75. 12年と7ヶ月目 キテタイハ再訪。
「それじゃあ、シャルをこの家に迎えるのは再来月でいいんだね、ネメ」
「うん、それでお願い。私、それまでに新しく造った部屋、完成させる」
ミノリと話し合って、シャルを再来月に家へ迎えることに決めたネメは、ただいま急ピッチで家づくりを行っていて余裕がないのか、ミノリにそう伝えると、すぐさま作業に戻っていった。
「さてと、私は狩りに行ってこようかなぁ。そろそろ食材無くなりそうだし」
「あ、待ってママ」
狩りに行くために玄関に行こうとするミノリを、トーイラが呼び止めた。
「どうしたのトーイラ?」
「ネメとシャルさんって…………言ってしまえば結婚という事でいいんだよね?」
「まあそうなるかな。私もその認識だよ」
「それじゃあ私、ネメのために花嫁衣装作りたいな……」
ミノリのお手伝いをしたいからと裁縫を始めていたトーイラ。ミノリと比べるとまだまだ腕前は劣るが、姉妹であるネメのために花嫁衣裳を作り、心からお祝いしたかったようだ。
ちなみに、ネメには裁縫のセンスがあまり無く前衛芸術を作り始めてしまう。
「確かにネメが花嫁衣装を着る姿、すごく見てみたい。でもそれだったらシャルにも着せてあげたいな。
昔の私みたいに、違う服を着ようとすると拒絶反応が出て着られないかもしれない可能性あるけれど……」
「それなら、2人の為に花嫁衣装を作ろうよママ」
「うーん、そうしたいけど……」
しかし、花嫁衣装を作るにあたり、いくつか問題がある事をミノリは思いだした。。
「ただ、花嫁衣装に使うような純白の生地が無いんだよね……。あと装飾品の類も。買いに行かないといけないだけど、この辺りってキテタイハの町しかないから……」
「あ、そっか……。2人には内緒にしておきたいからシャルさんに買いに行ってもらうのはダメだし、別の町は遠いし……。となるとキテタイハの町に買いに行くしかない……、うーん……」
暗い過去については既に清算されたものの、キテタイハの町自体には未だに苦手意識を持っているトーイラ。行きたくないのも頷ける。
しかしこの周辺には町はキテタイハしかなく、違う町まで行くとなると徒歩では片道だけで数日かかり、それでは流石にネメにもばれてしまう。
自分が我慢をしてネメたちの花嫁衣装をとるか、諦めるか。そんな究極の選択を迫られたような顔をしているトーイラ。
(このままだとトーイラはずっと悩み続けそう。なら私が助け船を出した方がいいかな。……私も以前に駆除されそうになったから苦手意識あるけど、多分もう大丈夫だろうし……)
先に考えがまとまったミノリは、未だ悩んでいるトーイラに一つ提案をしてみることに。
「それなら私も一緒にキテタイハの町に行くよ。もう人間に狙われることは無いだろうし、私と一緒なら不安が軽減されるよね?」
「あ、うん……。ありがとう、ママ」
そう返事をするトーイラであったが、実はトーイラにはもう一つ、ミノリがすっかり忘れてしまっていた『ある懸念』があったが、それについてはミノリに伝えないことにした。
(……キテタイハの町には私とネメの生みの親がいるかもしれない。……だけど、私とネメにとってはママだけでいい……。うん……ママだけ……)
*****
そうと決まれば早速、仕上げ作業に追われているネメに聞こえるように、ミノリは大声で呼びかけた。
「ネメー、私とトーイラで狩りに行ってくるから留守番よろしくねー」
「あいわかった」
どこからかネメの返事が聞こえたので大丈夫だろう。というわけでミノリとトーイラは、まずはキテタイハの町で生地や装飾品を買い求め、その帰りに狩りをすることに決めた。
ちなみに今更であるが、ミノリ一家の収入源はモンスターを狩った時、つまりは倒した時に落とすお金。ウマミニクジルボアやムスヤクニルドリなどの一体どこにお金を持つ必要性があるのかは謎だが、ゲーム上でも持っているのだから、どこかに隠し持っているのだろう。
そしてその収入は、武器や防具を次々に買うのであれば、湯水のごとく消えていくが、幸いにもミノリ一家はシャルに宅配をしてもらう為の費用とお礼の代金に使うのみでそこまでお金がかからない。その為、突然の出費にもすぐに対応できるほどの資金がある。
それはさておき、ミノリとトーイラが森を抜けて、街道を暫く歩いていると、町が見えてきた。基本的に森の中か町とは反対側の狩り場にしか行かず、かつてミノリが襲われたきっかけとなった街道沿いの狩り場からも町は見えなかったので2人にとっては実に12年ぶりのキテタイハの町だ。
「……あはは、大丈夫とは思いつつも、やっぱり緊張するね……」
「うん……」
モンスター扱いされなくなった身とはいえ、一度はミノリを駆除するようにお触れを出した町。そして、双子を忌み子として奴隷のように扱い、6歳になると同時に追放した町。それがキテタイハの町。
2人だけでなく、ネメにとっても最悪な印象しか無いこの町の門前までやってきた2人はすくみそうになる足をなんとか動かしながら、意を決して門番にミノリは話しかけた。
「こんにちは、入りますね」
「おう…………!? め、女神様!?」
「「……は?」」
この門番は何を言っているのだろうと、目が点になるミノリとトーイラ。
「大変だ町の衆!! 女神様が降臨されたぞー!!!!双子神の光神を率いての顕現だぞー!!!」
ミノリとトーイラの顔を見るなり、畏れたような顔をした門番が、大慌てで町の中へと駆け出していった。
