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96. 13年と3ヶ月目夕方② ヴァンパイアの少女。


 ミノリをけてきていた吸血鬼ヴァンパイアの少女は、まるでどこかの戦火から逃れてきたのかと思ってしまうほどに服は原型を留めておらず体は傷だらけ。羽もボロボロで、もしもここまで飛んできたと考えた場合は無事飛べた事が奇跡としか思えないほどに酷い状態だ。前髪で片目を不自然に隠しいていて、足取りもまるで何日も食事を摂っていないかのようにフラフラで今にも倒れてしまいそうだ。


「だ、大丈夫?!」


 たとえモンスターといえども一目で弱っているとわかる少女を放っておけないミノリは慌ててその少女の元へと駆け出し、倒れてしまう前に抱き留めようと腕を伸ばした。


 だが、ミノリの腕が目の前に突然現れたことを自分への攻撃と勘違いしたらしい少女は怯えた顔をしながら「ひっ」と小声で叫ぶやいなや、ミノリの腕をつかみ、鋭い犬歯で思い切り噛みついた。


「痛っ……!」


 少女に噛まれた腕が燃えるように熱くなり、それと同時に自分の中から何かを吸われている感覚がミノリを襲う。やはりヴァンパイアらしく、ミノリから吸血すると同時にミノリの体力まで奪っているようだった。


 少女の突然の敵対行動に対してミノリは手を振りほどいて強引にやめさせる事もできたのだが……ミノリはそれをよしとしなかった。


(この子はお腹がすいた為に衝動的に私に噛みついただけで、もしも今吸血しているこの子を突き飛ばしたとしたら、きっとこの子は心を開いてくれないと思う。……それなら)


 そう判断したミノリは、自分の生命の危機を僅かに感じつつも吸血する少女を抱きしめ、優しい声色で少女に話しかけた。


「よしよし……お腹すいてたんだよね。だから私の血、もっと飲んでもいいよ」


 背中をポンポンと優しく叩きながら少女を抱きしめていると、次第に空腹が満たされたと同時に落ち着きも取り戻したのか、ミノリの腕から口を離して吸血行為をやめると、顔を蒼くさせながらミノリに謝罪した。


「ご、ごめんなさい。あたしそんな事するつもりじゃ……でも、お腹がすきすぎて無意識で……」

「えっと、大丈夫だから謝る必要ないよ。私、体力には自信があるから、ね」


 自信があるとは言ったものの、血と体力をごっそりと持っていかれた事で少し息が上がっているミノリだったが、少女が無意識下でしてしまった吸血行動に対してとがめる事はしない。

 それよりもあまりにもボロボロな姿のこの少女の方が気がかりで、目線を合わせながらミノリはゆっくりとした口調で少女に尋ねた。


「ねぇ、そんなにボロボロな姿で一体何があったの? よかったら私に話してくれないかな?」


 吸血行為をとがめなかった事、そしてミノリの声色が優しかった事で安心したのだろうか、少女はポツリポツリとここまで来た経緯いきさつを喋り始めた。


「……あたしね、逃げてきたの。北の大きなお城から」


「お城?」


「うん、あたし、『にえ』なんだって。それで今まで、北にある大きなお城の地下でずっと檻に入れられてたの。

 あたし、けがれているって周りから言われて、にえにする以外であたしを生かしておく価値は無いって言われ続けてて、死なない程度なら暴力を振るってもいいってみんなに思われてて、だから殴られて叩かれて蹴られてきて、あたしは誰にも愛される事なかったの」


 少女はそこまで言い終えると、不自然に左側だけ伸ばした前髪で左目を隠すように手で抑えた。先程の話から推測するに、暴力を振るわれた結果、彼女の左目は失明してしまう程の大怪我をしてしまい、それを見られたくなかったのだろう。


