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威嚇

 ジョニーは、雑踏の中を歩いていた。

 ボルテックスの指示通り、背筋を伸ばして歩く。普段、意識をしていなければ、姿勢は猫背に戻る。良い姿勢でいるよりも悪い姿勢で過ごした時期が長すぎるので、仕方がない。ただ、時間を掛ければ、良い姿勢を意識し続ければ、姿勢は矯正されている確信はできていた。

 路上に、不良たちが居座っていた。絡まれもせず、にらみ合いにもならなかった。逃げられもしなかった。ボルテックスの分析によると、堂々としていれば、絡まれない。そもそも不和が生じない。

 壁の上で黒い猫が、茶色い柄の猫を威嚇していた。毛を逆立て、耳を裏返し、全身を大きく見せている。太った茶猫は、片足を軽く挙げて、応戦と逃亡のどちらでも対応できる、猫独特の構えをしていた。

(余裕のある茶猫が優勢だ。……黒猫は恐れている。威嚇している側が、一見強く見えるが、実際は、近寄るな、と声を出して怯えているだけなのだ)

 前傾姿勢は、戦いの構えである。相手の攻撃を被弾する範囲を狭め、腰の入った反撃に移行できる。以前のジョニーは、戦いの構えをしながら歩いていた。

 威嚇する猫と、同じである。

(俺は喧嘩を売られやすいのではない。俺自身が、誰彼かまわず喧嘩を売っていたのだ)

 威嚇しながら歩けば、誰かが反応する。反応した誰かと喧嘩になる。誰かとは、ジョニーと同じくらい喧嘩をしたい連中である。余計な荷物が匂いを放って、羽虫を引き寄せる様子にも似ている。

 姿勢を正し、重心を中心に戻せば、戦いの匂いがなくなる。

(俺は、恐れていた。恐れを誤魔化していた。誰かを殴って、恐怖に克服していると、恐れていないふりをしているだけだった)

 自分の中に、恐怖がある。ジョニーは恐怖を認めたくなかった。

 ジョニーは自身の胸に、怪しい影が通り過ぎていく感覚に陥った。影の表面は湿っていて、まるで胸の内側を舐められたようである。得体の知れない影が、街路から見える樹木を通り抜けていくように感じた。ジョニーは顔を振って、恐怖から関心を取り外した。

(考えるな……。俺に恐怖などない……)

 広場に出た。

 広場の中心には、柱で囲まれた建物がある。

 出口の前に、派手で柄の悪い、見覚えのある集団が立っていた。

 覆面のボルテックスを中心に、肥満体のクルト、太ももを見せている女フリーダ、赤い髪のセルトガイナー、前髪で視線を隠しているサイクリークスである。

 だが、なによりも、ジョニーが注目した人物は、ボルテックスと話をしている、細い影の少女……セレスティナであった。

 セレスティナは背筋を伸ばし、巻物を手で抱え、真剣な表情でボルテックスの話を聞いている。

 セレスティナの姿が視界に入ると、ジョニーの背筋に、太い釘でも打たれたかのような衝撃が走った。

 ジョニーは、近くにある建物の柱に隠れた。柱は大理石でできていて、頬に触れると冷たい。冷たさに身を隠しながら、ジョニーはセレスティナを観察した。長いクリーム色の金髪が背中に流れ、眉毛は綺麗に整えられている。凜としたセレスティナの表情に、優しい風が吹いて、髪を揺らしている。

 ジョニーは息を呑んだ。どこからともなく胸に、不思議な感覚が湧いてきた。

(……美しい。あまりにも美しい)

 セレスティナを見ていると、セレスティナを誇らしく感じてきた。別にセレスティナとはどんな関係でもないが、多くの人に見てもらいたいほど、自慢の存在である。

(それに比べて、俺は、見た目が悪い。髪型は美容院に行った次の日になると普段に戻るのは、何故だ?)

