41. 5年目 5年経ちました。
家族となって3人で暮らすようになってからいくつも季節が巡り、気づけばもう5年の月日が流れていた。
今ではネメとトーイラも11歳。出会った当初はガリガリであんなに小さく、不健康そのものだった2人も段々と背丈が伸び、肉付きもよくなっていた。すっかり健康優良児である。
一方のミノリはというと……。
「なんだかぜーんぜん成長してないぞ私……。多分身長はおろか体重も一切変化してない……」
2人が成長していく様子を可視化するために柱に傷をつけて成長具合を確かめていたのだが、ミノリも念のため同じように傷をつけていたのだ。しかし一切伸びもしなければ縮みもしていない。ずっと同じままである。
(このままではあと数年も経たずに2人に背丈追い越されてしまいそうだなぁ……。あ、でも、いくら食べても太らないってのはいいかも)
悩んでいたのも束の間、逆の利点が浮かぶとすぐに頭から先程までの悩みが吹き飛んでいった楽天家ミノリ。
「あ、ママおはよー!」
声のした方へミノリが振り向くと、トーイラがむぎゅうっとミノリに抱きついてきた。
「あはは、お早うトーイラ。今日も元気だね」
抱きしめられたミノリがトーイラの頭をなでながらそう言うと、当のトーイラは目を細めて心から嬉しそうだ。
(……それにしても、元々スキンシップが強めな子ではあったが、徐々にエスカレートしてきているような……)
ちょっと心配なミノリであった。
「おかあさん、おはよう」
「あ、ネメもおはよう」
トーイラと同時にネメも起きてきたらしく、ミノリに挨拶をしたのでミノリも挨拶を返した。
当初はミノリのことをおかあさんと呼ぶのに言い間違いばかりしていたネメも、5年も経てばすっかり慣れたようで今では言い間違えることはもう無くなっていた。
2人の成長っぷりが嬉しい反面、少し寂しい気もするミノリであった。
「それじゃママ。私、朝ご飯食べたらお外で魔法の練習してくるねー!」
「右に同じく」
「あ、うん、わかった」
2人はどうやら最近魔法の練習に励んでいるようだった。ミノリもどれぐらい2人が魔法が使えるのか知りたくて一度ついて行こうとしたのだが……。
「お母さんは絶対来ないで。死ぬ」
「お願いしますママ、それだけはしないで……。私たち戻ってくるまでは絶対に家の周りから出ないで下さい……」
……そう言われながら土下座までされてしまった事がある。
流石にそこまで言われてしまうと見に行くことは出来ないなぁと、2人の言葉に気圧されてしまったミノリは一度も見に行くかなかった為、2人がどれぐらい魔法を使いこなせているのかミノリは全く知らない。
「なんだか保護者として頑張っていたはずがいつの間にか私の方が2人に守られているような……。まぁいいか。2人が元気なのが一番嬉しいし」
深く追求する事を基本的にしないミノリは、1人朝食の後片付けをするのであった。
森を抜け、家から大分離れた所までやってきた2人。まずはネメが索敵魔法を森の方へと向けて唱えた。
「どう、ネメ? ママはちゃんとおうちにいる?」
「うん、大丈夫。家から出てない。あと今日も森にはおかあさん以外誰もいない」
ネメの索敵魔法の範囲はこの森全体である。これで近くにモンスターや自分たち以外の人間がいるかを探すのだが……この森は昔から何故なのか全くわからないが不思議な事にミノリを除くモンスターが棲息していない。
その為、この索敵魔法は実質的にはミノリの現在位置を確認し、ミノリに危害を加えようとする者の手が及ばないように確認をする為の魔法となっている。
「トーイラは今日、何の魔法を練習するの? 私、範囲攻撃の魔法と闇魔法。範囲魔法はおかあさんいない時しかできないから」
「んー。私も範囲攻撃の魔法かなー。あと光魔法も。最近ずっと私を探している気配感じるもの」
