番外編2-8. 踏み出せる幸せの一歩目。【黒ネメ視点】
本日2更新目です。前回未読の方は一つ前の話からお読みください。
リラの保護に成功し、魔女のスーフェとも別れて、現在拠点としている洞窟へと引き返してきた私とミノリ。戻ってくるまでに大分時間がかかったけど、ほかのモンスターや人間に遭遇することなかったのは運が良かったのかも。
「そういえば私たち自己紹介してなかったわよね。私はネメ。そしてこっちがミノリよ」
「よろしくね、リラちゃん」
「う、うん……」
そして私たちは改めてリラに自己紹介をしてみたけどリラはまだちょっと不安げな顔。
……だけどそれも仕方のない事かもしれない。だって今まで数多の魔物やモンスター、さらにはリラの本当の両親からも嫌悪されてきてずっと人目につかないように隠れていたのに、ここにきて急に親しげな顔を見せる存在が2人も現れたわけだし。
「えっと、あたしももう1回言うね。ネメおねーちゃんとミノリおねーちゃん、あたしの事、助けてくれてありがと」
だけど不安であってもちゃんと私達にお礼を述べてきたあたり、リラがいい子なのは間違いない。
「……だけど、なんであたしを助けてくれたの? あたしの特異体質のことを知ってるみたいだし、それにあたしの名前を知っていることも不思議……。あたし、自分の名前をずっと口にしていなくて、それこそ魔女たちにも言わなかったのに……」
「あー……」
「うっかりしてたわ……」
そしてお礼の言葉に続いたリラの言葉で、ここで私だけでなくミノリも同じ凡ミスを犯したことにようやく気づき、思わずお互いに独り言ちてしまった。
そんな私たちの凡ミスというのは、リラの名前を普通に口にしていた事。
私は何回もこの世界を繰り返してきた事に気づいた時点で転生前の記憶を取り戻していたし、その上私とミノリは、『あっちの世界のミノリやネメ』から事前にリラについての情報も齎されていたから当然のようにリラのことを知っていたわけだけど……リラがその事を知っているはずもない。
その上、リラはずっと自分の名前を口にしていなかったというのに、初対面であるはずの私たちが名前を知っていた。確かにこれは普通なら少々不気味に思えるし、それが原因で不安を覚えてしまったのも仕方ないのかもしれない。
「ねぇミノリ……私、リラには正直にその理由を話した方がいいと思うんだけど、どうかしら……」
「そうね……リラちゃんがそれを信じる信じないは別にしても、私もそうした方がいいと思うわ」
「そっか……うん、そうする」
ミノリと同意見だった事もあって私はリラへ正直に話すことに決めた。
「えっと、リラにその記憶が無い事はわかっているけれど話すわね。私はこの世界を滅ぼす為の闇の巫女として何千何万回も同じ時間を繰り返してきた存在で、その数だけ英雄と呼ばれた人間に殺されてもきたの。
それで、闇の巫女となった私は、最愛の姉を引き裂いた人間たちへ復讐をする、ただそれだけの為に世界を滅ぼす程の力を持った存在を呼び起こすべく、贄として利用したのが、リラ、魔物で光属性の魔力を持っているという特異体質を持ったあなただったの。私はそれを何度も何度も繰り返して、あなたの事をずっと苦しめ続けてきたの。
そしてあなたが囚われて北の城にまで連行されかけていたのは、私が原因でもあるの。
だけど、隣にいるミノリのおかげで私はその運命の歯車からついに逃れる事ができて、姉のトーイラとも再会することができた。
だけど私がその歯車から外れただけじゃまだ私は幸せではなくて……私のせいで何度も苦しんで痛がって、何度も英雄に殺されてきたリラ……あなたにも幸せになって欲しかったの。だからこれはある意味私の独りよがりで何も覚えてないかもしれないリラにとってはただひたすら迷惑な話かもしれなくて……だから……本当にごめんなさい」
リラへこれまでの経緯を説明するたびに、私がリラに対して行ってきた罪は大きすぎたと改めて実感してしまったからなのか、さっきも謝った時に泣いたばかりだというのに私の目にはまた涙があふれてしまっていた。
その上、罪の重さでいっぱいいっぱいになってしまった私の説明はあまりにもたどたどしくなっていたし、いくら知性が発達しているとはいえまだ4歳のリラには意味すらわからなかったかもしれない、という私の不安をよそにリラは幼いなりにちゃんと私の言葉を理解してくれたみたい。
「……えっとね、ネメおねえちゃん。あたし、今のあたしになる前のことは全然覚えてないけど、きっとあたしがおねえちゃんの話にあったように何度も生まれ変わっているのなら。きっと謝ってくれた事でおねえちゃんの事を赦したと思うの。……だからもう泣かないで、ネメおねえちゃん」
