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同志

        1

 謁見室には、天井がない。

 見上げると、数羽の鳥が、素早く通り過ぎていった。ジョニーは、鳥たちが人間同士の対立から生まれる感情を感じ取ったかのように感じた。

 どんよりと曇った空が、陰鬱な影を床に落としている。

 床の薄板タイルは剥がれていて、崩れた外壁から隙間を覗かせていた。

 謁見室、というより、ただの廃墟である。

 ヴェルザンディの人間たちが廃墟に、家財を置いて強引に謁見室に仕立て上げた印象である。

 仮初めの謁見室の中で、セレスティナが、アイシャの前に歩み出た。

 ボルテックスも、用心棒ボディガードのように、セレスティナの隣に歩み寄った。

 ジョニーは、気分が悪かった。なんだかボルテックスとセレスティナの蜜月を見せつけられているようだ。

 ジョニーは、セレスティナの隣にいたかった。用心棒としての役割だけならば、ボルテックスよりも自分が適任だと、自負がある。

 セレスティナが、自分の胸に手を当て、厳かにお辞儀をした。

「お初にお目に掛かります、アイシャ王女殿下。今回、皇帝陛下の名代みょうだいを務めさせていただきます、セレスティナと申します。こちらは、同じく陛下の名代、ライトニング・ボルテックスと申します。お見知りおきを……」

と、か細い声が、広い謁見室に響いた。内包された心の強さが、澄み渡った。

 曇り空から陽の光が差し込んだ。光はセレスティナのクリーム色の金髪、いや全身に反射し、廃墟を照らした。

 セレスティナは、自身の身体から暖かい光を放出している。

 ジョニーは息を呑んだ。全身から鳥肌が立つ。鳥肌から悪い気が全身から抜け落ちて、代わりに良い気が出てくるような気になった。セレスティナの放つ光に、全身が癒やされている。

 セレスティナの振る舞いに、ヴェルザンディ側から歓声があがった。

「おおっ。なんという美しさ。あれが噂に聞くシグレナスの妖精か」

と、セレスティナの美貌に、驚嘆の声を上げている。見るんじゃねえ、とジョニーは不快になった。セレスティナを褒められて嬉しかったが、セレスティナを性的な目で見られていると想像すると、嬉しくない。

「……まるで幻の森に迷い込んだ、可愛い子鹿のようだな」

 アイシャは段差の上から、セレスティナたちを見下ろしていた。よく分からない例えだな、とジョニーは思った。セレスティナを褒めているのか、それとも、無力な相手だと揶揄やゆしているのか、アイシャの意図が読めない。

 アイシャは足を組んだまま、頬杖をついて、不敵な笑みを浮かべている。

 竜の玉座は外側が黒く、背もたれは赤い。主人のアイシャと比べて、幅も縦も大きく、アイシャの細さを余計に引き立たせている。

 陽の光が、竜の玉座から影を生み出した。翼を広げた影は、アイシャと合わさって、セレスティナを飲み込まんとする、有翼のトカゲにも見えた。

「……絶世の美女である噂は、我が国にまで鳴り響いているぞ。これはこれは、国王が奪い合うほどを想像するに容易たやすい。セレスティナ同志、僕をアイシャ同志と呼ぶが良い」

「アイシャ同志……?」

 セレスティナが、目を見開き、複雑な表情を浮かべた。アイシャの意図が理解できないでいる。セレスティナの気持ちが、ジョニーには分かった。突拍子もない要求の前で、どういう表情でいれば良いのか分からない。

 いつの間にか、陽の光は差し込まなくなった。空は、また灰色の雲に覆われ、世界は、薄暗くなった。

 フィクスが、小声で仮説を立てた。

「シズカといい、アイシャといい、世界の名だたる王族は、やたらと変な人……いいや、特徴的というか、個性的な人物が多いな」

 ジョニーは深く同意した。ただ、フィクスの仮説に納得できないほころびがある。

「だが、セイシュリアの王子カーマインや、エレナは、まともだったぞ。カーマインは気の毒になるほど真面目で、カーマインを殺されたエレナはボルテックスに呪いをかけるほど怒り狂っていたがな。……すべての王族が変わり者とは限らない。貴様の仮説は間違っている」