 大理石の柱に映る、自分の姿を見て、情けなくなった。パルファンに教わって、髪や眉を整えたり、服装も清潔さを保ってきたが、自分がセレスティナと釣り合うとは思えなかった。「いよぉ、リコちゃん。待ってたぜ~」

と、ボルテックスが、太い手を振る。ジョニーはボルテックスとは仲良しでもないので、一礼をしたのかしていないかのような適当な挨拶をした。

 セレスティナは振り返り、ジョニーを見ていた。驚いた顔には、何か氷が解けたかのような表情をしていた。

 ジョニーは大理石の柱に向かって、不審な動きをしている様子をセレスティナに見られていないか不安になった。

 だが、一方で、セレスティナの瞳に、ジョニーは吸い込まれていった。

 セレスティナの蒼い瞳は、宝石のようにきらめく星々が、無数に映っている。宇宙であり、深い海のようでもあった。

 ジョニーは、流れる星々の中にいた。肉体から魂が離れている、と理屈は知らないが、直感的に分かった。涼しげで暖かい風が、ジョニーの両頬、いや全身を通り過ぎている。

 不思議な感覚に、ジョニーは自分で驚いた。

 自分の感情を誰にも悟られまいと、背筋を伸ばした。顎を引く。ジョニーは自分の動揺をごまかし、隠した。

 気がつくと、セレスティナの表情は氷のように固まっていった。

 セレスティナの目つきが厳しい。

 世界中の冷気を寄せ集めてできた氷の岩盤のように、あらゆる外部的存在を否定するようであった。嫌悪、怒り、冷淡、憎悪……負の感情を、ジョニーは感じ取った。

 不良同士なら喧嘩が始まるきっかけになるが、セレスティナの怒った顔も美しすぎて、迫力がなかった。怒り顔も、一種の美術作品のようである。

 二人の国王がセレスティナを取り合って、国を二つも滅ぼした、という噂がある。さもありなん、とジョニーは、セレスティナから放出される霊力オーラを感じて納得した。美しさのあまり、国どころか、世界を滅ぼしかねない。

 ジョニーは目を伏せた。もし相手が不良なら、決して負けてない。だが、セレスティナには決してかなわない、と全身全霊で思い知った。

 ボルテックスが覆面越しに、ジョニーの顔をのぞき込んできた。

「どうした、リコ……? 何を口を開けてポカンとしているんだ? なにか虫でも口に入ったのか? もう建物の中に入るぞ?」

 ボルテックスのおかげで、ジョニーは現実の世界に戻った。ボルテックスが肩をいからせて、建物に続く階段に上る。セレスティナが、後に従いていった。青く染められたドレスに身を包んだ細い背中が、クルトたちの後ろ姿で隠されるまで、ジョニーは見惚みとれていた。

 一人だけ取り残されて、ジョニーは自分の変化に戸惑った。

 胸が高鳴っている。

 心臓が鼓動を激しくし、全身の血液を駆け巡らせている。流れる血液は心地よく、ジョニーは歯を食いしばって、歩き出した。脚は浮き足立ち、もつれた歩き方をしている。

(俺は、どうなってしまったんだ……?)

 力が入らない。今なら、キズスと喧嘩しても、負ける可能性が高い。

 玄関に入ると、白髪で年老いた奴隷が出てきて、ジョニーたちは、床を大理石で埋め尽くされた広間に通された。

 広間には、数人の男たちが並んで立っていた。誰もが視線が冷たく、ジョニーは自分たちが招かざる客だと理解した。

 広間の奥には、黒い髪を長く伸ばした女が、机を前に座っていた。化粧の影響で、一瞬だけ若く見えるが、頬下にある深いほうれい線が、年齢を隠せないでいる。

 両脇には、細身の老人と、体格の立派な中年の男が立っていた。

 ジョニーは老人に、見覚えがある。

 霊骸鎧“強風ウィンドストーム”に変身する、ガルグ・マリウスであった。ガルグはジョニーと目が合うと、柔らかい顔つきになった。

「お久しぶりでございます、ヒルダ様……」

と、セレスティナはうやうやしくお辞儀をした。セレスティナの姿勢は美しく、一糸乱れない。流れるクリーム色の金髪が、差し込む陽の光に反応して、光沢を放っている。

 ヒルダは、紅をひいた唇を曲げ、机上にある盆を見た。盆には、複数の巻物が置かれている。

「セレスティナよ。口頭で引き継ぎなど面倒だ。これらに、必要事項を載せてある。ゆるりと読んで、準備をせよ」

と、セレスティナに顔を合わせず、指で盆を突っついた。盆が机からはみ出て落ちる。セレスティナは慌てて、盆の落下を阻止した。セレスティナは、ヒルダの考えが理解できないかのような表情を浮かべた。

