94. 13年と2ヶ月目⑥ 一人見上げた流星雨と贄の少女。
話の関係上、ちょっと長めです。
そして残酷な表現と暗めの要素を含んでいます。苦手な方はご注意ください。
「……シャル、まだ起きてる?」
「……すー……すー……」
ネメから南東の森に温泉があるのではと聞いたミノリがその日のうちに決行したキャンプ。無事温泉にも入ることができた一行は2組に分かれてテントに入り、それぞれ眠る事にした。
消灯して寝袋に入ったものの未だに寝付けないミノリは横にいるシャルになんとなく声をかけてみたが、シャルは完全に寝入ってしまったようで、静かな寝息だけが聞こえてくる。
「……少し外に出てみようかな」
シャルを起こさないようにミノリが寝袋から這い出してテントの外に出て、夜空を見上げてみると、生い茂る木々の間から無数の星が見えた。
「本当にこの世界の星空は綺麗だなぁ。そういえば昔、ネメたちと一緒にこの星々に星座の名前つけたりした事もあったね。懐かしい……」
星空を見上げたミノリが感嘆のため息をもらしながら娘たちと過ごした日々を振り返っていると、一筋の光が上空を高速で飛んでいくのが視界に入った。
「えっ、あ、流れ星……あっという間だったなぁ」
ミノリがその光を流れ星だと理解するよりも早く、流れ星はあっという間に見えなくなった。
「たはは、一瞬過ぎて願い事なんて言う暇なんて……え?」
願掛けができたらよかったのにと残念な顔をしながら流れていった後の星空を眺めていたミノリだったが、先程の流れ星が合図となったかのように無数の星が次々と雨のようにミノリの上を流れていく。
「すごい、流星雨だ!! ……っと、いけない。みんな寝てるんだった」
ミノリは他の3人が眠っているのにも関わらずつい叫んでしまった。それほどに幻想的な光景だったのだ。暫くの間、その美しさに呆けたように眺めていたミノリだったが……。
「あ、この流星雨……よく考えたらスタッフロールの最後に出てくるエンド画面だ……」
この光景が、ゲームのスタッフロール画面に出てくるものと酷似している事にミノリは気がついた。
スタッフロール画面という事は『このゲームが終わった』事を示す。
先日ネメとシャルがリマジーハの町で凱旋パレードを見たと話していた時は『もしかして』というぐらいに考えていたが、その話を聞いた後でこの流星雨を見た事により、それが確信へと変わった。
「スタッフロールまで迎えられたっていう事は……これで私たちはゲームの縛りから解放されたって事になるのかな……あれ、ちょっと待ってシャルは無事?!」
慌ててミノリがテントの中を覗き込んでみると、シャルは変わらず寝息を立てていた。
「よかった。シャルも消えていない」
ミノリが慌ててシャルを確認したのは『ゲームがエンディングを迎えると、同時にザコモンスターであるシャルもミノリも消滅してしまうのでは無いか』という事。
パレードを見た時点でもシャルもミノリも消滅しなかったので、大丈夫だろうと思ってはいたのだが改めて問題ないとわかり、ミノリは思わず胸をなで下ろした。
「ホッとしたからかな、急に眠気が押し寄せてきた……うん、そろそろ寝よう」
安堵した事が起因となったのか、瞼が重くなってきたミノリ。
「そうだ、寝る前に願い事しよう」
流星雨ならどれか一つぐらいは自分の願い事を聞いてくれるかもしれない、そう思ったミノリは祈るように胸の前で手を握り合わせ、願いを口にした。
「……これからも私たち家族が、平和に、そして幸せに過ごせますように」
娘たちの幸せ。それこそがミノリがこの生活において最も大切にしていきたい願い。
「よーし、お願い事もしたしそろそろ私も寝よう」
願い事を唱え終えたミノリはそう言いながらテントへと戻り、寝袋に入って眠る事にした。
そして寝袋に入ること数分、やすらかな気持ちになったからかミノリはあっという間に深い眠りへと落ちていくのであった。
しかしミノリは失念していた。
ネメとシャルがリマジーハの凱旋パレードで見た荷馬車の上に横たわっていたのは、本来のラスボスではなくラストダンジョンに生息するザコモンスターのドラゴンだった事を。
それはつまり『本来のラスボスがまだ倒されていない可能性がある』という事を。
まるでそれが事実だと証明するかのようにミノリはその夜不思議な夢を見た。
──それは、同士であるはずのモンスター達から忌み嫌われ、蔑まされ、幽閉され、そして悪しき心を持つ者たちの思惑により道具として利用された結果、僅かばかりの幸せすらも与えられないままこの世界の平和を脅かす存在となりはて、最期には討ち取られたある魔物の少女がまだ少女であった頃の最後の記憶。
******
(──あれ、どこだろうここ?)
