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163. 16年と5ヶ月目① 未見の3人。

「お姉様~どちらにいるん……あれ、お出かけですか?」


 ミノリに何かしらの用事があって探していたシャルがミノリを見つけると、当のミノリは出かけようとしていたのか玄関で靴を履いているところだった。

 昨日の時点で食糧庫にはまだ食材が十分にあったはずなので少なくとも狩りではない、その為何の用事で出かけるのか皆目かいもく見当がつかなかったシャルは、何処へ行くのかミノリに尋ねた。


「そうだよ、クロムカさんに用があるからちょっとザルソバさんの小屋までね。

 クロムカさんはこのままザルソバさんの元で暮らすことになりそうだし、それだったらキテタイハのあのおばあ……町長さんにクロムカさんが私の関係者である事を伝えておけば、今後はクロムカさんもキテタイハで買い物しやすくなるだろうなと思って。話に聞く限りでは、今もザルソバさんと一緒に買い物に行く時はフード付きのローブで顔を隠しているらしいから」


 前にクロムカとザルソバを引き合わせた際は、精神が摩耗することを理由にキテタイハの町長ことハタメ・イーワックに見つからないようにしようとしていたミノリだったが、ここでようやくハタメ・イーワックに会う決心がついたようだ。


「それにほら、私はあそこの人たちにめ、めがみあつかいされてるから……そういったおねがい……きいてくれるし……ほんとはめがみあつかいやめてほしいんだけど……きくみみもたないしあのひとら……」


 自分で自分を女神と言った途端、哀しくなってしまったのか、話の途中でミノリは片言の棒読みになりながら打ちひしがれたような顔をしてしまった。


「あはは……お疲れ様です、お姉様」


それを聞いたシャルは『自分もある意味ミノリの狂信者で、ある意味ハタメ・イーワックと同じ穴のむじな』であると心密かに自覚はしていたため、敢えて女神云々の部分については触れず苦笑したような顔でミノリに労いの言葉をかけたのだが、それも束の間、


「そういえば私、そのクロムカさんという方とまだ一度もお会いしたことがないんですよね。多分ネメお嬢様も同じだと思いますが……ちなみにどんな方なんです?」

「あれ……もしかして一度も会った事なかった? ごめん、会わせようと思ったまますっかり忘れてた……」


 クロムカがザルソバの元で暮らし始めて早数ヶ月、まだネメとシャルはクロムカと顔を一度も合わせたことがなかったことがここで判明してしまった。


「もしかして買い出しに行く時に見かけた事すら……?」

「そうですね……買い出しも家を出たらすぐに箒で飛んじゃいますし、帰ってくる時も上空から直接森の中へ降りてきますので、ザルソバさんたちが住んでいる小屋の前自体滅多に通らないですね」


 チラッと見かけたことぐらいはあるだろうとミノリは思い込んでいたのがどうやらそれすらもなかったらしい。


「そっか……それだったら今時間空いてる? 私としてもネメとシャルはクロムカさんと一度は会っておいた方が良いかなと思っていたんだ」


 多少遅くはなってしまったが、ミノリは2人をクロムカに会わせようと考え、シャルにそれを提案した。


「いいんですか? はい、できたらお願いしたいです。一体どんな子が私たちのノゾミちゃんのペットになりかけていたのか親の立場として気になっていましたし、実際にこの目で確認したかったので……」

「あはは……シャルってばこの1年半ですっかりお母さんらしくなったね。良いことだと思うよ」


 シャルがクロムカに会いたいのは自分が気になるからではなく『母親目線でどういう人物か判断したいから』というノゾミの為を思った考えによるもので、ネメと結婚する前はあんなに変な子だったシャルが、ここまで立派になったのをミノリは少し感慨深く思いながらシャルにそう伝えた。


「ふふっ、私が段々母親らしく振る舞えるようになったのは、お姉様という素敵なお手本があったおかげですよ。だから私はそれについては、いの一番にお姉様に感謝の気持ちを伝えたいです」

「そっか……そう言われると私も嬉しいよ……ちょっと照れるけどね。それじゃ私もまだまだいいお手本でいられるよう頑張らないと。ネメとトーイラは成人になったけどリラは12歳だから、少なくともあと4年は母親業を続けるつもりだからね」

