座禅
1
肌寒くなってきた。
羽織ったマントに包まると、風を凌げる。
ジョニーはビジーを連れ、シグレナスの門に辿り着いた。
城門の前で、旅行者や商人たちが行列を作っている。
城門の衛兵たちが書類を片手に、商人の馬車を覗き、何かを記録している。馬車の持ち主は、丸々と腹を太らせた中年で、苛つきの混じった視線を衛兵に投げかける。神経質そうな若い衛兵がにらみ返し、中年の目を逸らさせた。
シグレナスの出入国は、時間が掛かる。鉛でできた食器がぶつかり合う音や、生臭い口臭の混じった男たちの雑談が、妙な温度を醸し出していた。
人間の集合する不快さに酔いつつも、ジョニーは、周囲を見回した。
すぐに捜し物が見つかった。
クルト、フリーダ、セルトガイナー、サイクリークスといった、個性的な出で立ちをした一群であった。特に、覆面の大男ボルテックスは、遠目でも目立つ。
サイクリークスの隣に、頭にプロペラ帽子をのせた少女……プリムが、退屈そうな表情で座っていた。
「何故、プリムがいる? 好きなのか殺したいのか、よく分からんが、プリムはセロンを狙っていた。今回の冒険では、セロンは参加しないはず」
と、ジョニーはビジーに質問した。
ビジーは腕を組んで考えた。
「プリムが参加する理由だって……ははーん」
と、目尻に皺をよせて、納得している。
「兄貴は、分からないの?」
ビジーがジョニーを弄ぶように質問をした。ジョニーにとって、プリムは不可解の塊である。プロペラの誇りがどうとか、意味不明の発言を繰り返している。
「知ったことか。いつも窓から飛び出て、糸の切れた凧みたいに帰ってこない女の気持ちなぞ、誰が分かるのだ? ビジー、教えろ。プリムは何を考えている?」
「ううん。おいらの口からは説明できないな。……後で本人に訊いてみたら? 一緒に冒険をするんでしょ? いつでも話ができるよ」
ビジーは笑顔を絶やさない。
ジョニーにとって、プリムの動機など無駄な情報にすぎない。情報を開示しないビジーの態度に、苛ついた。
「よお、リコちゃん。待っていたぞ。それに、軍師殿。軍師殿も、今回の冒険に参加してくれるのか?」
と、ボルテックスが嬉しそうな声を出して、近寄ってきた。
「おいらは参加しないよ。日程的に忙しいからね。やらなきゃ行けない仕事が沢山ある。だから、今日は、兄貴の見送りをしに来たんだ」
と、ビジーが手を振った。ビジーはボルテックスを快く思っていない。
「それに、おいらより賢い人がいるんでしょう? だから、おいらがいなくても大丈夫だよ」
ビジーよりも賢い人物……セレスティナ、とジョニーは理解した。
ジョニーは、胸を膨らませてセレスティナを探した。だが、セレスティナの姿は見えない。「そうか……。来ないのか。……残念だ」
と、ボルテックスは巨体を小さくさせて落胆した。
残念がる姿に、ビジーは目を輝かせた。小声で話しかけてくる。
「ボルテックスを嫌いだったけど、必要とされていると分かると、なんだか嬉しくなってきちゃった。ボルテックスって、人を引き付ける魅力があるのかもしれないね」
ボルテックスら自警団以外に、見覚えのある三人組が立っていた。
一人は、綺麗に髪型を横分けにした中年で、服装の中から逞しい肩を見せていた。
「“四ツ目”、モルアート・ダルテ……!」
ビジーが名前を呼んだ。ジョニーは四本の腕と四つの眼をもつ霊骸鎧“四ツ目”を思い返した。
ダルテは、誠実そうな目つきで、ジョニーを見た。ジョニーはダルテに挨拶をすべきか迷った。先日まで、殺し合いをしていた関係である。結局は、ジョニーは何も反応しなかった。
ダルテの隣に、腰蓑を身につけた、毛むくじゃらで野蛮人のような男が、ジョニーを睨んでいた。斜視で、焦点が合っていない。
「あれは“振動”のグリフ・ゲイン……?」
「ビジー、驚いているところ悪いが、俺は貴様の記憶力に驚いている」
ゲインの変身する“振動”は、地面に衝撃波を発生させる。
「貴女は……」
ビジーは、最後の一人に息を呑んだ。
女の騎士が、一回転して純白のマントを翻した。手には槍を持ち、流れる金髪の乱れを、百合を模した髪留めで止めている。
“無花果の騎士”、カリカ・フィクスであった。
「我ら三人、皇帝陛下の命により、此度の戦、参加させていただく。お見知りおきを」
フィクスが、片腕で胸を叩く、シグレナス式の礼をした。ビジーはつられて礼を真似した。ジョニーは馬鹿馬鹿しくなって、何もしなかった。
フィクスがジョニーの姿を確認すると、フィクスは優しく微笑んだ。戦っていた過去と違い、雰囲気が柔らかくなったような気がする。
