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名簿

        1

 ジョニーはアイシャを見返した。睨みつけるでもなく、媚びるのでもなく、ただ背筋を伸ばして立っていた。

 だが、平然とした態度に反して、ジョニーの全身は、これから起こる戦いを想像して、興奮していた。

 本気で暴れたい。

 ここ数日間、内なる暴力的衝動を、ジョニーは獣欲のように持て余していた。

 手加減をせずに戦える相手が、道中には、いなかった。

 だが、今では、目の前に、手強そうな相手が揃っている。口から涎がしたたる獣になったかのように、ジョニーはヴェルザンディ陣営を見た。欲求不満を満たすには充分な相手ばかりだ。

 アイシャは不機嫌な瞳をしている。ジョニーは、演技だと見抜いた。

 アイシャの口元は、かすかに緩んでいる。ジョニーを獣だとすれば、アイシャはまるで罠にかかった獲物を眺めて微笑む狩人のようであった。

 ヴェルザンディの陣営から、槍や盾の鳴る音がする。密かに、戦闘態勢を取っている、とジョニーは気づいた。

 急変した空気に、フィクスは隣で狼狽しだした。セルトガイナーは周囲を見渡した。シズカは扇子で顔を隠し、クルトは、振り返ってジョニーを睨みつけ、非難の意思を表明している。

(知ったことか。王女だろうが“龍王ドラゴン”だろうが、売られた喧嘩は、いつでも買ってやる)

 ジョニーは、クルトの視線など無視した。

 だがこちらは、武器を預けているので、丸腰だ。

 だが、恐怖など感じない。もう次の手は考えている。

「リコ……! ここはおおやけの場だ。おふざけができる場所じゃないぞ? 相手は洒落にならん御方だ。……身内のヒルダとは違うんだ」

と、ボルテックスが、焦った声で諭した。年長の男らしい威厳さを保ちながらも、粗相をした子どもを叱りつける母親のような態度である。だが、たしなめる程度で、ジョニーにそれ以上、何も文句をつけてこなかった。

 ジョニーの視界外から、強い視線を感じた。発生源は、顔を見なくても、セレスティナからだと分かる。

 またセレスティナに怒られる、とジョニーは予想した。

 余計な発言をした手前、視線を合わしたくない。何もしなくても、セレスティナは常に怒っている。

 だが、見つめ合えるものなら、少しでもセレスティナと見つめ合いたい。

 恐る恐る、セレスティナに視線を移した。

 セレスティナは、怒っていなかった。

 何が起きているか理解できていない表情だ。だが、決して怒ってはいない。むしろ、どこか憑きものがとれたような、病み上がりのような、不要物が抜け落ちたような顔つきをしている。すっきりとした回復したかのような表情だ。

 どういう経緯なのかまで、ジョニーには読み取れなかった。

 ジョニーは、セレスティナの水晶のような瞳を見た。宝石の中には星粒が瞬き、輝いていた。怒りの感情を持たないセレスティナと見つめう状況は、新鮮で、身体が飛び上がるほど胸が高鳴った。

「へへ、失礼しました。あの男、世間を知らないもので……。まだ子どもなんですよ。アハハ」

 ボルテックスの間の抜けた声が、ジョニーを現実から引き戻した。

(俺は喧嘩を買っただけだ。喧嘩を売ってきた張本人に、ゴマをすって、何が楽しい?)

と、気分を悪くした。ジョニーには、嫌な予感がした。喧嘩は譲れば譲るほど、相手が調子に乗る。

「構わんよ、そっちがそういうつもりなら、いいだろう……!」

 アイシャは、ボルテックスの弱気を見逃さなかった。

「出席を取るぞ。“鉄兜アイアンヘルム”……ヨーゼフ・クルト」

 ジョニーの予感は当たった。アイシャはボルテックスの弱気に切り込むかのように、名簿を読み始めた。

 名簿から目を離さないまま、口元に冷酷な笑みを浮かべた。

「えーと、どういう意味ですか? なんでクルトが呼ばれるんですか?」

と、ボルテックスは、アイシャの突然の行動に動揺した。

「シグレナス皇帝陛下の名代、ボルテックス同志。名簿だけを渡されても、誰が誰なのか分からないのだよ」

と、アイシャは名簿から視線を外し、足を組み直した。先ほどから組み直しすぎである。

「いやはや、シグレナスには、面白い奴がいるのだね。さっきの同志が指摘したとおり、僕は、僕が誰にどのように呼ばれているのか、誰が誰をどう呼んでいるか、呼び名に思い入れがあるというか、気にする性質たちなのでね。なにか名前を間違えて損をしたとか、呼び方を間違われて気分を害したとか経験はないけれど、名前を間違えてはいけない。ボルテックス同志、君のお説通り、名前を間違えては失礼に当たるからな。一人一人、名前を確認させてもらおう」

