悪役令嬢と神の声
「わたくしは特別に神に選ばれた存在である!」
私は胸を反らせて口に手を当てて高笑いを上げる。
あ、そこ帰らないで・・・
「本当にこの世界を作った神から私は命令を受けて行動しているの。それにこの笑い方は神から指示を受けたものなの」
「そうですか・・・それは良かったですねお嬢様、では私は医者の手配をしてまいりますので失礼いたします」
私は去って行く従者を必死に呼び止めた。
最近疲れてきたので少し手伝ってもらおうとしただけなのだが、お母様に知られてしまったら恐怖のお説教部屋が始まってしまう。
「冗談よセバス、ちょっと言ってみたくなっただけよ。若者にはよくあることじゃない。お願いだからちょっと待って」
苦しい言い訳ではあるが何とかお医者様の件は無かったことになった。
ふうっ、危なかった・・・
「ではわたくしは学園に行ってきますので、あなたはこの課題の資料を今日中にそろえておきなさい」
私が命じるとセバスは少し目を細めたが頷いてくれた。
神の手伝いは無理でも学園の課題くらい手伝ってもらわないと、私の力だけでは崇高な使命が果たせそうにないのだ。
学園で私は今日もたのしく神から受けた崇高な使命を遂行する。
私はプレイヤーやイケメンと呼ばれる存在にギャーギャー言って最後はギャフンと言わされる存在だ。
神々の言葉は難しくて一部理解不能だが、そこは勘で判断だ。
「あらマリア様、婚約者のいる殿方にみだりに触れるなんてはしたないですわよ」
私は庶民上がりの彼女をあくまで優雅に、そして毅然とした態度で見下ろす。
後ろにはここに来る途中で出会った同派閥のご令嬢を二人控えさせている。
無理矢理連れてきたためか彼女らは明らかに不機嫌な顔をしていた。
神からは複数で事に当たるようにと命令されているので仕方が無い。
ああこれは後で何かおごって差し上げないと行けませんね。
私は財布の中身が軽くなるのを覚悟した。
「アンネローゼ嬢、私がつまずいたマリアを支えただけで、彼女にそんなつもりはないよ。言いがかりはよしてもらおうか」
その言葉に後ろに控えていた令嬢から殺気がほとばしる。
はっきり言ってとても怖い。
さっさとこの状況を終わらせて彼女には喫茶でケーキをおごるだけでなく、昨日セバスを並ばせて手に入れた限定品のアップルパイも進呈しよう。
私は心の中で頷いて未だ支えるように差し出された男の腕にしがみついている彼女を見た。
「あらそうですのマリア様、でしたらそろそろ手を放されてはいかがかしら」
マリア様が慌てたように手を放して後ろへと下がる。
「危ない!」
彼女は慌てたためか、また転びそうになってそれを男が支える。
しかし何も無いところで二回も転ぶなんて、わざとでなければ凄い才能よね。
私はのんきにそんなことを考えたが、後ろから漂ってきた冷気に一瞬身を凍らせた。
やばい、この状況はとてもやばい、早くここから退散せねば。
しかしこんなことに付き合わせたのは悪いと思っているけど、そこまで怒ることないじゃない。
「マリア様、そんなにふらつかれるなんて随分とお加減が悪いのね。今日はもうお帰りになったらいかがかしら。それではごきげんよう」
私は優雅に扇子で口元を隠しながら踵を返して歩き出す。
私の後を令嬢が付いてくる足音が聞こえるが、先ほどまでの凍るような気配は無い。
怖かった・・・
私は廊下の角を曲がって少し歩いてからくるりと振り返った。
あれ・・・一人しかいない。
私があの場に連れていったご令嬢は二人だ。
小首を傾げた私に目の前のご令嬢はもう一人は大切な用事でお供できなくなったと謝罪した。
そうか、忙しいのに無理に付き合わせて悪かったわ。
私は予定通りご令嬢にケーキセットをおごった。
そして手土産として限定アップルパイも渡した。
もう一人のご令嬢は彼女のご友人だというので渡してもらえるようにお願いした。
ああお一人様二個限りの限定アップルパイが・・・
今度はセバスに二回並ばせよう。
以前マリア様が転んだところを支えていた男、名前は忘れたけど彼はあの日から学園で見かけることが無くなった。
それなりにご令嬢たちには人気があって、目に付くことは多かったのだがどうしたのだろうか?
