。身体的な外傷はなく、身体の予後も良好だ。後日、意識を取り戻した子供達に事情を聞いたところ、チャーリーゲームをしていたらトイレで倒れていた少年が吐き気を催し部屋を出て行った。すると誰かが悲鳴を上げ始めてと、ここで記憶が途切れたらしい。トイレに行った子も嘔吐して水を流した頃に悲鳴が聞こえて卒倒したようだ。尚、子供達は皆13歳、人種も白人3人うち一人がヒスパニック、もう一人は黒人で、アトピー持ちの一人を除いて特に病気も無し。薬物や飲酒もないと。ここまではいいか?」

「成る程、身体的な要因はなさそうね。ところでその子達の今はどうなの?」

「そこが問題なのだよ。医師はパニック障害と診断し、特に抗不安薬の投与も行わなかった。心理カウンセリングを行って3日で退院した。それが水曜日で、その週の日曜の夜、再び救急搬送された。」

「運ばれたのは?」

「4人、全員だ。」

「えっ、その子達も私達みたいに一緒に住んでるの?」

「いいや、皆リッチモンド在住だが隣接している家庭もないな。続けていいな。」

思考を一旦止め、再び局長の話を聞く。

「再び入院して取り敢えず容体は安定している。市警も事件の方面で調査しているが特に有力な手掛かりは見つかっていない様だ。そこで超自然的な視点から調査をして欲しいと連絡があった。」

「取り敢えず状況は理解したわ。詳しい情報は現地で関係者に聞くとして、明日向かおうと思うけどミナは大丈夫?」

「いつでもいいよ。」

「分かった。Mahaan nigalに確認してみる。」

局長はスマホを取り出し、Mahaan nigalに電話をかける。彼は所謂裏の顔としてWSNCCの魔術師をやっており、表向きにはガルーダ航空というインドの航空会社の社長だ。

「小型機をローガン空港に用意するとのことだ。それに乗ってくれ。」

「ありがとう。黄金の火にかけて、この件、解決してくるわ。」

「局長、行ってきます。」

「あぁ、必ず無事で帰ってこい。」

会議室を出て、メアリーはサクッと書類の整理を終わらせる。

「よし、終わった。ミナ、帰るわよ。」

「はーい。」

局長と本部にいる他の団員達に一声かけてから退出する。地上に出た頃にはすでに昼を回っていた。


 

「あのー、あなたがガルーダ航空の...」

「はいっ、社長から話は伺っています。どうぞお乗りください。」

ローガン空港に停まっていた航空機を前に困惑した様子のメアリー達が身分証を見せて確認する。

「ところで、このプロペラ機は何かしら?」

「B-25です。大丈夫ですよ、現代人でも快適に思えるように改造してありますから。上空でも寒くないですし、客席も快適なファストクラスですよー。あっ、もちろん爆弾も積んでないんで。」

「えっ、はい。(私たちこれでも秘密組織よね。こんな目立つことしていいのかしら。)」

個性的なパイロットと機体への困惑も、乗り込んでみれば驚きに変わる。古ぼけた外装からは想像もつかないような、綺麗な内装だった。高級そうな絨毯に、座り心地の良さそうな座席。冷蔵庫も付いており、中に高級な酒とミナの為に用意したと思われるジュースが入っている。暖房も効いており、中では全く寒さを感じない。

「添乗員は付けられませんでしたが、こんな感じで出来るだけ快適なフライトの為の設備を用意しました。どうぞごゆっくりと。」

パイロットは安全確認を終え、機体は滑走路へと向かった。

「えー、シートベルトは大丈夫ですか?よし、行きますよ。」

「私プロペラ機は初めて。こんな音するんだ。」

「ふふ。私も初めてよ。」

今では滅多に聞くことのない音をレシプロエンジンが奏で、空へと昇っていった。

(実はこれ、レシプロじゃなくてターボプロップに改造してるんですけどね...)