 アイシャは高笑いをした。だが、ボルテックスは、すかさず切り返した。

「これまでの慣習ですと、名簿は交換するだけで完結するのですよね? でも、王女のご要望を通すとしますと、我々シグレナスにも、ヴェルザンディさんの情報を教えていただけますよね?」

 腰は低いが、自分の意見を曲げない。ジョニーはボルテックスを見直した。

 隣でセレスティナが、しきりに首肯している。真剣な表情で何度もうなづく様子が、これまた可愛いな、とジョニーは思った。

 だが、アイシャはボルテックスの言葉を無視した。

「失礼な奴がいる集団に、僕らは僕らの名前を教えてやるわれはない」

と、ジョニーに侮蔑した目つきで睨みつけた。刺すような視線に、ジョニーは苛ついた。真っ直ぐに見返したが、すでにアイシャはジョニーから視線を外し、間に合わなかった。

「……どうした、ヨーゼフ・クルト同志。返事をしないのか?」

 アイシャが空中に問い詰めた。アイシャは、クルトが誰か知らない。たしかに名簿には、顔と名前とを一致させる機能はない。

 クルトは目を逸らした。返事をしない。

「嫌な野郎だ。てめえ勝手な話ばかり……。俺は絶対返事をしねえぞ」

と、アイシャには聞こえないくらいの音量でののしった。

 クルトは、負けず嫌いの性格である。ジョニーといい、アイシャといい、一度嫌った相手には一歩も退かない。強情で面倒な奴だ、とジョニーは迷惑に思った。

「名前を呼ばれて応えないクルト同志といい、さっきの奴といい、シグレナスの同志諸君は、いささか礼儀に欠くとみられるなぁ。それとも、シグレナスの同志諸君は、我らヴェルザンディなど、非礼をしても平気だと思っておられるのかね?」

と、アイシャが笑った。乾いた声が、執務室に響く。

「クルト、てめぇ……」

 ボルテックスは、手にしていた書類を床に投げ捨て、クルトに詰め寄った。

 クルトの襟首を掴み、鉄槌のような拳で殴りつけた。鈍い音とともに、クルトが地面に倒れ込んだ。うめく口から、粘性のある血が、垂れた。

「おい、俺の顔に泥を塗る気か? おぉん?」

と、ボルテックスは、床に這いつくばったクルトの背中を、踏みつけるように足蹴にした。

 クルトは、床から顔を離し、憎しみの目を、ジョニーに向ける。

(クルトよ、どうしていつも俺のせいにする?)

と、ジョニーは悲しい気持ちになった。理不尽な怒りの矛先が、面倒くさい。

 シグレナスもヴェルザンディも、ボルテックスの迫力に、唖然としていた。

「ふふふ、誰がクルト同志か分かったよ。ありがとう、ボルテックス同志。君を見直したよ」

と、アイシャだけは、笑みを浮かべている。爬虫類のような、冷たく残忍な目つきであった。

「おい、てめぇ。なんか言えや」

と、ボルテックスはクルトを起こした。クルトの首に後ろから腕を回し、顔を近づける。

「悔しいかもしれんが、ここは耐えろ。な」

と、ボルテックスがクルトに向かって、小声で諭していた。結局誰がクルトか分かってしまったら、クルトは殴られ損である。だと、ジョニーは思った。

 セレスティナが割り込み、ボルテックスの逞しい腕に手をのせた。

「いいえ、今回の件は、公平さに欠けます。抗議すべきです。たとえ我々の中に非礼な者がいたとしても」

と、セレスティナが、眉間にしわを寄せている。声は、震えていたが、強い芯があった。

 ジョニーはセレスティナの声が好きだった。密かに非難されている点が気になるものの、セレスティナの声が聞けただけで幸せな気持ちになる。

 凜として透き通る声に、ヴェルザンディの人間も聞き惚れている。独占欲を逆撫でされるようで、不愉快だった。

「レディ・セレスティナ……レディが俺の家来なんかのために、危険に晒されちゃあいけません。命がけでレディをお守りする。それが、俺たちのお役目だ」

と、穏やかに応えるボルテックスが、ジョニーには頼もしく感じた。

 セレスティナは、険しく悲しい顔で首を振った。理不尽な暴力を受けたクルトを哀れんでいる。クルトのみならず、ボルテックスが自分のために犠牲になる状況に反対なのだ、とジョニーは思った。