 ヒルダは、口元を歪ませ、意地悪な笑い声を出した。

「ふん、無様よのう。まあ、そちのように卑賤ひせんの者なら仕方はあるまいて」

と、ヒルダは笑顔をたたえている。皺の多い一指し指を、自分の唇に触れていた。

 ジョニーは腹が立った。ヒルダとセレスティナの間に何があったのか知らないが、ヒルダの行いは、無礼である。セレスティナは瞬きをして、動揺を隠している。

 一歩前に出て、抗議をしたくなった。

 だが、クルトに阻まれた。クルトは口を真一文字に結んで、年長者らしい手つきで、ジョニーを押しとどめた。

 セレスティナは、自分が持ってきた巻物を、ヒルダに捧げた。

 だが、ヒルダは手を振って、断った。ボルテックスたちの風貌を眺め回した。

「そちのお付きの者は、見るにえない、ならず者どもばかりじゃのう。はて、どうやって手懐けたのか? もしや帝を籠絡した方法と同じやり方でやったのではあるまいな?」

と、ヒルダは、唇に手の甲を当て、セレスティナを嘲笑した。セレスティナは目を閉じ、身体を震わせた。鞭に打たれた奴隷のように、痛みに耐えている。

 ジョニーは、ヒルダの机を蹴り上げる状況を想像した。机が天井に突き刺さり、ヒルダが唖然とする様子である。想像を実現するためには、実力行使をするしかない。

(クルトが邪魔するなら、クルトもまとめて、天井にめり込ませてやる)

 だが、先にクルトが動いた。自分たちが侮辱されたと知って、今度はクルトが怒る番なのである。クルトは、脂肪に覆われた白い首を赤く燃やして、一歩前に出た。だが、ボルテックスが手で制すると、クルトは大人しくなった。

 自警団の上下関係は厳しく、親分の意向次第で、クルトは感情を抑制しなければならない。平常に戻ったふりをしているものの、くすぶるクルトの怒りを見ていると、ジョニーは冷静になった。

 セレスティナはうつむいて、何も反論をしない。邪悪な肉食動物が自分に関心を失うまで、必死に耐えている無抵抗な小動物のようだった。ジョニーは、自分の胸がえぐれるほど心が痛かった。無表情を貫いているが、セレスティナは、言葉の刃に苦しんでいる。痛みや悲しみが、ジョニーに伝わってくる。

 ジョニーは政治の世界をよく分からないが、皇帝の愛人であるセレスティナが、それほど偉くない状況が意外に感じた。

 ガルグと目が合う。ガルグは申し訳なさそうに、自分の頭を掻いている。ヒルダとの関係は知らないが、ジョニーは、ガルグがヒルダに振り回されている日常を想像できた。

 ヒルダは勝ち誇った表情で、セレスティナを眺めた。

「今更、古代遺跡の調査など、なんの意味がある? ……セイシュリアとのいくさが始まろうとしているのに。陛下もお暇なことだ。……よりによって、下賤げせんな者たちに仕事を任せるとはな。私は下賤な者たちは視野が狭くて嫌いじゃ。これ。セレスティナ、そちの話をしているのだぞ。聞いておるのか?」

「セレスティナの気持ちが分からん貴様こそ、視野が狭い」

と、ジョニーは呟いた。反射的で出た言葉である。当然、全員の注目を集めた。

 空気が凍りつく。

 驚く者、怒る者、ざわつく者、それぞれ反応を違えた。だが、ジョニーの発言が場にふさわしくないという点では共通していた。

「リコ、やめろ……!」

と、ボルテックスが小声で制した。

「この方は、先代の皇帝陛下で秘書をやっていたヒルダ・ロンドガネス殿だ。ロンドガネス家は、シグレナスでも有数の名家だぞ。今は、仕事の引き継ぎをやっているんだ。大人しくしていろ」

