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28. 338日目 風邪引きと読み聞かせ。

 ミノリが2人を引き取ってから11ヶ月が過ぎ、あと一月ひとつきほどで1年になる。今日もいつも通りミノリが朝食の準備をしていると……。


「ママー……」


 トーイラが起きてきたようだ。しかしどうも様子がおかしく、顔がいつもより赤く火照ほてっているように見える。


「あれ、トーイラどうしたの?」

「頭いたーい……」

「んーと、どれどれ……?」


 ミノリは自分のおでこをトーイラのおでこにくっつけた。……明らかにトーイラの体温が高い。どうやら風邪を引いて熱を出してしまったようだ。


(……おでこをつけた途端さらに上がったように感じたけど……気のせいかな?)


「ありゃー、熱あるね……。トーイラ、今日は何もしないで寝室で休んでいてね」

「でもママのお手伝いしたいー……」


 自身の体調が悪いのに、手伝おうとしてくれているトーイラ。その気持ちは嬉しいがさらに体調を悪化させてしまえば元も子もない。


「だーめ。体調が悪い時は休むこと。それが一番の私へのお手伝いだよ」

「むー……わかったー……」


 渋々ではあったもののトーイラはちゃんと休むことにしてくれたようだ。


「ほら、一緒にお部屋までついていってあげるから……」


 ミノリがトーイラの背中を押しながら寝室へ向かうと、そこではネメがゲホゲホとせきをしていた。ネメもネメで風邪を引いてしまったらしい。


「ありゃー、ネメも風邪を引いちゃったんだね。よし、2人とも今日はゆっくり休むこと。いいね?」

「「はーい……」」


 2人をベッドに寝かしつけてから、ミノリは朝の献立を変更し、2人の為に食べやすいものを作ることにした。


「風邪をひいた時には消化のよい食べ物……といえばお粥だけどお米が無いからなぁ……あ、口にした途端お米が食べたくなってきた……」


 この世界に転生してからまだ一度も食べたことがないお米。今まで考えていなかったが、その言葉を口に出してしまった瞬間、ミノリの脳内に、お米の味が思い出されてしまったのである。


「んーいかんいかん。まずは2人の為に食べやすいもの作らなくちゃ」


 お粥以外で今作れるものとなると……あれかなぁ……。そう考えながらミノリは急いで材料を準備しだした。

 そして数十分後、ミノリが作り上げたものは……。


「うん、プリンの出来上がり。転生してからは初めて作ったけど、これなら二人も食べてくれそう」


 早速ミノリは、寝室へ出来立てのプリンを持っていくことに。


「2人とも朝ご飯……は重たいから、食べやすいプリン作ってきたよ。順番に食べさせてあげるから、そのまま寝ててね」


 そうミノリが言うと、横になっている2人の間に座ると、『はい、あーん』と言いながらプリンを順番に食べさせるのであった。

 最初、『プリンってなんだろう……』という顔をした2人だったが甘い味が口の中に広がった途端、風邪で辛いのにも関わらず感激したような表情になった。


「……頭痛いのはいやだけど……ママに食べさせてもらうの……いい……。それにとても甘くておいしい……」

「奈落へと落とされた我が身にもたらされた一筋の光……」


 ネメは意識が朦朧もうろうとしているのか、ちょっとわけのわからない事を口にしているが、まぁおいしかったんだろうと、特に気にしない事にしたミノリであった。

 そして少し時間がかかったが、2人ともプリンを完食。どうやら食欲はあるようなので、少し横になっていればきっと治るに違いない。そう確信するミノリだった。


「さて、後は横になって休んでてね、2人とも」

「「はーい」」


 2人にそう伝えてから、2人が食べ終わった食器を持って寝室を後にしたミノリは、その食器を台所で洗いながら、小さくため息をついた。その理由はというと……。


「……はぁ、しまったなぁ……お薬用意しておけば良かったなぁ……。後でシャルにお願いしてみよう」


 薬を常備していなかった事に2人が風邪を引いたことによって、ようやく気がついたのだ。出来ることなら今すぐに風邪薬を町まで買いに行きたかったのだが、体調の悪い2人を置いて買いに行くのは避けたいと考え、後でシャルにお願いすることに決めた。


 そして、食卓に座って、自分用の朝ご飯を食べていると……。


「おね……、おかあさん……。寝付けない……。ゲホッ」


 ネメが咳をしながらやってきた。前日たくさん寝ていたようので眠気が全くないのだろう……。その状態で横になってもなかなか寝付けなくて退屈だろうし、それ故に、なかなか過ぎていかない時間はネメたちにとっても辛いものに違いない。

 が、かといって体調を良くするためには横にさせないわけにもいかない。


「うーん……、それじゃ、読み聞かせとか子守歌でも歌ってあげようか?」


 ミノリは、子供を寝かしつける時の定番である、読み聞かせと子守歌をネメに提案してみた。


「読み聞かせ……。聞きたい」

「うん、それじゃ読み聞かせしてあげるね」


 そしてネメを寝室まで連れて行き、ベッドに寝かせてから、同じく眠れずにいたトーイラへも一緒にいざ読み聞かせを始めようとしたその瞬間、ミノリは気づいてしまった。


(しまった、つい昔の経験から言っちゃったけど、この世界って一体何を読み聞かせればいいんだ……?)


