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「…………郷里が恋しいかい?」



 少しの感傷を見透かされてしまったらしい。

 交通の便が発達していないこの世界では、宮仕えになった時点で、遠方出身の人間は、親の死に目にも会えないのが普通だ。沙耶には既に肉親と呼べる存在はいなかったとはいえ、友人はいたし、施設の人は本当の家族のようだと思っていた。

 もう会えない、と言われて、寂しくないわけがないのだ。しかし、


「……私は薄情なんでしょうね。この立場を手放したくはないのです」


 何がそこまで沙耶を留めるのかわからない。だけれど、初対面から身を呈して守ってくれた皇帝陛下を、『ここの後宮は飾りだ』と断じながらも国のために尽くす唯一無二の皇帝陛下を、すぐ傍で支えたいと思ってしまったのだ。


 そんな沙耶の言葉に、少し切なそうな表情をした戸部尚書が、一度深く頷いた。


「有難う、沙耶くん。どうかこれからも、『日輪の君』の力になって差し上げてね」

「……はい、私で出来ることでしたら」


 神妙に返事をした沙耶に、戸部尚書が表情を和らげた。


「ふふふ、大丈夫だよ。そのまま普段通り、気楽に付き合って差し上げなさい。陛下もそれをお望みだからね」

「……部下に適当な扱いをされて喜ぶなんて、ホント変な人ですね……ぁ、本音が……」

「あっはっはっはっはっ! ……いやー、陛下の先は長そうだなぁ……」

「はい?」

「――俺が、何だって?」


 扉の開く音と共に聞こえてきた、低く響く美声に、思わず肩が跳ねる。


「陛下っ」

「おや陛下、お早いお戻りで」

「……踏青(とうせい)……変なことを沙耶に吹き込むなよ?」

「信用ないですねぇ。こんなに粉骨砕身お仕えしておりますのに」

「その笑顔が信用ならないんだ」


 あからさまに不信気な顔をしながら歩いてきた陛下は、沙耶の隣の椅子を引くと、どっかりと腰を下ろした。

 どことなく疲れた雰囲気で机に肘を突く姿は、男らしい色気が含まれているようだった。陛下と相見える機会の少ない、下級の官吏や女官達であれば、身動きするのも忘れて見惚れたのちに、その鋭い視線に射抜かれて平伏するに違いない。『皇帝陛下』という称号をただ持っているだけじゃない、その存在感と迫力に、殆どの人間は自然と自らの膝を折るのだ。


 だが、この部屋にいるのは、そんな圧を全く意に介さない2人である。


「何だかお疲れのご様子ですね……」

「緊急のご報告は、宜しかったんですか?」


 至って普段通りの沙耶と戸部尚書の言葉に、憂慮の色を映した瞳が見返した。


「……4回目の獣害が、発生したらしい」




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