フィクスの変身する“無花果の騎士”は、“癒やしの木”を生やす。“癒やしの木”からなった実は、食した者の体力と霊力を回復させる。
「ジョニーの兄貴、頼もしい人たちが仲間になったね。“無花果の騎士”みたいな回復役は、貴重な存在だよ」
ビジーが笑顔になった。ジョニーは、自分の身体に希望が満たされていく感覚になった。霊力不足になりがちな霊骸鎧の戦いに、回復役の存在は大きい。
ジョニーはフィクスから意図的に顔を逸らした。先ほどからフィクスが視線を、ジョニーに固定しているのである。暖かい視線で、嫌な気はしなかったが、ジョニーはフィクスの気持ちが理解できず、相手にする方法が分からないでいた。
「あ、シズカちゃんが来るぞ。おい、お前ら列を作って礼をしろ」
と、ボルテックスがクルトたちを整列させた。
「控えおろう、控えおろう……!」
桃色の着物を身にまとった、奇妙な女が、雑踏の中から姿を現した。
黒い髪を、蛇のようにとぐろを巻いて編みこみ、異国風の櫛を突き刺している。
紅く塗りたぐられた、太い唇の隙間から見える歯は、黒く染めあげられていた。
シズカ・ゲンジの侍女、ゲイシャ・ハラキリである。
どこからともなく持ち出した太鼓を、打ち鳴らし、声を張り上げた。
「姫様の、おなぁりぃ」
叩くたびに太鼓の音が早まっていく。心臓の鼓動に似た律動が、周囲の注目を集めた。
ハラキリと同じく、シズカが雑踏をかき分けて出てきた。
「普通に歩いてきたのか……」
と、ジョニーは呟いた。だが、すぐに後悔をした。周囲の人間に、友人だと勘違いされる恐れがある。ジョニーは他人のふりをした。
裾が長い着物を身にまとっている。裾が地面で汚れない位置まで着物を持ち上げ、底の厚い靴で歩いていた。白い帽子のような物体で髪を隠し、白い塗料で顔を塗っていた。
眉毛は丸く、瞳は狐のように細い。唇の中心に、紅を丸く引いていた。
「このお方をどなたと心得る? 先のアシノ国サムライ将軍、第三王女、シズカ・ゲンジ様なるぞ? 頭が高い、控えい、控えい……!」
ハラキリの口上に、誰も反応できなかった。文化があまりに理解不能すぎたからだ。
検査をしている衛兵や、行列を待っている商人たち、買い物で忙しい通行人は、別世界の出来事であるかのように、シズカを見ていた。
「ふつつか者ですが、コンゴトモ、ヨロシクオネガイイタシマス」
と、シズカはボルテックスに向かい合って、両手を二回叩いた。両手のひら同士を付着したまま、顔面の前に固定して、一礼をした。風変わりな、異国の挨拶である。最後の言葉は、シズカの出身国で使われている言葉だと、ジョニーは理解した。
「コンゴ、ヨロシュクオネガイイテシマシ……」
ボルテックスは、シズカの動きを真似して返事をした。ぎこちのない動きであった。
「面白い人だなあ。あの人も仲間なの?」
と、ビジーが苦笑いをしている。
「残念ながら、愉快な仲間たちの一人だ。今回の冒険も、俺を除き、まともな奴が一人もおらん」
「でも、あのシズカって人、強そう。旅の仲間では一番、強いかも……。あ、ジョニーの兄貴ほどではないけどね」
と、ビジーはシズカを評価した。
ジョニーは、目を閉じた。臍の奥側に、黒い、闇の霊力が見える。
闇の霊力に意識を合わせると、世界が暗転した。
闇の中で、シズカの輪郭が見えた。
シズカの内部には、大きな青色の霊力が、炎のように燃えさかっていた。
(水なのに燃えさかる理由はよく分からんが、シズカは水属性か……)
水属性は優遇されているので、少し羨ましかった。
次に、クルトを見た。クルトは黒、つまり闇属性で、フリーダと、サイクリークスは地属性だった。セルトガイナーは赤い。火属性である。
(攻撃の要になる霊骸鎧は、火属性が多いな)
“四ツ目”のダルテは地で、フィクスも地だった。やはり、地属性が多い。
“振動”ゲインは、ジョニーと同じ闇属性だった。
闇属性は、六大属性の中で一番、取り柄がない。ゲインの“振動”は地面に衝撃波を走らせる点で、闇属性の特徴である、独特な能力の持ち主である。
ジョニーはゲインとの共通点に喜んだが、クルトの肥満体型やゲインの野蛮な出で立ちを思い返して、すぐに喜ぶ気持ちがなくなった。
本で得た知識と違って、ジョニー、クルト、ゲイン、と闇属性が多い。
プリムの霊力は白かった。典型的な天属性で、空を飛べるが、弓矢といった飛び道具に弱い。他と違って、プリムの霊力は小さかった。
(体格が一番小さいからか?)