「ありがと……ありがと、リラ……」
「ふふ、ネメおねえちゃん、あたしよりおっきいのに泣き虫さんなんだね、さっきも泣いてたし、それに抱きついてきちゃって、あたしよりも甘えんぼさんみたい……よしよし」
その言葉で私の心がどれだけ救われたかきっとリラはわかっていないと思う。だけどそんなリラの言葉は、私が無意識のうちにリラを抱きしめてしまうほどにありがたかったもので、リラもまた察してくれたように私を抱き返してくれた。
……まだ4歳のリラに泣き虫だとか甘えん坊だとか思われるのはちょっと恥ずかしいけどね……ミノリまでニマニマと微笑ましそうに見ているし……。
そんな恥ずかしい思いを我慢しながら私がリラと抱き合っていると、やがてリラの視線は私とミノリを交互に見るようになり、そして不思議そうに小首を傾げたと思うと私から離れ、その疑問を私たちに尋ねてきた。
「そういえばおねえさんたちって不思議……。ネメおねえちゃんは人間さんでミノリおねえちゃんはモンスターさん……なんだよね? よくけんかしあってるのにこんな風に仲良く一緒にいられるのが不思議……」
なるほど……まだ4歳のリラでもやっぱりそこは不思議に思えたみたい。
「実は私とミノリは恋人同士なの。人間でもモンスターでも心を通わせることができたらこうして手を取り合い、結ばれることも可能なのよ」
「え、そうなんだ……いいなぁ……」
リラが羨ましそうな反応を見せたので、つい私は『なんだったら私とミノリは子供も授かることができる』という説明までしかけた私だったけど、その前にリラはすぐにその表情を曇らせてしまった。
「あたしもいつかは誰かとおねえちゃんたちみたいな関係になったりしたいけど、あたし……そんなに長く生きられない……」
どうやらリラはが特異体質が原因で長く生きられないことも既に知っているみたいで、それはせっかく助けてくれたのに申し訳ないというような表情だった。
だけど安心してリラ、私たちはその事を既に知っているし、解決方法も知っている。私たちはあなたを助ける為だけにここまで来たんだから。
そんな私の気持ちを代弁するかのようにミノリがリラへ伝えてくれた。
「大丈夫よリラちゃん、私たちはあなたのその特異体質を治す方法を知っているから」
「え、本当……?」
その言葉を聞いたリラの表情は信じているような疑っているような、半信半疑といった感じのものだった。まぁ仕方ないよね。いきなりそれ言われてすんなり信じるはずがないもの。
「いきなり信用してって言われても無理だと思うけれど……私たちはあなたと家族になりたいし、あなたの特異体質も直してあげたい。私にとってはリラに謝ることも重要だったんだけど……私たちの本来の目的はそれだったの」
もしかしたらリラはこっちは信じてくれないかも、というさっきと同じような不安が続けて私の胸中を覆い始めたけど、私はそれをなんとか抑えながら自分の心からの思いを伝えると……。
「……あたし、信じる。だって今まで誰からも……それこそ、生みの親にすら見捨てられた特異体質のあたしをこうして助けようとしてくれてるし、さっきも助けてくれたんだもの。
もしかしたらあたしはだまされているのかもしれないけれど……それでもいい。あたしは特異体質を直す方法を知ってるというおねえちゃんたちの言葉に賭けてみたい」
突拍子も無かったであろう私たちの話をリラは信じ、まっすぐに私たちを見つめてきた。 その視線は真剣そのもので……それほどまでに特異体質を治す方法に縋りたかったのかもしれない。
……大丈夫、安心してリラ。あなたの特異体質、絶対に治してあげるからね。
「ありがとうリラ。……そうしたら私たちの家まで一緒に来てくれるかな? あなたの体を治せる技を使えるのは私の姉なんだけど、あなたを治すために今その技を覚えている最中で、覚えたら私たちの家に戻ってくるはずだから。
それまでは体調が悪い日が多くてしんどいかもしれないけど……我慢できる?」
あっちの世界のネメの話だと、光の祝福を受けるまでのリラは、光属性のトーイラから血を飲ませてもらった時以外はよく体調を崩して寝込んでいたそう。
だけどあっちの世界でリラが保護されたのは9歳で、まだリラが4歳であるこちらの現在の状況とは大きく異なる。
「うん、大丈夫だよ。あたしまだ4歳だから、まだまだ時間はあるよ。だからおねえちゃんたちと一緒に行くね」
ミノリ達に聞いた限り、光の祝福を与えられなかった場合、リラが死んでしまうのは10歳だそうだから……あと6年。まだまだ余裕はある。流石にそれぐらいの時間があればトーイラも戻ってきているに違いない。