「トーイラ……ど、どういう事……?」
「わ、わかんない……」
事態が全く飲み込めないミノリとトーイラ。
「入ってもいいんだよ……ね?」
「多分……」
あまりにも予想外なことに動揺する2人だったが、このまま門前に立ち尽くしていても仕方ないと町の中へと入った直後、ミノリは口をあんぐりとさせてしまった。
「…………」
「……ママの彫像……。私とネメの彫像もある……」
入り口にミノリを模したと思われる彫像がいきなり姿を現したのだ。そしてその横にはネメとトーイラを模したと思われる双子の彫像も。
「どうしよう、全く理解が追いつかない……」
「私も……」
ただただ混乱するしかないミノリとトーイラ。するとそこへ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「褐色耳長臍出し女神様! 降臨なされたのですな褐色耳長臍出し女神様!」
かつて祠を作り、ミノリを女神として崇めていた老婆が再び現れた。
まだ存命だったようだ。
「えーっと……何これ?」
「何をおっしゃいますか女神様!我らが褐色耳長臍出し女神教の女神様あなた自身ですぞ! 」
やっぱりあの彫像はミノリ自身だったらしい。思った通りの答えが返ってきて、顔が引きつるミノリ。しかし、前回とは異なりトーイラとネメの彫像まであるのはどういう事だろうと思っていると、老婆が話をつづけた。
「『褐色耳長臍出し女神と双子神の光神と闇神は我らを魔の者から我らを守りし存在。
双子神を率いる女神は双子を愛し、これを粗末に扱う者は、褐色耳長臍出し女神様の逆鱗に触れ、裁きの雷に遭うであろう』 これこそが我ら褐色耳長臍出し女神教の信条じゃ!
あの4年前の裁きの雷以来、この町で生まれた双子は神の使いとして丁重に扱う事になっている! 新町長に就任したわしが決めたのじゃ!」
老婆が口にした裁きの雷とは、ミノリが襲われた時に、一時的に闇の巫女となったネメが、襲ってきた人間に対して怒り狂いながら放った攻撃魔法の事だろう。
というかこの老婆、なんと町長になっていた。大丈夫なのかこの町……。
「開宗した当時こそ、わししか信者はおらんかったが、今ではなんとこの町の9割が既に『褐色耳長臍出し女神教』の信者なのじゃ!
そして、それでもなお女神様を駆除しようなどとした愚か者の前町長一派なんぞこの新町長であるわしの手によって今頃は……げふんげふん」
「ひぃっ!!? 怖いよ! 気になるよ!!」
ミノリを神として奉っていたあの新興宗教がすっかりキテタイハの町では国教ならぬ町教となり、さらにおかしな方向へと進んでしまっているようだ。
何か恐ろしいことをしでかし始めているこの老婆こと新町長に対して思わず恐怖心を抱いてしまうミノリ。
「どうしようトーイラ……なんだか私、以前よりも強烈に崇められてるよ……?」
「私たちまで……ごめんなさいママ。前のママの気持ち、今ようやくわかった……」
以前は、困惑するミノリに対して、その話に悪乗りしていたトーイラだったが、今回はネメとトーイラも信仰の対象だ。自分が当事者となってようやくこの恐ろしさに気がついたようだ。
「さあ皆のもの、女神様に向かって祈りを捧げるのじゃ!!! へーそ! 褐色!」
「「「へーそ! 褐色! へーそ! 褐色! へーそ! 褐色!」」」
現町長である老婆の一声を合図に、住民による臍と褐色の大唱和。なんだこの状況。
「やめてぇー!!! 今の自分の格好がすっごい恥ずかしいものに思えてきちゃうからー!!!!」
顔だけで泣く耳まで真っ赤にしたミノリは思わずその場に蹲り、顔を手で覆い隠しながら叫んでしまったが、この大合唱の前にはその声も霞んでしまう。
そんなミノリの周りは、アンコールの声が轟き続けるライブ会場のような熱気に包まれていたという。
*****
その後、なんとか信者の群れから逃げおおせたミノリたちは、純白の生地や装飾品を買い求めたると、すぐさま町を後にしていた。
「ママ……なんだか別の意味であの町怖くなった……」
「わ、私も……」
ぐったりとした顔で家に向かって歩き始めるミノリとトーイラ。非常に疲れ切った顔をしているが、その顔には、町へ入ろうとした時の不安感や恐怖心が見えていた表情はすっかり無く消えていた。
ただし、またキテタイハの町に来たいかとなるとそれは別の話。あの恐ろしいまでの熱気を全身に浴びた2人は……。
「もうしばらくは……あそこ……行かなくて……いいよね……」
「そうだねママ……。すっごく疲れちゃったよ私も……」
帰りに狩りをすることも忘れ、真っ白になりながらそのまま帰途についたのであった。
ちなみに、トーイラが一人懸念していた2人の生みの親についてだが、既にキテタイハの町には住んでいないようだった。
トーイラの耳にたまたま入った信者たちの言葉から推測するに、元々、双子でなくても子供を産んだら、教会や孤児院に捨てていく算段だったようで、その言葉通り2人を捨てた後、どこかへ高飛びしたらしい。
もしもほんの少しでも自分たちに愛情を持っていたら……、と少しだけ心が揺らぎそうになっていたトーイラだったが、最初からそんな愛情をひとかけらも持っていなかった事に対して逆に安堵してしまったようだ。
(やっぱり、私たちが親と呼びたいのは、ママだけだなぁ……)
トーイラの心の中にあった一つの問題が、ここで漸く蹴りをつけられたようだ。