 読み聞かせの定番と言えば、真っ先に名前が挙がるのは桃太郎なのだが、この世界で通じる気がしない。桃も無ければ、鬼も名前に太郎がつくような人間もいない。『どんぶらこ』という桃が川から流れてきそうな表現なんぞも勿論あるはずもない。


 (何か無いか……、この世界でも特に違和感が無く読み聞かせられるお話……)


 ネメをあまり待たせるのも悪いと考え、必死になって転生前の記憶をたぐり寄せるミノリ。しかし焦っているせいかミノリの頭にはメジャーで読み聞かせに最適なお話が出てこず、内容がうろ覚えだったり読み聞かせに不向きなお話ばかりが浮かんでくる。


(イワンのばか……あれ、どういう話だっけ!? 寒戸さむとばば……遠野物語は不向きな気がする! 三年寝太郎……だから太郎はダメだって! うぅー……あぁもうあれでいいや!)


 そしてようやくミノリの口から出てきたのは……。


「それじゃお話しするね。ヘンゼルとグレーテル」


 なんとか読み聞かせに向いているお話を思い出したミノリは、ヘンゼルとグレーテルを読み聞かせ始めた。しかし、話しながらミノリはある事に気がついてしまった。


(あれ、ヘンゼルとグレーテルに出てくるのは継母ままははに追い出された兄妹と、森の中にあるお菓子の家に住む悪い魔女。このポジション何か記憶が……って私たちの立ち位置に被るじゃん!)


 キテタイハの町が継母ままはは、ヘンゼルとグレーテルがネメとトーイラ。そして悪い魔女がミノリ。さらにここは森の中にある家。丁度いい具合に登場人物が置き換えられるのである。


 そしてヘンゼルとグレーテルを話し終える頃には、その事をネメとトーイラも気がついてしまったようだ。


「……不思議と既視感 」

「そのお話に出てくる兄妹、なんだかネメと私っぽい……」


継母ままははが、まるであの町……」

「そしてママは……」


 その2人の反応に、思わずミノリはドキッとしてしまう。


(しまった! ヘンゼルとグレーテルは大失敗だったかも! これで2人が話に引っ張られて私の事を『やっぱりママは悪いモンスターだ!』 とか言い出しちゃったらどうしよう……)

 

 そんな冷や汗だらだらのミノリをよそに、トーイラとネメは言葉を続けた。


「ママはやさしいから……このお話には出てこないね」

「おね……おかあさんが悪い魔女なら、とっくに私たち死んでる」


 体調が悪いなか、それでもミノリの事について話す2人はとても嬉しそうで……。ミノリは、2人の母親をやって本当に良かったと心から思うのであった。


 その後、読み聞かせをするのに丁度いいと思った童話を数本話し終える頃には、ネメもトーイラも瞼が落ちていき、静かに寝息を立て始めた。


 (これならきっと、2人とも早い内に治りそう。)


 そう思いながら、ミノリは静かに寝室を後にしたのであった。

 

 その日の夕方、ネメもトーイラも目が覚めたようで寝室から出てきた。顔色がすっかりよくなっており、風邪が治りつつあるようだ。


「うん、2人とも朝に比べたら随分顔色が良くなってきたね。でも明日も私のお手伝いをしないでゆっくり休むこと」


 すぐにでもミノリのお手伝いをしたかった2人は、頬を少し膨れさせて不満そうな顔をしていたが、ミノリの言葉に素直に従い、大人しく過ごす事にしてくれたようだ。そして、3日も過ぎる頃には2人ともすっかり良くなり、またいつものようにミノリのお手伝いを再開。

 ミノリのために家事を手伝いたい、その気持ちが2人の風邪を良くした原動力にもなったようだ。


「2人とも快復してよかったけど……、次からは困らないように薬は絶対に常備しておかないと……」


 二人の母親として頑張ってきたけど、まだまだやりきれてない所があるなぁ……、改めて母親になる大変さを実感したミノリなのであった。

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