と、ジョニーが反論すると、フィクスは首を傾げた。少し考えてから、納得した様子を浮かべ、結論づけた。

「なるほど、分かった。……アイシャそのものが変人なのだ」

 フィクスと会話をしている中、アイシャは、ボルテックスに視線を移し、話しかけた。

「君が、ライトニング・ボルテックス同志か。セイシュリアのカーマイン王子を一騎打ちで破ったとかいう猛者だな。見事な体格だ」

 ヴェルザンディの数人が身体を動かして、ボルテックスを睨みつけた。連中にとって、ボルテックスは警戒すべき人物なのだ、とジョニーは思った。

「……私めの名前をご存じとは、光栄の至りでございます」

と、ボルテックスは神妙な声色で返事をした。この男は、権力者の前ではいくらでも媚びへつらう能力がある。

「僕には君の顔が見えないが、なにか理由がおありかな?」

 アイシャは、ボルテックスの覆面をからかった。どこか棘があるように、ジョニーには感じた。

「いえいえ、私の顔なんぞ、詰まらないですから、お目に触れてはいけないと思いまして、覆面で隠させてもらっている次第です。……王女殿下。レディ・インドラ、いえ、インドラ将軍とお呼びすべきかな?」

と、ボルテックスは、アイシャを探るような声を出して質問をした。

 ボルテックスは、セレスティナの用心棒というより、共同代表者のように振る舞っている、とジョニーには思えた。

「ボルテックス同志。君もセレスティナ同志と同じく、僕を、アイシャ同志、と呼びたまえ」

「アイシャ同志……。はは、これはお戯れを。一介の商人が、王族の方を同志だなんて、呼ぶような真似は、失礼でできません」

と、ボルテックスはもみ手すり手をして、恐縮した。へりくだった演技をしている、とジョニーは思った。ボルテックスはアイシャの意図をつかめずにいる、とジョニーは感じた。

 アイシャは、冷たい両の瞳で、ボルテックスを睨んだ。一瞬だけ不快な表情を見せたが、口元を歪ませ、作り笑いを見せた。

「では、早速だが、今回の任務を簡単にまとめよう」

と、話題を変えた。竜の玉座から立ち上がる。

 アイシャの挙動に、謁見室の誰もが緊張して、張り詰めた空気になった。“龍王”に変身できる時点で、圧倒的な戦闘力を誇る。機嫌を損ねれば、何をされるか分からない。ヴェルザンディ陣営から、恐れている表情が見える。普段でも、アイシャは周囲に恐れられている、とジョニーは感じた。

 アイシャが踊り子のように、片足を上げ、その場で一回転をしたかと思うと、優雅な流れる動きで玉座の周りを回りだした。

「慣例通り、調査期間は三日間とする。時間が過ぎた場合は、この遺跡を完全閉鎖とする。時間が過ぎた場合は、二度と帰って出られないので、注意をしてくれ。これも盗賊の類いを、僕たちの遺跡の中に入れないためだ。……秘密保持のためだ」

 立ったまま、竜の玉座の背もたれに肘をのせ、片目をつぶる。

 一度閉じ込められたら出してくれないのに、三日間とは期限が短すぎる。

「それに、“彼ら”が外に出てくる状況を防ぎたい。“彼ら”を野に放ってはいけない」

 話し終えると、アイシャはもう一度、玉座に座り直した。

 足を組み、頬杖をつく。

(“彼ら”? ……遺跡の中に誰かいるのか? 外に出したくない奴らがいるのか?)

