38
「…………郷里が恋しいかい?」
少しの感傷を見透かされてしまったらしい。
交通の便が発達していないこの世界では、宮仕えになった時点で、遠方出身の人間は、親の死に目にも会えないのが普通だ。沙耶には既に肉親と呼べる存在はいなかったとはいえ、友人はいたし、施設の人は本当の家族のようだと思っていた。
もう会えない、と言われて、寂しくないわけがないのだ。しかし、
「……私は薄情なんでしょうね。この立場を手放したくはないのです」
何がそこまで沙耶を留めるのかわからない。だけれど、初対面から身を呈して守ってくれた皇帝陛下を、『ここの後宮は飾りだ』と断じながらも国のために尽くす唯一無二の皇帝陛下を、すぐ傍で支えたいと思ってしまったのだ。
そんな沙耶の言葉に、少し切なそうな表情をした戸部尚書が、一度深く頷いた。
「有難う、沙耶くん。どうかこれからも、『日輪の君』の力になって差し上げてね」
「……はい、私で出来ることでしたら」
神妙に返事をした沙耶に、戸部尚書が表情を和らげた。
「ふふふ、大丈夫だよ。そのまま普段通り、気楽に付き合って差し上げなさい。陛下もそれをお望みだからね」
「……部下に適当な扱いをされて喜ぶなんて、ホント変な人ですね……ぁ、本音が……」
「あっはっはっはっはっ! ……いやー、陛下の先は長そうだなぁ……」
「はい?」
「――俺が、何だって?」
扉の開く音と共に聞こえてきた、低く響く美声に、思わず肩が跳ねる。
「陛下っ」
「おや陛下、お早いお戻りで」
「……踏青……変なことを沙耶に吹き込むなよ?」
「信用ないですねぇ。こんなに粉骨砕身お仕えしておりますのに」
「その笑顔が信用ならないんだ」
あからさまに不信気な顔をしながら歩いてきた陛下は、沙耶の隣の椅子を引くと、どっかりと腰を下ろした。
どことなく疲れた雰囲気で机に肘を突く姿は、男らしい色気が含まれているようだった。陛下と相見える機会の少ない、下級の官吏や女官達であれば、身動きするのも忘れて見惚れたのちに、その鋭い視線に射抜かれて平伏するに違いない。『皇帝陛下』という称号をただ持っているだけじゃない、その存在感と迫力に、殆どの人間は自然と自らの膝を折るのだ。
だが、この部屋にいるのは、そんな圧を全く意に介さない2人である。
「何だかお疲れのご様子ですね……」
「緊急のご報告は、宜しかったんですか?」
至って普段通りの沙耶と戸部尚書の言葉に、憂慮の色を映した瞳が見返した。
「……4回目の獣害が、発生したらしい」




