215. 17年と4ヶ月目⑥ お姉ちゃんが私のお姉ちゃんでよかった。
本日2更新目です。前回分を未見の方は1話前からご覧ください。
後半にさしかかった秋穂の披露宴は、お色直しを終えて再び入場してきた秋穂と新郎によるキャンドルライトから始まった。
といっても秋穂は新郎と一緒に火を灯すため、ミノリたちの席にやってきても秋穂は特に何かを話しかけてくることもなく、軽く微笑むのみに留めていた。
そしてそのままプログラムは余興へと移る。『秋穂の友達による一部の歌詞を秋穂や新郎に合うように変えたウェディングソングの披露』や『秋穂と新郎の出会いについてのムービー上映』という定番のものであったが、ウェディングソングの出だしを聞いた途端、ネメとトーイラが不思議そうな表情を見せながら歌に耳を傾け、歌が終わる頃には間違いないという面持ちでミノリに尋ねてきた。
「ねぇママ……私、さっきの歌知ってた……歌詞は記憶と違うけどどうして知ってたのかな……? こっちの世界の歌なんだよね?」
「トーイラ奇遇。私も記憶の片隅にある。多分相当幼少の頃に拝聴した」
「へ? なんでだろう……」
トーイラとネメがこちらの世界にやってきたのは今回が初めてであり、当然ながらこの歌を知っているはずがない。ということは何かしら聞くきっかけがあったということだ。それは一体なんだろうかとミノリは考え込んでいたのたのだが、ミノリの記憶の片隅にあった、ある出来事が思い返された。
「もしかしたらだけど……私、この歌を歌っていたことある? すごく昔だけど2人の前でいっぱい歌を歌った事があったような……」
それはミノリがトーイラとネメを保護してからまだ3ヶ月ぐらいの頃。洗濯物を干しているときについ気分が乗って歌を口遊んでいたところ、2人がミノリの歌をもっと聞きたいとせがんで、ミノリによる一人独唱会が始まったことがあったのだ。
そしてどうやらそれが正解だったようで、ミノリがその事を話すと腑に落ちたような表情を2人は見せた。
「あ、そうかも! ママが私たちの前で洗濯物を干しながら歌っていた曲にあった!」
「懐かしや。あれから幾星霜、町を追放された哀れな野良猫のような存在だった幼き私たちはすっかりお母さんの愛で骨抜きにされて今ではすっかりお母さん無しではいられない体にされてしまった。罪深きお母さん」
「いやぁネメ、その言い方はどうだろうね……」
大きくなっても、そしてネメに至っては結婚して娘ができてもミノリ依存症が未だに抜ける様子がなく、少し苦笑してしまうミノリではあったが、2人の話を聞いたミノリはその思い出がつい最近だと思っていたのだが実際はもう随分昔だったのだと今更気づいてしまった。
(そっか、考えてみれば私が独唱会をしたのって、2人がまだ6歳だった頃からもう17年も経つんだよね……前世で自分が死んだ歳と同じ歳を今の世界でも過ごして……そう考えるとあんなに小さかった2人がこんなに大きく立派になるのも当たり前だし、私が死んだ時に中学生にあがったばかりだった秋穂もこうして今日結婚式を迎えるのも当たり前なんだよね)
自分の二度の人生を思い返して感慨深い思いにミノリが浸っていると、いつの間にか流れていたムービーのうち、新郎の幼い頃の章が終わっていて、秋穂の章へと移っていた。ちなみにだが秋穂と新郎が出会ったのが就職してからというのもその映像で知ることができた。ミノリが新郎に見覚えがないのも当然である。
そしていつしかムービーの上映も終わり、次はいよいよ披露宴の終盤であり、一番の山場でもある『秋穂が両親への手紙を読む時』がやってきた。
(秋穂は一体どんな手紙を読むのかな……)
スポットライトに照らされながら折りたたまれていた手紙を開く秋穂。
ミノリは秋穂の手紙の内容をその耳でしっかりと聞くことにした。
「本日は私たちの結婚式にお越しいただいて、本当にありがとうございます。この場をお借りして今日まで私を育ててくれた両親へ感謝の手紙を読ませていただきます。お父さん、お母さん、私が今日幸せな日を迎えられたのも───」
すらすらと手に持っている原稿を読む秋穂。内容は結婚式でよくあるここまで育ててくれてありがとうといったものでミノリも黙して秋穂の手紙の内容に耳を傾ける。
「──私は結婚して家を出てしまいますが、私はいつまでもお父さんとお母さんの娘です。これからもずっと私の人生の礎として心の支えにさせてください。ここまで育ててくれてありがとうございました。…………………………そして」
手紙の末文と思われるお礼の言葉を述べてからしばらくすると、秋穂は原稿から目を離して視線をあげながら言葉を続けだした。
会場にいた参加者たちの一部も両親へ宛てた手紙はお礼を述べた時点で終わりかと思ったようで拍手が鳴り始めていたのだが、秋穂の話が続いたことで拍手をやめて再び秋穂の言葉に耳を傾け出す。
ただ、一つだけミノリが気になったのは……秋穂がは明らかにミノリの方に視線を向けていた事だった。
(あれ? なんで秋穂こっちの方を見ているの?)