 さっきの踊りだけでなく、この誰かを指す言葉を、ジョニーは不審に思った。

「調査が終わり次第、この謁見室に集合する。そこで、お互いの調査結果を報告し合う」

 アイシャの言葉に従って、ジョニーは、廃墟、いや、謁見室を見渡した。

 謁見室にしては広い。

 闘技場ほどではないが、今いるシグレナス、ヴェルザンディの両陣営が一斉に喧嘩をしても、困らないくらいの広さである。

「それぞれ本国に戻り、お互いに報告書をまとめて提出する。……これで、今回の任務は終了だ。これで良かったかな? シグレナスの同志諸君?」

 アイシャの底冷えする声色に、シグレナスとヴェルザンディの両陣営が凍りついた。反論の余地を与えない冷たい空気を、アイシャは持っている。

「異論はございません、……アイシャ王女」

と、セレスティナが厳かに返事をした。澄んだ声の中に、どこか暖かさを感じる。セレスティナの出した暖かさに冷たい空気が打破され、シグレナスもヴェルザンディも安堵した空気を発した。

 アイシャの美しく剃られた眉毛に、苛つきが走った。

「セレスティナ同志。僕を王女と呼ぶのは、止めてくれないか? 僕を呼ぶなら、同志と呼びたまえ。僕たちは、国や思想信条は違えど、国家と理念のために戦っている。その点では、同志なのだからな」

 アイシャは、作り笑いを浮かべて、苛つきを覆い隠した。何故怒っているのか、ジョニーには理解できなかった。

 誰が誰をどう呼ぼうと自由である。

「いいえ、高貴なるお生まれの方に、同等に呼び合う行為は、非礼に値します。同志とお呼びする非礼を、当方ではできません。外交上の慣習通り、本来の敬称で呼ばさせていただきます。……アイシャ王女」

と、セレスティナは頭を下げて、応えた。友だち同士であれば、どう呼ぼうと自由である。

 公式の場で身分の違いはあるので、ふさわしくない言動は慎むべきなのである。

 だが、アイシャは前のめりになって、声を強めた。

「こうして僕がわざわざ同志と呼んでくれ、と頼んでいるのだぞ? それを無碍むげに断るのかね? ……セレスティナ同志」

と、アイシャは最後の言葉を低い声で締めくくった。

(これは、セレスティナとアイシャなりの喧嘩だ……)

 ジョニーは、と感じた。女同士の喧嘩が勃発して、珍しく感じた。

(他国の王女に向かって“同志”と呼ぶ行為は失礼で、アイシャはそれを分かっている。分かっていて、セレスティナに強要している。セレスティナが迂闊うかつに、同志、と呼べば、アイシャは非礼だと責めるだろう。セレスティナから不利な発言を引き出して、より優位な地位に立つ気だな)

 アイシャは変人ではない。わざと変人のふりをして、悪質さを覆い隠している。シズカは骨の髄から変人で悪意はなく、アイシャほど面倒な存在ではない。

「お許しください。非礼なお呼び方はできません。……アイシャ王女」

 セレスティナの態度も言葉遣いも丁寧だが、呼び方に関しては一歩も譲っていない。最後に王女、と付け加えるだけで、最後の一撃を与えているかのようでもある。

「あい分かった。……覚えておこう、セレスティナ同志。僕が君を同志と思っていても、君は僕を同志とは思っていいない、とな」

と、アイシャは口元を歪ませて笑っている。目は笑っておらず、セレスティナを自分の爪から逃れた獲物のように悔しげに見ていた。

「呼び方次第で崩れる程度の信頼関係が、同志なのか?」

 ジョニーはかすれた声で呟いた。だが、クルト以外は、誰も反応をしなかった。クルトが振り返って睨んできた。

 次はもっと大きい声で伝えてやろう、とジョニーは決意した。

        2

ばあや……。例の名簿を持ってきてくれたまえ」

 アイシャが指を鳴らす。

 頭巾をかぶった、背の低い老女が進み出て、アイシャに羊皮紙を両手で渡した。かぶっている頭巾から、大きな瞳と大きな鷲鼻が見えた。

「ありがとう、ゴルゴッザ。これは僕の婆や、ベリート・ゴルゴッザだ。シグレナスの同志諸君、よろしく頼むぞ……!」

 アイシャが長い睫毛を伏せて、頬杖をついたまま、羊皮紙に目を通す。

「シグレナスの同志諸君。君たちはセレスティナ同志を含めれば、十二人いるな。僕たちも十二人いる。欠員がいないようだ。……よろしい。調査隊の決まりで、お互い十二人を揃えなくてはいけなかったのだが、問題はないようだ。“十二神将トゥエルブ・ゴッド”の全員は連れてこられなかったが、数人は連れてきた。諸君らを退屈にはさせまい」

