79. 12年と9ヶ月目昼 白い幸せに包まれて。
ネメがシャルを家族として家に住まわせたいとミノリにお願いをした日から1ヶ月が経ち、とうとうシャルを家族として迎え入れる日がやってきた。
森の外までシャルを迎えに行ったネメがそろそろ帰ってくる。ミノリとトーイラが今までネメたちに秘密裏に進めていた花嫁衣装のサプライズもいよいよ本番となり、最後の準備に追われている。
「トーイラ、そっちの準備は終わった?」
「うん、こっちは大丈夫だよー」
「それじゃあ、あとは2人が来るのを待つだけだね」
「うん」
2人が準備を無事終えたちょうどその時、玄関の戸が開いた。ネメがシャルを連れてきたようだ。
「おかあさん、トーイラ、ただいま。シャル連れてきた」
「し、失礼します! ミノリお姉様、トーイラお嬢様!」
以前にこの家に招待した時に大暴走した事をネメにこってりとしぼられたのか、いつもよりも緊張した面持ちで家にあがるシャル。そして居間で待っていたミノリとトーイラに向かって、同じく緊張したような表情のネメが口を開いた。
「……もう話した事だけど、改めておかあさんとトーイラにお願いしたい。シャルを家族として、そして私の結婚相手として家に迎え入れたい。なので……よろしくおねがいします」
「お、お願いします!」
その言葉を言い終えると、ネメとシャルは二人に向かって頭を下げた。当然ながら、ミノリとトーイラの答えは決まっている。
「はい、わかりました。シャル、ネメの事よろしくね」
「シャルさん、わかってると思うけどネメだけでなくママを困らせたら怒るからねー?」
「は、はい!! 褐色耳長臍出し女神様の名に誓って!!」
「そういうところだよシャル!?」
「はーいシャルさん減点5。残り95点ね。0点になったら追い出すから」
「そんな!?」
多少のボケはあったもののこれで一連の挨拶は終わっただろうか。そしてここからはミノリたちのサプライズだ。
「さぁてそれじゃぁ……」
「次は……えへへ」
「「?」」
何かを目配せしたような顔をするミノリとトーイラを、不思議そうに見つめるネメとシャル。
「はーい、ネメはこっちねー」
「え、なにトーイラ。どこへ連れてくの」
トーイラがネメの背中を押しながら脱衣場へと連れていき、それを見送ったミノリは、シャルの腕をとって、寝室へと引っ張っていく。
「シャルはこっちね」
「お、お姉様!?」
*****
「いけませんお姉様……私にはネメお嬢様が……」
「そういうんじゃないから……。まず最初に確認するけど、シャルは今着ている衣装以外も着られる?」
「え? あ、はい。確かに私も以前は着られなかったんですが、ネメお嬢様と結ばれてからは着ることができるようになりました」
「そっか。それなら大丈夫だね。さあシャル、これに着替えて」
ミノリはそう言いながら、隠していた花嫁衣装をシャルにお披露目した。それを見て、目を瞠るシャル。
「え? ……これって、もしかして……」
「そう、シャルの為の花嫁衣装だよ」
その時だった。シャルの目から一筋の雫が頬を伝っていく。
「あ……」
「ちょ……シャル!? なんでもう泣いてるの!?」
それを皮切りに嗚咽混じりに目から大粒の涙があふれ出るシャル。手で拭っても拭っても涙が止まる気配がない。
「なんで、なんでこんなに優しいんですかお姉様……。わた、わたし、見た目は人に近くてもモンスターなんですよ? 言ってしまえば化け物なんですよ? それ、それなのになん、で、こんなに優しくしてくれるんですか……?」
「いやまぁ私もモンスターだよ……今はよくわからなくなってるけど……。それはいいとして……。
シャル、あなたはモンスターである前に、一人の女の子。そして私の……『妹分』でしょ。そして今日からは私の娘であるネメのお嫁さんになる。
あなたも今日から私の家族になるんだから、その幸せを願わないわけが無いでしょ。……シャル、おめでとう。あなたは私のかわいい『妹』だよ。……ちょっと残念なところはあるけれど」
そう言いながら、シャルを優しく抱きしめるミノリ。
「あ…………あっ……」
ミノリに抱きしめられながら背中をぽんぽんと優しく叩かれたシャルは、涙を拭い、同じようにミノリを抱きしめた。
「わたし、お姉様に会えて本当に良かったです……。ありがとうございます、お姉様……。あなたに出会えたおかげで、私はネメお嬢様に巡り会えました。今までで一番嬉しい日になりました」
「きっかけは私だったかもしれないけれど、シャルがネメと結ばれたのは、シャルが頑張ったからだよ。だから、……誇っていいと思うんだ」
「はい……はい……!」
*****
一方その頃、ネメとトーイラはというと……。
「これ、ネメの為に作った花嫁衣装だよ。……着てくれるかな?」
トーイラは今までこっそりと作っていた花嫁衣装をネメに見せた。ネメはそんなものをトーイラが作っているとは夢にも思ってもいなかったようで驚きの声を上げた。
「!? すごい……。でも、どうして……?」
「だって、ネメは私にとって、たった一人のかけがえのない姉妹だよ? お祝いしたくなるのは当然だもの」
