106. 13年と7ヶ月目 血が飲みたい。
「それじゃトーイラ、私は狩りをしに出かけるけどリラが起きてきてごはん食べたがったりしたらお願いね」
「うん、わかったー。いってらっしゃいママ」
ミノリはリラの事をトーイラにお願いして家を出た。
リラをミノリが家族として迎えてから3ヶ月半が経過した。家族の一員としてすっかり馴染んだ様子のリラだが、ここ最近は具合の悪い日が多く、健康状態も依然として芳しくない。その上、徐々に弱ってきているようにミノリは感じた。
(どうしてリラは常に体調が悪いのかな……。折角、リラが心を落ち着かせて生活できる環境を与えることができたと思ったのに……)
心の中で一人落胆するミノリは、頭を切り替え、保存食とするモンスターを狩るべく森の外へと歩き出した。
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「──よし、ママの周囲に怪しい気配は無さそう」
ミノリがリラを保護して以来、何故か沈静していたはずのミノリへの保護欲が再び活発化しだしていたトーイラがミノリの動向を索敵魔法でチェックしていると、寝室から居間へとやってくる小さな人影が一つ。
「……トーイラおねーちゃん、おはよ」
「リラおはよー。もう起きても大丈夫なの?」
「うん。……かーさまは?」
居間にいたトーイラにリラが挨拶をするとミノリを探すように辺りをキョロキョロと見回している。
「ママは狩りに出かけちゃったけど……もしかしてお腹すいたの?」
トーイラが尋ねると、リラはコクリと頷いた。
ここ数日の間、体調の悪い日が続いていた為にずっと寝室で横になっていたリラだったが、今日は比較的調子が良いようで食欲もあるようだ。
「そっかぁ、それじゃごはん食べる? リラの分作り置きしてあるよ」
しかし、トーイラの言葉に対してリラは首を横に振った。
「ううん、今は血が飲みたいの」
「あー……血かぁ……どうしよう。ママは出かけちゃったばっかりだからすぐには帰ってきそうにはないし……」
トーイラは腕を組んで悩み始めた。なにせリラに血を飲ませるのはミノリの役目なのだ。
リラは今のところミノリ以外の誰からも血を吸おうとしない。北の城で贄として捕らえられていた時も他のモンスターの血を飲まされてはいたのだが、どの相手の血もおいしいと思えたことがなく、飲む度に具合が悪くなっていたらしい。
それに対してミノリの血はリラにとって初めて具合が悪くならなかった血だそうで、感覚的には『水を飲んでいるのと同じ』だそうだ。
「かーさまいないの……」
ミノリが不在とわかるとがっかりしたように視線を落とすリラ。体が弱いのかすぐ体調を崩すリラに対して庇護欲が掻き立てられてしまった結果、甘やかしてあげたいという気持ちでいっぱいになってしまっているトーイラはどうしたものかと考えていたが、つい口を滑らせてリラにある考えを明示していた。
「……リラ、もしもママが帰ってくるまで我慢できないのなら、よかったら私の血でも飲む?」
「いいの? あ、でも……かーさまの血じゃないと合わないかも……」
トーイラの提案に対して一度顔を上げたものの、やはり躊躇してしまったのか、困ったような表情になるリラ。
「私の血が合わなかったらすぐにやめればいいだけだよ」
「それじゃ……ちょっとだけ」
最初はミノリが帰ってくるまで我慢しようとしていたらしいリラだったが、やはり血を吸いたいという衝動には勝てなかったようだ。
「ごめんねトーイラおねーちゃん、いただきます」
とてとてとトーイラの元へリラがやってきて、トーイラの腕にそのまま噛みつき、ゆっくりと血を吸い始めた。
その瞬間だった。
「……!!」
リラが大きく目を見開いたかと思うとトーイラの腕を離さないようにしっかり掴み、勢いよく血を吸い出し始めた。その勢いはまるで某キャットフードを食べた猫のように。
「ちょ、リラ落ち着いて!?」
我を忘れたかのように一心不乱に血を吸うリラ。こんなリラを見たことがないトーイラが慌てふためきながらなんとかリラを落ち着かせようと試みたのだが、リラの勢いは止まることなく、結局トーイラが貧血を起こして倒れてしまうまで吸血行為をやめようとはしなかったのであった。
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「あぅ、ご、ごめんなさいトーイラおねーちゃん……」
「う……うん、大丈夫だよー。だから気にしないでね、リラ」
我に返ったリラが、真っ先にしたのはトーイラへの謝罪。どうやら本人も無意識下での吸血だったようで、リラは謝りながらめそめそと泣き出してしまった。
「……もしかして私の血がすごくおいしかったの?」
まっしぐらとしか言いようのないリラの吸血行為に対して、なんとなくトーイラは聞いてみると、どうやら本当にそのようだ。
「うん。あたし、今までたくさん血を飲んできたけど、初めてかーさま以外の血でちゃんと飲めるって思えたし、その中でもトーイラおねーちゃんの血は一番おいしかった」
「おいしかったって……ママのよりも?」
コクリと小さく頷いたリラは言葉を続けた。
「うん、かーさまの血は普通の味で水を飲んでるみたいな気分になるの。北のお城にいる時は当番制でモンスターがあたしに血を吸わせさせていたけどどれもおいしくなかったの。だけど生きるために無理矢理飲んで、そのたびに具合が悪くなってたの」
「そっかぁ……。それじゃ、時々こっそりとリラには私の血、飲ませてあげるよー」
「ほんと!? トーイラおねーちゃんありがと、トーイラおねーちゃんだいすき!」
どうやらトーイラの血はリラにとっては非常に魅力的らしく、その事を聞かされた途端、リラは満面の笑顔でトーイラに抱きついた。
そしてこの日以来、トーイラはリラと2人きりの時、こっそりとリラに血を飲ませるようになったのであった。
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──トーイラがリラに血を飲ませてから数時間後……。
「ねぇママ、もしも知っていたら教えてほしいんだけど……」
「んー、どうしたのトーイラ?」
狩りから帰ってきて昼食を準備していたミノリに、トーイラが尋ねた。
「体の中に血をいっぱい作るにはどうしたらいいの?」
「へっ!? え、えっと、お茶とかコーヒーを飲むのを控えてバランス良く食べる……とか? あとはレバーとか……」
「ふーん、そっかぁ。ありがとうねママ」
「い、いえ、どういたしまし……て?」
そしてその日以来、トーイラは何故かお茶やコーヒーを控えるようになり、レバーも多く食べるようになったのだが……それが何故なのかミノリにはわからないのであった。