ついにキレた婚約者に調教されているなんて噂も聞いたけど、犬猫じゃあるまいしそんなことはあり得ないだろう。
それはさておき今日の目的地は礼拝堂の裏手にある噴水だ。
私は目立たないところは全速力で駆け、人目があるところでは優雅に見せながらドレスの中の足を高速で動かした。
普通に走った方が楽なのだがそういうわけにもいかない。
やっと礼拝堂に到着した時には足がつりそうになっていた。
神も目的地が遠い場合はもう少し早く連絡してもらえないだろうか。
べつに文句を言っている訳では無い。
もう少し神がお心を砕いてくださることを願っているだけだ。
「ああ浩々たる天空を司るいと慈悲深き神よ、灯火の祈りを聞き届けお心を賜らんことを・・・・・」
私は礼拝堂の外から神の像に向かって長々と祈りを捧げた。
けれど残念ながらあの凜としたお声を賜ることは出来なかった。
しまった!!お昼の時間が終わってしまう。
祈りを捧げていた私を注目していた人たちが居たようだがそれはどうでもよい。
神の御前を通るというのに祈りを捧げない訳にはいかないのでこれは不可抗力だ。
私は無駄な言い訳を考えながら噴水へ急いだが無情にも授業開始の予鈴が鳴り響く。
無断欠席になってしまうが総てにおいて神の指令が優先だ。
しかし噴水にたどり着いた時には、既にそこには誰もいなかった。
まずい、指令では噴水に入ろうとして靴下を脱いでいるマリア様を、はしたないと注意しなければならなかったのに・・・
このままでは神に失望されてしまう。
いや待て、指令では細かい時間の指定はなかったのだから、まだ失敗したと決まった訳ではない。
私は神からの指令内容を考察する。
彼女が噴水に入らなければならない理由はなんだろうか。
噴水の周囲を調べると、水中に光る金属製の何かを見つけた。
私は周囲に誰もいないことを確認してから靴と靴下を脱いで噴水に入る。
それはマリア様の家の家紋が入ったペンだった。
分かった、彼女はきっと落としたこれを拾うために噴水に入るのだろう。
まだこれがここにあるということは、待っていれば彼女はまたここに来るかもしれない。
私は胸をなで下ろし、ペンを元の水中に置いた。
その時授業開始の鐘と同時に噴水から勢いよく水が噴き出す。
「きゃっ」
私は慌てて噴水を出たがドレスはかなり水を吸ってしまっていた。
冷たい噴水に足を付けた事も相まって少し冷える。
だが気温は低いが天気は良いのでこの程度なら時間がたてば乾くはず。
何より私には神から与えられた崇高な使命がある。
私は近くの茂みに隠れて彼女がやって来るのを待った。
「くちゅん!」
その後私は青い顔で茂みにいるところを探しに来た従者に発見された。
目覚めるとそこは見慣れたベッドの中だった。
頭はぼんやりとし寒気もする。
「神のお怒りに触れてしまったのだわ」
私は虚空を見つめながら呟く。
「いえお嬢様、この季節に濡れた服で外にいれば流石に馬鹿なお嬢様でも風邪を引いて当たり前です」
視線を横に向けるとそこには従者と侍女、それといつもお世話になっているお医者様のお爺ちゃんがそれぞれ微妙な表情を浮かべていた。
前回、目的地が遠い場合はもう少し早く連絡してもらえないだろうか、との祈りは神に聞き届けられた。
私ごとき小さき者のわがままにご配慮いただけるとは天にも昇る心地だ。
実際には神からの指令をすべて果たすまでは天に昇るつもりはない。
今日の目的地は校舎からは少し離れた人気のない建物の裏であるが、今回は起床と同時に神のお声を賜ったので、時間の余裕を持って目的地に到着した。
今回の指令はマリア様が人気のない建物の裏で男の方と二人で居るところに登場し、はしたないと罵るのが仕事だ。
予定時間は昼だがさすがに朝食後、すぐ来たのは早すぎたようだ。
マリア様はいらっしゃらないし、男臭い筋肉が半裸で剣を振り回している。
この筋肉男は神から与えられた崇高な使命を果たすのに邪魔ではあるが、お昼まではかなりの時間があるからそれまでには居なくなるだろう。
