52. 8年目夜 それぞれしか知りえない悩み。
本日2更新目になります。前回分未読の方は一つ前に戻ってからお読みください。
その夜、今日はとても疲れたから……、とミノリは1人先に就寝していた。
トーイラは1人、明かりの消えた窓から外を眺めながら考え事をしている。
「……あれ、どういう事だったのかな……」
トーイラの視界に常にある透明な板【ゲームウインドウ】。普段なら敵一覧に名前が表示されるのは、ミノリだけなのだが……。
「ネメが怒った瞬間からママを助け終えるまでの間、ママだけじゃなくネメの名前までそっちに移ったんだよね……」
今はいつも通り敵一覧に名前があるのはミノリだけなのだが、あの間だけネメの名前までもが敵一覧の方に移っていたのだ。
トーイラが今日突然驚いた顔をしたり、考え事をしたりしていたのはそれが理由だった。
そしてもう一つ。初めて3人で野菜を収穫した時に軽い怪我をしたミノリに向かって回復魔法を掛けようとした事があったトーイラ。しかし、その魔法は不発に終わった。
その事実から敵一覧に名前がある者は回復魔法の恩恵は受けられず、攻撃魔法の対象にしかならないと考えていたのだが……。
「確か前にシャルさんが怪我した時にも回復魔法かけたらしいけど……どうしてネメはシャルさんやママに回復魔法かけられるんだろう……。
本当はネメに直接聞きたいんだけど……すごく聞きづらい……。だって、それってつまり……ネメが一時的にモンスター化したって事じゃない……」
モンスター化した人間。それは盗賊や追い剥ぎといったならず者や、魔法を極めようとしたあまりに魔の魅力に堕ちて正気を保てなくなった魔法使いといった者たちで、一般的なゲームで言えば敵として出てくるモンスター扱いの人間の事だ。
「そうとしか考えられないけど、でも信じられないし何かの間違いだと思う……。だって、この家でママと暮らせてあんなに幸せそうにしてるもの。モンスター化する要素がなさすぎる……」
ひたすら考えるものの、どうしてそうなったのか結局わからず、トーイラは1人悩み続けるのであった。
*****
一方のネメも1人、家から出て、近くの川沿いで考え事をしていた。
「……やっぱり、人間に向かって魔法で攻撃できた」
普段ならば、不思議な制約でもあるかのように攻撃魔法はモンスターに、回復魔法は人間に、と対象が勝手に決まっていて自分の意志で変えることができなかった。
ちなみにネメが人間に対して攻撃魔法を放とうとしたのは今回が初めてではなく、キテタイハの町で奴隷のように働かされていた頃、周りからの暴力に耐えかねて、つい攻撃魔法を放った事がある。だが、その魔法は不発に終わり、結果さらに暴力を振るわれることになった。
しかし今日は違った。ミノリに保護された時からネメの視界にも見えるようになっていた透明な板【ゲームウインドウ】に、数年前から不思議な板が新たに見えるようになっていたのだ。
その板はトーイラには見えておらず、ネメだけにしか見えていない事も以前に確認した。
その不思議な板は数字と見たことのない文字や記号が大量に羅列されているだけで、ぱっと見では意味が全くわからない。さらに数字も9と0の間に見たことのない文字が6つ入っていて、そうなっている理由も勿論さっぱりだった。しかし、ネメは何故かそこに書かれた数字や文字をいじる事ができた。
いじっても何も変わらないものもあったが、中には今まではできなかったことが何故かできるようになっていたり、手に入れた覚えのない道具や習得した覚えのない魔法が使えるようになっていたりという便利なものから、逆に先程までいっぱいあったはずの魔力がいきなり枯渇したり、毒をくらったわけじゃないのに毒状態になっていたりと不便なものまで効果がバラバラだった。
その効果の一つを今回ネメはミノリを救うためにいじって切り替えたのだ。それは『魔法の対象が普段とは逆に、攻撃魔法は人間へ、回復魔法はモンスターへと変えることができる』もので、以前、シャルが襲われて怪我をした時に試したものだ。それによって効果を把握できていたため、今回ミノリを救う事ができた。しかし、この切り替えには別の問題があり、それは……。
「でも、これ切り替えると、今まで見えていたはずの透明な板が全部消えて見えなくなっちゃう。不思議な板だけは残ったままだからいじった数字や文字を元に戻せば、また見えるようになるんだけど……。
これでもし不思議な板まで消えちゃったら……なんだかもう戻れない気がするからなるべくならもう使いたくない」
ネメも薄々と『魔法の対象が普段とは逆に、攻撃魔法は人間へ、回復魔法はモンスターへと変えることができる』というものが、別の効果が起きた上で発生した副次的なものと感じていた。
それはまるで本来触れてはいけない、この世界の深淵に干渉する行為であるかのようにも思えたが……。
「でも結果として、おかあさん助けられたからオケ。……だけど気になる……。この『でばっぐもーど』って書かれた板……」
……お互いの悩みが解決しないまま夜は更けていく。
*****
流石にこれ以上遅くなったら明日起きられなくなるからと、ネメが家に戻って寝室に向かおうとすると、丁度トーイラも窓を閉めて寝室に向かおうとしている所に鉢合わせた。
トーイラは、ネメの顔を見ると先ほど悩んでいた事とは別の『ある事』を密談したくなったようで小声でネメに話し始めた。それは昼間、おびえた様子で泣きながら2人を抱きしめたミノリについてだ。
「ねえネメ……」
「ん、どしたのトーイラ」
「どうしよう……あんなに震えながら私たちに泣きついたママ……、思い出したらもっと見たくなっちゃって……!」
「わぉトーイラも。私もさっきのおびえたおかあさんには、つい、その、……首輪とかいいなって……」
……何やら2人がイケないものに目覚めてしまったらしい事を、ミノリはまだ知らない。
ちなみに、その後、キテタイハの町へ逃げ帰ったであろう男たちから、あの森にいる人型モンスターには関わらない方がいい、危険な人間の双子が取り巻きとしてついている、触らぬ神にたたり無し、とでも言われたのだろうか。
『双子』という存在を恐れるキテタイハの町からこれ以降、ミノリたちを駆除しようという動きは一切無くなった。
明日からは再び1日1回12:00の更新になります。