視線を向けられてつい戸惑ってしまうミノリであったが、その理由は秋穂の口から出てきた言葉ですぐに判明する。
「私には、お父さんとお母さんの他にもう1人、どうしてもお礼を言いたい人がいました。それは私のお姉ちゃんです。
……お姉ちゃんは残念ながら今日の結婚式に出席していません。というのもお姉ちゃんは私のお姉ちゃんは私が中学生になったばかりの頃に、天国に行ってしまったからで……だからこの声がお姉ちゃんに届くかはどうかわかりません。だけど私がずっと秘めていた、どうしても伝えたい想いがありましたのでこの機会に話させてもらいます」
(私に宛てた言葉……?)
秋穂の話の続きは穂里に対してのもので、手紙を閉じた状態で話していることから咄嗟に始めたアドリブの可能性が高く、そしてそれを証明づけるように周辺にいた結婚式のスタッフが『あれ? 終わりじゃないの』という少し戸惑ったような顔をしていた。
「今はもうやめてしまいましたが昔、私の家では酪農をしていて、両親は朝は早く夜は遅いという生活を送っていました。その為、小さかった私は家で留守番という事が多かったのですが……一人ではなかったので寂しくありませんでした。というのも両親の代わりにお姉ちゃんが私の世話をしてくれていたからです」
(……そうだったね、私はお姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃ、秋穂を寂しがらせてはいけないって思って、秋穂のお世話をするようになったんだよね)
自分が子供の世話を率先してするきっかけとなったのは秋穂の世話をするためだったことを秋穂の話で思い出すミノリ。
「お姉ちゃんは私が物心ついた時からずっと私のそばにいて私の事を大切にしてくれたので……まるで私にはお父さん、お母さん以外にもう一人親がいるように感じられていました。
そんなもう一人の親みたいだったお姉ちゃんは私にとても優しくて……私が幼稚園の頃、買ったばかりのチョコバナナをうっかり転んで落としてしまって泣きながら砂だらけのチョコバナナをかじっていた時も、しょうがないなぁって代わりのチョコバナナを買って私のと交換してくれた、なんてこともありました。
ちなみにその砂だらけのチョコバナナはお姉ちゃんが代わりに食べてくれました。今思うとすごく申し訳なかったなって思っています」
そのエピソードはミノリも記憶にある。なにせ秋穂と転生後に初めて再会した際に話したばかりだったからだ。しかしミノリは秋穂が砂まみれのチョコバナナをかじっていた後の記憶はすっかり忘れていて、その続きをしっかりと覚えていた秋穂のおかげでミノリは今思い出すことができた。
(あ……そうだった。秋穂の今の話を聞いて思い出したよ。そっか。私、秋穂には新しいチョコバナナを買い与えてあげて自分は秋穂が落とした砂まみれでさらに秋穂が何口かかじったチョコバナナを代わりに食べたんだっけ。
一応砂は取り除いたし軽く洗ったけどそれでもまだちょっとジャリジャリしてたなぁ……そういえば)
そして秋穂の穂里への思い出話はこれだけに留まらなかった。
「それだけじゃありません。私が小学校になってからも……多分皆さんも名前は知らなくても見たことはある植物だと思うんですが、道端でたまに見かけるヨウシュヤマゴボウという、紫色の綺麗な実をつけるけど味は非常に苦い上に毒まであるという草があるんですが、転んだ拍子にその実を全身で潰してしまって服が紫になってしまった上に、勢い余って用水路に転げ落ちて全身ずぶ濡れになったことがありました。
その時もお姉ちゃんは……風邪を引いちゃいけないからと慌てて着ていた上着を私に貸してくれて、さらに家に連れて帰った後もすぐに洗濯とお風呂を沸かしてくれたりもしました。まぁ、服についた紫のシミは全然落ちなかったので結局お母さんに怒られてしまいましたが」
ミノリの記憶から欠落していた思い出の続きを秋穂が補完するかのようにしっかりと覚えてくれていた。そのおかげでミノリもまたその記憶を鮮明に思い出せていく。
(ヨウシュヤマゴボウの時もそうだったね……そうそう、洗濯機はなんとか回すことができたけど、お風呂は沸かすの少し大変だったなぁ。バランス釜の調子が悪くてなかなか火がつけられなくて……だけど秋穂が風邪引かなくてよかったと思っていたよ)
「そしてお姉ちゃんは、雨などで家から出られない時に、私のお願いを聞いてよく読み聞かせをしてくれました。
