170. 16年と8ヶ月目① 騒動と騒動。~ノゾミのドロン術~
「むー……うまくいかないー!!」
「あはは……まぁそんなもんだよノゾミ」
今日も今日とてノゾミは忍者の修行中。
ノゾミは以前ミノリから話だけは聞いていた『ドロンと消える術』をなんとしてでも習得したいらしく、ミノリが見守る中、何度も何度も挑戦しているのだが……一度も成功していない。
そのせいで先程からノゾミは地団駄を踏んでいるのだが見た目相応だった為、ミノリには逆にその姿が微笑ましいものとして映っている。
「仕方ないよノゾミ、だってそもそもドロンって消える術ってどういう忍法なのか私もサッパリだもん」
ミノリが言うように、創作物で時折見かけるドロンと煙のように消える術は確かに効果そのものが不明なのだ。
煙によって消えたように見せかけて全力で遁走しただけなのか、実際に消えているのか。消えているとしたら、カメレオンのように擬態しているのか、それとも透明化したのか、それとも一瞬で何処かへ移動したのか。それら全てが創作の域を出ない。
しかし、それでもノゾミはなんとしてでもその技を習得したいようでまだ1歳半だというのにすさまじい執念を横にいたミノリも感じていた。
……ちなみにだが、そんなノゾミは何故かミノリ人形をおんぶするかのように紐で背中にくくりつけている……それも2つも。
「ところでノゾミ……なんで人形を2つも背負ってるの? 邪魔じゃないの?」
思わずミノリも、術の練習の邪魔になるだろうから外した方が良いとのではと尋ねたのだが、何故かノゾミはその人形を決してはずそうとはしなかった。
「だってドロンってした時に、そっちに誰もいなかったら、ノゾ不安だもん。
だからおばーちゃんの人形を一緒につれて行けば少し安心できるかなってノゾ思ったの」
「そっち……? んー……そっか……でも汚さないようにね?」
「うん!」
どうやらノゾミの考えるドロンと消える術は、一瞬のうちに何処かへ移動するといった能力のある、いわゆる転移魔法の類とノゾミは考えたようで、その為『そっち』という言葉を使ったのだろう。
そして、ミノリの言葉に元気よく返事をしたノゾミではあったが……その後も何度もドロンと消える術を試そうとしたものの一向にその術が成功したような気配が一切無い。
5分ほどドロンドロン言い続け、何十回も失敗したので流石にノゾミも飽きてきたようで……。
「むー……これで最後にする!」
本日の忍術練習はこれで最後にすると決めたようだ。そして……
「ドロン!」
最後の最後で、ついにノゾミはドロンと消える術を成功させたらしく、ノゾミの姿がミノリの目の前から見えなくなってしまった。
「わっすごい、ノゾミが消えた!……いや待って待って!? まずいよ逆にそれは!?」
まさか本当に消えるとは思ってもみなかったミノリは、一瞬で顔色を蒼白とさせると必死な様子でノゾミを探し始めたのだが……どこにもノゾミの姿は見当たらない。
「どうしよう……ノゾミ、一体何処へ行っちゃったの……? まさか、時空の狭間に消えるような術でこの世界からも消えてしまったとか……いや、まさかそんなことがあるわけが……。
いや、でもこの世界って私たちにとっては『現実の世界でありながらゲームの世界でもある』から、データの消失みたいな事が起きてそれで消える、なんて事はありそうで……どうしようどうしよう。ノゾミがいなくなったなんて知ったらシャルは号泣するだけじゃ済まない。ネメもショックを受けるのは間違いないし、まずい、本当にまずい……」
悲願だった子供がこんな事で消えてしまった2人が知ってしまった時の事を考えると……ミノリは気が気でなかった。
確実に2人は泣き崩れるだろうし、それどころか今まで仲良く過ごしてきた家族としての繋がりだって、これが原因で崩壊してしまうかもしれない。
オンヅカ家の中で誰よりも家族の幸せを願うミノリはそんなことにはさせたくないと必死になってノゾミの姿を探し求めた。