 ジョニーは、ボルテックスが羨ましかった。どんな話題であれ、セレスティナと会話ができる立場で、しかも、命の心配までしてもらえるのである。だが、ジョニーはボルテックスの態度に、怒りが沸き上がった。セレスティナを守って欲しいけれど、あまりセレスティナと接近してくれるのも困る。

「ほら、どうしたのかね? ……抗議とは、シグレナスの同志諸君らは、何をする気かね?」

と、アイシャはさげすんだ声で、問い詰めた。

 ボルテックスもセスレスティナも返事ができずにいると、アイシャは片手を挙げた。

 ヴェルザンディの陣営が、武器を鳴らした。取り囲んでくる。

 半包囲された仲間たちの間に、動揺が走った。誰も武器を持っていないのだ。

「おっと、何を恐れているのかね? シグレナスの同志諸君。不安になるべきは僕たちなのだよ。諸君らが、どんな抗議をしてくるのか分からないからね。危険が及ぶかもしれない。僕たちは、僕たちの身を守る必要がある」

 アイシャの物言いに、ジョニーは腹が立ってきた。完全に自分たちを馬鹿にしている。勝手に半包囲をしていながら、アイシャたちにどのような危険があるというのか。

 セレスティナの表情に、恐怖と焦りが走った。

 ジョニーはセレスティナが傷つく様子に、頭に血が上った。

(どんな理由であれ、これ以上、セレスティナを追い詰めるような真似は、俺が許さん)

 ジョニーは怒りにまかせて、手で印を組んだ。思考よりも先に、行動が出る。それが、ジョニーのやり方である。

「出でよ、我が霊骸鎧! “影の騎士(シャドーストライカー)”……!」

 いきなりの変身に、全員の注目を集めた。

 ジョニーは“影の騎士”になり、すかさず、“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力を開放した。

 気配を消し、観ている者全員の注意を逸らす能力だ。ジョニーは自分の能力にしては、分かりづらいと感じている。

 ジョニーは、割れた床板を両脚で蹴って、跳んだ。

 まだ誰もジョニーを見ていない。跳んで空中で一回転をして、着地した。

 変身が解けた。もう全員からの注目は再び集まっている。

 黒い煙が、空気に霧散していく。

 黒い霧が晴れた瞬間、アイシャの驚いた顔が現れた。

「俺の名前はジョエル・リコ。“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身する。“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力を持つ。……これで、満足か? ……アイシャ王女」

 ジョニーは腕を組んで、横目でアイシャを見下ろした。

「さて、俺の能力だが……。どんな相手でも、いつでも近寄り、背後に回る。俺はこうやって、多くの敵を倒してきた」

 優しい手つきで、空気中に向かって、架空の首を切り落とす仕草を見せた。

 その気になれば、この場で殺してさしあげますよ、という意思表示メッセージを送った。

 アイシャは、唇を震わせている。いきなり隣でジョニーに脅迫され、狼狽している。

「いいか、よく聞け」

 ジョニーは、アイシャの鼻先に、指を突き立てた。アイシャは、瞬きをした。どう対応して良いのか分からない様子だ。

「そもそも、俺たちには貴様らに名簿を提出する義務がなかった。出す必要のない書類にまで、貴様らの確認に付き合う義務など、俺たちにはない!」

        2

 ジョニーの声が、青天井の執務室に響き渡る。

 フリーダは腕を組んで、笑っている。

 ダルテは、厳しい目つきで口をへの字に曲げ、状況を見守っている。プリムは自分のくせっ毛のある頭を両手で押さえて、恐怖に居心地の悪さを感じているのか、その場にしゃがみ込んでいた。

 シズカは扇子で、顔を隠している。扇子を少しずつ折りたたんで、顔の半分を露出してジョニーを眺めていた。目を細めて笑っているのか笑っていないのかよく分からない。

 セルトガイナーは興奮した顔つきで、握りこぶしを作っている。サイクリークスは前髪で顔が隠れていて、表情がよく分からないが、両肩を浮かせて、喜んでいる。

 ゲインは腰を落として、やぶにらみの目をしたまま、歯を牙のようにいからせている。

 クルトは呆れたような表情で、そり上げた細い眉をひそめていた。

 セレスティナは下を向いて、震えている。今度こそ怒らせたかもしれない、とジョニーは心配になった。

(俺は、後悔はしていないぞ。セレスティナや仲間たちを馬鹿にするこのアイシャとかいう女が悪い)