何度も同じ話を聞くと飽きちゃうから新しい話が聞きたいとわがままを言った私に対して、お姉ちゃんはいやな顔一つせず、話のネタが尽きるたびに図書館に寄っては新しいお話を見つけてそれを私に読み聞かせてくれて……いつしかお姉ちゃんは遠野物語の語り部になりたいという夢を持つようになっていたのを覚えています。そんな風に私のお世話をずっとして守ってくれたお姉ちゃんは私にとって、本当に憧れの存在でした」
(……うん、秋穂が私の読み聞かせを聞いてとても喜んでくれていたのが……私にとってもすごく嬉しかったんだ。だから私……いつしか将来は語り部になりたいなって思うようになっていたんだった)
ミノリのその夢は死んでしまったために結局叶うことはなかったが、しかし読み聞かせを長年続けてきた結果、多くのお話を諳んじられるようになった経験が今世での育児に大いに生かされ、ミノリの娘たちと孫は全員ミノリの読み聞かせを聞いて育つことができた。
「私の喜ぶ姿が、そして家族みんなが幸せな表情をしてくれる瞬間が自分の一番の幸せだと言ってくれたお姉ちゃん……そんなお姉ちゃんは災害のせいで17年前に天国へ旅立っていきました。
だけど私は……もしかしたらお姉ちゃんは今も私の傍にいて私の声を聞いているかもしれないと思って、これを言います」
(うん……しっかりと聞いてあげるよ、秋穂……)
しかしその瞬間、どういうわけなのかミノリはだんだんと目の前がぼやけて見えにくくなりだしてしまった。
ただそれでも耳だけはハッキリと聞こえていたからミノリは秋穂の言葉をきっりりその胸に刻み込もうとその意識を聴覚に集中させた。
「……穂里お姉ちゃんありがとう、お姉ちゃんがいたからこそ今の私があります。
お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで本当によかったです。私はまだまだお姉ちゃんのような人になれていないだろうけど、それでも憧れだったお姉ちゃんみたいな人に少しでも近づけるようにがんばります。
きっと今もどこかで私が話している事をちゃんと聞いてくれているんだろうなと思っています。
だからどうか、これからも私の事、遠い世界から見守って、想っていてください。
そしてまたいつか、どこかで会うことができたら、私のことをお世辞でもいいからよく頑張ったねっていっぱい褒めてくださいね。私はあなたに褒められるのがとても嬉しかったんですから。……あなたの事が大好きだった妹、秋穂より」
(………………。…………わたしもね、あきほの……こと、だいすきだったよ。だって、私の、たい、せつな妹、なんだもん……。おめでとうあきほ、ぜったいに、ぜったいに、しあわせになってね……)
ミノリの視界は回復するどころかますます見えなくなってしまっていた。こちらの世界には魔法があるわけでもないので視力低下の魔法をかけられたわけでもない。だというのに今のミノリの視界はぼやけたままだ。
「お母さん……」
「ママ……」
ミノリの両隣に座っていたネメとトーイラはミノリの視界が何故見えなくなってしまったのか理解しているようで、心配するようにミノリの背中をさすったり椅子をミノリに寄せて優しく抱きしめたりしている。
そして席が離れているために動くことができないリラやノゾミ、そしてシャルも心配そうにミノリの様子を伺っているのがミノリにも感じられた。
……ミノリは心の底から思った。
『秋穂が手紙を読んでいる間、会場が秋穂にスポットライトを当てる為に暗くなっていて、そして自分たちのテーブルもその中で特に目立たない一番端でよかった』と。
何故ミノリがそう思ってしまったかというと……ミノリはその瞳から大粒の涙を溢れさせてしまい、嗚咽も止めらなくなってしまっていたから。
確かにこういった手紙の中に故人とのエピソードが出てくると泣く人はそれなりにいる。しかしそれでも軽くすすり泣いたり、目頭が熱くなったりする程度だ。
だがミノリの場合は話が違う。何せその故人というのはミノリ自身だから。自分が死んで17年経った今でもこうして秋穂は自分のことを想っていてくれていた。だからこその泣きようなのだ。
その後、今回の披露宴では珍しく新郎からの両親にあてた手紙を読む場面があったり、最後に新郎からの決意表明などもあったりしたのだがミノリは娘たちに背中を優しくさすられながらも結局は滂沱の涙を止める事ができなかった為に全く耳に入らず、結局ミノリの気持ちが落ち着いたのは披露宴の終わり間際に行われたブーケトスの男性版であるブロッコリートスが終わった後なのであった。
……そして、泣きじゃくるミノリの様子を伺うようにチラチラと何度も遠巻きに見ている人がいたのだが……余裕がなかったミノリがその事に気づく事は当然なかった。