「ひどい、こんな小さい子に対して……って、あ」


 少女へのあまりにも酷い処遇に対してミノリは心を痛めたが、少女の口から出た『にえ』という言葉によって、ミノリは先日見た夢の内容がここで思い起こされた。


(そういえば夢の中でも『にえ』という言葉が……って、この子、あの夢で見た女の子そっくりじゃないの! 夢で見た姿以上に傷だらけだけど……あ、でも羽は無事か)


 ミノリが夢の中で見た少女は羽ががれていた事と、夢で見た時以上に傷だらけだった事、そして夢で見た時間軸と数年のずれがある為、夢の中で見た姿よりも若干成長していた為に気づくのが遅れてしまったが、その姿は確かに夢の中で見た少女だった。


 しかしあれはミノリの夢の中の出来事なだけで、実際にこの少女がラスボスに変貌するはずの存在だったのかはまだ断定できず、ただ姿が似ているだけの可能性もある。その為ミノリは、この少女が本当にラスボスになる存在なのかを確認しようと少女に尋ねた。


「ねぇ、そういえばあなたの名前聞いてなかったけれど……なんて言うの?」


 ラスボスの名前はゲーム上では明かされず、ゲームでの戦闘時に表示される敵一覧のウインドウにも『闇に塗り替える者』と個体名が判別できないものであったが、前世で読んだゲーム雑誌に掲載されていた設定資料には異形の姿になる前の少女だった頃のキャラデザインと共に名前も掲載されていたのをミノリが思い出したからだ。


「……リラ」


(あ、ビンゴだ……。この子、ラスボスになるはずだった女の子だ)


 心のどこかで違ってほしいという気持ちがあったが、やはり目の前の少女は、ゲームでラスボスとなる存在だった。


「それで、リラちゃんはここまで逃げてきたってことなんだね」

「うん、本当は『闇の巫女』というのが、あたしに『闇の祝福』を与えるらしかったんだけど、その『闇の巫女』がいつまで経っても現れなかったみたいで、そうこうしてる間に人間が攻めてきて城中が大騒ぎしだした隙に逃げ出したの。

 あたし、何年も檻に閉じ込められている間にガリガリに痩せちゃったから、檻の隙間から抜け出せたの」


「……」


 闇の巫女が現れなかった理由をミノリは知っている。なにせ闇の巫女となる存在はミノリが闇の使いに連れ去られる前に保護して娘として大切に育て、今ではミノリの家でシャルといちゃいちゃしているからだ。


(……ひとまず今はそれについては考えないようにしよう)


 自分の行動によって起きた事については考えない事にしたミノリだった。どう影響してしまったのか考え込むとまた顔色が悪くなるから。


 しかしミノリはここで一つ疑問が生じた。それはラストダンジョンである北の城はここからかなり離れている事。この周辺はキテタイハの町がある以外は特に何も無く、さらにキテタイハの町も特産品と呼べるようなものが一切無い非常につまらない町のため、こんな辺鄙へんぴな町を目指してやってくるのはおかしいのだ。


「それでリラちゃんはここまで逃げてきたんだね。……でもなんでここへ?

 このあたりって何も無いはずだからたまたまここへ?」

「ううん、あたし、ちゃんとここ目指してきたよ」

「へ、そうなの?」


 しかしリラはちゃんとキテタイハを目指して飛んできたそうだ。一体どういう理由でここまで目指してきたのだろうか。

 ミノリは暫し思案してみたのだがその理由は結局わからなかった。しかし、ここを目指してきた理由をリラは教えてくれた。


「牢に閉じ込められている時に噂で聞いたの。このあたりにモンスターを崇拝している邪教徒が集まる人間の町があるって。そこだったらもしかしたら私の居場所もあるんじゃないかって……」

「モンスターを崇拝? えーっと、それって一体何処……って……あっ!?」


 そんな所あったかなぁと一瞬思うミノリだったが、すぐに気がついてしまう。


 キテタイハの町に建てられた自分と娘たちの彫像。


 今では仲間キャラという扱いではあるが、元はモンスターで何故かキテタイハの町の住民に崇拝されている自分。


 それらを踏まえるとリラがここを目指してきてしまった原因はつまり……。


(私じゃん!!)


