157. 16年目④ また今度ね。
「会いたかったよクロムカ……今まで一体どこにいたんだ?」
「ワタシもですのザルソバさま。……えぇと、ちょっと色々ありまして……」
久方ぶりの再会を喜び合うザルソバとクロムカ。しかしその会話の中には、あまり気にならない程度ではあったがザルソバの方に妙な間があった事にミノリは気がついていた。
それはザルソバが何かに気づき、若干戸惑っているような、そんな間だ。
(多分だけれど……ザルソバさんはクロムカさんがモンスターになっている事に気づいちゃっているよね。没仲間キャラである私ですらゲームウインドウが見えているんだし……)
没仲間キャラからザコモンスターへ流用されたミノリですら仲間フラグを切り替えた途端ゲームウインドウが見えるようになったのだから、ゲーム本来の主人公であるザルソバにも当然ゲームウインドウが見えていて、そこに示されている敵一覧からクロムカが『死霊使い』というモンスターになってしまっている事に気づいているのも間違いない。
しかしザルソバは最初の『不自然な間』以降、特にそれを気にした様子を見せないままクロムカと言葉を交わし続けている。
(本気で気づいていない可能性もゼロではないけれど……多分あれは知り合いだから意図的に気にしないようにしているように見える。でも実際どっちなんだろう……。確かシャルの時は問答無用で攻撃しようとしたと聞いたけど……)
「──それで、ミノリさんすまない。一つ頼み事があるのだが……」
「へっ? あ、はい、なんでしょうか……ってあれ、クロムカさんは?」
「クロムカなら今私の小屋に入ってもらってお風呂に入ってもらっているよ。羽織っていたローブが砂埃で汚れていたからね」
「あ、そうだったんだ……ごめんなさい、ちょっとボーッとしてました。それで頼み事って?」
先程から一人で考え事をしていた為に、クロムカが小屋に入っていった事にも気づいていなかったミノリは、ミノリの名を呼ぶザルソバの声で考える事を一時止めてザルソバの頼み事に耳を傾けた。
「先程クロムカの口から、クロムカはミノリさんの元で保護されていると聞かされたのだが……もしも可能であればクロムカは私に保護させてくれないだろうか? 旧知の仲の者がその……ペット扱いされているのは少々……」
「あー……あはは……やっぱりそうですよね……」
どうやらミノリが考え事をしている間に、クロムカはミノリに保護されていることだけでなく、ノゾミのペットになった事まで話してしまったようで、ザルソバは困惑したような表情を浮かべながらクロムカを保護させてほしいとミノリに頼んできた。確かにペットという扱いはどうだろうとミノリですら思うから無理もない。
そしてザルソバの提案については、ミノリもクロムカの事はザルソバが保護した方がクロムカ自身心穏やかに過ごせると思うが故、賛成の立場だ。
それに、やはり見た目が人間と変わらない……というよりも人間そのものであるクロムカをペットにするという絵面はどう考えてもノゾミの教育に悪いし、ミノリの心情としても全く落ち着く事ができないのである意味願ったり叶ったりなのだ。
しかし……ミノリには一つだけ引っかかることがあった。
「とりあえず私の方はそれで構いません。ノゾミにはちゃんと話しておきますので……。ただ、ザルソバさんはわかっていますよね……? クロムカさんが……その……前とは違うことに」
ミノリは『クロムカはもう人間ではなく、モンスターになってしまっている』事を暗にザルソバに伝えるとどうやらザルソバもそれを理解していたようで、それを承知した上でのお願いだったようだ。
「あぁ、わかっているさ。クロムカがどうやら人間ではなく……おそらくモンスターになってしまった事は。それでもクロムカは私が保護したいんだ」
「……ザルソバさんがそう言うのなら構いませんが……一応聞きますけど、もしクロムカさんが、その……ザルソバさんの事を敵と見なして襲いかかってしまうなんて事態が起きてしまったらザルソバさんはどうしますか? ……やっぱり旧知の仲でも、モンスターはモンスターとして……」
モンスター化してしまった以上、クロムカの胸中にはいずれ『モンスターとしての衝動』が噴き出し、親しいザルソバ相手でもクロムカは本人の意思と関係なく『人間は殺す』と襲いかかってしまう可能性がある。
その時、ザルソバはクロムカに対してどうするのか。
ミノリは『殺すのか?』という直接的な表現を使うのはどうしても憚られてしまった為、尻すぼみにはなってしまいながらもその事を尋ねた。
「……ミノリさんが何を言いたいのかはわかるよ。確かに、昔の私なら仕方ないことと割り切ってクロムカの事を殺めたに違いない。それどころかモンスターになってしまったとわかった時点で倒すと思う。
……だが、今の私はそんな事をする気は毛頭無いよ。だから安心してほしい」
「そうなんですか? 私としてもそれなら安心ですが……」