と、アイシャは、足を組み替えた。声をあげて笑う。

 ボルテックス以下、シグレナス陣営から驚きの声が上がった。

「“十二神将”ですって? あの“十二神将”ですか? 調査ごときにご冗談を……」

 ボルテックスが覆面越しに、動揺している様子を見せた。セレスティアナの表情に翳りがさした。 

「“十二神将”……なんだそれは?」

と、ジョニーは隣のフィクスに質問をした。ビジーの代わりに解説役をやってもらう。

「ヴェルザンディの精鋭だ。セイシュリアでいうところの“七鋭勇セブン・ソード

だな」

と、フィクスが応えた。唾を飲んで、喉を鳴らしている。恐怖を飲み込んでいるように、ジョニーには思えた。

「どいつもこいつも、七だの十二だの、数を数えるのが好きな奴らだな。ヴェルザンディやセイシュリアばかりで、シグレナスには数を数える奴は、いないのか?」

「シグレナスには“四天王ビッグ・フォー”がいる」

「我らシグレナスは四人しかいないのか。他国に頭数で負けているな」

「所詮、ヴェルザンディも、セイシュリアも、頭数を揃えたにすぎん。“十二神将”にしろ、“七鋭勇セブン・ソード”にしろ、強い奴と弱い奴が入り交じっている。全員が強いとは限らん。……それでも、我々にとっては強敵である事実には、間違いない。我々が束になって、ようやく一人を倒せるかどうかくらい強いだろう。ちなみに、アイシャは、当然、“十二神将”の一人だ」

 ジョニーとフィクスが雑談を終えると、アイシャが書類に目を通し終わっていた。

 アイシャが、口を開いた。

「さて、先日に送ってもらった名簿だが……」

「名簿? さて、お渡しした記憶はありませんね」

と、ボルテックスは首を捻った。セレスティナに無言で確認をするが、セレスティナは首を振っている。

「ライトニング・ボルテックス同志。……君の変身する霊骸鎧は、“光輝の鎧(シャイニングアーマー)”に間違いないか? 送られてきた名簿には、君たちの名前と、変身する霊骸鎧、能力が記載されている」

 アイシャは名簿を裏返して、セレスティナとボルテックスに見せる。

 ボルテックスが顔を伸ばして、名簿を凝視した。

「はい、私の名前も霊骸鎧も、たしかに仰るとおりですけど、なんだか変ですよ。手前どもには、ヴェルザンディさんの名簿は送られて来ませんでしたが?」

 ボルテックスは肩をすくめた。

 ジョニーは飽きてきた。名簿などどうでも良いから、早く次の話をして欲しい。

「引き継ぎの際、名簿の話は出ませんでした」

と、セレスティナが、ボルテックスの逞しい腕をつかんでささやいた。ボルテックスの隆々とした筋肉に、セレスティナの白い指がかかる。

 セレスティナの吐息が、ボルテックスの耳にかかっていると想像すると、ジョニーはボルテックスを憎たらしく感じた。いや、羨ましい。

 アイシャは、眉間にしわを寄せて、首をひねった。

「毎回、ヴェルザンディ、シグレナスともにお互いに名簿を送って、お互い自己紹介するならわしだったのだが、前回の終わりに、もうお互いに送らなくてもよい、という打ち合わせで決まったのだぞ」

