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201. 17年と3ヶ月目②-9 これっきりのつもりだった。

「ま、待って秋穂……結婚式がまだってどういう事? だってほら、この結婚式の招待状にはしっかりと6月の上旬って書いてあるよ?」


 前世で自分の妹であった秋穂が結婚した旨が書かれた手紙と、既に日時が過ぎた結婚式の招待状を手にして、『おめでとう』と一言妹の秋穂に伝えるためだけに、孫のノゾミと共に元いた世界へと戻ってきたミノリ。


 姿が前世とは変わってしまったものの、秋穂に無事、自分が姉であった穂里みのりと信じてもらえることができ、無事に『結婚おめでとう』という言葉を伝えることはできたミノリであったが、秋穂の口から出てきたのは『籍は入れたけど結婚式はまだ終わってなくて2週間後』だという、ミノリにとってみれば思ってもみなかった言葉。


 そのせいかその事を聞かされたミノリは混乱した様子で招待状の日時と秋穂の顔を交互に見ている。


「お姉ちゃん、その招待状ちょっと見せて、私、なんとなく心当たりあるから……」

「う、うん……はい」


 秋穂に言われるがままミノリは招待状を手渡すと、その文面を見た途端、秋穂は『あちゃー』とでも言いたいかのような表情を見せた。


「やっぱりそうだ……。えっとね、その招待状って、私が初めてお母さんたちに結婚するって報告した時に、結婚式の予約も何もしてない段階でつい『ジューンブライドの6月で大安吉日と日曜が重なる日で洋風の結婚式にしたいなー』って言ったらそれだけでお母さんが先走って印刷しちゃった失敗ハガキなんだよ。

 いざ結婚式の予約をしようとホテルに連絡したら6月の大安吉日の日曜日って当たり前だけど予約でいっぱいだったんだよね。

 他のホテルも調べてみたけどどこも無理だったから結局7月上旬にずらしてお母さんが印刷しちゃった招待状は全部書き損じという事で郵便局に持って行って交換したつもりだったんだけど……そっか、1枚はお姉ちゃんが持っていたんだね。

 そんなわけで大丈夫だよお姉ちゃん、結婚式はこれからだからお姉ちゃんもちゃんと参加できるよ! ……来て、くれるよね?」


「なるほど、そういう事だったんだね……でも、どうしよう……」


 ミノリが持っていた結婚式の招待状はタカネが先走ってしまった事で日時が予定よりも早くなってしまっていたという事なのだが、その失敗が幸いしてミノリは秋穂の結婚式に出席できる可能性が出てきた。


 しかしミノリは意外にも躊躇ためらうように腕を組んで考え込んでしまっている。


「おばーちゃん、なんで悩んでるの? 出たくないの?」


 そんなミノリを不思議そうに見つめるノゾミ。結婚式はこれからなのだから出ればいいのではと率直にそう思っているノゾミであったが、ミノリの考えはどうやら違うらしい。


「あ、うん……ここへ来たのって、『結婚式は過ぎちゃったけど秋穂に【結婚おめでとう】と伝えたいから』だったよね。秋穂がこの家にはもういない可能性の方が高かったけどたまたま忘れ物を取りに来ていた所へ会えた事でその目的自体達成できてしまっているんだよね。そこへ実は結婚式はまだだから参加できると聞いてちょっと戸惑っているんだ私……」


「嬉しいことじゃないの?」


 ミノリの言葉を聞いて、なお首をかしげるノゾミ。


「嬉しい気持ちと出ちゃだめという気持ちに挟まれている、が正解かな……。

 ノゾミがこっちの世界に転移できるドロンする術を使えたからこそ、ここへ来られたわけだけど、本来私ってこっちの世界ではとっくに死んじゃっている身で、ノゾミもこっちの世界の人じゃないから、この世界にいる事自体がおかしい存在なわけなんだよ。

 それを気軽に何度も行ったり来たりするというのは、きっとお互いの世界に良くない事だと思うんだ。

 それでも自分の想いに負けてこうして今日ここへやってきたけど、こんな風にやってくるのは今回一度きりにしようと思っていたんだよ」


 もうこの世界では自分は既に死んでしまっている以上、自分は秋穂の結婚式に出るわけにはいかないし、もうここへは二度とやってこない、そういう趣旨の言葉をノゾミにミノリが説明していると……横で聞いていた秋穂が咄嗟とっさに反応し、ミノリに食い下がった。