2人の間でどちらが姉で妹は決着していないため、無難に「姉妹」という言葉に留めるトーイラ。
「ネメがシャルさんと結婚しても、私とネメが姉妹なのは変わらないから……、これからも私の大切な姉妹だよ。……だから、幸せにならないと許さないからね」
そのトーイラの言葉に感極まったのだろうか、ネメは目尻に涙をためながらトーイラへお礼を述べた。
「うん、ありがとトーイラ。私の大切な……おねえちゃん」
「え……?」
その日、2人の中でずっと決着していなかった姉妹問題についに幕が下ろされたようだ。
*****
「あ、シャルさん出てきたよ」
「ごめんね2人とも。時間かかっちゃって」
ミノリがシャルに花嫁衣装を着せて出てくると、先に花嫁衣装を着終えていたネメたちが待っていた。シャルの着替えに時間がかかったのは理由があった。
「……シャルって、着痩せするタイプだったんだね……。まだきつかったらごめんね……」
「いえ、そんな事は……作ってくれたこと自体が嬉しいですし……」
シャルの普段の衣装が、わりとぶかぶかだった為にミノリは気づいていなかったが、シャルの体つきは意外と豊満だった。その為先程まで大慌てでサイズの調整をしていたのだ。サプライズ故の痛恨のミスである。
それは兎も角、花嫁衣装に身を包んで対面したネメとシャル。お互いがお互いの姿に見とれているのか頬を赤く染めている。
「シャルの花嫁衣装、綺麗」
「あ、ありがとうございます……、ネメお嬢様も綺麗ですよ」
「…………」
「…………」
見つめあったまま、黙っている二人。緊張しているのが二人を見守っているミノリとトーイラにも伝わってくる。
「えっと、シャル。……いい?」
「はい……」
ついに決意したのか、ネメがそう尋ねると、シャルが返事をして目を閉じた。やはりネメの方がシャルをリードする立場のようだ。ミノリとトーイラも2人のこの先の行動を見守っている。
シャルのベールを持ち上げたネメは、自身の唇をシャルの唇に近づけ、そして……、お互いの唇を触れ合わせた。誓いの口づけだ。
「おめでとうネメ、シャル!」
「二人とも、幸せになってね!」
その瞬間、拍手をしながらネメとシャルに対してお祝いの言葉を投げかけるミノリとトーイラ。
その一方、誓いの口づけを交わして、ふうふとなったという事実に照れてしまうネメとシャル。そんな状況に混乱してしまったのか、目の中に渦巻きを作ったネメが明らかにこの神聖な場にふさわしくない事を口走った。
「どうしようおかあさん、トーイラ。私、今無性にシャルをこの場でめちゃくちゃにしたい。すごくいい声で鳴かせたい」
「「それは今じゃなくて2人きりの時にしてね!?」」
ミノリとトーイラのツッコミが綺麗にユニゾンした。
*****
「おかあさん、トーイラ。今日はありがとう。とても幸せな一日になった」
「私からも……、ありがとうございますお姉様、トーイラお嬢様。私も同じ気持ちです……」
若干の混乱はあったものの、2人へのサプライズだった4人だけの結婚式を無事終えられ、再度ミノリとトーイラにお礼を言うネメとシャル。
「というわけで、無事シャルを嫁として迎えたから、次はおかあさんに孫を見せるのが目標。私とシャルは女同士だから、養子になるけど、私たちみたいに捨てられた子がいたら、手を差し伸べて養子として迎え入れたい」
そう意気込むネメに対して、横にいたシャルがこっそりとミノリに耳打ちをした。
「お姉様……、実は女性型モンスターは人間と違って、同性同士でも結ばれた相手となら……その……色々してると妊娠する事があって…………。……えっと……がんばります」
「え!? あ!? ……いやまぁ、無理はしないで……ね?」
予想外だったシャルの言葉に動揺したミノリは、無難な言葉を返すしかできなかった。そして、そのシャルの小声をトーイラも聞き逃さなかったようだ。
「シャルさんがそうだという事は……つまり……ママもその可能性が……?」
先程までの穏やかな表情から一変して、まるで何かを期待するかのような目でミノリを見るトーイラ。
ミノリは、そんなトーイラに対して、ミノリはトーイラの顔を見ないようにひたすら正面にいるネメを見る事しかできなかった。そんなネメはあらかじめ準備していたのだろうか、戸棚の奥から包装された何かを取り出した。
「そしてこれは私からシャルへ贈り物」
ネメが包みを開けて中から取り出したのはチョーカー……。いや、違う。あれはどう見ても首輪だ。ネメは早速シャルに首輪をつけ始める。
「シャルに似合うと思う」
花嫁衣装に首輪というかなりマニアックな状態に満足げなネメ。ネメは昔からシャルの事を大きなペットという認識でいたようだったが、友人、恋人、そして結婚してふうふとなった今でもその認識は不変だったようだ。
しかし……それはどうなんだろう……。
「わぁ、ありがとうございます! ネメお嬢様!」
そしてそれを喜ぶシャル。……2人の間ではすっかりそういう関係で固定されているようだ。
そんな娘とその嫁……相性は抜群そうだけどそれはそれでどうなんだろうと、少し頭が痛くなってしまったミノリと、その横で苦笑いを浮かべるトーイラなのであった。