森の中や家の周りなど、思いつく限りの場所をくまなく探したのだが……結局ノゾミは見つからなかった。
あと探せる場所があるとしたら家の中やザルソバたちが住む小屋のあたりなのだが……この短時間ですっかり憔悴してしまったミノリは、その場に佇んでしまった。
「……だめだ、見つからない……今ネメとシャルは買い出しに出かけてるから、トーイラとリラにも一緒にも探すよう手伝ってもらってそれでも見つからなかったら……ネメとシャルに正直に伝えよう……。私の責任だもん。たくさん罵詈雑言を浴びせられて、殴る蹴るの暴行を受けるかも知れないけれど私のせいだし甘んじて受け入れよう……」
万が一このままノゾミが見つからなかったとしても、流石に2人がミノリに対して罵詈雑言を浴びせたり暴行をしたりするわけがないのだが……基本的に悪い方向へ一度考え出すとそのネガティブの渦から抜け出せずネガティブスパイラルに陥るのがミノリなのである。
それでもまだノゾミを見つけ出すことを諦めてはいなかったミノリは、家にいるはずのトーイラとリラにも探してもらおうと家へ引き返そうとしたまさにその瞬間だった。
「よかった戻ってこられた!! あ、おばーちゃんただいまー!!」
目の前の何も無い空間が突然裂けたかと思うとその割れ目からノゾミが姿を現し、ミノリを視界に入れた途端嬉しそうに駆け寄ってきたのだ。
「ノゾミ!!? よかった……ノゾミちゃんと帰ってきた……すっごく心配したんだよ?」
「ごめんなさいおばーちゃん……ノゾもこうなると思わなかった」
「びっくりさせないでよ本当に……でもよかったぁ……ノゾミが帰ってきてくれて……」
想定される最悪の事態を免れた事による安堵が原因なのか、思わず腰が抜けそうになりかけたミノリではあったが、それでもなんとか駆け寄ってくるノゾミを抱きしめた。
しかしミノリは、消える前と後でノゾミの姿が微妙に異なっていることにここで気がついた。
それは先程までノゾミが背負っていたはずのミノリ人形で、ノゾミが消えるまでは2つあったはずなのに、今はその1つが無くなっていたのだ。そしてその代わりなのか、何やら本のようなものを手にしている。
「あれ……? ノゾミ、背中に背負っていた人形一つ無くなっているけどどうしたの?」
「えーと……あげてきた!」
「あげた……? え、一体誰に?」
ノゾミの証言を聞く限りではドロンの術で消えている間に誰かと会っていたらしい。しかし当然ながらミノリにはそれが誰なのかわからず再びノゾミに尋ねたのだが……。
「わかんない。でもあっちにいた人」
「???? あっち?」
ノゾミから帰ってきた言葉を聞いても、いまいち要領を得ない答えが返ってくるのでミノリにはさっぱりわからない。
その為、ミノリが頭の中で『一体誰? ザルソバさんやクロムカさんには会ってるから……え、まさかキテタイハの町長さんとか? もしあの人に私の人形が渡されていたとかだったらやだなぁ……』などと必死に考えを巡らしていると……その答えになりそうなものをノゾミはミノリに手渡した。それは人形の代わりにノゾミが持っていた本だ。
「人形の代わりにこれもらったから、おばーちゃんにこれあげるね」
「へ、これなに、本? ……ってちょっと待って……」
ノゾミから手渡されたそれを見た瞬間、ミノリは目を丸くさせ思わずノゾミに食いかかるように尋ねた。
「ノゾミ、これ一体何処で手に入れてきたの!?」
「え? さっきも言ったけど、向こうにいた女の人から!」
(なんでなんで……どういうこと!? なんでこれがあるの!?)
ノゾミが手渡したものは明らかにおかしいものだった。いや、『おかしい』ではない。正確にはこの世界に『あってはいけない』ものだった。
ノゾミがミノリに手渡したもの、それは……。
「……なんでノゾミが『ゲーム雑誌』なんて持っていたの……? しかも……私が死んだ後の……」
この世界にあるはずがない『ゲーム雑誌』だった。