「期待してます、お姉様♪」


 普段の生活でよくある謎の持ち上げではなく、ちゃんとした理由のある褒め方をシャルにされた為、その言葉に胸の内があったかくなったような気分になったミノリは、この先もまだあと少しだけ続く母親業を頑張ろうと気を引き締めてから話をクロムカに会いに行く件の方へと戻すことにした。


「さてと……それじゃクロムカさんの所へシャルは行くことが確定したから、あとはネメにも確認を……」

「問題ない。私はここにいる」

「「!?」」


 ミノリがネメを探す為に履いていた靴を脱いで室内に戻ろうとしたまさにその瞬間、ミノリ達の上から聞こえてきたネメの声。その声に驚いたミノリとシャルが見上げると……何故かネメが天井に張り付いていた。


 予想外の場所からネメが登場した事に目を丸くさせるミノリとシャルをよそに、ネメは天井から手を離すと宙で一回転した上で、新体操の選手さながらの綺麗な着地をしてみせた。


「……えっと、ネメ、なんで天井に張り付いていたの? 驚いちゃったよ私……」

「私もびっくりしました……」

「2人とも、驚かせて申し訳。最近ノゾミがニンジャとかいうのに憧れてるみたいで、ニンジャは天井に張り付くのが得意って聞かされたから負けじと私も」


「そ、そうだったんだ……ごめんねネメ、私がうっかりノゾミに忍者について教えちゃったから……」


 忍者についてうっかりノゾミに教えたことによってネメにまで迷惑をかけてしまったのではないかと危惧したミノリがネメに謝ると、それを全く気にしていない様子で首を横に振るネメ。


「おかあさん、私は全く構わないから謝る必要無し。ノゾミがその夢を将来叶える叶えないにかかわらず、子供のうちはいっぱい夢を持つべきだと私なりに思う。そして私たち親はそれの応援団。

 まだ幼かった頃の私とトーイラに対して、将来大きくなった時の可能性を広めようとおかあさんががんばって勉強を教えてくれたように、親として子供の将来の可能性を広げる役割を担うのは親である私たちの責務。……まぁ私とシャルだけではまだまだ未熟な親だけどおかあさんやトーイラやリラもいるから」


 先程のシャルも立派な母親らしくなっていたが、ネメもまたしっかりとした考えを持った立派な母親となっていたようだ。


「そっか……そう言ってくれると私としてもネメたちに勉強を教えてきた甲斐があったよ。ありがとうね、ネメ」

如何いかがいたし。それはそうと行くのなら早めの方がいいと思う。ノゾミはたった今、リラと一緒にトーイラから勉強を教えてもらいはじめたところだから、ノゾミが飽きて勉強をほっぽり出す前に帰ってきたい。多分1時間が限界」


「そうだね。それじゃ2人とも早速行こうか」

「らじゃ」

「オッケーです、お姉様」


 それなら急いだ方が良いと玄関の戸を開けたミノリだったが、振り返ってシャルに一言……。


「……シャル、先に言っておくけど……クロムカさんとケンカだけはしないでね?」

「大丈夫ですよお姉様ー。以前のようなすぐ暴走してしまった頃の私とはもう違うんですよ」

「あはは……ソウダヨネ」


 シャルから返ってきた言葉に対して苦笑いを浮かべるミノリだったが、内心『今でも稀にその片鱗へんりんを覗かせる時があるんだけど』と思いはしたのだが……ミノリはその言葉を口には出さずぐっと飲み込んだのであった。



 ******



 ──その後、リラとノゾミに勉強を教えていたトーイラに出かける旨を伝えてからクロムカに会いに森の中を歩くミノリとシャル、そしてネメ。


 トーイラに伝えた際、意外だったのはノゾミが『一緒に行きたい』といったわがままを言わずに机に向かっていたことだった。


「──『自分もクロムカに会いたい』ってノゾミがわがままを言うかと思ったけど……会ってすぐ戻ってくるからと言ったからかな」

「うーん……それもあると思いますけど、ノゾミちゃんは『お姉ちゃんになった』とみんなから言われるようになってから、わがままの回数が段々減ってきていて、ますますしっかりとしてきたんですよ。……まだ2歳にすらなっていないのにその段階に入っちゃうのは早すぎる気もしますけど」