 キテタイハはゲームでは追放されたネメによってモンスターに『侵攻』され滅ぼされた町、しかし現実では元モンスターである自分を『信仰』し、モンスターにさえも邪教徒が住まうと思われている町。

 滅んでいない時点でその意味合いは大きく異なるが、どちらもモンスターが支配したという括りには含まれると考えられる。


 そして幸か不幸か元モンスターであるミノリを信仰した事によってキテタイハの町は滅んだ時と同様のイベントフラグが成立してしまったらしく、その為、ゲーム側からしても問題なくここまで話が進み、エンディングを迎えてしまったようだ。


(えー……それで本来ラスボスとなるはずのリラが不在となったから最終的に司祭とラストダンジョンにたまたま棲息していたドラゴンがラスボスという扱いになって……どうしよう。

 私がネメとトーイラを保護した事がそんな形で影響を及ぼしていたとは思わなかったなぁ)


 リラからその話を聞いた事で、ミノリは思わず頭を抱えそうになってしまったが、それよりも今はリラの方を優先すべきだと考え、その事についてはひとまず横に置く事にした。


 そんなリラは抱きしめていたミノリから離れると、数歩先で振り返り、ミノリを見つめながら笑顔で口を開いた。


「でもよかった。最期にあたしに優しくしてくれる人が現れてくれて。今まであたし、誰にも優しくしてもらえなかったから……。

 だからもうあたし、死んじゃってもいいや。おねーさん、あたしを殺してくれる? もう疲れちゃったの、あたし。だから、最期に優しくしてくれたおねーさんになら殺されちゃってもいいな」


 小さな声で悲しそうに笑うリラは幼い子がしてはいけないあまりにも痛々しい笑顔で……無意識のうちにミノリはリラに歩み寄ると再び強く抱きしめていた。


「だめだよ……リラちゃんみたいなまだちっちゃい子がそんな悲しい顔して笑っちゃ」


「だって……あたしなんて生きてちゃいけない存在……」


 自分は生きてはいけない存在だという考えが頭から離れない様子のリラ。きっと彼女はそれを他人から言われ続け、その考えに束縛されてしまったのだろう。

 ミノリはある決意を胸にし、リラを抱きしめながら優しく語りかけた。


「そんな事無いよ。あなたにだって幸せになる権利はあるよ。ねぇリラちゃん、うちにおいで。

 私ならきっとあなたの事を幸せにしてあげられるよ。それにこう見えて私、2児の母親だから子育てには自信あるんだ」


 リラはこの世界では本来なら討ち倒されるべき存在だ。そんなリラを救うということは……世界を敵に回すという事とほぼ同義であり、たとえエンディングを迎えた今であっても変わらないはずだ。


 それでも、本来は破滅する運命だったネメとトーイラに手を差し伸べて娘として育て上げた経験のあるミノリは、今まさにラスボスとなる運命から解放されても自ら破滅の道を歩もうとするリラに対しても、救いの手を差し伸べないという選択肢を取ることは出来なかったのだ。


「!! ……でも、あたし……」


 ミノリの誘いに対して、一瞬驚いた顔を見せたものの、決めあぐねたように答えるのをためらうリラ。

 自分なんかがその救いの手を取ってもいいのかと判断しかねているようだったが、真剣な顔つきで自分を見つめるミノリに気づいたのか、やがてその小さな瞳でミノリの顔を見つめ返すと……。


「……本当にいいの……?」


「もちろんいいよ」


「……ありがと、おねーさん。これからお世話に、なります……」


 小さく微笑みながらミノリを抱き返すリラ。


 そんなミノリの腕の中はリラが生まれて初めて手にする事の出来た、大切な居場所の一つになったのであった。


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