ザルソバの話を聞く限りではクロムカがザルソバに倒されるという可能性はどうやら無さそうだとわかり、胸をなで下ろしたミノリではあったが、何故ザルソバはクロムカに危害を加えることは無いと言い切れたのだろうか。
それがミノリの新たな疑問となった事をザルソバはミノリの表情の変化から察したようで、その疑問に対する言葉がそのままザルソバの口から紡がれた。
「……まぁ私がクロムカの事をなにがあっても殺めないと決意できたのは間接的にはミノリさんのおかげ……かな。ミノリさんの愛娘であるネメさんから聞いたんだ。モンスターでもちゃんと心は通じ合えるし最高のパートナーになるとね。
確かにネメさんはネメさん自身が言ったように、根っからのモンスターであるシャルさんとあんなに心を通わせ、さらに子供までいる。
それなら人間である私と元人間のクロムカだってそれができないなんて事は決して無いと思ったわけなんだ……昔の私が聞いたら卒倒しそうではあるけどね」
「……そうですか。私のおかげ……か」
その言葉を聞いたミノリは自分が今までしてきたことはやっぱり間違いではなかったんだと改めて思い、無意識のうちに口角をあげていた。
トーイラとネメを保護して義娘にした事から始まったある意味ミノリの気まぐれな行動の連鎖は、2人の命を救ったのは勿論のこと、そのおかげでシャルやリラの命も救われ、さらに連鎖に次ぐ連鎖でゲームの主人公であるザルソバの行動にまで影響を与えてクロムカまで救う事ができたのだ。
トーイラを保護して『光の巫女』にするはずだった『光の使い』ことラリルレや、この周辺に棲息していることで常に食糧と化してしまっているモンスターたちは割を食ってしまっているが、光の使いは光の使いで今もカツマリカウモに住まう女司祭タガメリアと仲睦まじくやっているだろうし、理性も無さそうなキテタイハ周辺のモンスターたちは特に気にも留めていないだろから特段問題は無いだろう。
……まぁラリルレは性的な意味として見るならタガメリアに常に食べられていそうではあるが……。
そんな事を思いながらザルソバの言葉に耳を傾けていたミノリが、会話が途切れた事でふとザルソバの顔を伺い見ると、ザルソバは何かを言うか言わぬか決めかねているような表情をしていた。だが、ザルソバは意を決したらしく、少し照れた様子で再び口を開いた。
「それにミノリさんも薄々気づいている気はするのだが……前に話したことのある、世界を救う旅をしていた時に出会った気になる人物こそ、クロムカの事だったんだ」
「……やっぱりそうだったんですね」
ミノリがザルソバの言葉にそう相槌を返しているとちょうどクロムカがお風呂から上がってきたようで小屋から出てきたが、クロムカの格好はボロボロになったローブを脱いだだけで、先程まで着ていた服をそのまま着ているようであった。
「ザルソバさま、お風呂ありがとうございましたですの。ワタシ、とても久しぶりに温かいお湯に入れましたの……」
「そうか、それならよかったが……服は先程着ていたモノと同じかい?」
「はいですの、ワタシ、いつも着ているのとは違う服を着るとどうにも体が違和感を覚えてしまってどうにも……折角ザルソバさまが用意してくれたのに申し訳ないですの」
「……そうか。まぁそれならそれで構わないさ」
モンスターという扱いであった頃のミノリも体験した『モンスターはデフォルトで着ている服以外を着る事ができない』という現象。成長しなくなった事と同時にその現象がにクロムカにも既に起きてしまっていたようだ。
クロムカは自身の体質の問題なのだろう程度に思っているようだったが、それこそモンスターになってしまった者の証で、なるべくならこの話題はクロムカには触れさせたくないと思ったミノリは話題を切り替えるように話しを振った。
「それでクロムカさん、実はクロムカさんがお風呂に入っている間にザルソバさんからクロムカさんの事を保護したいという申し出があったんだけど……クロムカさんとしてはどっちがいい? 私たちはクロムカさんの意見を尊重するよ」
「ザ、ザルソバさまがですの!?」
その言葉を聞いた途端、風呂上がりで顔がほんのり紅潮していたクロムカはその顔をさらに真っ赤にさせたのだが、それも束の間、すぐに困惑したような表情となった。
「確かに嬉しいですの。だけれど……ノゾミさまにはなんて話せば……」
どうやらクロムカは、クロムカの事を最初に見つけてここまで連れ出してくれたノゾミに恩義を感じていたようで、その事が気になってしまったようだ。
「大丈夫、クロムカさんが選びたい方を選んでいいよ。ザルソバさんの元で暮らしたいなら後でちゃんとノゾミにはワタシから説明しておくから」
「そうですか……。それだったら、ワタシ、ザルソバさまの元でお世話になろうと思いますの」
クロムカは短い逡巡の結果、ザルソバに保護してもらうことを選んだようだ。
「うん、クロムカさんがそれでいいというのなら、この話はこれでおわり。……それじゃ私は帰りますね」