と、ジョニーは仮説を立てた。だが、クルトよりも身体の細いシズカが、クルトよりも霊力が大きかった。体格と霊力は連動する、と考えるジョニーの有力説は、否定された。
最後に、ボルテックスを見た。
ボルテックスの巨体から、黄色い霊力が、溢れるほど光り輝いていた。
(ボルテックスは光属性……? そんな馬鹿な。光属性は、高潔な精神の持ち主でなければ、持ち得ないはずだ……!)
ジョニーは思わず、目を開いた。
ボルテックスの大きな背中を見た。手振り身振りで話をして、ダルテやシズカたちを笑わせていた。
「どうしたの、兄貴? なにか悪い夢でも見ていたの? 急に目を閉じて、眠っていたようだけど……」
と、ビジーが心配した表情を見せてきた。
「なんでもない……」
ジョニーは誤魔化した。
(俺のやり方が間違っていたのか? ボルテックスが別の霊力だと勘違いしたのか……。それとも、ボルテックスの霊力は俺を騙そうとしているのか……?)
ジョニーの頭に、通説と有力説が、いくつも現れ、渦巻いている。だが、学者が書いた本よろしく、結論が出てこない。
ジョニーが脳内論争をしている一方、ビジーが指折り数えた。
「ボルテックス、クルト、フリーダ、セルトガイナー、サイクリークス、プリム、ダルテ、ゲイン、フィクス、そして、シズカとかいう人……。あと兄貴を加えたら、旅の仲間は、十一人だね」
「いや、あと一人いる」
2
待ち合わせの時間になっても、セレスティナは姿を見せなかった。
昼を過ぎた頃、行列はなくなっていた。
「遅いのう。そなたらは、まだ出立しておらんのか?」
と、ヒルダが数人を引き連れて、現れた。口角の片方を引き上げ、皮肉のこもった笑みを見せた。
ボルテックスが深々と挨拶をする。
「よくない感じがするな、あの人……。味方なの? ガルグもいるけど」
と、ビジーが耳打ちをしてきた。ヒルダの後ろに、困り顔のガルグが立っていた。ヒルダといると、いつも申し訳なさそうな表情をしている。
「違う。ヒルダはセレスティナの前任者だ。貴様の見立て通り、嫌な女だ。……ガルグはヒルダの家来かなにかだった気がする。ヒルダのおかげで、学者になれたとかなんとか説明していたな」
「ヒルダはガルグの保護者なのね」
「保護者だと? なんだそれは?」
「……おいらが、マミラやパルファンに部屋やお金を渡して、パン屋をやらせているよね? つまり、おいらは二人にとっての保護者になる。二人はおいらにとって、食客なんだよね。……お金を持っている人が、持っていない人の面倒を見る、シグレナスではよくある話だよ」
ジョニーはガルグを見た。今でこそ学者と尊敬を集めているが、過去の若い頃は、金に苦労をしていたのだ、と想像すると、ガルグの人柄に触れたような気がした。
「……来ていない者は、セレスティナだけか? どこで何をしているのかのう? ひょっとして、職場放棄をしたのかのう? 皇帝陛下に恥を掻かす気かや?」
と、ヒルダが顔を隠し、高笑いをした。
「探してこいや」
と、ボルテックスが周りに小声で命じた。
クルト、セルトガイナー、サイクリークス、そしてフリーダの四人は外に出て、ちりぢりになって分かれた。
「せっかくじゃ。セレスティナが来るまで、お遊びをしよう。……ボルテックスよ、そこに座れ。足を組め、いや、そうじゃない」
ヒルダが、ボルテックスに指示をする。
「レディ、これはなんですか? 脚が攣りそうなんですけど」
ボルテックスはヒルダの命令通りに従った。奇妙な座り方をしている。脚を組んだまま、地面に尻を着けている。傍若無人のボルテックスでも、名家の出身で先帝の愛人には敵わなかった。口調や態度は従順でも、無理な体勢で組まされた両脚は、震えている。
「むっ、あれはザゼン……」