ミノリは気がつくと、闇夜が支配する寒々としたどこかの城と思しき場所の一室にいつの間にか立っていた。
(うーん、多分これ夢の中だよね。だって私、みんなでキャンプしに出かけて、眠ろうとテントの中に入ったはずだし)
眠る直前の記憶と現在立っている場所が異なっている事と、声を出しているはずなのに声が出なかった事もあってミノリはすぐにこれが夢だと確信したようだ。
(でも夢のわりにはやたらハッキリしてるんだよね。壁に触った質感も普通にあるし……。とりあえずここがどこなのか確認しなくちゃ……って誰かいる!?)
ミノリが改めて周りを見渡してみると部屋の中央に複数の人物が、そして少し離れた場所に女性が一人立っている事に気がつき、慌てて姿を隠そうとしたがどうやらミノリの姿は認識されていないようで、明らかにミノリが視界に入っている者も反応を示す様子がない。
(認識されていないのならもう少し近づいても大丈夫かな。一体何を話してるのか気になるし)
見えていないのをいいことにミノリは部屋の中央にいる人物たちの傍へと近づき、それらが一体誰なのか、そして一体何を話しているのか確認する事にした。
(えっと、部屋にいるのは……あ、司祭の格好をした魔物はラスボスと一緒にいた奴だ。……名前なんだったっけ。まあいっか)
部屋の中央へと向かってその人物たちの姿を改めて確認したミノリは、そのうちの一人がこのゲームでラスボスと共に出現した司祭姿の魔物だと気がついた。その司祭に対して別の人型の魔物が紐で縛られた何かを見せながら話している。
(あの魔物は司祭に一体何を見せているの……って、縛られてるのは女の子!? あんなに痣だらけで……)
全く動く気配が無かったためミノリは近づくまでわからなかったが、縛られていたのがまだ5,6歳ぐらいと思しき幼い少女だという事にミノリは気づき、動揺してしまった。
少女は手枷をかけられ、2人の間で蹲ったまま動く気配を見せない。体中にはいくつもの痣が見られ、抵抗する余力すら残っていないほどに傷めつけられた事がそれだけでミノリにも伝わってしまう。
「司祭様、これが『贄』です。こちらへ連れてこようとした際に逃げようとしたので羽は捥ぎ取らせていただきました」
「おぉ、よくやった! ……それにしてもこれが『贄』なのか。噂に聞いていた通り、近くにいるだけで不快な気配を感じるな」
「……」
明らかな暴言を向けられているにもかかわらず、一言も発する気配のない少女。それほどまでに心も体も疲弊しきっているのだろう。
そんな光景を見たミノリは、ふとこの場面に見覚えがある事に気がついた。
(あ、これゲームのプロローグのワンシーンだ。でもゲーム上では台詞は一切出てこなかったけどこんな事を話していたのか。
そしてこれがプロローグのワンシーンって事は少し離れた位置に立っているあの女の人はネメ……だよね。顔立ちは同じはずなのに雰囲気が全然違うからあまり実感が無いというか……)
これがプロローグの一場面だと気がついた時点で、ミノリは魔物たちから少し離れた位置に立っている女性がネメの本来の姿である『闇の巫女ネメ』である事は理解したつもりだったのだが、ミノリの愛娘である現在のネメと同一人物だとどうしても結びつける事が出来ずにいた。
それほどまでに雰囲気が全く異なっていたのだ。
「さあ闇の巫女ネメ、魔力を増幅させる『闇の祝福』をこの我らの希望である贄に与えよ!!