私は男の前を通って奥の低木の陰に身を潜めた。
ここに隠れていてマリア様が来たら飛び出す、なんと完璧な計画だろう。
私は茂みから目だけ出して周囲を警戒した。
「おい!、あんたいったいそこで何をしているんだ」
返事をしたら私の存在がばれてしまうではないか。
「おい!そこに居るのは分かっているんだ。答えろ」
答えないのは何か理由があるからに決まっているのに、これだから頭まで筋肉の男はいけない。
私はそっと顔だけ出して人差し指を口元に当てて静かにするように合図を送る。
「おまえはいったい何がしたい。何をしているんだ」
なんということだろう、合図を送ったにもかかわらず男が静かにならない。
私は仕方なく茂みから顔を出して口を開いた。
「わたくしは重要な使命を帯びてここに隠れているのです。貴男も貴族なら相手の事情をくみ取って見て見ぬふりぐらいできないのですか」
「いやそういう問題じゃないだろ。すまないがとても気になるし鍛錬の邪魔だからどこかに行ってくれないか」
「はあっ~!わたくしは重要な使命があってこの場を離れられないのです。わたくしのことが気になるのでしたら貴男の方が別の場所へいけばよいではありませんか。それに剣の練習は練武場でやるものでしょ」
「確かにそうなのだが・・・」
「分かったらさっさと練武場にいってください!」
男は木に掛けてあった上着を抱えて去って行った。
よし、これで後はマリア様を待つだけだ。
私は片時もこの場所を離れることなく待った、日が天頂にさしかかりお腹がすいても、日が傾き始めお手洗いに行きたくなっても我慢して待ち続けた。
そして日があかね色に染まった頃、私は震える足でその場から立ち去った。
決して使命を放棄したわけでも、何か取り返しのつかない失態を犯したわけでもない。
指定時間はお昼だったのだから、日が沈みかけているこの時間はお昼ではないはずだ。
それにマリア様が来なかったのだから私が失敗したわけではない。
私は生まれたての子鹿のように震えながらお手洗いへと向かった。
神からの新たな神託が下った。
今日の指令はセバスを食堂で虐げ、何か適当な罵倒をしなければならない。
しかし罵倒とは何をすればよいのでしょうか?
時は放課後、食堂は午後のティータイムを楽しむ男女にあふれていた。
「セバス、お茶とお菓子を買ってきなさい。今日は貴男の分はなしよ」
私はとりあえず彼のおやつを抜いて虐げることにした。
「・・・」
彼の表情が絶望にゆがむ。
「早くなさい!」
私は無駄に高圧的な口調で命じた。
これで指令の虐げる部分は達成したはずだ。
私は比較的目立ちやすい窓際の席を選んで椅子に腰掛ける。
まだマリア様は来ていないようだが、ここなら見つけやすいだろう。
セバスが紅茶とクッキーの乗ったトレーを持って向かいの椅子に座り、恨みがましい目で私を見ながらそれらを差し出した。
私はフルーツが混ぜられたクッキーを手に取りこれ見よがしに口に放り込む。
今日はセバスを虐げるのが神からの指令であるから仕方がない。
決して日頃から私への対応が雑なことを恨んでいるわけではないのだ。
そして今度は茶葉の練り込まれたクッキーを食べ、こんどはセバスの好物である蜂蜜入りのクッキーを手に取った。
そして手が届かない程度の距離でそれをひらひらさせる。
「アンネローゼ様!」
いつの間にか側に居たマリア様が叫ぶのと同時に、セバスはテーブルに乗り出して私の手をつかみクッキーを私の手ごと食べた。
セバスの唾液が指について気持ち悪い。
「何をするのセバス!」
「あれ、差し出されたのでいただいただけですが、何か問題が?」
悪びれもせず平然と答えるセバスに腹が立ったが、今はこの気持ち悪い指をなんとかする方が先決だ。
「この変態、非常識!」
私はセバスを罵倒した後に洗面所へと向かった。
教会の鐘が鳴り響く。
そういえばマリア様はいつの間にか来ていつの間にか居なくなっていたがこれでよかったのだろうか?