と、シズカが前のめりになって、ジョニーとビジーの隙間から顔を出した。
「シズカ、知っているのか?」
「アシノ国に伝わる、刑罰じゃ。小さい子どもが親に従わなかったとき、頭を丸めた者たちを呼んで、肩を棒で殴打する。……ボルテックスは、なにか悪事を働いたのか?」
「……いや、ボルテックスに対する嫌がらせだろう」
体格の立派な中年の男が、棒を持っていた。いつも、ヒルダの傍に仁王立ちしている。
「むっ、あれはファンテスコ・ビューイ……」
と、フィクスが顔を出してきた。
「知っているのか?」
「ヒルダ様の従兄弟だ。“炎の棒”に変身する。“炎の棒”は、だの棒を火に包み込む能力を持っている」
ジョニーは、目を閉じて“炎の棒”ファンテスコ・ビューイの属性を探ると、赤色の霊力……火の属性だった。名前で属性が分かる、と気づいた。
「ボルテックス。目を閉じよ」
と、ヒルダがボルテックスに命令した。
「え~、なになに? 何が起こるんです?」
「黙れ、何も喋るな」
ボルテックスの背後を、木の棒を持ったビューイが往復する。
辺りは静けさに包まれた。通行人も商人も、衛兵も、今後の展開を見守っていた。
「喝っ!」
気合いともに、ビューイがボルテックスの肩に棒を叩きつけた。派手で重たい音が響いた。
「痛え!」
と、ボルテックスは飛び上がった。無理に組まれた脚はもつれ、ボルテックスは地面に転がった。
ヒルダが残忍な笑い声を上げる。
だが、通行人ら見物客は笑わなかった。
「悪趣味だ」
「何がやりたいんだ?」
呆れた声が聞こえる。
ビジーたちが、ボルテックスに駆け寄る。
ヒルダの笑い声だけが、シグレナスの城門に響いていた。声を大にして非難する者はいない。帝の寵愛をいただけなくなったとはいえ、ロンドガネス家は、それほどの権勢を誇っているのである。
ジョニーに怒りが湧いてきた。
「のう、ビューイ。霊骸鎧に変身しろ」
ヒルダの命令に、ビューイが赤い霊骸鎧に変身した。“炎の棒”は、燃え上がる焚き火のような甲冑を身につけた外見をしていた。手にしていた棒が、炎に包まれる。
「セレスティナが来たら、その姿で肩を打ち鳴らしてやる」
と、ヒルダの声が聞こえる。残酷な結果を想像し、また笑い出した。
「おい」
と、ジョニーは、なるべく穏やかな態度でヒルダに話しかけた。
「なんじゃ……」
ヒルダはたじろいだ。ジョニーの隠しきれない怒りを感じ取ったのである。
「まず、俺にやってもらおうか」
と、穏便に提案した。煮えたぎる怒りで、肩が震えるが、気にしない。
「ば、馬鹿な。やめておけ、死ぬぞ?」
と、フィクスが、ジョニーの片腕を掴んだ。
「あるいは大火傷を負って、肩が爛れるだろう。無用な戦じゃ」
と、シズカが予想した。
「貴様らには聞いていない。おい、ヒルダ。俺の申し出を受けるのか、受けないのか、どっちだ?」
ジョニーは乾いた口調で詰め寄った。
「ううむ、勝手にしろ。ビューイ、やっておしまい。焼き殺してもかまわん。此奴が頼み込んだ話じゃ。死にたければ死ね」
ヒルダが投げやりな態度で“炎の棒”ビューイに命令した。
ビューイは頷き、肩を回して準備運動をしている。
ジョニーは地面に足を組み、座った。
(瞑想と同じだ……)
胡座をかく。瞑想は、毎朝やっている。脚を組んでも、まったく苦にならない。太ももの上に、手の甲をのせる。手のひらを、自分の額に向けた。どれも、図書館の本で学んだ手法であった。
目を閉じて、意識を臍の奥側に集中する。
世界が暗くなった。
“炎の棒”ビューイが、赤い輪郭を見せている。
(見える。……ビューイの姿が、俺に見える)
“炎の棒”は、ジョニーの背後で右往左往した。叩く時期をジョニーに知らせないためだ。