「トーイラの方もなんだ。こっちの方もそう。なんだかずっと探してる。そろそろ諦めてほしい」
「ねー」
ミノリの娘となったあの日感じた、光と闇それぞれの使いの反応を最近再び感じるようになっていた2人。
ミノリによって真っ先に保護されたことによって、光と闇それぞれの使いにさらわれる事もなく、その後は反応も感じられなくなっていた為、もう諦めたのだろうと2人は思っていた。
しかし、先日の皆既日食によって暴走したネメから溢れ出た膨大な闇の魔力を感知されてしまったようで、再び闇の使いの反応が出始め、それにつられるように光の使いの反応もまた再び動き始めていた。
キテタイハの町では、ネメとトーイラを最後に双子が生まれていないらしく、町を追放されて光と闇の巫女に宛がわれる者のいない状態が続いている。
それはどちらの陣営にとっても危機的状況だ。その為、何としてでも2人を光と闇それぞれの巫女に仕立て上げようと血眼になって探しているのでは、と2人は予測を立てていた。
そして、まだまだその反応は弱いがいずれ……おそらく数年後には、その反応は非常に強くなると感じでいるが、それに対して素直に従って今の幸せな生活を簡単に手放すなどという考えを2人は全く持っていない。徹底的に抗う構えだ。
だがその一方で2人には不思議に思う事があった。
「でも、そんなに離れていないのになんで森の中まで探しに来ないんだろう」
「不思議だよねー。私たちはわからないけどあの森には何かあるのかな?
モンスターがママ以外いなかったり、シャルさんですら私たちの誰かに連れてこられないと森の中には入れなかったりするのも、何か関係ありそう」
トーイラの言ったことはほぼ正解である。2人にとってはここは現実の世界なので当然知り得る術を持たないが、ミノリが転生してすぐに気がついたように、ここはミノリが転生前日までプレイしていたゲームの世界なのだ。それもミノリの今の姿であるモンスターの出現率や出現範囲・出現期間をデバッグ作業中の凡ミスで下げっぱなしにしたままの状態だ。
【ミノリ以外のモンスターが出現しない……すなわちミノリ以外の他のモンスターが入れない】
【ミノリは出現率が異様に低い……すなわちミノリは他者に見つかりにくく、そんなミノリと一緒に行動するネメとトーイラまで見つかりにくくなっている】
結果的に、このゲーム開発時の仕様という名のデバッグ作業中の凡ミスが、こうしてこちらの世界にもそのまま反映されており、3人を守っていたのだった。
「だけどそろそろうっとうしい」
「うん。それにー……このままほっとくとママにまで危害を加えてきそうだもの……」
2人の表情には何かどす黒いものが渦巻いている。
「そんなわけでおかあさん守るために、もっと魔法上達しなきゃ。あと体術も」
「そうだねー。二度と手を出してこないように完膚無きまでに叩きつぶしてやらないとねー」
明らかに悪い笑顔をしながら2人は今日も魔法の練習に励む事にしようとしたのだが……。
「そういえばトーイラ」
「ん、なーにネメ」
ネメが、ふと気になったことをトーイラに尋ねた。
「視界に入る透明な板って、数増えたりする?」
「いや、私のは数変わらないけど……?」
「……ん、わかった。それじゃ魔法の練習しよ」
「……? まぁいっか。うん、そうしよー」
トーイラにとってはよくわからない質問だったが、ネメが納得してそこで話題を打ち切ったためトーイラから敢えて深く尋ねるようなことはせず、その後も特にこの話題が出ることは無かった。
一方その頃……。
「あぁー……それにしてもいい天気。お布団干したらふかふかになって気持ちよさそう……」
すっかり母親が板についてしまい、2人がそんな事を考えているなど露ほども思わず窓辺で頬杖をつきながらのんびりと空を眺めているミノリなのであった。