しばらく考えてみたが、とりあえずセバスを虐げて罵倒したのだから、神からの指令は達成したはずである。
私は指を入念に洗ってから食堂へ戻った。
「・・・セバス?紅茶とクッキーが見当たらないのだけど、どうしたのかしら」
「なかなかお嬢様がお戻りにならないので私が胃の中に処分しておきました」
なんということを、この場所は夕方まで利用可能なのだが、先ほど教会の鐘が鳴っていたのでお菓子やお茶を注文できる時間はすでに終わっている。
私はこの不遜な従者に天罰が訪れますようにと神に祈りを捧げた。
残念なことにセバスに天罰は下ることはなかった。
神はすべてをお許しになる。
不遜なセバスの態度も、そしてそれを許すことができない矮小な私の心も・・・
街の教会に懺悔の祈りを捧げた私は立ち上がり、新たな使命を果たすべく扉を開いて外に出た。
「お嬢様、今日はどちらへ?」
「黙ってわたくしについてきなさい」
「またですか・・・」
セバスが諦めたようにつぶやき、護衛の騎士たちが肩をすくめる。
だがそんなことは気にしない。
私は中央広場が見渡せる物売りの屋台の裏に隠れる。
この屋台の馬鈴薯は全部買い占めているので、決して商売の邪魔をしているわけではない。
問題は明日から私とセバスのお昼が毎日ふかし芋になるだけだ。
私はマリア様と殿下がやってくるのを待ち受ける。
今日の指令は二人の出会いの邪魔をしないことだ。
ではなぜこんな所に居るかといえば、二人が出会う場所に危険や障害が潜んでいないか見張るためである。
早速がらの悪い酔っ払いが騒いでいるので護衛に命じて排除する。
ちょっと悪ぶった男が女の子に強引に迫っていたのでこれまた護衛に命じてお引き取り願う。
しばらくして、今度は迷子の女の子が泣いていたので屋台で飴を買ってあげて泣き止ませ、セバスに親を探させた。
「おねいちゃんさようなら!」
私は両親に連れられて家路につく女の子に手を振り返す。
そして神から聞かされた時間の少し前、見た目が堅気の者とは思えない二人組が広場に入ってきた。
見た目だけで決めつけるのは偏見かもしれないが、神からの指令の障害となる可能性は排除しなければならない。
私は護衛の騎士に穏便に彼らを排除するように命じた。
騎士たちは気配なく彼らの後ろから近づき、意識を刈り取ってから静かに二人を連れ出した。
本職の誘拐犯も驚嘆するような熟練の手際だった。
これでもう安心だろう。
そしてついにマリア様が広場に現れ、しばらくして殿下が反対側の通りからやってきてマリア様の居る方へと歩いて行く。
そして・・・すれ違った。
「よし、目的達成だ」
私は立ち去っていく殿下を見ながら拳を握って喜びを表す。
間違いなくマリア様は殿下を見ていたし、殿下も見られているのに気づいてちらっとそちらを見たのを確認した。
二人は出会ったのだ。
「セバス、帰りますよ」
「ふあいっ」
私の言葉にセバスが串焼きを食べながら答える。
相変わらずあれな態度だが今日は機嫌がよいのですべてを許そう。
「お嬢様、おやつ用に何本か串焼きを買ってくるので待っててもらっていいですか」
セバスは私の答えを待たずに串焼きの屋台へと駆けていった。
彼を解雇したいと思うのは私の心が狭隘なのだろうか・・・
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ここは私がプレイしたことがある乙女ゲームの世界で、私はヒロインであるはずだ。
だがどうしてだか分からないが、攻略対象と上手くいかない。
最初はイケメンだがちょっとチャラいところがある男爵家のご子息に接触した。
そこまでは問題なく、悪役令嬢のアンネローゼも現れて邪魔してきたからシナリオ通りだと思っていた。
違っていたのはアンネローゼが去った後だ。
彼女の後ろに控えていた取り巻きが、彼の胸ぐらをつかんで引きずっていった。
私はただ唖然として見送るだけだった。
二人目の攻略対象は高位の司祭の息子で、顔は前回の男爵家のご子息に劣るが声が美しい。
この世界の神は、神に仕える者たちの結婚を認めているし、それに司祭クラスは結構お金持ちだ。
私は気持ちを切り替えて、出会いの場となる噴水のところで待っていたのだが、彼も悪役令嬢のアンネローゼも現れなかった。
もしかして出現条件のイベントか何かがあったのだろうか?