贄は闇の祝福によって本来の力を取り戻し、我々魔物がこの世界を掌握する為の大きな導となるだろう。
その力があれば人間どもは恐慌狼狽の後破滅への道を進み、闇の巫女ネメの原動力にもなった人間への怨恨も同時に満たす事ができる。最早この世界は我々が手中に収めたも同然だ!」
「ええ、わかったわ。そしてこれに闇の祝福を与えれば私に魔物の群れを貸してキテタイハの町へ侵攻させてもらえるのよね。……私を追放した人間たちにようやく復讐が出来ると思うと嬉しくてたまらないわ」
司祭の命令に対して口元だけは笑いながら、それなのに一切の感情がこもっていない深淵のような瞳のまま頷きながら、蹲っていた少女に杖をかざしながら一歩ずつ近づくネメ。
(……怖い。これがあのネメだなんて信じられない)
いつも聞き慣れているものとは大きく異なる氷のような口調のネメに対して、これが本来のネメの姿なのだと思うと、ゾッとするような感覚に襲われたミノリは思わず身震いをしてしまった。
「ひっ……いや、いやっ! こないで……!!」
一方、襲い来る恐怖に対して声を上げた『贄』と呼ばれた少女。小さな角と人間より少し長い耳を持ち、羽を捥ぎ取ったと話していた事から恐らくモンスターの一種なのだろう。
(そしてこっちの女の子はモンスターだと思うけど何の種族なんだろう。角と少しだけ長い耳と羽となると……吸血鬼なのかな)
ミノリはその特徴とゲームに出てくるモンスターの姿をすり合わせ、この少女が吸血鬼系のモンスターだと推測した。
ゲーム上の姿とは若干異なっている為に断定は出来なかったのだが、おそらく彼女の犬歯は吸血する為に鋭く尖っているはずだ。
ミノリが彼女の正体についてもう少し考えようとしたのだが……中断せざるを得なくなってしまった。辺り中に突如絹を裂くような悲鳴が響いたのだ。
「どうして……どうしてあたしは…………やだ! やめてやめてやめてぇええ! 死にた……いやぁぁぁああああああっ!!!」
大粒の涙を零しながら必死に『闇の祝福』を拒絶し、助命を願おうとしたその瞬間、おそらく『闇の祝福』の効果が始まったのだろう。
闇の巫女ネメが詠唱と同時に不気味に光り出した杖が、その光を増していくにつれ、少女は絶叫しながら苦しむように踠く。
「あ、いや、やああああ…あた、あたしの中が熱、熱……あ、あああああっ!ぎぃ…ぃあああぁああああああ!!! ぐぁああぎいぃぃかがやああああああぎげげげぁががぐげあぎああ!!!」
悲鳴をあげたまま暫くの間のたうち回っていた少女だったがそれも長くは続かなかった。声の音域が低く変化し始めたかと思う間もなく少女の肉体は内側から裂けるように大きく隆起すると同時にその姿も変貌し、やがて無数の目や口に触手を持つ、十数メートルもある不気味で禍々しい蠢く肉塊へと姿を変えてしまっていた。
最早そこに少女だった頃の面影は一切無い。
「おぉ…なんと素晴らしい姿……。これぞ我らの導!」
「……」
先程まで少女だった姿からは想像もつかない不気味に蠕動する肉塊を見て喜びの声を上げる魔物の司祭と、相変わらず光のこもらない瞳で、巨大な肉塊と化した哀れな少女だったモノを冷めたように見つめるネメ。
「ふーん……闇の祝福をかけられた贄ってこうなるのね。なんとも哀れなこと。まぁ私はあの町さえ滅ぼせられればいいからどうでもいいけど。……あとはトーイラさえ生きてくれていれば」
少女に同情するような素振りはなく、心の底からどうでもいいというようにただ一言、それだけを呟きながら。
(ゲームではセリフは無かったし、さらっと流れていただけだったけれど……これはちょっと……)
ミノリの目の前で化け物へと変わり果てしまった少女に、ミノリは思わず口に手を当ててしまっていた。
グロテスクな姿へと変貌してしまった少女が不憫だったからと言うのもあったが、何より少女の最期の言葉が頭を離れなかったのだ。
それは少女の傍で聞いていたミノリだったからこそ聞き取れたあまりにも小さなつぶやき。
(……『どうしてあたしは幸せになれないの……?』 あれがあの女の子の最期の言葉か……)
少女の最期のつぶやきを聞き取ってしまったミノリはその場を離れる事が出来ないまま、心が重く、辛くなっていくのを一人感じながら夢の終わりを迎えるのであった。
******
「……最悪な夢見だった」
夢から解放されたミノリは、朝っぱらから気が滅入ってしまった。
なお、ミノリの隣ではシャルがとても幸せそうな顔をしながら眠っている。きっととてもいい夢でも見ているのだろう。
「ずるいなシャルは……私が見た夢と変わってほしかったよ」
そうポツリとつぶやくミノリだったが、どうしても先程まで見た悪夢が頭を離れず、一人で夢の内容について考え始めた。少女があまりにも不憫だったからというのもあるが、それ以上に何故その夢を見てしまったのか不思議だったのだ。
(だけどなんであのワンシーンを夢で見ちゃったんだろう。もう終わったことのはずなのに……いや、ちょっと待って。もしかしてラスボスって倒されていないのでは?)
