29. 1年目 2人のサプライズ。
「あれ、2人とも何書いているの?」
ミノリが乾いた洗濯物を家に運んでいると、ネメとトーイラがリビングで紙に何かを書いているようだ。一体何を書いてるのかなとミノリが覗き込もうとしたのだが……。
「ひみつだよー」
「内緒」
ミノリの足音が聞こえるやいなや、シュバババッと2人ともそれを隠してしまった。あまりの早業で何を書いているのか一瞥する事すらできなかったミノリ。
「んー、そっかぁ」
2人にもなにかしら隠し事はあっても別に悪くはないだろうと思うミノリは、特に気にせずそのまま流した。その後も、『ミノリが近くに来ると隠す』を繰り返す2人。ここで漸くミノリそれは自分に関係しているのではと思い始めた。
「一体何書いてるんだろう……。私が近づくと隠しちゃうから多分私に関係あるものだと思うんだけど……」
暫くの間ミノリが考えていると、視界にカレンダーが入った。それを見てミノリは今日でネメとトーイラを娘にしてから1年になる事を今になって思い出した。
「そういえば今日でちょうど1年になるんだなぁ……。早いようで短かったような……」
転生した当初は『人生詰んだ!』などと叫んでいたのがまるで嘘のようにミノリは充実した日々を過ごしていた。そんな風に思えるのは勿論娘となったネメとトーイラの2人のおかげだ。
「2人がいなかったら多分私はどう生きていけばいいのかわからず、今も途方に暮れていただろうなぁ……。もしかしたらもう死んでいたかも」
見た目は人間に近くても今のミノリはれっきとしたモンスター。人間に怖がられたり逃げられたりという体験をして落ち込んだ日々もあったが、そんな自分を怖がらないばかりか、母親として慕ってくれている2人の娘たち。出会いは本当にただの偶然だった。しかしその偶然のおかげで今のミノリはあるのだ。
それでもやはりミノリにだって不安になる時はある。ちなみにそれはまさに今。
2人がミノリに隠して書いているものが、まるで自分を絶望のどん底へと突き落とすものではないかと急に思ってしまったのだ。
(いや、まさかだけど、絶縁状とかじゃないよね?
1年間お試しで世話になったけどもうモンスターの私にはお世話にはなりたくないとか、お役ご免とか。そんなのあるはずないと思うけどいや、まさか……)
基本的には楽天家なのだが、突然おかしなネガティブ思考に舵を切る事のあるミノリ。
ちなみに、ネメもトーイラもミノリのことが大好きなので当然杞憂である。
「で、でもまぁ、それはともかく今日はお祝いしなくっちゃね。ちょうど1年ってことは、2人とも7歳になったって事だから」
ミノリがネメとトーイラに出会った日、それは2人の誕生日でもあるのだ。ひとまずこのネガティブ思考を記憶の彼方へと追いやったミノリは、2人のためにごちそうを作ることに決めたのであった。
そしてその日の夕方、食卓に並んだごちそうの数々を見て2人は驚きの声を上げた。
「ママ、どうしたの? このごちそう」
「行事?」
数ヶ月前にクリスマスのごちそうを作ったので、ネメは今日も何かの行事かと思ったのだろうか。
「ううん、行事じゃなくて今日はネメとトーイラが7歳になった日だから今日はそれのお祝いだよ」
それを聞いた2人はきょとんとした顔をしている。そして……。
「ママー、今日はそれだけじゃないでしょー」
「私たちの誕生日。つまり、おね……おかあさんとの出会いの日」
どうやら2人もその事に気がついていたようだ。そして2人は一度顔を見合わせてからミノリの方を向いた。
「実は私たちからもママにね」
「贈呈」
照れながら2人がそう言うと、背中に隠していた紙を取り出し、ミノリに渡した。
「…………!!」
ミノリは驚きのあまり声が出なかった。2人から渡された紙、そこには2人らしいタッチで描かれた3人が並んでいる2枚の絵。トーイラとネメがそれぞれ、ミノリの為に描いたのであろう。
そして、絵の横にはそれぞれ『ママだいすき』『おかあさん最高』の文字。その事に気づいた瞬間、ミノリは涙が溢れ、止まらなくなっていた。
「ちょ、ママどうしたの!?」
「おかあさんを悲劇の海へ落としてしまった私たちは万死に値する罪!?」
突然泣き出すミノリを見て、トーイラとネメは慌てふためいた。
「ちが、ちがうの2人とも……うれ……うれしいの……!」
2人のサプライズによる嬉し泣きのあまり嗚咽まで止まらなくなってしまい、まともにしゃべることも困難になってしまったミノリだったが、それでもなんとか言葉を繋げた。
「あ……あぁ……。ふ、2人も、あり……ありが……う。わた、私、2人のお母さんやってて……ほんっ……ほんと……によかっ…………」
泣き出したミノリに対して、最初はオロオロとしてしまったネメとトーイラだったが、ミノリが嬉しくて泣いている事に気がつくと、安堵した表情をしながら両サイドからミノリに抱きつき、ミノリが落ち着くまで寄り添い続けたのであった。
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──その後、嬉しさのあまりミノリは2人からもらった絵をリビングに飾り続け、数年後に2人から、
「もう恥ずかしいから外してよー」
「望まぬ羞恥プレイ」
などと抗議されてしまうのだが、ミノリにとっては最高のプレゼントであり、決して取り外すことはしなかったそうな。
「書いた」と「描いた」が混ざっているのは2人が描いているものをミノリさんが絵だと気づいていなかったからです。




