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66. 11年と5ヶ月目 幸せのドア。【シャル視点】

「よーし! 今日も無事に到着!」


 今日はミノリお姉様の元へ宅配を届ける日。私はこの日を毎回待ちわびていて今日も約束の2時間以上前にやってきてしまった。


「それにしても私がお姉様たちに出会ってからもう10年も経つんですね……」


 たまたま空をお散歩していたときに見かけた弓を持つ女性型モンスター。自分と同じ立場である存在を久しぶりに見かけ、なんとなくおしゃべりでも、という軽い気持ちで降りたった事で、こんな長い付き合いになるとは当時の私は夢にも思わなかった。


「それに、最近ではすっかりネメお嬢様とも親しくなって……えへへ……」


 私がネメお嬢様を意識し始めたのは、人間に襲われた日の事。


 あの日、私はこの大陸の西端にあるラコカノンヤという町でいつものようにお姉様に宅配する品を買ってから、ミノリお姉様の元へ向かおうとしていた。しかし町の中にいた時点で私がモンスターだとばれていたらしく、後をつけられた私は町を出た直後、人間たちに襲われたのだ。


 その人間たちは私を生け捕りにして町の中にある闘技場へ、人間と戦わせる見世物として売り払おうとしていたようだった。


 ……冗談じゃない。闘技場は人間からすればただの娯楽の一角かもしれないけれど私たちモンスターからしてみれば逃げることのできない墓場同然の場所だ。


 捕まってしまえば私はもうお姉様たちに永遠に会う事が出来なくなる。だから私は必死に抵抗した。


 幸いにも私の方が強かったのでなんとか返り討ちにはしたものの、もしもあの時、人間が唱えていた魔封じの魔法が効いていたら……きっと私は捕らえられ、闘技場で死ぬまで人間と戦わされ……もうこの世にはいなかったと思う。


 そんなボロボロの状態でもお姉様へ宅配する事が最優先事項だった私は、遅くなりつつもなんとかお姉様の元へと向かうと、先に着いていたお姉様とネメお嬢様が私の姿を見て顔を青ざめさせて、私のことを心配してくれた。


 正直なところ、こんな私を心配してくれただけでも私は十分嬉しかったのだけれど、ネメお嬢様が、なんと私のために回復魔法まで使ってくれたのだ。普通人間からモンスターへ回復魔法を使うことはあり得ないはずなのに。それも、あんなに嫌っていた私のために……。


 その時、私は、ミノリお姉様を慕う感情とは異なる感情をネメお嬢様に抱くようになっていた。それがなんなのかわからず、しばらく考えてようやく腑に落ちた。


 私は、ネメお嬢様に恋をしたんだと。


 その後勇気を振り絞って告白したもののあっさりとフラれた私。

 でも、私だって気がついていた。あの時、ネメお嬢様が『から』って言ってくれた事、つまりまだ可能性はあるという事に……。でもそれに反応するのが急に恥ずかしくなってしまって、つい自虐気味にペットという言葉に私は食いついたのだ。


 ちなみに私は、嬉しすぎたり興奮しすぎたりすると、すぐ暴走してしまう癖があって、これによって私はミノリお姉様の家の一角に住まわせてもらえるチャンスを棒に振ったと後でネメお嬢様が不機嫌そうに教えてくれた。

 あの時ほどこの性分を悔やんだことは無いのだけれど、この性分ばかりはもう自分では直せそうにもない。


 それは兎も角……それ以来、私とネメお嬢様は友達以上恋人未満の関係を築いている。私としてはそれだけでも十分幸せだったり……。


 などと、過去の出来事を振り返りながら妄想していると、約束の時間よりも1時間以上早く聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「シャル、おは」


 今日宅配を取りに来たのはネメお嬢様一人だったようで、私とおしゃべりする為に早く来てくれたようだ。


「あ、こんにちはネメおじょ……」



 その時だった。恐れていたものがとうとう胸の奥から噴き出したのだ。

 それは、今まで必死に耐え続けてきた『人間と遭遇したときに攻撃を仕掛けてしまうモンスターとしての本能』。


 私のように人間と交流を持ってしまったモンスターにとってはこれが本当に死活問題で、最初は少し我慢をすればすぐに収まるのだが、次第に本能の強さが増していき、これを抑えるまでの時間も増していく。


 そして、最終的には完全に意識が飲み込まれて自我を保てなくなり、自分が死ぬか相手が死ぬかの状態になるまで、ひたすら攻撃し続けるという『自分の意志を持たない存在』になってしまう。

 今までずっと耐えてきたものがここで急に……。


「どしたのシャル?」


 ネメお嬢様が不思議そうな顔をしながら私に近づいてくる。ダメ……これ以上ネメお嬢様が近づいたら私は……私は……!