 アイシャは名簿を振って、手遊びをしている。王女でありながら、どこか子どもじみた挙動が多い。

「はい、存じています。ですが、なぜ手前どもの名簿が、そちら様に送られているのでしょうかね?」

 ボルテックスが困った声を出しながらも、訊きづらい質問に踏み込んだ。

「……君たちが送ったのではないかね? 僕たちはただ、受け取る立場だからね。君たちの内部事情まで責任はとれないよ?」

と、アイシャも、不思議な顔をしている。ボルテックスとアイシャは同時に首を傾げた。

「話が噛み合っていない。何か話の一番中心にある部分が欠落している状態だな」

と、ジョニーが分析した。

 クルトが振り向いた。そり上げた眉をひそめ、苦々しい表情をしている。

「話をまとめると、送らなくても良い名簿を、俺たちの個人情報を、誰かが連中に売りやがったってハナシだ。……打ち合わせで決まった通り、向こうは送ってこなかった」

と、クルトは、不愉快な気持ちを吐き出すような舌打ちをした。

(この中に、誰か裏切り者がいる……?)

 仲間たちがお互いの顔を見合わせて、ざわついた。

 シグレナス側の動揺を尻目に、竜の玉座からアイシャは身を乗り出した。

「公平を期すために、僕たちから名簿を渡すべきだと思う。だが、僕たちは名簿の準備をしていない。作れなくもないが、調査開始まで、あまり時間がないのでな。……名簿をお渡しできないが、それでよろしいかね?」

と、アイシャは唇に手の甲を当て、笑顔を見せた。だが、目が笑っていない。

 ヴェルザンディ陣営から、笑い声が漏れた。優越感に浸った嘲りが、ジョニーの耳を苛つかせた。

「情報を握られっぱなしの俺たちが、不利ってわけか」

と、ジョニーは喧嘩に負けている気がした。喧嘩に負ける想像をすると、腹が立ってきた。

 ボルテックスは、セレスティナに意見を求めるかのように顔を見た。セレスティナは何か小声で返事をしている。

 ボルテックスは咳払いをした。

「分かりました。ただ、お呼びするときに、お名前に間違いがあってはいけません。失礼に当たりますからね。ですので、皆様のお名前と、変身する霊骸鎧だけでもお聞き願えますか?」

と、ボルテックスは切り返した。いつの間にかセレスティナよりも、ボルテックスがアイシャの対応をしている。

(上手い。相手の霊骸鎧を聞き出して、相手の戦力を知ろうとする作戦だな。霊骸鎧の名前さえ知っていれば、どんな能力か分かる可能性がある。……こちらの情報を知っているのだからヴェルザンディ側も拒否できまい)

 ジョニーは感心した。ボルテックスにしては、なかなかやる。

 アイシャは少し考えて、返事をした。

「いいや、別に君たちが僕たちの名前を、覚える利点メリットは、ない。まさか、守備兵一人一人から、この遺跡調査まで出向く商人の名前まで、知りたいのかね? これまでに何度も遺跡調査が行われたが、僕たちヴェルザンディと君たちシグレナスで、個々人が、お互いの名前を呼び合う機会がほとんどなかった。事務の手間を考えると、名簿の事前送付は意味がないのだ。だから、取りやめになったのだよ」

と、アイシャは流れるように反論をした。子どものような立ち振る舞いであるが、弁が立つ。

 謁見室は、凍りついていた。誰もアイシャに異を唱える者はいなかった。

「それに、名前を間違えたからといって、心配には及ばない。そんな些細な問題で腹を立てる人間は、ヴェルザンディにはいないのだよ」

 アイシャは口元をひきつけて笑った。アイシャの笑い声が、謁見室に響いた。

「さっき同志がどうとか、呼び方にこだわっていた奴は誰だ?」

と、ジョニーはすかさず口を挟んだ。凍った池に、石でも放り投げたように、さらに緊張が走った。

 笑い声が止んだ。

「さっきから君は、なにかね?」

 苛ついた目線を、アイシャが送ってきた。怒れる瞳はトカゲのように無機質で冷たく、残忍な色彩を帯びていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] アイシャは重要人物な気がします。 何を考えているのかがわからなくて次回の続きが楽しみです。
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