90. 13年と2ヶ月目② いざ行け探検隊。
我が家のある森を抜けてミノリたちが歩き出すことおよそ1時間で、南東の森がミノリたちの視界に入ってきた。
「あの森でいいんだよね、ネメ?」
「うん。方角的にもこのまままっすぐ」
「そっかぁ。温泉楽しみだなぁ……えへへ」
念願だったも温泉に今日入れるかもしれない。そう思うだけでミノリの心が自ずと昂ぶり、自然と顔が緩んでしまう。
「あ、そうだ。その前に……」
「……おかあさんどしたの?」
早速森の中へ足を踏み入れようとしたミノリだったが、その前に言っておきたい事があるのを思い出したミノリは3人の方へ向き直した。
「それじゃ早速森の中へ入ろうと思うけど、この森の中にはどんなモンスターがいるかわからないから見かけたら教えてね。食べられるモンスター以外は基本的に無視しちゃおう」
「はーい」
「御意」
ゲーム上では南東の森に該当するダンジョンは存在せず、隠しダンジョンや没ダンジョンがあったという話を聞いたこともなかったので、恐らく普通のフィールドと同じ扱いで通常のモンスターが出てくるだろうとミノリは推測している。
通常のモンスターが出るならば、キャンプに必要な食料については見かけたモンスターを狩って食べればいいという考えでいるのだが、この南東の森は出現するモンスターの種類がミノリたちの住む森周辺とは異なっている可能性が高く、現時点ではどんなモンスターが出てくるのかまだわかっていない。
また、いつもと異なるモンスターが出てくるという事は『ある種類のモンスター』もまた出現する可能性がある。その事もまた懸念しているミノリは、娘たちに一つお願い事をすることにした。
「そしてもう一つみんなにお願いしたい事があってね。
向こうから襲ってきたモンスターについては別に倒しちゃってもいいんだけど、その中でちゃんと知性がありそうな見た目が人間に近い人型……特に私やシャルみたいな女性型モンスターが襲ってきたら、できたら命までは奪わずに見逃してあげてほしいんだ。
自分の意思とは関係なく襲ってきてるだけの可能性もあるから」
ミノリが懸念していたのは、自分やシャルと同じような人間型、それも女性型モンスターが出現する可能性がある事。前世でこのゲームを遊んだミノリの記憶にある限り、自分たち以外にもまだ複数の女性型モンスターが出現する。
この世界を現実としてではなくゲームとしてプレイしていた頃ならばレベルを上げるために普通に倒してはいたが、同じモンスターという立場となり、さらには『モンスターとしての本能』という自分の意思とは無関係に人間を襲ってきているだけの可能性まである事がわかってしまった今では、そんなモンスターたちの命を奪えるかというとミノリには無理だったのだ。
甘い考えだという自覚はミノリにもあったが、こればかりは仕方ない。
「わかったー」
「おおせのままに」
自分のお願いを受け入れてもらえるかミノリは少し不安だったが、トーイラもネメもミノリのお願いをすんなりと承諾してくれた。
2人もまた、ミノリは勿論のことシャルと長年過ごしてきた事によって、その類のモンスターを倒すことに対してすっかり抵抗感が生まれてしまっていたため、ミノリのお願いをすんなりと受け入れる事ができたのだ。
「2人とも、ありがとうね」
ちなみに、ミノリは口にしなかったが、ミノリがそういったモンスターを倒したくない理由はもう一つあり、その理由は何かというと……。
(そういった女性型モンスターを『あれ食べられる?』って聞かれるの……すごいイヤだもんなぁ……)
いくらそれがモンスターといえども姿は人間に近い。それを食べるという考えに対してどうしても『カニバリズム』という単語がちらついてしまい、拒絶反応が出るミノリであった。
******
「おかあさん、あそこに見たことないモンスターがいる」
それから森の中を歩き始めること数分、早速ネメがモンスターを見つけたようで奥の茂みの方へ指さした。
「え、もう見つけたの? どれどれ……」
ミノリがネメの指さした方を見てみると、こちらの方には気がついていないようだがモグラに似た姿のモンスターが確かにいる。
「あれはスジバッタモグラだね。筋張っていておいしくないはずだから襲ってこない限り放置していいよ」
「なるほどあいわかった」
「ママ、それじゃあっちにいるのはー? なんだか複数いるけど」