というわけで、リラを見つけるという旅の目的を達成した私たちはこれでようやく帰路につくことができるのだけれど……私とミノリの二人旅だった行きと違って帰りはリラを含めての三人旅だ。それはつまり……。
「それでミノリ、リラを保護したのはいいけどこれからどうやって帰った方がいいのかしら? 行きと同じでやっぱり歩きと船?」
「あー……」
無事に帰るための難易度が跳ね上がるということ。
その上、外見的特徴で見ると人間じゃないとわかる箇所が少なく、最低限顔を隠せばなんとかなるミノリと違って、リラには角も羽もあるから大きめなローブが必須となる。
もしかしたら人間状態の時の私がミノリにキスをすることで私の魔力をミノリへ流したように、リラにも私がキスをすれば、同じようにリラも一時的に人間に見かけさせられるかもしれない。
……だけどこの場合のキスというのはほっぺではなく、恋人同士がするような口づけ。
妹として大切に育てたいリラのほっぺにキスならいくらでもしてあげたいけど口づけとなると流石に話は別。まだ4歳のリラにはそういった事はいくらなんでも早すぎると思うし、そもそも私はできることならミノリ以外と口づけするのは避けたい。
「えっとリラ……私たちを運びながら海を渡るなんて事、できたり……する?」
私は一縷の望みを託すかのようにリラにそう尋ねた。それさえできれば帰路にかかる時間も人間たちにばれる可能性も大幅に減少する。
だから私は最後の賭けに出るかのように尋ねたのだけれど……リラは首を横に振った。
「ごめん、無理……今のあたしの力では空は飛べても誰かを運ぶほどの力を持ってないの……」
「あはは……やっぱりそうよねー。ごめんねリラ、変なこと聞いちゃったわ」
わかってはいたけれどやっぱり無理みたい。うん……どうやら行きと違って帰りはすんなりとはいかなさそうで、私たちが我が家に戻ってトーイラたちと再会してリラの特異体質も直せる日を迎えられるまではまだまだかかりそう。
「まぁあとは帰るだけなんだし、ゆっくり、そして安全に帰ればいいわよね。時間はたっぷりあるわけだし」
でも家に帰る頃にはトーイラもきっと光の祝福を覚えて、クロムカを連れて戻ってきているはず。だからこの帰り道はある意味、私たちが全員幸せになるための道である事には間違いない。
「そういえばミノリ、リラを無事保護する事はできたけどすぐにここを発つってわけじゃないんでしょ?」
「そうね……ここを発つのは明後日にしましょう。リラちゃんもまだ疲れていることだし、お腹も空いてるわよね。あと体も洗ってあげたいもの。それにリラちゃん用のローブも準備しないといけないからイオトルハかイムサエゲスに立ち寄る必要もあるわよね。
だから今日はゆっくり休んで明日は最後の買い出し、そして明後日には出発という感じがいいと思うわ」
「なるほど……ミノリの案に乗ることにするわ! それとミノリが言うように確かにリラちゃん大分汚れちゃっているものね。私たちもなんだかんだ汗かいちゃったし……よし、今からみんなでお風呂入ろう! ミノリ、リラ行こう!」
「ええ、いいわよ。リラちゃんの事は私たちが綺麗にしてあげるからね」
「う、うん……」
……まだ少しぎこちない反応のリラだけど、この帰路や私たちの家に着いた後に、少しずつで構わないから『私たちの本当の妹』としてもっと親密になれたらいいな……なんて思う私なのだった。
(……あれ、そういえば『あっちの世界のネメ』から聞いたけど『あっちの世界のリラ』ってトーイラから光の祝福を受けて助けてもらったから、トーイラに想いを寄せるようになったんだよね? こっちだとシャルが既にトーイラとくっついているわけだから……そこんところどうなるのかしら?)
そして、そんな事をふと疑問に思ってしまった私。
……もしかしたらトーイラを巡って修羅場の三角関係なんて可能性もあるかもしれないと思ったけれど……この予想はいい方向へと裏切られ、さらに見逃してあげた緑髪魔女のスーフェもまた予想外の行動を取った事を知るのはまだまだ先のこと。
予想以上に長くなってしまいましたが、番外編の黒ネメ・ミノリルートはこれにて終了で、次回からは番外編のトーイラ・シャルルートになります。
ちなみに番外編で初めて出てきた緑髪の魔女こと『スーフェ』については、本編上でも一応存在だけは示されていて、リラがミノリに保護されたばかりの頃にシャルと2人きりになった際にシャルが話していた『私と似たような姿をした者』の事です。