「おい、ビューイ。叩くとき、声を出すな。予告なく叩きのめせ」
と、ヒルダが“炎の棒”に指示した。
「武器を持った敵に無防備な背中を見せるなんて……!」
ダルテの驚く声が聞こえた。
「足音を消している……? 気をつけろ、そいつは手練れだぞ」
と、フィクスが忠告してくれた。
ダルテやフィクスの心配は、ジョニーにとって杞憂であった。ジョニーには、“炎の棒”の動きが分かるのである。
“炎の棒”は振りかぶり、叩かない降りを一度挟んで、炎に包まれた棒を振り下ろした。
ジョニーは座った状態から、後ろに跳んだ。“炎の棒”との距離を詰め、“炎の棒”の手首を掴み取った。
そのまま身を前に倒し、“炎の棒”の振り下ろす勢いと合わせて、“炎の棒”を投げ飛ばした。
何かが崩れる音がした。
目を開くと、“炎の棒”が城門の壁に、煉瓦を崩して埋もれていた。
ボルテックスたちが歓声をあげて、ジョニーに集まってきた。ビジーやゲインだけでなく、いつの間にか戻ってきたフリーダたちに揉みくちゃにされた。
「やめろ、貴様ら」
と、ジョニーは困惑した。人に褒められる状況に馴れていない。
「すごい、すごい……」
フィクスが両手で口を隠して驚いている。瞳を潤ませて、ジョニーを見つめていた。
通行人や商人たちが加わって、歌や踊りを始めた。
「ガルグ、ガルグ……。奴をなんとかしろ」
と、ヒルダが髪を振り乱して、喚く。
ガルグは力なく、首を振った。
「ヒルダ様。あの者は、背後からの攻撃を難なく回避し、反撃しました。奴の戦闘能力は、もはや熟練の戦士、いや、齢にして八十に近い達人の境地でございます。残念ながら、我々が束になっても敵いません」
ガルグの説明に、ヒルダは目を剥き、歯ぎしりをした。
「貴様は、もう帰れ。従兄弟を連れて帰れ。これ以上、自分の家名を汚したくないならな」
と、 ジョニーは、ヒルダの眼前に燃える棒を突き出した。“炎の棒”が残した棒である。
「おのれ、ならば私が相手だっ。見るが良い、我が霊骸鎧“溶岩女王”の恐ろしさを味わせてやる!」
ヒルダが怒り狂った。
「あれ、なんか焦げ臭くねえか?」
と、ボルテックスが間の抜けた声を出した。
「ああ、ヒルダの髪が燃えている」
ビジーが驚いた声を出した。
「うわうわ、どこだ? どこが燃えている?」
ヒルダが、自分の髪に触れて、慌てている。
ジョニーが見る限り、ヒルダの髪は、どこも燃えていない。ボルテックスが咄嗟に嘘をつき、ビジーが便乗したのである。
(ビジーはボルテックスを嫌っているが、連携させたら、抜群の活躍をするかもな)
「ヒルダ様、これは大変だ。早くお家にお帰りなさい。頭が焼け山にならないうちに、ね」
と、ボルテックスが穏やかな声で諭した。
通行人や商人、見物客が笑う。
「ビューイ、早く起きろ! 帰るぞ」
ヒルダが、気絶しているビューイを脚で蹴って起こした。
「覚えていろ、黒髪の小僧。私は、お前を許さない」
ヒルダが憎しみに燃えた瞳を向けてきた。ジョニーは笑いを我慢して、手を振った。別れの挨拶である。
「ジョエル・リコ。……たびたび、すまん」
と、ガルグが頭を下げた。ジョニーはヒルダの下で働いているガルグこそ被害者のような気がしてきた。
「気にするな。……それよりも、ガルグ、貴様のおかげで、瞑想と霊力の基礎知識が手に入った。感謝する」
あまり人に感謝しないジョニーであったが、知識を与えてくれたガルグには、一定の敬意を感じていた。
「力になれて、何よりだ」
と、ガルグは救われたような口調をした。
「あと一冊、図書館では見つからなかったが、貴様は持っていないか? 確か、“時空論”という題名だったはず」
と、ジョニーはガルグの作ってくれた書き付けを見ながら質問をした。