と、ジョニーは胸を張った。

 ボルテックスは、セレスティナの隣で巨体を屈めながら動揺していた。

 もう一人、隣で動揺している者がいた。

 アイシャだった。

 目を見開き、細い肩を小さく震えていた。

 よく見れば、額が広く、瞳が大きい。子どもっぽい顔立ちをしている。

 実年齢は、自分たちよりも想像している以上に幼いのかもしれない、とジョニーは思った。知った。ひょっとして、ジョニーよりも年下なのかもしれない。

 これだけの脅迫で恐れを感じているのは、喧嘩慣れしていない。霊骸鎧“龍王”は確かに強力だが、中身は、ただの少女なのだ。

 いたずらをしていたら、いきなり怒られた子どものように驚いている。

(お姫様育ちで、大人に怒られた経験がないだろう)

 怒られた経験がない甘やかされた子どもなのだ。同じ王族でも、シズカは亡国の姫である。人知れぬ苦労を味わっているので、奇行は繰り返すものの、傲慢な態度で人には接しない。

 アイシャは、強がっているだけだ。

 アイシャは王女としての、国の代表として重責を負っている。細い肩で必死に恐怖と重圧に耐えながら、業務を遂行している。……ある意味、セレスティナと境遇が似ている。

「なんて大胆不敵な奴……、あのアイシャ様になんて無礼な真似をするとは」

と、ヴェルザンディの誰かが驚いた。

「たとえ相手があのアイシャ王女であれ、ヴェルザンディ全体に対して舐めた態度を見過ごせない。今ここで、殺すべきだ。どうする? 今からやるか?」

「待て、アイシャ王女の命令に従うまでだ。我々が勝手に殺してはならない。たとえアイシャ王女であっても、我々にとっての王家なのだからな」

「……大言を吐いているが、奴の霊骸鎧も能力も、大して驚くほどではない。我々にかかれば、いつでも倒せる。所詮は、雑魚だ」

 ヴェルザンディの人間が、ヴェルザンディの言葉で口々にささやいた。ところどころ部下のアイシャに対する評価が垣間見えていた。

(雑魚とは、ずいぶんな評価だな)

と、ジョニーは苛立ちを苦笑いで噛み殺した。いずれ思い知らせてやる、と誓った。

 一方では、ボルテックスたちはヴェルザンディの不穏な雑談に反応していない。

 仲間の中で、ヴェルザンディの言葉を理解できる者はいない、と、ジョニーは分析した。ヴェルザンディも言語の壁を理解していて、非礼を通り越して、好き勝手に殺害の相談をしている。

 ボルテックスに、自分をヴェルザンディの人間だと分析された記憶がある。ますます自分がヴェルザンディの人間だと確信した。

「アイシャ王女。いや、アイシャ同志。俺たちは、同志なのだろう? 同志ならば同志らしく、くだらない言い争いをするよりも、力を合わせる状況を作り出すべきだ。……それが王家、人の上に立つ器でないか?」

 王家とか人の上に立つ器とか、ジョニーは皮肉を込めた。

 アイシャには、人望がない。ジョニーは、見抜いていた。普段から同志だの何だの意味不明の遊びに付き合わされている状況を想像して、笑いがこみ上げてきた。

 最近は変わってきたが、以前のボルテックスと自警団の関係に近い、と思った。。自警団の連中は、打算や恐怖でボルテックスに従っているだけで、別にボルテックスを好きだからでもない。

「……それでも、同志と喧嘩をしたいなら、俺に売れ。いいか、俺一人だけだぞ? ボルテックスやもう一人は、平和主義なのでな。どう挑発しても、連中とは喧嘩にはならん。いつでも遊んでやる」