三人目の攻略対象は騎士団長の息子で、剣の才能がないことを気にして隠れて特訓をしているはずだった。
だがなぜか練兵場でほかの騎士見習たちと一緒に普通に鍛錬をしており、彼単独ではなく、周囲に幾人もの貴族令嬢の目があるこの状況で私が話しかけることはできなかった。
四人目は悪役令嬢の従者で、彼女に虐げられてつらい思いをしているはずだった。
だがイベントが起こるはずの場所に向かうと、悪役令嬢が従者に手ずからクッキーを食べさせている場面に遭遇した。
私は速やかにその場を立ち去った。
あーんなどバカップルがやるような場面に遭遇し、少し心が折れてしまいそうになったからだ。
最後の攻略対象は、本命も本命、この国の王子様だ。
私は広場でイベントが起こるのを待った。
がらの悪い男たちが私の美貌に目がくらみ、ちょっかいをかけてきたところを王子様が助けてくれるのだ。
だが広場には、がらの悪い男どころか普段なら居るはずのナンパ男の姿すら見えない。
私がオロオロしている間に殿下がやってきて私の横を通り過ぎた。
一瞬だけ目が合ったが、お忍び中の殿下に理由もなくこちらから話しかけることはできない。
不用意に声を掛ければ拘束される可能性だってある。
少しだけ離れたところに、明らかに騎士だと思われる人たちが何人も控えているのだ。
これですべての出会いイベントを失敗してしまった。
このままでは誰とも結ばれないノーマルエンドになってしまう。
この世界はゲームと同じ世界だが、ゲームではない。
私の行動でゲームにはないハッピーエンドにたどり着くこともできるはずだ。
私は好感度が上がっているときに必ず起こる階段のイベントを起こすことにした。
階段から落ちるのは怖いが、あらかじめクッションになる帽子やコートを着ていくのである程度は衝撃を緩和できるはずだ。
このイベントは成功すれば好感度が急激に上がるボーナスイベントだ。
確かにこのイベントが起こると、悪役令嬢は家が没落したり、修道院に行かされたりするが処刑されたりはしない。
生きていればきっといいことがあるのでこの程度は許してほしい。
悪役令嬢には私のために今度こそ役に立ってもらおう。
そして今、私は階段の上で尻餅をついている。
階段の下には倒れ伏して動かない悪役令嬢がいる。
なぜこうなった・・・
私が突き飛ばされたふうを装って自分から階段の方へ倒れていったら、彼女が私を庇って転げ落ちたのだ。
「マリア・リンベル、君をブルボンニ公爵令嬢殺害未遂の容疑で拘束する!」
私はどこで間違えたのだろうか・・・
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目覚めたら学園の卒業式は終わっており、私の枕元には卒業証書が置かれていた。
神託で示された期間は学園を卒業するまでの間
「もう神があの凜としたお声で語りかけてくださることはないのね・・・」
悩んでいても仕方がない。
私は考えていた次の計画を実行に移すことにした。
恋とは勝ち取る物である。
私は両親に教会に入りたいことを伝え、必死に説得した。
跡継ぎは兄も弟も居るし、ブルボンニ公爵家は権力が集中しすぎて問題になっているくらいだから、私が政略結婚する意味もない。
この件には同級生で高位司祭様のご子息も口添えしてくれた。
最終的には両親も折れて、私は大神殿で神に仕えることができるようになった。
あれから七十年が過ぎた。
これまで毎日神への祈りを捧げてきたが、未だにお声を賜ることはできていない。
そして今日も祈りを捧げる。
「教皇様、お体の具合が悪いのでしたら、今日くらいはお休みになってはいかがですか」
私を心配してのことだとは思うけれどそれはあり得ない。
「わたくしを気遣ってくれるのね。ありがとう。でもこの世界を支えてくださっている神に祈りを捧げるのはわたくしがやりたいことなの。わがままを許してちょうだい」
まだ若い司祭は黙ったまま頷き、杖を持っていない方の手を取り私を支えてくれた。
私が祭壇の前にかしずくと同時に司祭たちも祈りの姿勢をとる。
「ああ浩々たる天空を司るいと慈悲深き神よ、灯火の祈りを聞き届けお心を賜らんことを・・・・・」
いつもと同じ朝、いつもと同じ祈り、だが今日は
「光が見える・・・」
私の言葉に周囲がざわめく。
「教皇様、光とは?」
私はその光に向かって手を伸ばした。
「ああ、神よ・・・」
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少し前に私より上位の神からお願いされ、地上との連絡役を行ったことがあった。
私の周りをふよふよと漂うこの魂は、おそらくそのときの人間のものだろう。
それは分かる。
「どうやってこの高位の次元へやってきたのだ?」
私の声に漂う魂が明滅し、まるで喜びを伝えてきているかのようだ。
「もしかして、これが上位の神が言っていたストーカーというものか・・・」
「ああ、このりんとしたお声、尊いですわ!」
今日もアンネローゼは幸せである。