19. 49日目 お洗濯、時々、歌。
「わぁ! いい天気!」
朝。目が覚めたミノリが窓を開けると、そこには雲ひとつない青空。
「あ、そうだ! 今日はこんなにいい天気なんだし、今日は普段洗いにくかったものも洗濯しよう」
そう決めたミノリが、朝ご飯の準備を終えてから、後で運びやすくする為に予め籠へ洗濯物を入れていると、ネメとトーイラが起きてきたようでミノリの傍へとやってきた。
「おはよう、おね……おかあさん」
「ママおはよー。何してるの?」
「ネメもトーイラもおはよう。えっと今日はね、洗濯をいっぱいしようかなって思って、先に準備してたんだ」
籠に詰め込まれた洗濯物に興味津々だった2人に説明するミノリ。
「理解」
「そうなんだ。あ、それじゃ私も手伝うー!」
「おね……おかあさんに助太刀」
「うん、2人もありがとう」
率先してお手伝いをすると宣言したネメとトーイラ。ミノリもビックリするほどに母親想いのいい子たちだ。
「それでねーママ。ネメの生活用の火魔法みたいに、私も生活用の水と風の魔法覚えたから、これで洗濯するとママはもっと楽する事が出来ると思うんだー」
「へぇそうなんだ。ありがとうねトーイラ。それじゃ今日、早速お願いしようかな」
この世界には一般的な攻撃魔法や回復魔法など以外にも生活用魔法というものが存在する。それは、たとえば、部屋のランプに灯りをつけたり、部屋の空気を風で循環させたりという、攻撃性は無いが、日常生活の補助的役割を担う部類の魔法だ。
そして、トーイラが言うように、ネメは元々生活用の火魔法が使え、これで風呂釜の火種を起こしていた。そんなミノリの役に立っているネメが羨ましかったのか、トーイラも頑張って生活用の水と風の魔法を覚えたらしい。
ちなみにだが、ミノリは魔法を一切使えない。できたら生活魔法ぐらいは覚えたかったらしいのだが、根本的にミノリの今の姿であるこのモンスターは魔力を全く持っておらず、諦めざるを得なかったのだ。
朝ご飯を食べ終えると、ミノリとトーイラは、早速洗濯物を詰めた籠を持って川辺へ行くことに。ネメは、朝ご飯に使った食器をミノリの代わりに洗ってから後で合流することになった。
「それじゃお願いね、トーイラ」
「はーい!」
川辺までやってきて、早速お洗濯を開始することにしたミノリは、トーイラに生活用の水魔法を唱えるようにお願いすると、それに応えたトーイラが詠唱を開始。暫くすると水面にいくつもの渦が。
それはまるで、水中にいくつもの洗濯機があるようなそんな光景。その事に少し面白くなりながらも、ミノリはその渦の中へ洗濯物を次々と放り込んでいった。
その後、全ての洗濯物を洗い終えるとトーイラは、次に生活用の風魔法で洗濯物の脱水を開始。
今度はまるで旋風にたくさんの衣類が巻き込まれてぐるぐると回っているような光景が広がり、それも面白そうにミノリが眺めていると食器洗いを終えたらしいネメもやってきた。
その後、脱水まで終えた洗濯物をミノリとネメとで回収すると、最後に3人で洗濯物を干す作業へ取り掛かる事にした。
「さーて、2人とも、たくさんあって大変だけど洗濯物を干すの、手伝ってね」
「「はーい」」
そのかけ声を合図に洗濯物を次々に干し始める3人。
「♪~」
その最中、どうやらミノリは無意識のうちに歌を口遊んでいたようだ。すると……。
「おね……おかあさん、きれいな歌声」
「初めて聞いたけどその歌なーにママ?」
洗濯物を干しながら、ミノリの歌声を聞いていたネメとトーイラがうっとりとした顔でミノリに尋ねた。
……その歌はもうミノリの記憶の中にしか残っておらず、この世界では聞くことの叶わない転生前によく聞いていた歌だった。
「えっと、これは……昔聴いた歌かな……?」
自分が転生してきた者で、今の歌は、以前の世界で聞いた歌だという説明をするのがうまくできそうに無いと判断したミノリは、誤魔化すように答えた。
そのことに対して、二人は特に詮索するようなことはせず、
「そうなんだ。でもあの町のひどい歌とは大違い」
「あー……、無理やり歌わされた事あったけど、あれはひどかったよねー、ママの歌の方が好き!」
……あの町とは、おそらくキテタイハの町の事だろう。しかしそこまでけなされる歌って一体……。
「その歌って、一体どんなのかな……、よかったら歌ってくれる?」
ミノリは、二人にお願いしてみたが……、二人は「えー」と露骨に厭そうな顔をした。そんな顔になるほどの歌が一体どんなものなのか、逆に興味が出てきてしまったミノリだったが、二人に強制はしたくなかったので、この話題はここでやめることにした。
「あ、ごめんね。厭なら大丈夫だよ。……それじゃ、私が知ってる歌、もっと歌ってみようか?」
そのミノリの提案に、
「聞きたーい!」
「歓迎、おね……おかあさんの独唱会」
すっかり聞く気満々の2人である。それではと、一回咳払いをしてからミノリは思いつく限りの歌を洗濯物を干しながら歌った。
中には歌詞を忘れてしまった為にラララ……で誤魔化したり、この世界で考えると意味不明な歌詞のものもあったかもしれない。
だが、二人はそれを特に気にする様子もないまま、楽しそうにミノリの歌を聞き続けたのであった。
ちなみにその後、お礼とばかりにネメとトーイラは、先程渋っていたキテタイハの町で歌った歌を披露してくれた。
その歌は一定の音階が延々と続き、抑揚もないまま終わる。それは例えるならまるでお経のようで、ミノリは思わず白目になりそうに。
「なにその歌……いやそもそも歌なのかなそれ……」
つい、口から本音が出てしまったミノリ。
「そうだよー」
「秋の収穫祭、その時に町の人がこれを三日三晩歌い続ける」
二人の言葉から、先程の歌が町中から聞こえる光景を想像してみたのだが、まるで邪教の集会かなにかのように思えてしまったミノリ。
「……これが町中から三日三晩聞こえてくるとか……ホラーすぎる……」
元から大して高くないキテタイハの町に対する好感度がさらに下がってしまったミノリであった。