「そんな……待ってよお姉ちゃん、お母さんとお父さんは? 2人には会わないでこのまままた私たちの前からいなくなっちゃうつもりなの!? お姉ちゃんが来るって知ったら絶対喜ぶと思うよ!」

「……」


ミノリにだって両親に一目会いたい気持ちは当然ある。しかしここへやってきた目的はすでに達成してしまった。

 だからこそ自分はもうこれ以上ここに留まってはいけないと考えるミノリは、参加してほしいとねだる秋穂の視線を受けてもなお、首を縦に振ろうとはしない。


「本当は今日2人にも会えれば良かったんだけどね……でも、仕方ないよ。それにほら、秋穂は私が穂里みのりだって信じてくれたからよかったけど、今の私って姿形全然違うでしょ?

 昔からファンタジーみたいな作品にいまいち慣れ親しんでいなかったお母さんたちには異世界転生という意味すら理解してくれるかもわからないし、もしもお母さんたちに自分が穂里みのりだと信じてもらえなくて気味悪がられたり、拒絶されたりしたらと思うとね……やっぱり怖いんだよ」


 実の家族だった人たちから奇異な目で見つめられ、否定される恐怖。秋穂は信じてくれたが、両親が秋穂と同様に信じてくれるとは限らない。だからこそミノリはどうしても二の足を踏んでしまう。


「そんなことないと思うよ。だってお姉ちゃん、確かに見た目はかなり変わったけどこうして話してるとやっぱりお姉ちゃんだってわかるもん。私でさえわかるんだから私以上にお姉ちゃんのことを見てくれていたお母さんとお父さんならも絶対信じてくれるよ! だからお願い、結婚式に…出てよお姉ちゃん……」


 それでも秋穂は2人なら大丈夫、信じてくれるとミノリに訴え、懇願するように見つめるが……。


「……気持ちはうれしいよ。だけどごめん、秋穂、やっぱり私、結婚式には出られない」

「そんな……」


 必死にすがってくる秋穂に対し、その想いを拒絶するかのようにミノリは謝りながら首を横に振った。

 その言葉を聞いた秋穂は流石にショックを受けたのか、悲痛な面持ちを見せた……次の瞬間だった。


「……やだ!! やだやだやだ!!! お姉ちゃん結婚式出てくれないとやだーー!!」

「あ、秋穂!? 何子供みたいに駄々こね出したの!?」


 まるで子供のように癇癪かんしゃくを起こし、床に寝転がりながら手足をジタバタさせ始めてしまった秋穂。


「わぉ。ノゾもびっくりな駄々っ子っぷり……これが大人の女……」


 見た目は5歳児、精神年齢はそれ以上、しかし実際にはまだ2歳児であるノゾミも驚いてしまったのか目を丸くしながら秋穂に視線を向けているが、28歳の大人がまるでお店の中で床に寝転がりながら駄々をこねる子供のようにぐずる姿が相当異様に思えてしまったのか若干引いた顔をしている。


「秋穂、落ち着いて!? あなたもう28歳なんでしょ!? そんな子供みたいに駄々をこねなくても……」

「だって……だってぇ……えぐっ、えぐっ……ぐすっ」


そんな秋穂を宥めようとミノリが声をかけると、秋穂は自分の腕を目に宛て、嗚咽を漏らしながら自分の心境を吐露し出す。


「やだよぉ……お願いお姉ちゃん……私の結婚式、出席してよぉ……。今のお姉ちゃんの気持ちを考えたら、私のお願いがとても困るってのもわかるよ……だけど、私、どうして、も、大好きなお姉ちゃんに、私のウェディングドレ、ス姿、見てもらいたいんだよ……もう会えないと思ってたお姉ちゃんに見、せられるって……思ったら嬉しい、気持ちでいっぱ、いだったのに……出てくれないなんて……そんな事言わな、いで……だからお願い、お姉ちゃん……」