「“時空論”は良い本だった。あの本には、世界の構造を書き記したものだ。ただ、作者が思い出せない」
「マルクマーセン。図書館の司書が教えてくれたぞ?」
ジョニーは、青白い顔をしたセルデに本探しを依頼していた。作者の名前だけが分かったが、本そのものは見つからなかった。
「マルクマーセン……!」
と、ガルグが目を輝かせた。憑きものが晴れたような表情をしている。
「そうだ、思い出したぞ。マルクマーセン。マルクマーセンの本なら、ロンドガネス家の書庫にあるぞ。なぜ私は、作者の名前をずっと思い出せなかったのだ……!」
ガルグは小躍りして喜んでいる。
そんなに喜ばなくても、とジョニーは思った。
ガルグの鼻から、赤い血を出した。
「ガルグ……? 鼻血が出ているぞ」
ガルグが、しきりに自分のまぶたを拭う。ジョニーは、ガルグが泣いているのかと思った。ガルグの袖が赤く染まった。涙ではなく、赤い血だった。
「ガルグ……?」
ガルグが、白目を剥き、倒れた。
誰かが悲鳴を上げた。
ガルグの両眼から血が流れてくる。鼻からではなく、耳や口からも。手足を硬直させ、痙攣している。
通行人たちが驚いていた。衛兵が集まってくる。
「おい、誰か医者を呼べ!」
ボルテックスの怒号が聞こえる。
「おい、お前。何をした?」
と、衛兵がジョニーに詰め寄った。疑われている。セレスティナが眉間に皺をよせて、ジョニーを見ている。セレスティナがいつの間にか来ていたのだ。
「何もしていない……。俺は何もしていない」
白髪のガルグを見下ろして、ジョニーは反論した。
3
出発は夕方になった。
ガルグは、死んでいた。遺体は、保護者のロンドガネス家に搬送されていった。
ガルグの急死に、誰もが、ガルグの高齢を理由だと結論づけた。
「いってらっしゃい、兄貴。気をつけてね……」
いつもと違って、ビジーが寂しそうな表情をしている。
「どうした、ビジー? 様子がおかしいぞ」
「いや、もう兄貴とはお話ができないような気がしてきた。何か伝えておくべきだと思うんだけど、何も思いつかないや」
「さっぱり分からん」
ジョニーは首を捻った。
セレスティナとボルテックスを先頭に、一行は城門を出た。
セレスティナとボルテックスが何か会話を交わしている。
(あいつら、仲が良いな)
ジョニーは悔しくなった。ボルテックスの存在は羨ましくも思わないが、セレスティナが自分以外の男と会話をしている様子を見ると、何故か腹が立つ。
ジョニーは隣にプリムがいると気づいた。
「どうして貴様が参加したのだ?」
プリムに話しかけながらも、セレスティナが気になる。
プリムは意外そうな目をして、ジョニーを睨んだ。だが、すぐに平静に戻った。
「おまえは、おんなのきもちがわからんやつだ」
と、軽蔑したような目をしている。
「……おまえにおしえるいわれはない」
プリムが目を逸らして、話題を打ち切った。
ジョニー自身も、プリムの行動原理に興味がないので、この話題に興味がなくなってきた。「おまえ、あのおんながきになるのか?」
「どうして分かった?」
ジョニーは、弓矢で心臓を射貫かれたように驚いた。プリムは、以外と鋭い。
「ばればれだ。おまえは、ずうっとあのおんなをみている。あのおんなを、おれはしっているぞ。あのおんなとは、だいしんでんで、いっしょだった」
「セレスティナと知り合いなのか? プリム、貴様もセレスティナと同じ大神殿の巫女だったな。セレスティナは、どんな奴だった……?」
ジョニーは質問をしてみた。セレスティナの個人情報はいくらでも欲しい。
「いまは、おすまししているが、じっさいは……」
「実際は……? セレスティナに、隠された本性があるのか?」
「……あのおんなは、ぽんこつだ」