 てっきりペットが欲しかったノゾミの言い訳なのだとミノリは思ったのだが、意外にもノゾミにとってお姉ちゃんとして扱われる事……この場合は『成長した一人の人間として扱われる事』はノゾミの心にとって大きな成長の糧となっていたようだ。

 ……まぁ、先程シャルが言ったようにノゾミはまだ1歳半なのだから、流石に早すぎる気もするがこれがノゾミなりのペースなのだから仕方ない。


「そういえばお姉様、クロムカさんってどんな方なんですか?」

「えっと……リラよりちょっと大きいぐらいの……金髪のロングヘアーが綺麗で、どことなく小動物みたいな印象を受ける子、かな。歳は誕生日が過ぎてなければ18だからネメ達の大体4つ下になるのかな」


 一度もクロムカとは会ったことのないシャルから出たクロムカの外見についての質問、それに対してミノリが答えると、


「つまりおどおどキャラで付き従いたがる癖がある存在……それなら確かに誰かを引っ張りたがる癖のあるノゾミとなら、『えす』と『えむ』の釣り合いが良いのも納得」

「あはは……」


 ……ネメが言いたいことがなんとなくわかってしまうミノリは軽く自己嫌悪に陥ってしまった。


 その後も雑談をしながらミノリ達が森の中を歩き、あと少しで森を抜けるところまで来たところで、ミノリはそういえばとばかりにシャルとネメに対して、クロムカに会う際の注意事項を伝えた。


「あ、そうだ。先に断っておくけどクロムカさんがモンスター化している事については、絶対に本人には言わないようにしてね」

「え、どうしてですか?」


 ミノリの注意事項を聞いたシャルはそれを疑問に思ったようでミノリに尋ね返した。


「ザルソバさんとも話したんだけど、クロムカさん自身がまだモンスター化してしまったという自覚がないのと、その事実を告げるにはクロムカさんにはショックが大きすぎるんじゃないかなって……」


 ミノリがそう説明したが、シャルはいまいち納得がいかない様子。


「うーん、確かに気持ちはわかりますけれど……でもいつかは言わなくちゃダメだと思いますよお姉様。

 モンスター化した人間にも適用されるかわかりませんけど、人間と私たちでは歩む時間が違う可能性があるんですから……。ザルソバさんが今後もこのままクロムカさんと暮らすなら、それは絶対に言うべきです」


 自分の境遇と重なるからなのか珍しくミノリに反論するシャル。そしてミノリもシャルの気持ちは痛いほどわかっていた。先程シャルが『私たち』と言ったように、ミノリ自身も娘……トーイラとネメとは歩む時間の長さが違う可能性があるのだから。


「うん、シャルの言ってることが正しいというのは私もわかるよ。ネメとシャルはそれを承知の上で結婚したわけだし。

 ……だけど、クロムカさんにそれを告げられるのは少なくとも私ではないと思うんだ。もしクロムカさんが私たちの元でシャルと同じ私の『義妹』という立場でそのまま暮らしていたなら、私の口からちゃんと伝えたと思う。

 だけどクロムカさんはザルソバさんの所で今はお世話になっているわけだから、その事を伝えるのは、一番クロムカさんと親しくて、クロムカさんの事を絶対に見捨てない相手……まぁザルソバさんなんだけど、ザルソバさんからクロムカさんに告げた方が一番ショックは少ないだろうしザルソバさんもすぐにフォローに回れると思うんだ。

 ……まぁその事についてはこの後会う時にザルソバさんにそれとなく伝えてみるよ」


「お願いしますお姉様。それが原因ですれ違ったら……同じ立場にある私も辛くなりますから……ってもう着いちゃいましたね」


 ミノリとシャルが話の折り合いをつけてなんとかこの流れに終止符を打つと、丁度のタイミングで3人は森を抜け、ザルソバたちの住む小屋の前に辿り着いていた。




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