「え、トーイラも見つけたの?」
ネメに見つけたモンスターの詳細をミノリが教え終えると今度はトーイラが間髪入れずに別の方を指さしながらミノリに尋ねた。ミノリがトーイラの指さした方を見てみると、そちらにも複数のモンスターが群れをなしている姿が見える。
「えっと、右側にいるのはカミキレンゴムバトだね。あれは肉が噛みきれないぐらいに固いはずだから食べるのには向かないかなぁ。
あ、でも真ん中にいるのはノウコウアジワイウシで左側にいるのがシカスウィーティだから、カミキレンバト以外の二匹はおいしく食べられると思うよ」
「ママすっごい! 名前だけで食べられるか食べられないかわかっちゃうの?」
「え? だってそりゃぁ……あっそうか」
その時ミノリは、トーイラの言葉で自分が転生者だからこそわかる『ある特権』に気がついた。それはトーイラやネメたちと話す時に普段使う言葉とは別に日本語や英語としての感覚もあるという事。
この世界に生息するモンスターは動物系や植物系の場合、日本語や英語を組み合わせたような名前になっている。おそらくゲーム制作者がモンスターの名前を考えるのが面倒になってしまい『食用になるか』に重点を置いて名付けをしてしまったと思われる。
ウマミニクジルボアが特にわかりやすいだろう。『ボア』だけは『boar』英語ではあるが、日本語を理解している者ならばその名前を聞いただけで『旨味のある肉汁が出るモンスター』 だとわかり、即座においしい食材になると判断できる。
しかし、そのようにすぐ判断できるのはこの世界に日本から転生してきたミノリだけであり、元々この世界の住人である娘たちやシャルにはその意味が読み取れないのだ。
ちなみにだが、この世界で「ウマミニクジル」とは【怒り狂う真っ赤な目】という意味になるそうだ。
「それじゃノウコウアジワイウシとシカスウィーティ以外は襲ってこない限り無視して、それらを狩ってキャンプの食材にしようか。2人とも、お願いね」
「はーい!」
「御意」
トーイラとネメが元気よく返事し終えるとすぐにモンスターの群れへと駆け出していった。……そしてこの場に残るのはミノリとシャル。
「お姉様! 私もネメお嬢様たちのように何か役立ちたいですが私は何をすればいいですか!?」
自分の役割は何かと期待するような眼差しでミノリを見つめるシャル。
「うーん……シャルは私と一緒に待機ね。使わないとは思うけど万が一ネメたちが攻撃魔法を使っちゃったら巻き込まれる可能性あるから」
「え……あ、はい……」
シャルは本来ならただのザコモンスターであり、ネメたちが攻撃魔法を使ってしまった場合、巻き添えになる可能性がある。ザコモンスターという特性上、シャルには蘇生魔法を掛けることが出来ず、死んでしまったら、生き返ることができずにただ経験値になってしまうだけだ。
そんなシャルを伴侶であるネメがうっかりで殺してしまう可能性があると考えてしまうと、自分の側にいさせて、守った方が無難だとミノリは考えたのだ。
(シャルの事信用していないわけじゃないんだけど……もしお嫁さんであるシャルを自分の手で殺めてしまったらネメにとっては非常に辛い思いをさせちゃう事になるし……)
そんなミノリの心情は理解して頷いてはいたものの、がっくりと肩を落としたシャル。その姿に少し心を痛めてしまったミノリは、フォローするようにシャルを軽く抱きしめながら言葉を続けた。
「もしもシャルのみに何かあったら私が身を挺して守ってあげるからね」
「……!! はい! お姉様! 私のこと、守ってください!」
役立てないこの状況を残念がっていたシャルだったが、ミノリの言葉を聞いて『慕っているミノリに守られるこの状況は逆においしいのでは』という事に気がついた途端、非常にいい笑顔をしながらミノリにピッタリと寄り添った。
周囲を警戒していたためにシャルの顔を見ていないミノリは、シャルがまさかそんないい笑顔になっているとは露にも思わず『自分が死んでしまう可能性があると気づいてそれが怖くて私にくっついているんだろう』と見当違いな事を考えてシャルのさせたいようにさせていたのであった。
このように食用目的のモンスター退治はネメとトーイラが、シャルの護衛はミノリが受け持ちながら、ミノリ一家は少しずつ温泉があると思しき森の奥へと足を踏み入れていくのであった。




