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110. 13年と10ヶ月目 ひなたぼっこ。


 季節は冬。洗濯物を外に干しても乾きにくくなった為、室内で干そうと洗い終わったばかりの洗濯物を持ってミノリが家に戻ってくると、窓から差し込む日射しが丁度あたる室内の一角で、リラが気持ちよさそうに目を閉じながら床の上に座っていた。


「あれ、リラ。そんな所に座って何してるの?」

「あ、かーさま。あのね、お日様あったかいからひなたぼっこしてるの」


 そう答えたリラは、再び目を閉じて日光を堪能し始めた。


「リラは本当にひなたぼっこ大好きだね。吸血鬼ヴァンパイアって日光を浴びると灰になるって聞いたことがあるけど噂は噂でしかないんだなってリラを見る度に思っちゃうよ」

「えへへぇ、あたしは特別だもん」

「特別?」


 リラに何か特殊能力があるのだろうか、不思議に思ったミノリはリラに尋ねたが……。


「だって……あ、ううん。なんでもない」

「? まぁいいけど……。洗濯物を干すから少しだけ周り使うね」


 リラは誤魔化すように話を遮ってしまった。どうやらリラにも何かしら隠し事があるようだが、昔から根掘り葉掘り聞くことを良しとしないスタンスのミノリは、そこには触れずリラの近くで洗濯物を干し始めた。


「あ、かーさま。あたしも手伝う?」

「ううん。リラはそのままゆっくり座ってて大丈夫だよ」

「はーい」


 体調が悪い時がめっきり少なくなったリラは、ネメたちと同様に今日も率先してミノリのお手伝いしようとしてくれるようになったのだが、あまりにも気持ちよさそうに日光浴をするリラを見ていると、ミノリはそのままひなたぼっこをさせてあげたくなったのだ。



 ******



「よし、洗濯終わり」

「かーさま、おつかれさま」


 洗濯物を干し終えて伸びをするミノリにねぎらいの言葉を掛けるリラ。


「さて、次はみんなの服のほつれ直さなくっちゃ……あ、ねぇリラ」

「どーしたの、かーさま?」


「リラの隣で私もひなたぼっこしながら裁縫してもいいかな? 気持ちよさそうな顔してるリラを見ていたら私もひなたぼっこしたくなっちゃったんだ」

「かーさまも? うん、いいよ」


「ありがとうリラ。それじゃ座らせてもらうね」


 リラから承諾をもらったミノリは、直す予定だった服や裁縫箱を持ってくるとリラの隣に座った。


「ふわぁ……ここってすごく暖かくて心地いいね……。リラがひなたぼっこしたくなるのもわかるなぁ」

「あたし、ひなたぼっこするの好きだからこの家でどこが一番気持ちよくひなたぼっこできるかわかっちゃってるの。冬はここが一番だけど、夏は廊下の方がいいの」

「へぇ、そうなんだ」


 まるで真夏の屋内で最も冷たい場所を的確に把握して常にその場所を独占する猫のようである。


「それじゃ、ひなたぼっこしながら、みんなの服直そっと」


 そう言いながら、ミノリはリラの隣で服のほつれを直し始めた。



──それから10分程だった頃だろうか。


「……すぅ……すぅ……」

「ありゃ、リラってばもう眠っちゃった。まあそうだよね、ここ気持ちいいもの」


 ミノリに寄りかかりながらいつの間にかリラは寝息を立てていた。

 その寝顔は非常に穏やかなもので、ミノリはその顔を見ながら嬉しそうに微笑んだ。


「……リラにとって、私たちと暮らすこの家は、心安らげる場所になったのかな。そうだったら嬉しいな……」


 この家で暮らすようになってからのリラは、ミノリと初めて会った時の心が折れてしまったような悲痛な表情をするという事はすっかり無くなり、笑顔でいる事が多くなっていた。


 そしてそれは、リラにとってこの家が大好きで大切な場所になったのだという証明にもなっており、ミノリは持っていたマチ針を針山に刺してからリラの頭を優しく撫でた。


「……リラの事は、私たち家族が、これからももっと幸せな気持ちでいっぱいにしてあげるからね」


 ミノリの娘であるうちは絶対に幸せにするというのがミノリの信念だ。その娘がたとえ吸血鬼ヴァンパイアであっても変わることはない。

 吸血鬼ヴァンパイアが何歳で大人になるのかをミノリはわかっていないがそれすらもミノリにとっては些細な問題だ。


「それにしても……眠ったリラを見ていたら私も段々眠くなってきた……ふわぁ……」


 やがて隣で眠るリラにつられるように、ミノリもまた夢の世界へと落ちていった。



 ******



「あれ? 見てネメ。ママとリラがあんな所で寝てるー」

「本当だ」


 そこへ通りがかったのは外から帰ってきたばかりのトーイラとネメ。2人は冬に実がる野菜を収穫しに雪が積もる畑から戻ってきた所だった。


「今日日射しがあってあったかいからついつい寝たくなっちゃうよねー」

「わかる」


 野菜を台所へ置いた2人は今へ戻ってきてミノリたちの傍に座った。


「私もママたちと一緒に寝よっかなー。2人とも気持ちよさそうでうらやましいもん」

「私もそうしたい。あ、でもおかあさんの傍にある針刺しはどかした方がいいかも」

「そうだねー」


 うっかり倒れてしまった時に刺さっては危ないと判断した2人はミノリを起こさないように針刺しを別の場所へ移すとそのままミノリたちの隣や後ろに座った。


「わぁ……ここ最高……ホントにあったかくていい……」

「よきかな」


 やがてトーイラとネメもそのまま眠ってしまい、仲良く眠る親子4人の姿は、さながら群がって暖を取る猫のようであった。



 ******



「ネメお嬢様―、こっちにいますかー……って、あらら、みんな寝ちゃってる」


 そこへやってきたのはシャル。どうやらネメを探していたみたいだったが、集まって眠るミノリたちを見た瞬間、騒いではいけないと口を手で押さえた。


「そろそろ夕飯を作らなくちゃいけない時間なのにみんな眠っちゃってるから……よし、それじゃ今日は私が家事をがんばろう」


 今日は家事を担当する予定では無かったのが、仲睦まじく寄り添いながら眠るミノリたちを見て、起こすのもどうかという思いと、先日ミノリたちから自分の家事について合格判定をもらった事で、家事をするやる気に満ち溢れていたシャルは、みんなの代わりに夕飯の準備をする事に決め、一人台所へ向かった。



 そんな、特に何にも起きない、ただただ平和な一日はゆっくり過ぎていくのであった。


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