「……秋穂……」


 溢れ出る涙を腕でぬぐうも、それではもう追いつかないのか秋穂は腕も顔も、床までも涙でぐしゃぐしゃに濡らしてしまっている。


(そういえば……ちっちゃい頃の秋穂ってこんな感じだったね。私に対してべったりで、わがまま言う時はこんな風に地べたに寝っ転がりながら大泣きして……)


 そんな秋穂のある意味情けない姿を見たミノリではあったが、そのおかげでミノリは前世の穂里みのりだった頃、近くで見ていた幼い秋穂の姿を思い出したようで、今の秋穂の姿にその頃の姿を重ねながら前世での日々を懐かしみだす。


(……懐かしいなぁ。まだうちで酪農をしていた頃は朝早くからお父さんとお母さん2人とも家を空けていることが多くて、2人の代わりに私が小さかった秋穂の世話をして……だから私、秋穂のために読み聞かせをするようになったんだったよね。

 私がこっちでは死んじゃった後、秋穂は立派に成長して結婚式を来月に控えるぐらいの大人になったけど、私に対してはまだあの頃みたいに甘えたいと思っているのは変わってないんだね……というかお姉ちゃんっ子みたいになったのって、私が原因かも……さっき秋穂に話したエピソード、どれも秋穂の世話をしていたものばっかりだったし)


 秋穂に自分が穂里みのりである事を証明するために語ったエピソード。あれらも今思えばすべて幼かった秋穂の世話をしていたからこそ体験できたようなものばかりであった。


(服を紫にした上に用水路に落ちて水びたしになった時だって、私が遊び相手になっていた時だったし、夏祭りのチョコバナナの時も、お母さんたちの代わりに私が秋穂に同伴していたからだったし、近くの沢で足が抜けなくなった時も秋穂がアブラコウモリを見たいと私にお願いしたからで……。

 もう会えないと思っていた私に会えたから、童心に帰って私に甘えようとこうして結婚式に出てほしいって言ってくれたんだよね。……そんな気持ちを知ったら私、断るわけにはいかないや)


 秋穂のそんな想いに気づいたミノリは決心した。


「……ごめんね秋穂、私のこと、いっぱい想ってくれていて、やっと会えて嬉しかったはずなのにいっぱい泣かせちゃって。……ペン借りるね」


(本当に私、甘いなぁって常々自分でも思うけど……こればかりはもう治せそうもないや)


 ミノリはあらゆる事に対して甘いと自覚しながら近くに置いてあったペンを取ると、招待状の出欠確認の『出』の字に丸を書きだす。さらにそれだけでなく……。


(トーイラたちもこの世界に来たかったのを我慢してくれていたしね。それだったら全員で来た方が……)


 娘たちを連れてくるにしても課題は山ほどある。しかし折角の機会なのだから全員を連れてきたい。その想いからミノリは『出』の字の脇に『×(かける)6』と記すと寝転がったままの秋穂に差し出しながら決心したその意志を秋穂に伝えた。


「秋穂、結婚式の出欠の〆切とっくに過ぎてるだろうにごめんね。私と私の家族で6人、秋穂の結婚式に出席するから……よろしくね?」

「!!」


 ミノリがその言葉を伝えた途端、床に転がって泣き続けていた秋穂はガバッと体を起こしてミノリを見る。


「ホントに……ホントにお姉ちゃん、結婚式に出てくれるの……?」

「うん……だけどこれが私が最後に聞いてあげる秋穂のわがままだからね」


「あ……ありがと……ありがとうお姉ちゃん!! ……よかったぁ、お姉ちゃんが私の結婚式、来てくれる……」


 泣いた烏がなんとやら。先ほどまであんなに泣いていたというのに秋穂は溢れんばかりの笑みを浮かべながらミノリに抱きつき、その気持ちに応えるようにミノリもまた、秋穂を抱き返す。



「……おばーちゃんってやっぱり優しいね。ノゾ、おばーちゃんのそういうとこ、とっても大好き」



 そんなミノリと秋穂の元姉妹の姿を2歳児ノゾミは自分のことのように嬉しそうに眺めていたのであった。

……先程28歳駄々っ子ムーブを決め込んだ秋穂に視線を向ける時だけ妙にそのノゾミの視線が生暖かいように思えるのはきっと気のせいだろう。

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