「あ! こ、こないでくださいネメお嬢様! 今、私、ネメお嬢様に近づかれると、本能で攻撃し、して、しまい、やだ……やだぁぁあ!」



 必死の抵抗むなしく、悲鳴を最後に、私は体も意識も何かに乗っ取られたかのように詠唱を始め、ネメお嬢様に攻撃魔法を放っていた。

 ……終わった。折角ここまでがんばってきたのに……。


 ネメお嬢様は私の攻撃魔法をまるで羽虫でも払うかのようにあっさりとはねのけると、今度は私に向かって魔封じの魔法を唱えた。

 そしてあっさりと効いてしまう魔法使いタイプなのに魔法耐性の無い私。

 私は魔法以外からっきしなので、その時点で攻撃手段が無いようなものなのだけれど、それでも私の体はまだ自分の意志で動かせず、ネメお嬢様に敵意を向け続けたまま。


 そして今度は物理攻撃をしかけようと、ほうきを握りしめながらネメお嬢様に向かい始めていた。


 ネメお嬢様もそれに呼応するかのように私の方へと近づいてくる。ネメお嬢様は基本的に無表情なので即座には気持ちが読めない。


 でもなんとなく私は、きっとネメお嬢様は私を殺すのだろうと感じてしまった。一度ならず二度も攻撃をしかけた私を今度こそ。それがモンスターとしての役目だ。それが運命だから……。


 ところが、私の攻撃もひらりとかわしたネメお嬢様は私を殺そうとはしなかった。それどころか……。


「大丈夫、大丈夫。攻撃したのはシャルの意思じゃ無いのわかってる。だって、怖い顔してるのに、そんなに苦しそうに涙を流してる。必死になって抵抗した証。よくがんばった」


 そう言いながらネメお嬢様は私を抱きしめ、背中をポンポンと叩いてくれた。それは、本能によって暴れようとしている私を、ただ抑えようとしているだけだったのかもしれない。

 でも、その体はとても温かくて、私は優しい気持ちに包まれている感覚に陥った。




 そのままネメお嬢様に抱きしめられ続けていると不思議と本能が収まり、私は自分の意思でなんとか動けるようになっていた。でもネメお嬢様は私を離そうとはしない。


「……おかあさんと違って、シャルは無いか」


 どういう意味だろうか……。私にはわからないけど、きっとお姉様がモンスターとはいえなくなった状態になっている事と関係あるのかもしれない。


 そんな風に考えていると、ネメお嬢様が真剣な声の調子で私に尋ねてきた。


「シャルのその本能、抑えたり出なくしたりするには何か方法ある?」

「えっと……噂話でしか聞いたことが無いですが……女性型モンスターは恋した人間と結ばれると本能が出なくなるって……」


 それは昔、誰かから聞いた話。ただの与太話のたぐいだろうと私は思っていたが、ネメお嬢様は私の言葉を真剣に聞いてくれているようだった。


……そして、私がいつかは聞きたい、でも叶わないだろうとすっかり諦めていた言葉をネメお嬢様が口にしてくれた。


「出会ったばかりの頃だったら、襲ってきたシャルを躊躇ためらいなく殺してたと思うけど……今ではそんな事はしたくなくなっていた。……私の中で、すっかりシャルの事が大切な存在になっていたみたい。

 私、シャルが苦しんでいるのを見たくないし、シャルを失いたくもない。だから…………恋人として、シャルのそばにいる。……シャルの事、守りたい」


 そういったネメお嬢様は、すごく照れていたけれど決心したようにまっすぐな瞳で私を見つめていた。


「ほ、本当ですか……ネメ……お嬢様」

「私に二言は無い」

「嬉しい……、嬉しいです……」


 私は嬉しさのあまり泣いていた。だって私はモンスターで、人と結ばれる事がまず無いような存在だ。さらにネメお嬢様とは同性で、余計に難易度の高い恋だったのにそれが叶ったのだ。


 そして私は気持ちが高揚して、つい……、ネメお嬢様の頬にキスをしてしまった。ネメお嬢様は驚いた顔をしたけれど、すぐにやわらかい表情になって一言……。


「シャルは私を求めてるの?」

「恥ずかしいけれど……はい……。だって、ずっとネメお嬢様に、恋をしていましたから」


 私がネメお嬢様に恋をしてから既に6年近く。報われる事はないだろうと思っていた恋が今まさに、実を結んだわけで、そんな衝動を抑えきれないのも私には仕方のない事だった。


「そっか。それじゃ……」

「!?」


 すると何を思ったか、私をお姫様抱っこするネメお嬢様。


「え、え? ネメお嬢様……?」


 顔を赤くしながら動揺している私を担いだまま、ネメお嬢様が向かったのは森の中の茂み。そして地面に私を座らせると、私はネメお嬢様に再び抱きしめられた。

 そんな予想外の行動に一人混乱し続ける私を見つめながら、ネメお嬢様は……。


「シャルが私を求めるなら、私もシャルを求める」

「そ、それってどういう……んんっ」


 私が言い終わる前に私の唇は柔らかいもので塞がれた。それは……ネメお嬢様の唇で……。そしてそのまま、私はネメお嬢様とともに、地面へと倒れ込んでしまった。





 …………その後の事は、言葉で表す事すら惜しいほどの、あまりにも幸せな時間。


 私は心が満たされすぎた為にしばらくの間、乱れた衣服もそのままに、動くことができなかった。一方のネメお嬢様は、若干汗ばんでいたけれど既に呼吸は整っていて私の頭を膝枕してくれている。


「ネメお嬢様……。私……幸せです。……愛してます」


 私が息を整えられないまま発したその言葉に応じるかのように、ネメお嬢様は優しく頭を撫でてくれるのであった。





 それ以来、私の中の『モンスターとしての本能』が出てくる事は無くなった。


『女性型モンスターは、恋をした相手と結ばれると、モンスターとしての本能が出なくなる。』

 あの噂は本当だったらしく、恋する力は本能よりも遥かに強くて……私はこの日、ネメお嬢様と共に歩める幸せのドアに手をかける事が出来た気がした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんとこの話尊すぎて何度も読み返してます! 素晴らしい百合に感謝です。
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