「知ったことか。皇帝の秘書であれば、セレスティナとは立場が同じで、先輩か後輩かの違いくらいしかない。仕事をする上で家柄がどうとかは、まったく関係がない」

と、ジョニーはボルテックスの指摘を一蹴した。ボルテックスは黙った。

「……そもそも、この仕事は、皇帝の命令によって執り行われるたのだろう? セレスティナに仕事を真面目に伝える気がないなら、貴様は皇帝の命令に刃向かっている結果になるぞ。……いいのか、ロンドガネスのヒルダよ」

と、ジョニーは、わざと無感情な口調で淡々と事実を並べた。殴り合いの喧嘩ができないなら、口喧嘩を仕掛けるまでだ。口喧嘩の必勝法は、感情を込めないで事実を並べるだけなので、簡単である。

 ボルテックスは、困った仕草をした。クルトは無表情であったものの、怒りは消えている。フリーダは、ジョニーの言い分にうなずき、セルトガイナーは笑いを噛み殺している。サイクリークスは長い前髪が邪魔で、表情が見えない。

 セレスティナは何が起きているのか把握できない表情をしていた。

 ヒルダの顔つきが強ばっていく。怒りと恥辱にまみれ、震えている。

 ヒルダの家人たちが、殺気立っていく。主人に対する無礼は許せない性格らしい。

 ガルグ一人だけが笑いを我慢できず、吹き出した。だが、顔を手で隠して誤魔化した。

 だが、ジョニーも負けずと全身から殺気を放出した。

(いつでも暴れてやる。セレスティナを傷つける者など、誰一人として無事には済まされない。全員、天井に頭を突っ込ませてやる)

 ジョニーのただならぬ殺気に、ヒルダの家人たちはどよめいた。ヒルダも、ジョニーの底知れぬ怒りに、驚いていた。

「まあまあ、止めましょうや」

と、ボルテックスは、和やかな口調で、手を叩いた。

「ごめんなさいね、ロンドガネス夫人。うちの若い衆が血気盛んで、どうしても喧嘩っぽい口調になっちまうんでね。手前どもが夫人にお伝えしたい言葉ってぇのは、つまり、夫人の態度が皇帝のお耳に入ったら、夫人にも手前どもにも面倒な話になるもんで、止めたらいいですよ、つぅ意味でして」

と、手を揉みながら、平身低頭の態度で話を続けた。ボルテックスの巨体は、伸縮自在かと思うほど、ときには高慢になり、ときには卑屈になった。

(ボルテックスはヒルダを脅迫している。……皇帝に密告してやるからな、ってな)

と、ジョニーはボルテックスの意図を瞬時に見抜き、笑った。ヒルダを見ると、高圧的な態度がなくなり、息を呑んで、ボルテックスの話を聞いている。いくら先帝の愛人であろうと、今上の帝を持ち出せば、態度は改まるのである。

「もう、つまらん言い争いなんかせず、面倒な事務などサッと終わらせて、とっとと次の仕事を始めましょうや。予定があるんでしょ? そうすれば、この若い奴は馬鹿たれなんで、夫人がなにをおっしゃったかなんてすぐに忘れてちまいまさぁ」

 ジョニーにとってしてみれば、馬鹿たれ呼ばわりされる状況に納得できないが、ボルテックスを少し見直した。

 ボルテックスは、ジョニーの発言内容を一切否定せず、帝に密告する脅迫を滲ませつつ、有利な状況で和解に持って行こうとしているのだ。

 事実、ヒルダは、反論できずに黙っていた。唇を噛んで悔しがっている。

 セレスティナは状況を理解できない様子であった。だが、全身から漂わせている悲しさのような負の感情はなくなっている。

 ジョニーは、まさかボルテックスと連携して共通の敵を攻撃する状況になるとは、数分前まで想像もしていなかった。

「おっと、申し遅れました。手前は、ボルテックス商店の会長をやらせてもらっている、ライトニング・ボルテックスと申します。ケチな商売でなんとか食い扶持だけは稼がせてもらっています。どうぞお見知りおきを……」

 ボルテックスは手を突き出し、自己紹介を済ませた。下手したてに出ているが、どこかおどけた気持ちが伝わってくる。戯けた態度に、ボルテックスは自分が優位だとヒルダに思わせているのだ、とジョニーは分析した。