 ジョニーはセレスティナ、と呼べなかった。セレスティナ、と口に出して名前を呼ぶには、恥ずかしすぎる。

 アイシャは口を結んで、頬を膨らませている。目尻に水分が浮かんでいる。

 ジョニーはマントを翻して、アイシャに背を向けて離れ、困惑しているセレスティナとボルテックスの間に、割って入った。

「貴様らは、もっと堂々としていろ。強さを示さなければ、相手に舐められるだけだ。貴様らは、皇帝の代理人なのだろう? 皇帝に恥をかかせないためにも、どこの誰であろうと、恐れるな。どんな奴だろうと、貴様らに仇をなす者がいれば、すべて俺が倒す。これまでもそうだったように、これからも、そうなのだ……」

と、二人を安心させるために、低音で囁いた。

 ボルテックスの顔が明るくなった。覆面のせいで、詳細は分からないが、嬉しそうな雰囲気を放出している。

 セレスティナは怒っていなかった。ジョニーにとって、セレスティナはいつも怒った表情をしているので、怒っているか怒っていないのかが一番最初に気になる点である。

 肩の荷が下りたような表情をしている。口の中で空気を噛みながら、具体的に何を喋っているのか分からないが、何かをジョニーに伝えようとはしている。

 セレスティナとアイシャは、国の代表の重責を負っている点で同じだ。だが、アイシャには、セレスティナと違って、守ってくれる人はいない。王家と付き従う者たちの関係でしかない。

 ならば、ジョニーは、自分自身がセレスティナを安心させてあげればよい。それだけで、アイシャとセレスティナの喧嘩は、セレスティナの勝ちである。

 ジョニーは悠然と同じ場所に戻った。

「へっ。リコちゃんの奴、かっこつけやがって」

と、ボルテックスが自分の鼻をなでた。自分の手柄のように喜んでいる。

「むむ……」

と、アイシャが握りこぶしを作って、唸っている。

 フィクスが小躍りして、歓迎してくれた。

「すごい、貴公は、何と豪胆な男なのだ。見ろ、アイシャ王女は悔しがっているぞ。貴公は凄い男だ。貴公、格好いいぞ。ただ強いだけでなく、優しい。しかも筋の通った反論ができて、賢い」

と、フィクスが腕を掴んでくる。ジョニーは本当は振り払いたかったが、フィクスが気の毒だと思って、抵抗しなかった。

「貴公ほどの男は、シグレナスにはいない。……我が家に来ないか? 貴公になら、どんな役職を用意するぞ?」

 フィクスが小声でまくし立てた。ジョニーには、フィクスの意図が把握できない。

「どういう意味だ? ……俺は人に飼われている奴隷だ。俺の処遇は、俺の意思にどうこうできる問題ではないし、俺が貴様の家に行って、貴様にどんな得がある?」

「貴公を好きなの……」

 唐突な告白に、ジョニーは返事ができなかった。

 フィクスを見る。熱病にったかのように、フィクスの顔が赤い。瞳は潤み、物欲しげに見ている。

 槍のような視線が、ジョニーの身体に突き刺さり、貫通した。

 視線の主は、ダルテであった。腕を組み、強い力で睨まれている。

(よせ、ダルテ。貴様は誤解している……。フィクスがいきなり告白してきただけだ)

 不倶戴天の敵であるかのような視線に、ジョニーは心の中で言い訳をした。

 セレスティナも睨んでいる。こちらも憎悪の詰まった重苦しい目つきをしている。

 視線がジョニーの身体を中心に交差している。ダルテはまだ理解できるが、なぜセレスティナが怒っているか分からない。さっきの活躍で評価が変わったはずなのに、評価が以前よりも悪くなっているような気がしてきた。

 セレスティナとダルテの問題は解決するかもしれないが、そんな真似はできない。総じて、面倒くさい状況に追い込まれている。

「ふは、ふははは!」

 アイシャの笑い声で、交差された視線の槍は解除された。

「面白い男だ! この僕の隣に立つとは。君はよほどの豪毅な勇者なのだね? それとも、命が惜しくない、自殺願望者なのかね?」

 アイシャは玉座から前のめりになって、笑い声を上げている。笑い声を作っている、とジョニーは思った。 

「良いだろう。覚えておこう。君の名を。黒い霊骸鎧“影の騎士”のジョエル・リコくん。僕は、君を決して同志とは呼ばないがな」

 アイシャは顔を上げ、作り笑顔を見せた。目が笑っていない。

「貴様も部下には、同志とは呼ばれていないようだがな」

と、ジョニーも負けじと皮肉を返した。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジョニーはだんだん頭が良くなっている気がします。 喧嘩をする→力を示すの構図から 喧嘩をしないために頭を使う→言葉で伝える の構図に変わってきている。
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