クロムカの件がひとまず片付き、肩の荷が下りたミノリはクロムカをそのままザルソバに預けて家へ引き返す事にした。
「ありがとうございました、ミノリさま。えっと、一つお願いがあって、ノゾミさまにはいつでも遊びに来ていいって伝えて欲しいんですの。ペットにすると言われたときは驚きましたけれど、ワタシを救ってくれた恩人である事には変わらないですから……」
「うん、わかった。ノゾミにはそう伝えておくよ。ザルソバさん、クロムカさんの事、頼みます」
「あぁ、クロムカのことは必ず私が守り抜くと、私の女神であるミノリさんに誓うよ」
「う、うん……それじゃあね」
去ろうとした最後の最後でザルソバからの微妙に重い発言攻撃を受けてしまい、何故か心にダメージを受けながらもミノリはクロムカをザルソバに託し、そのまま森の中にある自宅へと戻ったのであった。
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「──というわけでノゾミ。悪いけどクロムカさんはザルソバさんが引き受けることになったから……ペットはまた今度……ね?」
「がーん……ノゾ……ノゾのペット……」
帰ってきたミノリがクロムカを連れていないことを疑問に思ったノゾミが、クロムカはどうしたのかと問いかけてきたので、クロムカはザルソバに任せる事にしたと伝えるとノゾミはショックを受けたようにその場でうなだれてしまった。
ミノリが驚いてしまうほどのノゾミの落ち込みようだったので、少しばかりかわいそうだとミノリもほんの少し思ってしまったがこればかりは仕方がない。
確かに保護するだけならミノリも全く構わなかったし、むしろ積極的に保護した。だがミノリの中では『ノゾミがクロムカにリードをつけて森の中を散歩したい』と言った時点でクロムカはこの家にいない方が良いととっくに判断していたのだ。
「おはようございますお姉様……ってあれ、なにかあったんですか?」
「うぅぅ……うわぁぁあああん!! シャルママぁぁあああ!!!」
ドゴッ
「へぐふぅっ! ……ど、どうしたんですかノゾミちゃん……」
「ひっく……ひっく……ノゾのペットの……クーちゃん……おばーちゃんが取った……」
「へ? ペット? クーちゃん……?」
ここでようやくノゾミの母親であるシャルが目を覚まして居間までやってきたのだが、起きて早々何故かノゾミが凹んでいるのか状況を全く読み込めず、何があったのかミノリに尋ねようとしたところ、間髪入れずに泣き出したノゾミが勢いよくシャルの胸元に飛び込んできた。
ノゾミの猛烈なタックルを受けたシャルは、鈍い音とともに1メートルほど後方に飛ばされ、肺にあった全ての空気が一気に抜けたような音を出しながらもなんとかノゾミを受け止めて、事の顚末を今度はノゾミに尋ねてみたのだが、泣いているノゾミから返ってきた言葉は要領を得ておらず、当然シャルには理解する事が出来ない。
「えっとお姉様……一体何があったんですか?」
「おかあさん、おは。ノゾミが泣いてるけど……どしたの?」
「うーん……実はね2人とも……」
困惑するシャルにミノリが説明しようとしていると、ネメも続けて起きてきたので2人に改めてミノリは事情を説明した。
「──というわけで、さっきまでそういう事が起きていたわけなんだ」
「……ふむ。脳が一度に理解できる許容限度を越えて思考回路おーばーひーと」
「えーっと……出来事の密度が高すぎて私も何が何やら……」
それを聞いた2人はさらに困惑した表情になってしまったが2人がそうなってしまったのも無理はないとミノリは思ってしまった。
何せ一晩寝ている間にそれだけの事が起きていたのだから寝起きの脳がそれを理解する事を拒んでしまうのも当然だし、ミノリだって当事者でなかったら恐らく2人と同じような顔をしていただろうから。
それでもなんとかこの状況を把握したらしいネメは、先程から過呼吸状態で泣いているノゾミの背中を優しくさすりながら口を開いた。
「ノゾミ、気持ちはわかるけど時には我慢も必要。今がその我慢の時。だけどその我慢を貫いた時、ノゾミにはもっと大きな希望が向こうからやってくる」
「ネメママ……うん、わかった。ノゾ我慢してもっとすごいの連れてきてノゾのペットにするね。 ……でも、クーちゃんのところへは遊びに行ってもいい?」
「それはもちのろんろん」
「……うん、わかった、ネメママ……」
ネメの言葉を聞いてなんとかノゾミは泣き止むとそのままネメに抱きかかえられた。
この場を収めてくれたネメに対してミノリとしては感謝の気持ちでいっぱいではあるが……。
(ありがとうネメ、なんとか助かったけど……さっきネメが良いことを言ったような顔をしながらさらりととんでもない事を言ったような……え、なに? もしかしてノゾミってばクロムカさん以上にすごい『何か』をペットとして連れてくる気なの?)
……何故か一人だけ、その事が原因で気が気でなくなってしまったミノリなのであった。