 離陸して十数分といった頃にふとメアリーが口を開く。

「ところでミナ、昨日のメモ帳見せて。」

「うっ、忘れてなかったの?」

「昨日は時間がなかったもの。フィードバックは大事よ。」

渋々ポーチからメモ帳を出す。

「全然書いてないじゃない。あの話だったら3ページは書けるはずよ。なんで1ページすら埋まってないのかしら。5W1Hに注意して話を聞くこと。今後はこちらから質問することもあるのよ。」

「...はい。」

ミナにとっては早く終わって欲しいフライトになってしまった。


「えー、当機はまもなくリッチモンド国際空港に着陸します。シートベルト装着をお願いします。」

3時間弱のフライトが終わりを告げる。管制からの許可が下り、着陸後滑走路の端までタキシングする。

「本日はガルーダ航空をご利用いただきありがとうございます。またのご利用をお待ちしております。」

「えぇ、快適な旅でしたわ。(余計な時間をかけた気もしますが。)」

「パイロットさん、ありがとうございます。」

「お嬢ちゃんもありがとね。」

飛行場を出てタクシーを拾い、宿泊先のホテルに向かう。

「女性二人でですか?たしかにリッチモンドの治安は改善されましたが、女性のみでの不用意な外出は控えた方がいいですよ。」

「忠告ありがとうございます。ホテルで男性のボディーガードと合流する予定なので大丈夫ですわ。」

今朝、FBIから捜査官を派遣するとの連絡があったのだ。12:30にホテルのロビーで合流することになっている。

「それでも油断はなさらない様に。3年前には姉妹誘拐殺人事件もありました。お子さんからは目を離さないようくれぐれも。君もお母さんから離れないようにね。」

「はーい。」

渋滞に捕まることなく、20分程でホテルに到着した。

「まだ時間もあるし、先に荷物を入れときましょうか。」

チェックインを済ませ、スタッフに荷物を運んでもらう。

「こちらがお部屋となります。問題がございましたら遠慮なくお呼びください。」

それなりにお高いホテルだけあって、内装は清潔感が感じられる。ミナはフカフカなベッドに身を投げた。

「早めに禊をしておきなさい。バスルームはこっちよ。」

「はーい。」

ミナはベッドの上に服を脱ぎ捨てバスルームへと入った。

「着替えとタオル!もう、世話が焼けますわね。」

メアリーは脱ぎ捨てられた服を片付け、タオルと着替えを用意する。

「メアリ、塩と酒取ってー。」

「はい、神器は忘れてない?」

「もう用意してある。」


 バスルームでは禊用のゆったりとした白いローブを着たミナが神器をセットしていた。正面には丸い銅鏡と青銅の柄の短刀、首には勾玉のネックレスがかかっている。なんともミスマッチングな見た目だが、指摘する観衆などいない。今から行われるのは形こそ変われど、卜中家に代々受け継がれた祓えの儀式だ。一握りの塩を周りに振り掛け、シャワーからぬるま湯を出して身に浴びる。そして今度は自分の頭から塩を被り洗い流した後(節水の為に水を止めて)、自らが幻視した祖神、天小屋命に向かいニ拝二泊一拝し、頭に詰め込んだ祝詞を奏上する。

「高天原に神留り坐す...」

まずは大祓詞を奏上する。榊の葉(プラスチック製)がついた玉串を振り、日本酒を少し垂らす。続いて卜中の祝詞を奏上する。

「...此処に中津國の陰にて神代の御詔伝へ奉る中臣の大輔が娘、美那が願ひ給ふは、命危ふき折、天津神、国津神の御助けあらむことを畏畏申す。」

最後に酒を垂らしてニ拝二泊一拝し、片付ける。ついでにシャワーも浴びて着替えを済ませる。

「終わったよ。」

「丁度いい時間ね。あと20分。じゃあそろそろ行きましょうか。準備なさい。」

メアリーは部屋の鍵を持ち、重そうなリュックサックを足元に置いていた。ミナはポーチに必要なものを詰め込み、忘れ物はないか確認する。

「準備おっけー」

「鍵は閉めておくから先にエレベーター呼んでおいて。」

「はーい。」

二人は部屋を出て一階へと降りていった。

魔術に関しては主に江口之隆氏の著書を参考にしております。ラテン語に関しては素人なので、もし間違いがあったら指摘して頂けると嬉しいです。後半は近々。

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