ミノリはここでようやくその可能性に気がついてしまった。
まずはパレードの荷馬車に横たわっていたのはラスボスではなく、ラストダンジョンに出現するザコモンスターのドラゴンだった事。
そして、贄に『闇の祝福』を与えるはずのネメは、キテタイハの町から追放された後で連れ去るはずの『闇の使い』よりも先にミノリが保護した為に、『闇の巫女ネメ』とならないままミノリの娘として平穏に暮らし、その日々の中でキテタイハの町の住民に対して持っていた憎悪も既に精算されていること。
この2点を考慮すると、闇の祝福を与えられなかったあの少女も生き延びている可能性が充分にあるのだ。
(それに、フラグ管理的な面で考えれば、エンディングを迎える為に必要なフラグはあくまで『最終戦闘で勝つこと』であって『ラスボスとなるモンスターを倒すこと』ではないはず……)
『最終戦闘で勝つこと』というフラグを満たせるのであれば倒すのは『ラスボスとなるモンスター』にこだわる必要は無い。
『最終戦闘で出てくるのはラスボスとなるモンスターである』という紐付けがされているだけで、なんなら最終戦闘で出てくるのが仮にウマミニクジルボアであってもこのフラグは成立できてしまうはずだ。
その紐付けが『ミノリがネメを保護した時点で既に崩壊している』という現状を考えれば、この世界の根幹と思しき部分が話の展開を崩壊させない為に代替えとしてドラゴンを割り当てたと考えれば、本来のストーリーの流れとは異なるにしろ、結果的にはこの問題をクリアできる。
見えてはいけないはずのデバッグモードらしき画面が見えているネメみたいな存在がいるような世界だ。この世界の根幹と考えられる『ゲームシステム的な部分』がそれぐらいしていてもなんら不思議ではない。世界の根幹としてはあくまでエンディングを迎えさせるのが目的なのだから。
(だけど『闇の巫女ネメ』があの女の子に闇の祝福を与えるのは、ネメが本来は15歳の時で、それはもう4年も前の事で……あの女の子の酷い扱いを考えるとこの4年間のうちにラスボスとして倒されずとも、命を落としてる可能性も十分あるわけで……。
どうしよう、考えるだけで段々辛くなってきた……。この世界においてあの女の子が幸せになれなかったのはどう考えても私にも一因あるはずだし)
そこまで考えたミノリは、思わず大きなため息をついてしまった。
転生したばかりの頃のミノリがネメとトーイラを保護して娘にした事。
当初の目的は2人が死んでしまうことなく、無事に16歳の誕生日を迎えられるようにすることだったのでその目的は達成できたのだが、そのしわ寄せが広範囲に及んでいる可能性があるという事を今日見た夢によって気づかされてしまったミノリは、あれこれ考えすぎた結果、顔色が悪くなる程の気が滅入ってしまったのだ。
そのミノリの顔色の悪さは、先に起きて朝食の準備をしていた娘たちが心配してしまうほどのものだったのだが、夢見が悪かっただけと伝えたミノリは、その後は平静を装いながらみんなと朝食を食べ、帰り支度を済ませて帰途へと着いたのであった。
(あの女の子がもしもまだ生きているとすれば私は……)
……一人、その事を考えながら。




