☆飛び降り☆
前ほど悪ノリは酷くないです。
落ちていく。
遥か上空にはさそり座が瞬いている。このビルは30階建てだから、そろそろ後頭部の砕ける音が耳に届いてもいい頃だ。
六月の中頃。今年は、連日ニュースで騒がれる程に遅い夏だと言う。
しかし、時が凍ってしまう程にとは、誰が予想したものか。
気づけばさそり座は、瞬きを止めていた。
先ほどまで耳元で唸っていた風も、やかましいくらいに輝くヘッドライトで埋まった大通りも、示し合わせたかのようにぴたりと動きを止める。街は、静寂の箱となった。
「え……はぁ!? 何が……どう……」
鳥谷哲平が、高校生になったのはつい二ヶ月前のこと。入学後すぐに不良に目をつけられ、早々に孤立したとは言っても、不登校になったのは二週間前のことだ。
思い詰めたわけじゃない。「遠くに行きたい」ただそれだけの理由で、街一番の高いビルから飛び降りてみた。飛び降りたはいいものの、哲平は今、地面すれすれで手足を天に向け、空中で静止しているのだ。
「う、動かない……なんで……」
哲平の腕を伝う汗はもちろん、目の前に映るさそり座の瞬きでさえもがピクリとも動かない。しかしこの静寂の中に、足音を鳴らすものがあった。
「なにやってんの( ^ω^)」
哲平がどうにか顔を動かせるようになった頃、足音が真横で止まった。無理やり首を捻り、声の主を見上げる。2つのくりくりした目と、視線がぶつかった。
「ね、それなんて能力? 腹筋すごいね、辛くないの?」
目の前にいたのは、無邪気に笑う、一人の少女だった。
「君が……時間を止めたの?」
「何が? 私そんなこと出来ないよ?」
珍しい格好をした少女は、分からないという風に両腕を広げてみせた。
不意に、さそり座がちらりと瞬く。瞬間、世界は音と動きを取り戻し、哲平は背中に痛みとアスファルトを感じた。なんだかんだで生きている。