43. 5年と9ヶ月目 襲われたシャル。
「あれ……今日はまだシャル来ていない?」
いつものようにシャルから宅配を受取に来たミノリだったが、普段なら先に来ているはずのシャルが今日はまだ来ていないようだった。ミノリに同伴していたネメも初めての状況に困惑したような顔をしている。
「ご、ごめんなさいお姉様!遅くなりました!!」
しかし、少し遅れてきただけのようだ。ミノリがシャルの声がする方を向くと……言葉を失った。
「ど……どうしたのシャル……、ボロボロじゃない」
シャルの服はあちこち破れており、さらに怪我までしたらしく血が流れた跡まで見える。
「えへへ……油断しちゃいました。人間に襲われちゃいました。なんとか返り討ちにしましたけど魔封じを唱えられたときは焦りましたよ。幸い効かなかったから良かったですが」
まるで、よくある事のように振る舞うシャル。しかしミノリは気が気でない。
「待ってよ。そんな大怪我でさらに魔封じまで効いてたらシャル致命的じゃない! なんでそんなに平然としてるの……?」
ミノリのその言葉を聞いた途端、シャルはおちゃらけていた表情をやめ、真面目な顔をしてミノリに話し始めた。
「……仕方ないんですよ。これがモンスターとしての宿命なんですから。見た目は人間に近くても、結局人間からしてみたら……化け物なんですよ私たちは。……本当は死にたくないですけどね」
以前、シャルに言われた言葉がミノリの脳裏に蘇ってくる。
――モンスターって大抵……天寿を全うする前に人間に殺されますから。
たまたまネメとトーイラ以外の人間と関わらないよう生活サイクルができている為に、どこか遠い国の出来事のように思ってしまっていたのだが、こうしてシャルが襲われたという現実がある事は『私たち』とシャルが言ったように、それは当然ミノリにも起きうる事でネメとトーイラが16歳を迎えるよりも先に2人を遺したまま人間に殺される可能性は十分にあるのだ。
そして今目の前にいるシャル。彼女はミノリに宅配を届けるために町へ買い物に行くなどしているため、ミノリよりも遥かに殺されてしまうリスクが高い。今更になってミノリはその事に気がついたのだ。
シャルとは既に6年近くのつきあいになる。そんな見知った顔が突然誰かに殺されてしまうのは……ミノリには耐えられなかった。
「ねぇシャル……私、すっかりあなたに甘えていたのかもしれない。なんだかんだ長くお世話になっていたけど宅配は今日でおしまいに……」
「それだけは絶対に嫌ですぅ!!!!」
ミノリが宅配の終了を言いかけたところで、クワッと表情を変えてシャルは話を遮った。
「それやったらもう宅配をするという名目でお姉様に会うことができなくなるじゃないですか!! 私前に言いましたよねお姉様をお慕いしているって! それだけはご勘弁くださいお姉様!! それをされるぐらいなら今お姉様に殺されたいです! さあ殺して私を!!!」
「だから重いよ!?」
宅配を終了すること、それはシャルにとってはミノリとの接点が無くなってしまう事になり、好意を寄せている相手に拒絶されてしまう事とほぼ同義だった。そうなることを恐れたシャルは、それができないならいっそ殺してくれとミノリに宣った。
「静かにしてピンク」
シャルの暴走に歯止めがかからなくなりそうになっていたその時、ネメが話に割って入った。
「は、はい」
珍しく通った声を出したネメは今まで見たこともないぐらい真剣な表情もしており、思わずシャルはネメの言う通り声を押し殺した。
「いくらピンクでも、痛々しいのはダメ。回復魔法できるか試すからこっちこっち」
おいでおいでと手を動かすネメに従い、不安そうにしながらもネメの傍へと近づくシャル。それを確認したネメは目を閉じ、何かをつぶやき始めた。
しかし、それは詠唱ではないようだった。常人よりも聞こえが良いミノリの耳にかすかに聞こえてくるのは……。
「……これいじる、これいじらない……。よし、これなら……。あ……。終わったらすぐ戻そう……」
不思議な言葉を発するネメ。一体何をしているかミノリは疑問に思ったが、尋ねる前にネメは詠唱を始めた。すると、シャルの体が光に包まれ、みるみる怪我や傷が消えていくのがわかった。
「すごい……。ネメの回復魔法すごいんだね……」
ミノリが感心してネメとシャルを見ると、何故かシャルだけでなく、回復魔法を唱えたネメまでもが驚いた表情をしている。しかしネメはすぐさま慌てたように再びぶつぶつとつぶやきはじめた。
「急いで戻さないと……よし……ふぅ……試しにだったけどできた。でも焦った……」
一体どうしたんだろう……。無事シャルを回復する事ができたネメが何故その後も焦っていたのか、ミノリにはわからない。しかしそれ以上に……。
(短時間だったけど、ネメの表情が回復魔法を唱えている間、いつもよりも怖い雰囲気だったなぁ……。どうしたんだろう。)
暫くその理由を考えたミノリだったが、ネメが慣れない回復魔法を使うのに集中していたからかも、という事にするのであった。
「本当にありがとうございます、ネメお嬢様……」
「別にいい、ピンク」
シャルがしきりにネメに対してお礼を言っている。ネメは素っ気ない素振りだったが、悪い気はしないと思っているようにミノリには見えた。そしてお嬢様呼びを定着させようとこっそりお嬢様とつけているが気にもされていない哀れなシャル。そんな2人をミノリは温かい目で眺めていた。
(最初は敵対した事もあってあんなに仲悪かったのに……出会ってから5年以上も経つと少しは関係に変化があるんだね。ん、よく見たらシャルは潤んだ瞳でネメの事をもじもじと見てる……さらに顔まで赤くなっている。あれ、これってもしかして……)
――助けてくれたりした相手に対して好意や恋慕を抱いたりする事もあるんですよ。
それは過去に、シャル自身が言っていた言葉だ。
(うーん……、まぁがんばれ、シャル。)
ミノリは、ひとまず自分もシャルの対象に含まれている事については置いておくことにして、シャルの恋の行方を第三者視点で応援する事にした。
*****
「……どうしよう。お姉様一筋のはずだったのに、ネメお嬢様に対してのこの気持ちは……」
ミノリたちと別れたシャルは、空を飛びながら独り言ちていた。
かつてシャルは『モンスターとしての本能』によって、ネメに対して襲い掛かって返り討ちにあい、さらには殺されそうになったことだって数回ある。しかし長く付き合っていくなかでシャルの為に回復魔法を唱えてくれるほどにネメは心を許してくれていた。
それに気づいたとき、シャルは何故か顔を赤く火照らせてしまい、心臓がドキドキと昂ってしまうのであった。
しかし、その反面別の事を不思議に思うのであった。
「……でも人からモンスターに回復魔法はまず使えないはずなのに……。どうしてネメお嬢様は……」
その疑問を解決できる者は、その場には誰もいなかった。