「知っているぞ……。そちはサザードの末裔まつえいだろう。えあるサザードは、今では、無用に我らの血税をむさぼる輩に成り下がってしまったな」

と、ヒルダは腕を組んで、食いしばった歯を見せた。敵対する猿のようだと、ジョニーは思えた。

 ヒルダの言葉に、ガルグをはじめ数人が、ボルテックスを驚いた声を出した。

 お互いに顔を見合わせ、どよめいている。

「はて、サザードとは、なんの話でしょうか……? 手前は無学な出身でね、何も知りませんよ」

と、ざわめきの中、ボルテックスは低い声で笑った。ジョニーは、ボルテックスが動揺していると気づいた。

(サザードとは、なんだ……?)

 ヒルダとボルテックス、二人のやりとりがよく分からない。

 引き継ぎが終わり、ボルテックスとヒルダは両者は表面上円満に別れを告げた。

「すまない、気分を悪くしたようだな」

と、ガルグだけが出口まで見送ってくれた。ガルグは憔悴しきった顔をしている。

「ガルグ。何故、貴様ほどの武人がロンドギネスの下に従いている?」

と、ジョニーは質問をした。周りのフリーダたちも頷いて同調した。

「ロンドギネス、ではない。ロンドガネス、だ。それはさておき、私がガルグになれたのも、ロンドガネス家の前当主が、資金援助をしてくれたからだよ。論文を書くにも、金が必要だからな」

 恥ずかしげに過去を語るガルグに、ジョニーは興味が出てきた。

「ガルグ。貴様はどんな論文をヴェルザンディに送ったのだ?」

「ジョエル・リコ。そなたもガルグに興味があるのかね?」

「いいや、俺は勉強など分からん。ただ、知り合いでガルグになりたい奴がいる。どんな論文を書くか迷っていたから、訊いてみただけだ」

「……私は、嵐が巻き起こる原因について論文を書いた。何を書きたいかは、その人が一番興味のある話で良いと思うよ」

 ガルグの口調は優しかった。ジョニーはそのままビジーに伝えてやろうと思った。

 一番興味のある話で、ジョニーは質問をしたくなった。

「……俺は霊力が枯渇しやすい。どうすれば良いか、知っているか?」

「瞑想をすればよい。瞑想をすればするほど、霊力は上昇していく。もっとも、真面目に瞑想をする者など、シグレナスにはいないがね。私もここ数年、瞑想などしていない。……そうだ、おすすめの本をいくつか紹介しよう。図書館で探しに行くと良いだろう」

 ガルグは破けた羊皮紙に、本の題名を三冊書き付け、ジョニーに渡してくれた。ジョニーはガルグが、ヒルダの無礼を代わりに謝っているかのように思えた。

 ガルグと別れ、ボルテックスはロンドガネスの屋敷から離れた。

 ジョニーはいつもであれば一人だけ抜け出して帰宅するのだが、今日は違った。

 セレスティナがいるからである。

 セレスティナは一人で巻物をたくさん抱えていた。ヒルダから袋も与えられず、持参した巻物を合わせて、かさばっている。怪しげな足取りで、前に進んでいる。

 セレスティナが体勢を崩し、巻物の一つがこぼれ落ちた。

 ジョニーが落ちる寸前に受け止めた。

 ジョニーはセレスティナに返そうと思ったが、止めた。巻物一つでも、重量がある。たとえ紙でも、密度を収束すると、それなりの重さになるのだった。

「セレスティナ。全部、俺に寄こせ。……俺が持つ」

と、ジョニーは申し出た。だが、申し出た瞬間、後悔した。胸が、心臓が鼓動を熱く打ち始めた。なんの準備もしないで、セレスティナに話しかけてしまった。生まれて初めてセレスティナに話しかけたかもしれない。

(静まれ、俺の鼓動……。誰にも悟られるな……)

と、ジョニーは自分の心臓が止まるよう願った。

 セレスティナは一瞬だけ驚いた顔をした。

「触らないで……」

 だが、すぐに敵対的な冷たい表情に戻った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しかった。 ジョニーの恋心の表現の文章が初々しくていじらしい。
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